服飾評論家・出石尚三さんが
男の美学をダンディーに語ります
第493回
肥後守世代からひと言
肥後守(ひごのかみ)を使ったことがありますか。
折り畳み式の小刀(こがたな)。
ポケット・ナイフの日本版とでも言えば良いでしょうか。
私が子供の頃、
男の子で肥後守を持っていないものは、
まずいなかったのではないか。
鉛筆を削るのも、オモチャを作るにも
これ1本で仕上げたものです。
安物ながら一応「肥後守」と銘が打ってあったので、
誰もがなんの不思議もなく
肥後守と呼んだのです。
そもそもは大正時代、兵庫県ではじまったとか。
明治になって、廃刀令が出る。
刀鍛冶の仕事がなくなってしまう。
そこで肥後(今の熊本県)の刀鍛冶が、兵庫に出て、
西洋のポケット・ナイフを参考にしながら
作ったものでしょう。
それで、「肥後守」。
肥後守であろうとなかろうと、
人間の歴史のなかでナイフは
もっとも古い道具のひとつでしょう。
今、ナイフは危険だと考えられています。
でも一方で、便利でもある。
「危険」なものにするか
「便利」なものにするか、
これはそれを使う人の心によって決まります。
本当に危険なのはナイフそのものではなくて、
人の心のほうなのです。
――という言いわけはさておき、
私はナイフが好きなのです。
いや、ナイフを使う時の心の平静が好きなのです。
鉛筆を1ダース買ってくる。
ゆっくり、丁寧に、好みの形になるように削ってゆく。
12本の鉛筆を削り終えた時、
心の中は平明に澄んでいるはずです。
だからというわけではありませんが、
紙と鉛筆は創造の源です。
なんの案も浮ばない。
そんな時には白い紙にただただいたずら書きをする。
無意識に手を動かすことが大切なのです。
するといつの間にか、
新しいアイディアが浮んでくることがあります。
どうやら手が複雑に動くことと、
脳の働きとは無関係ではないようです。
12本の鉛筆と1丁の肥後守で、
静かな、澄んだ、美しい心を作ってみませんか。
そして鉛筆でたくさん創造をしましょう。
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