←左側にフレームが無い場合は、ここをクリックして下さい

5月19日(日)

 陶器市の会場への道

 18、19日の土日に行われた陶器市は、2日とも雨に振られる事も無く、無事に終了したみたいだ。初日の朝には雨が降っていて、これは気の毒だと思ったけど、朝の内に雨は止み、2日目の午後は気持ちの良い晴天だった。
 ただ全体としては、晴れていてはいたけれど、妙に雲の多い空で、「もしかしたら急にゴロゴロと雷でも鳴り出すかな」と思わせるような空模様でもあった。
 5月と言えば、薫風の吹き渡る爽やかな季節を想像しがちだが、どこか、梅雨の気配を感じさせる。

 藤野全体を会場にしたこのイベント。藤野各地に展示場所があり、見て回るには移動手段が不可欠になる。たいがいのお客は車で回るのだけど、各会場での車の置き場所には苦慮しているみたいだった。まあこれは、もう毎年恒例の事になっているけど。
 運営する側も、駐車場の面積を広げたり、巡回バスを運行したりして、いろいろ工夫しているんだけどな。
 工夫しても、そのぶん客が増えれば同じ事か。

 私は原付きで会場をまわりましたよ。とにかくこのイベントは、晴れてさえいれば、移動はバイクに限る(笑)。駐車する場所に頭を悩ませる事は無いし、藤野の狭い山道で、車どうしのすれ違いに困る事も無いし。

 ただ、バイクでの移動なんて、「こいつは陶器市に来ても、陶器は一切、買わないやつだな」と認定されそうだ。実際そうなんだけど。

陶器市の会場の一つ

 こんな事は、陶器市に参加している陶芸家や、運営に携わっている方々の前では口が裂けても言えないが、白状すると、私は陶器を買う事に、ちょっと負のイメージがある。これはある経験から、そんなイメージが心に染み付いてしまったのだけど。

 その経験とは、こんな感じだ。過疎の山里では徐々に人口が減って行き、いつの間にか里に住んでいるのは、お年寄りばかりになっている。そのお年寄りも、少しずつこの世を去って行く。たいてい、男性の方が先に亡くなり、古い家におばあさんの一人暮しになり、そのおばあさんもやがて亡くなって行く。
 後には、あるじの居ない家が残る。子や孫が、その家を継ぐつもりはなく、そのまま空き家になる。

 そんな空き家は、盆暮れの墓参りや連休の時に兄弟が集まる別荘代わりに使われる事も多いが、親族が遠く離れた所に引っ越してしまった場合は、空き家をそのまま放置しても物騒だし、隣近所の迷惑になってもいけないので家を解体する事もある。

 そんな時、家の中にある不要品の処分をする事になるのだが、実におびただしい量の器が出て来る。昔の人は物を大事にしていたし、物を捨てられなかったからな。

初夏の山並

 でもなあ、ビールひとケース買ったらおまけでついて来るようなコップとかも、たくさん出てくるわけですよ。結婚式の引き出物でもらったような、おそらく、桐の箱から一度も出した事が無いような陶器も山のように出て来る。
「これ、いったいどうすんのよ」
「だれか欲しい人いる?」
「いらない」
 結局、そのほとんどが廃棄物になっていく。

 もちろん、陶芸家に罪は無い。それに、陶芸家が作った素敵な器のある生活に憧れを持ち、そんな生活を実践する生き方は、素晴らしいと私も思う。
「器だったら何でもかまわず溜め込むのでは無く、心の底から気に入った器を、大事に使えばいいだけじゃないか」
と、言われれば、確かにその通り。

 ただなぁ、これは私が極端に貧乏性でドケチなだけだからだが、皿もコップも、今使っているのが壊れたら、新しいのを買えばいいや、という思考の持ち主の私からすると、「もう、あまりモノを買うのは、必要最低限でいいかなぁ」と考えてしまう。
 こんな人種が増えたら、産業も経済もおしまいですな。

谷間の陽

 実は、私は絵描きだけど、絵を描く事にも、私には同じような負のイメージがある。絵だって、紙と絵の具を消費して作り上げる、未来のゴミかもしれない。
 そんな気持ちになるのは、私が三流の絵描きだからだろう。一流の芸術家だったら、「自分が産み出すものは全て傑作」と、自信満々で、なんの後ろめたさなんて感じまい。

 ただ・・・。
 家電も使い終わったらリサイクルする循環ができつつあるし、自動車だって建築物だって、同様の流れがある。
 芸術を含めた、文化に関わるモノづくりにも、同じ発想が、いずれ迫られる事は、ないのだろうか。

5月12日(日)

仮復旧

 長い連休が終わり、少し落ち着きを取り戻した感じだけど、藤野では毎週のようにイベントが開催される時期に入った。次の週には陶器市がある。

 連休の行楽シーズンまでに、なんとか間に合ったのが道志の街道の復旧だった。昨年の秋の台風で土砂崩れが発生し、青根と青野原の間が通行止めになった。その後、近くの平行する道がバイパスとして使われるようになったが、ようやく、連休前に仮の復旧が果たせた。

 「仮の」という理由は、写真を見れば判るかもしれない。土砂崩れで道路ごと崖の下に流されてしまった所に、鉄骨で橋桁を組み、鉄橋を乗せて車を通れるようにしている。とはいえ、信号機を設置して、交互通行での形だが。
 上の写真を撮っている場所も、けっこうスリルのある所で、ここも同様に鉄骨を組んだ骨組みの上。まるで清水寺の舞台みたいな空中に浮かぶような高所で、ここから右下の土砂が流れた谷間を覗くと、足が竦むような景色がある。

 この道の復旧が「仮」ではなくなるには、まだまだ時間がかかるだろうな。
 ・・・というか、「仮」ではなくなる時が、来るのだろうか。

湖水の反映

 なんでそんな不吉な事を言うかと言えば、ここ数年、自分の中に、ある未来のイメージが・・・できれば実現して欲しくないイメージがあるからです。

 地震も起こる、風水害も起こる。それも、以前には考えられなかったような災害が起こる。
 その一方で人口は減り、産業は縮退し、国力にも影が差してくる。道路などのインフラも、新しく作るよりも老朽化した設備の維持と更新に追われるようになり、そのための財源にも困るようになる。

 災害が発生すると、よく青いシートが使われる。家の屋根が痛んだ時に、応急措置として屋根にシートをかけて、雨漏りを防ぐためだ。地震などの災害があった所は、その後何ヶ月に渡って、青いシートが目立つ光景が続く。
 全ての家が直し終われば、青いシートは町の光景から無くなるわけだけど、全ての家が直し終わる前に次の災害に見舞われたら、また青いシートが目立つ町並みに戻る。

 復旧の為の体力が衰弱し、災害の勢力がより力を増す世の中になれば、町の光景には常に青いシートが見られる、仮復旧の状態が常態になっていく。

相模湖

 まあ、これはまだマシな方で、これが更に悪化すると、町の規模を復旧しやすい程度までに小さくしようと考える。あまり使われない道路は廃止しようという考えも生まれる。
 その傾向が進むと、あの集落は維持を諦めようとか、あの町は維持を諦めようという話にもなってくる。放棄されていく家や田畑や山林が広がっていく。 

 そんなイメージを思い浮かべる時、決まって同じように思い浮かぶのが、山の緑だった。ちょうど、今の季節の山なんか、そのイメージにぴったりだと思う。
 民衆の力の衰えによって、人の営みのある領域は減っていくかもしれない。しかし、山の自然というやつは、人が居なくなると、一年で草ボウボウになり、3年で木が生えて10年後には森になっている。人間が去って行った後の空白は、たちまち自然界の力が押し寄せて来て、緑に埋まる。

 自然ってやつは、財政難もなければ遠慮もない。政府の補助金なんて無くても、その勢力を自力で拡大して行く。補助金の支援が無いと産業が成立しにくくなっている人間社会よりも、ずっとパワフルだ。

 そう思うと、人間にとって、「自然破壊」って、何だったのかな、とも思う。

どこまでも緑の山

 確かに人間は自然破壊をしてきたし、その行動は改めなければならない。けれど、どんなに人間が自然破壊をしても、やがて自然よりも先に人間の方が勢いを無くし、また人間は自然に飲み込まれていくのではないか。
 結局のところ、どんなに勢い良くボールを上に投げても、やがて上昇を止めて、落ちて来るように。

 そんな事を、考えます。もちろん、そうならない知恵とは、どんなものなのか、についても考えているのですが。

5月5日(日)

嵐前

  山はすっかり濃い緑に覆われ、山道を歩くと、だいぶ薄暗い感じになった。八重桜は終わり、今度は山のツツジが咲き誇る。藤も咲いているが、今年はどういうわけか、藤の花に勢いが無いように見える。普通なら、樹に絡み付いた藤のツルから、まるでその樹が花を咲かせたように、たわわな紫の花を展開するのだけど、今年は妙に、そんな藤の花を見かける機会が少ない。
 藤にも年によって当たりはずれがあるのだろうか。

 いかにも初夏らしい、汗ばむような陽気も訪れるが、冬の寒気もまだ健在なようで、先日は雹まじりの雷雨があった、可哀想に、この季節に植えた野菜の苗は、けっこう雹の被害を受けたんじゃないかなァ。

 10連休という事だけど、個人的には2〜3日しか休んでいない。その2〜3日の休みも、けっこういろんな用事で消えた。4月中にやっておかなければならない作業が溜っていたものでね。
 どうやらその作業を消化したら、連休は終わりらしい。あと、寒かったり暑かったりで、一時期、寝込んでしまったしな。

 ただなぁ、じゃあ連休だと言って、遊びに行くのもな。どこの道路も混んでいて、うっかり家を出て近所のスーパーに買い物にでも行こうものなら、渋滞にはまって帰宅にすごく時間を食われかねない。
 いつも連休の時は、水害で家から出られなくなって、水が引くのを待つような印象がある。

雨の後

 最近、知った話で、イノシシや鹿が畑に入ってこないようにするための手法として、ピンク色のテープを畑の周りに張り巡らせる、というのがあると聞いた。こんな商品が出回っているらしい。
こちら>>

 個人的には、たったそれだけの事で、イノシシや鹿が寄り付かなくなるのかなぁ、と半信半疑だけど、実際に商品として出回っている所を見ると、遅いエイプリルフールでもなさそうだ。たぶん、イノシシや鹿にとって、「なんかイヤだな」と感じさせる効果はあるのだと思う。

 ただねえ、たとえばサツマ芋の畑で、サツマ芋のツルと葉が、わさわさと繁っている所に、ピンクのテープを巻いても、イノシシは来るだろうなぁとは思う。目の前にごちそうがあれば、やつらは柵があろうが罠があろうが、一晩中アタックし続ける。
 テープを使うにしろ、他の手段との併用で行うものなんじゃないかな。これはテープに限らず、あらゆる獣害対策に言えて、一つの手段ですべて解決できるものではなく、複数の手段を効果的に併用するのが、獣害対策のコツなんだと思う。

 例にあげたサツマ芋畑の場合、トタン板とかで畑を囲って、そこにサツマ芋があるとは思わせない工夫が、はやり必要になるだろうな。

谷間の緑

 ただまあ、使いもしないうちに、「はたしてピンクのテープに効果があるのだろうか」と、疑いの目で決めつけるのは間違いだろう。嘘だと思うならやってみろ、という事例だと思う。なにしろ獣害対策としては桁違いに安価だし。
 もし今後、このテープが「効果がある」と広く認知されるようになったら、山里の景観も変わるだろうな。そこらじゅう、ピンクのテープだらけになるぞ。
 平成とは違う、令和の時代の農村の景観になるのだろうか。

 考えてみれば、ここ10年、20年程度の時間でも、いろいろと山里の景観は変わったと思う。例えば、そろそろ花のシーズンが始まる頃だけど、ニセアカシアの樹が、これだけあちこちに生えるようになったのは、そんなに昔の事ではない。
 養蜂業には有難い、良質な蜂蜜を作ってくれる樹だが、本来は日本にはなかった外来種だ。今では、季節になると山じゅうが白い花で覆われるような土地もある。

 松の樹は、すっかり見かけなくなった。虫の害で枯れてしまうと言う話だが、他にも複合的な理由があるのだと思う。虫にやられてかれるというよりも、もともと他の理由で弱っていた松が、虫によってとどめを刺され、耐え切れなくなって枯れると言う道を辿ったのではないか。

 ミズキの葉が繁りはじめると、その葉を食い荒らす毛虫が大量発生して、ミズキをほとんど丸裸にしてしまう。この毛虫は白い蛾になって、この蛾も大量発生するのだが、この虫も外来種らしい。

若葉

 たぶん、今の山里の景観で江戸時代を舞台にした時代劇をしたら、けっこうおかしな景観になるのだろうな。

 戦後の頃や、昭和の中ごろの町の写真を見ると、どこの路地にも子供たちが沢山遊んでいるけれど、これも今では見る事ができない景観になりつつある。
 代わって現代は、「妙に高齢者の割合が多いなあ」と、昔の人が見たら感じるような景観になっているに違いない。

4月29日(月)

丹沢の雪

 そろそろ初夏という言葉が相応しい時期になり、木々の若葉も、淡い色合いから鮮やかな黄緑に変わってきた。ただ、冷たい空気もなかなか健在で、久しぶりにストーブをつける陽気になったり、丹沢では雪が降り積もり、藤野でも霜が降りたりもした。こんな時の遅い霜に、苗をやられてしまう事もある。ジャガイモや夏野菜に被害が出たかもしれない。

 新緑の山の向こうに、少し雪を飾った丹沢の山並を見ると、改めて、なかなか風格のある稜線だなぁと思った。丹沢は、この冬はあまり雪が降らなかったが、春も盛りになってからちょくちょく雪をかぶる。

 連休に入って、行楽の人々も多い。道志川沿いのキャンプ場にも客が来ているようだ。ただ近年の傾向として、道志川沿いのキャンプ場は、客が来るのは春から秋までだけでは無くなった感じだ。流行りなのかしれないが、最近は冬でも、意外と客が来る。以前は冬のキャンプ場なんて休業状態だったけど。
 なんでも今は、冬の寒さでも快適なキャンプが楽しめるような装備が充実しているらしい。そして、静かな冬のキャンプ場を好んで利用する人も増えているのだとか。

 やれキャンプだバーベキューだと大騒ぎするキャンプも良いかもしれないが、たき火をしながら、静かに冬の静寂を愛するキャンプと言うのも良いと思う。

柿の若葉と花だいこん

 前回の日記で、藤子・F・不二雄の漫画「カンビュセスの籤」を引き合いに出して、その時代、その状況において、「正義」のためなら他の人間は犠牲になっても構わない、という極限の状況について考えてみた。
 これとは、少し違った観点から、同様の状況について考えさせる晩画がある。星野之宣作、「セス・アイボリーの21日」。漫画短編集「スターダストメモリーズ」に収録されている。

 セス・アイボリーは、宇宙船の事故で、ある惑星に唯一の生存者として残される。救援信号が届いていれば、救援が来るまで21日かかる。しかし、この惑星は生物に及ぼす時間の流れが地球とは異なる事が判る。この惑星で2日も過ごすと、地球での10年に相当する老化が進む。
 これでは救援隊が来るまでに自分は死んでしまう。そこでセスは、自身のクローンを作り、圧縮学習機を使って自分と同等の知識を植え込む。

 12日目、初代のセスは老衰で死ぬ。2代目のセスも、3代目のセスを作り、「セス」という命を繋いでいく。だが・・・。
 2代目のセスは、自分が恐ろしい運命にある事を自覚するようになる。

牧馬の山

 3代目のセスは救援隊が来る21日目に間に合うかもしれない。しかし、2代目は、その日が来る前に老衰で死ぬ未来しかない。初代のセスには豊かな前半生があっただろうし、3代目のセスには豊かな後半生があるだろう。しかし2代目は?。「セス」という存在を引く継ぐ事だけを目的とした数日間だけで、その生は終わってしまう。

 前回の日記でも書いたが、人間を「生産性」の存在として考えると、行き着く先は、所詮人間も、遺伝子を運ぶ船に過ぎない、という考えにつながって来る。遺伝子を伝えるためには、すべての人間は率先して犠牲になるべきである、という考えが正義になってくる。
 しかし、この漫画を思うと、正義かもしれないが幸福ではない、と誰もが思うだろう。

 言い方を換えれば、私たちが「幸福」と感じる事は、何も一つの目標に選択の余地もなく突き進む事ではなく、様々な「寄り道」が可能な所にあるということだろう。

相模湖

 多くの場で、このような寄り道は「無駄」と批判されがちだ。効率性、生産性を求めれば、極限まで無駄を省いて、一つの目標に脇目も振らずに突き進む事こそが美徳であり、正義だと言うのだろう。

 「生存」が保証されなければ、そこには「幸福」も当然あり得ない。
 政治家に望む理想的な資質とは、決して、「生存」の為にはあらゆるものを(時には自身の命も)犠牲にしろ、と迫るものではあるまい。
 確実に生存可能な状況を作るべく努力して、その後に、「寄り道」「無駄」も許せるような、幸福の追求も可能な世の中を作る事だろう。

 そのためには、他人の「寄り道」「無駄」に対しても、寛容な心の持ち主である必要があるのだが。