箱根駅伝(1999.10.14)

 正月の2日、3日は箱根駅伝を見て過ごす。スタートからゴールまで全レースがテレビで放映されるようになったのが高校三年のときだったから、もう十年以上、正月の恒例行事と言って良いだろう。ただ走っているのを見て何が面白いんだ、と自分でも思うことはあるが、それでも見るのを止められない。朝起きが苦手なくせに、たとえ前の晩に3時まで飲んでいたとしても、箱根駅伝の朝は7時に目が覚める。
 母校の選手が赤い襷をかけて走る姿を見ていると、じんとなる。そもそも僕が母校を第一候補に受験したのも、箱根駅伝の応援をしたかったからだ。最近は新顔の大学が台頭してきて上位を独占しているが、母校がその一角に何とか食い込んでいる姿を見ると応援にも力が入る。
 現在は「花の2区・復路のエース区間9区」であり、今年から10区の距離が延長されてアンカー区間も注目されるようになった。しかしやはり箱根駅伝の醍醐味は「5区の山登り」と「6区の山下り」だろう。大東文化大学が一番強かった時期、5区山登りの奈良選手と6区山下りの島嵜選手を見て、もう勝てないと思った。二人とも足を引っ掛けてこけさせたくなるくらい、強かった。3年前になるか、早稲田大学が渡辺・小林両エースをもってしても優勝の夢が叶わなかったのは、6区山下りの選手が育たなかったからだ。早稲田大学にしろ日本大学にしろ、伝統校と呼ばれる大学は概して、箱根に入ってからが弱い。山登り、山下りのエキスパートのいる学校は、やはり強い。こんな話を聞いたことがある。昔、小さい頃から箱根駅伝に憧れて、坂道を登る練習ばかりしてきた選手がいた。トラックの練習では「これじゃ部の練習に付いてくるのも難しい」と言われるくらい遅かった。ところが坂道を登らせると急に速くなる。こういう選手が出るところが面白い。4年連続で山登りの使命を果たした中央大学の緒方選手にも、似たようなエピソードを聞いた。平坦な道を走らせると、決して遅くはないのだが、左右にゆれて蛇行してしまう。そこで「どうせ蛇行するなら最初から蛇行しているコースを走らせてみよう」と冗談みたいな理由で5区に起用してみたら、予想外の良い走りをした。以来、山登りのエキスパートとして4年間、山登りを任される事になった「山を制する者が箱根駅伝を制す」は、まだ生きている。
 駅伝の面白味は、やはり襷渡しにある。となると俄然、復路に迫力が出てくる。トップの選手が通過してから20分後にまだ後続の選手が中継点に来ないチームは、繰り上げスタートとなる。母校の襷ではなく、主催者側で用意されたいわゆる「白襷」を掛けて走らなければならない。今年も、中継点から選手が見えるのに、繰り上げスタートの号砲が鳴らされてあとわずかなところで襷を手渡せなかった学校があった。渡せなかった選手は、あと数秒速く走れば、の思いでその場に泣き崩れる。有力選手をずらりと並べて余裕で優勝する学校を見るより、こちらの方に強い感動を覚えるのは、日本人特有の判官びいきというやつか。
 復路はシード権争いも見逃せない。出場15校の中で9位以内に入れば翌年も無条件で出場できる。9位までに入れなかった場合、翌年は予選会を勝ち抜いてこなければならない。ただ一回の予選会に敗れれば、無論出場できない。ある意味では優勝か準優勝か、よりも熾烈な争いと言えるかもしれない。9位の学校に30秒差で敗れて、シード権を取れない学校があった。一人の選手があと3秒ずつ速く走れば、或いはシード権を選ることができたかもしれない。予選会を通って、本線でシード権を取るのは、トレーニングの調整で至難の技である。9位と10位ではたった一位の差でも天国と地獄ほどの差が生まれる。
 関東の学校だけしか出場しないから、関西では人気がないのかと思えばそうでもないらしい。よく考えてみれば、関西にも、関東の大学出身者がいるのだ。関東に縁のない京都の友人に、正月明けに「あんたの学校、惜しかったな。箱根駅伝」と言われて驚いた。最初から最後までではないが、やはり見るのだそうだ。
 我が母校には「万年3位」という愛称とも蔑称ともつかないニックネームが付けられている。残念ながら昨年と今年は、ニックネームにすら及ばない4位で終っている。それでも確か5年前、テレビで全区間の中継が始まって以来、一度だけ優勝した。優勝候補が4校あり、そのうちの2校の選手が怪我で途中棄権した。もう1校も残念ながら往路までで力尽き、復路に余力を残した母校が結果的に、優勝した。ハプニングに助けられたとは言え、怪我をせずに最後まで走り切ったのだから、立派な優勝だ。このときの監督のコメントは忘れられない。「みんな、怪我をせず、よく無事で帰ってきてくれた」。どんなに下馬評で強いチームと目されていても、怪我人が一人でも出たらそこでおしまいになる。駅伝はこれだから恐い。
 有力な高校生ランナーは、近年台頭してきた「箱根」では新顔のチームにどんどん流れていく。母校は今年も特に有力な選手が見当たらない。きっと来年のレースでも、せいぜいニックネームの順位を取れれば御の字だろう。もしも、箱根駅伝が好きで、特に応援をしているチームのない方がいらしたらお願いする。白地に赤のCマークのユニホーム姿を見掛けたら、是非とも応援して頂きたい。
 もうじき、予選会が始まる。

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卑屈な歌詞(1999.8.24)

 この項を書くにあたって、音楽関係の著作権が心配である。大丈夫だろうか?
 今、長編小説の準備をしている。ヒロインが特殊な境遇にあるため、なかなか人物像を固めるのに困っている。そもそもがあまり女性との付合いは決して多くないので、良く考えれば別に特殊な境遇に置かれた女性でなくてもイメージ作りが難しい。ある意味では無謀な挑戦とも言える。
 仕方がないから妹や数少ない女友達の印象から少しずつ、今まで読んできた小説で特に印象深かった登場人物から少しずつ、精神分析関連の本で紹介されるクライエントからすこしずつ、「特殊な境遇」の資料から少しずつ、まるでフランケンシュタイン博士のようにいろんなところからいろんな部分をかき集めて、一人の女性像を創ろうとしている。
 表向きはそういうことになっているのだが、料理人がレシピの裏側にこっそり秘伝の味を持っているように、僕も隠し味のソースを見つけた。本来なら「創作ノート」にヒントだけ匂わせておくべきものだろうが、どうせ真似をする人もいないと思うからここでばらしてしまう。小松未歩の作詞である。
 最初に注目したのは『輝ける星』だった。テレビをぼんやり見ていたら、なんとなく今までのポップスとは異質に思える歌声が聞こえてきた。 

僕を困らせることばかり言う 君でもずっと愛しているよ
まっすぐ見詰めてるあなたの眼は 探し続けてた 私だけの輝ける星

 愚直なまでの明るさ、現実感のなさが妙に印象に残った。ところがカップリング曲の『傷痕をたどれば』は別れの後を描いたものだが、今度は妙に生々しい。

そばにいる気がして ぼんやりしてたら
破った写真さらって 風が吹いてた

 実際にあるかどうかは別にして、振られた経験のある人ならこの感じが掴めるのではないか。例えば、写真を焼いたとか、部分修正を施すと、結構、昔を思い出す人がいるような気がする。
 2ndアルバム『未来』はもっと凄い。同名の冒頭曲など、聞いている方で恥ずかしくなる。

とびきり素敵な あなたの笑顔に映る 二人の未来 輝いてる
ずっとそばにいて 世界中に誓える
動き出した この気持は もう止められない 愛してる

 書き写すだけでかなり恥ずかしい。これだけ真っ直ぐに明るい曲があると思うと『涙』では暗転する。

同じ罪を犯し共犯者に なれたならもう離れられない それがいい
ほこりが舞いおりる部屋に バスが出る音が響いた もう繕わなくていい

 どちらも執念のようなものを感じる。前者ではとてもかなえられない夢を叫び、後者は別れなければならない現実を目の前になんとかしようとあがく姿を描き出している。前者を幻想と考え、どちらも主人公が同じだとすると、気味の悪いほど生々しさを感じてしまう。
 と思っていたらとんでもない曲がリリースされた。『さよならのかけら』である。途中までは聞き流せる。二番が始まると少しまずくなる。

今日見かけたよ さりげなくカバン持ってた
ねぇ 好みも趣味も もうあの子の匂い

 その後の、エンディングに向かうブリッジになるともういけない。

あの子と友達になるわ 会えなくならず済むのなら
ドアの外で 凍えそうで 何も感じなくして

 ほとんどストーカーに近い。小松未歩の手にかかった暗い歌詞は、卑屈さで成り立っている。なりふり構わないところが、僕に恐ろしく現実味を感じさせる。ところどころを抜き出せば中島みゆき以上の暗さ、卑屈さが抽き出されるのではないか。僕はむしろ、最近ではこういう卑屈さは男性のものかと思っていた。女性はあっさり昔のことと、きれいさっぱり捨ててしまうものだと思っていた。女性の作者から出た歌詞で、びっくりした。或いは古いタイプの女性像なのかもしれない。
 実感のない明るさと生々しい卑屈さ、それからかなり古めの印象。ある場面ではほとんど歌詞そのままの情景も想定している。間もなく書き始める長篇に滲み出ていたら、少なくともこの部分に関して、戦略は成功したことになる。

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美術館(1999.8.19)

 絵が好きで新聞屋に招待券をねだる。時間ができると、美術館に行く。只券を貰わなくても好きな画家の作品が展示されていれば自腹を切って観に行く。
 展示作品にがっかりすることは、まずない。展覧会に出る絵なのだから、という先入観もあるが、どの絵をみても感心してしまう。要するに単細胞なのだ。展示作品でがっかりすることというと、せいぜい期待していた作品が出展されていなかったことくらいだろう。先日観に行ったダリ展では「窓辺の少女」が出ていればいいな、と少し期待した。残念ながらこの作品は来ていなかった。
 いつもがっかりするのは、客質の悪さだ。まず気になるのは、作品に鼻息がかかるほど近寄って見る人である。号数の小さいスケッチやエッチングならば話はわかる。あるいは号数の大きい作品でも、細部を詳細に確かめたいということもあろう。こういう場合に少しの間、作品に近寄るのはよくわかる。しかし、29型のテレビくらいの大きさ(号数がわからない、みっともない話だ)の絵を見るのに、そこまで近づく必要はあるだろうか。最低でも二〜三メートル離れないと、全体の構図がわからない筈だ。特に油彩画の場合、絵具ムラばかりが目立ち、その作品本来の持ち味が見えなくなると思うのだが。
 小柄な人ならある程度許せる。前に出ないと「人の背中展」になってしまうだろう。ところが相撲取りみたいに縦も横もごっついのが、作品の前に仁王立ちになっているのを見ると後ろから尻を蹴飛ばしたくなる。そういうのがずらっと横に並んでいると、こいつらストリップのかぶりつきと勘違いしてるんじゃないかと思う。こういうところに日本人の文化的な乞食根性が表れているような気がする。
 訳のわからない学生に来られるのも困る。ときどき、高校生と思われる集団に出くわす。こういうときは諦めるしかない。彼らのほとんどは絵に関心がなく、仕方ないから見ているだけだ。団体行動で絵を見る。かぶりつきになる。こうなるともう集団が過ぎ去るまでどこかに避難するよりない。しばらくするとべちゃくちゃと話を始める。そのうち、エスカレートして小突き合いや鬼ごっこが始まる。まるでイナゴの大群である。美術見学かなんかだろうが、どうせなら貸切りにしてやってほしい。迷惑千万である。
 おばさん連中もうるさい。集団でやってくるおばさん達は、絵画に関して無恥であると思ってまず間違いない。例えばパウル・クレーの作品を指差す。
「あらやだ。こんな絵だったらうちの息子だってかけるわ、はっはっはっは」
 ピカソの初期の作品を見て不思議がる。
「ねーえ、これ、本当にピカソなの。まともな絵じゃない。贋物掴まされたんじゃない?」
 キリコの作品の前で。
「この人本当に画家なの?全部、顔描いてないじゃない。手抜きかしら」
 黙って見られないんなら美術館ではなく喫茶店に行け、と怒鳴りたくなる。
 子ども連れも嫌いだ。親は絵画鑑賞の優雅な一時を過ごし、子どもにも情操教育を施しているつもりだろう。しかし実態は、餓鬼がそのうちに飽きてきてぐずりだす。そこらへんを走り回る。大声を上げる。気になってまともに絵なんか見られたものではない。
 カップルで来ている連中も迷惑なのが多い。絵を見に来るのが一番の目的ではなく、デートの場所がたまたま美術館になったような輩だ。こういう連中は二人の世界に入り込んで他の客がいることなんてすっかり忘れてしまっている。話し声がうるさい。女が馬鹿な感想を言う。
「ダリって人、本当に幼稚園出てるの?」
 エッシャー展で、女が男に向かって文句を垂れる。
「ねぇ、なんでこんな目の疲れるもの見なきゃなんないのよ」
 男の方はどういう訳か、知ったかぶりをしたがる傾向にあるようだ。それも判で押したように、同じ程度の知識しか持ち合わせていない。マグリット展でもムンク展でも聞いた言葉を紹介する。
「ムンク(マグリット)ってさ、印象派の大家なんだぜ」
 耳に入ってくるとずっこけそうになる。
 ごく希に、実に絵に詳しい男がいる。女に作品の成立過程や画家の歴史的な位置付け、鑑賞のポイント、新しい手法や表現方法の工夫などを手際良く教える。こういうカップルをみつけると、僕はだまって二人の後ろをついてまわる。無料ガイドがついてくれたようで、実に気分が良い。
 知ったかぶりするのは大概、男の方だが、女の知ったかぶりは残虐非道とでもいうべきだろうか。ルーブル美術館展で耳に入ってしまった女の話は、フランス人が傍にいなくて良かったと思う。今思い出しても恥ずかしい。
「ルーブル美術館展って言ったって、ルーブルに置いておいちゃ誰も見向きもされないような絵ばっかなんだよ。だから外国に貸して、そんで金稼いでんのね」
 ふざけちゃいけない。ルーブルに飾られるというのがどれだけ名誉あることなのか。国宝級の作品ばかりなのだ。
 地方都市や海外の美術館では、こういう嫌な思いをすることは滅多にない。そもそもそういう土地では、ある程度の関心と知識を持ち合わせている人でなければ美術館になぞ足を運ばない。入場料も安いし、展示がゆったりしている。海外では、大抵が無料か、優良でも一日券になっていてその日のうちなら何度でも出入り自由のシステムになっているようだ。だから何百点という作品を見ても、あまり疲れない。
 そう、首都圏の美術館は狭苦しいところに、作品をびっしりと展示しようとしている。平均すると、一つの展覧会で約100点くらいか。作品を絞り込んで、半分くらいでも十分見る価値はあると思うのは僕一人だろうか。
 桜木町の横浜美術館で、一度だけ素晴らしい思いをしたことがある。台風が来ている最中、会社を早引けしてルーベンスの絵を見に行った。会場に入ったのは閉館一時間前くらいだろうか。客はほとんどいない。一つのブースに三人いれば多い方だった。「キリスト昇架」と「キリスト降架」の巨大な二枚の絵を、僕は十五分間、独占できた。まるで僕がネロ少年で、大きなムク犬が走ってきたら光のペイヴメントが現われ、そのまま天国に行ってしまうのではないかと錯覚するほどだった。少し時間が余ったので常設展も見た。ダリとマグリットがあった。横浜美術館所蔵のマグリット「王様の美術館」は今でも僕のお気に入りの一つだ。
 どこかの美術館で、入場者に試験を受けさせるところは出てこないだろうか。100点から90点までは半額、90点未満70点までは通常料金、70点未満から60点までは倍額を払わなければならない。点数によって入場料が変るシステムだ。60点に達しない奴には入場すらさせない。
「あなたは非常識で、しかももう死んでも治らない大馬鹿です。絵を見る資格なんて金輪際ありません。おととい来やがれ」
 こうすると、入場者数は現在の20%にも満ずに、快適に絵を観てまわれるのではないか。これは無論、僕のことを棚に上げての話である。僕ならさしずめ、一番得意な現代美術でもせいぜい倍額を払ってようやく入場できるくらいか。中世やルネサンスになると、会場にすら入れてもらえない筈だ。

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ブラックホール(1999.8.7)

 僕の母は、ブラックホールに行ったことがあると言う。こんな話をするとみんなからおかしいと思われるから今までしなかったと言う。
 ブラックホールとはどんなところか。
 まず、何か回転ドアのようなものがあったらしい。だんだんそれに吸い寄せられて、母は逃げたかったのだが、自分の意志に反して抗いがたい力で近寄せられた。やがてその回転ドアに吸い込まれてしまう。回転ドアの中で、母は必死に表に出ようと歩き回った。もがけばもがくほど、どんどん中心部に吸い寄せられるように思えたと言う。とにかく外に出たいから、歩き回った。当然、飲み物も食い物もなかったろう。そんな中で一週間ずっと、ただひたすらに同じところをぐるぐるぐるぐると歩き回ったそうだ。用便などどうしたのだろう、無論カレンダーなどないからどうやって一週間という時間がわかったのかは突っ込まなかった。ただ、一週間歩き続けたら、どっか遠くの向うの方に太陽の様な光が見えて、今度はその光の方に吸い寄せられてこの世界に吐き出されたと言う。
 ちなみに、この経験をした当時、母は回転ドアの存在など知らなかった。数年後に上京して、その姿を見てびっくりしたという。
 今でも宇宙人に連れ去られた人の話を聞と、ブラックホールに入ったことを思い出してあまり良い気持はしないらしい。まだ夢だか現実だか、なんだか良くわからないそうである。
 こういうことを書くと、僕のことをよく知っている人は「お前の法螺話しの癖は遺伝だな」と言うだろう。僕もこの話を聞いて、血のつながりの恐ろしさを感じてしまった。僕が法螺話を書いて商売にしようと考えたのも当然のような気がする。
 ちなみに、母からこの話を聞いたとき、ちゃんといつの体験かを確認した。どうやら二十歳頃の出来事のようだ。もしも三日前とか、一週間前とか、ついさっきブラックホールから帰ってきた、なんて言ったら、その場で救急車を呼ぶつもりでいた。

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文章(1999.9.8)
 いろいろな文章を見かける。自ずと文章の好き嫌いが出てくる。
 好きなタイプでまず思い浮かぶのは、簡潔な文章である。他人に伝えたいこと、自分の言いたいことを必要最小限にまとめる。他人に与える誤解が少ない。実にうらやましい。不思議なことにこういう立派な文章を書ける人に限って、文才がないから、長いものは書けないから、といったことをおっしゃる。長い文章がすなわち良い文章とは限らない。むしろ余計な情報で情報の上塗りを繰り返し何を言いたいのか、さっぱりわからなくなることの方が多い。例えば僕の文章である。「霧の博物誌」に並べてある駄文の数々である。
 もう一つ好きなタイプは、本を読み慣れている人の文章だ。こういう人たちはちゃんと自分の身に合ったスタイルを持っている。人柄を感じさせる。仮に書き慣れていなくても、自然と読書経験が文章に反映されている。
 逆に美文体や、下手な戯文体、饒舌体、軽薄体、つまり流行中の文体なんかは最初の三行を読んだだけで嫌になる。本人はさっと風が吹きぬけるように書いているつもりだろうが、実は逆効果で、もたもたしている。真似だけなら割とやり易い。だからこの文体で書く人が増えているのだろう。プロの作家やライターにも多い。ところが効果の計算を頭に入れていないととんでもない結果になる。この手の八割以上は偽物と見て良い。ごく希に「自分の身に合ったスタイル」と思われるものに出会えることもある。一つの目安として、問題提起と結論が明確か考えながら読むと、恰好だけか本当のスタイルかを見分けることができる。
 雑誌の切り抜きみたいな文章も困る。あの調子で普通の人が書いた文章は、恰好だけのものにしかならない。きっと頭は自分を恰好良く見せることだけで一杯なのだろう。この手のラヴ・レターをもらったことがある。自分を可愛く見せようとする「あざとさ」がはっきり見てとれる。自分の気持ちを語るのに虚飾の多い文体で書くような人は、信用できない。無論、お付き合いはお断りした。
 僕の好きな文章というのは、要するに「体臭が感じられる」文章の一言で説明できる。たとえ表現技術が稚拙であっても、自分の気持ちに重なる言葉を探した痕跡の認められる文章はそれ自体、魅力的に映る。
 例のラヴ・レターをくれた女の子に、興味がないことを最初は遠まわしに、どうやらわかってもらえないようなので間もなくはっきりと告げた。ようやく僕の気持ちを理解してくれたこの娘は最後に罵詈讒謗を並べ立てた手紙を送って来た。この手紙が、一番彼女らしくて体臭を感じさせる面白いものだったのはいかにも皮肉だった。

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