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1.子連れでハワイ!がはじまった! 2.屋上ジャグジーは私の社交場 3.ハワイで頑張るアジア人 4.ハワイ出身の女性ボス 5.サンライズに涙して 6.ハッピーレインボー 7.アーリーバードのサーロイン 8.モイリイリの日系人 9.バーガーもwhapper、心もwhapper 10.アットホームなデリカフェレストラン UP11/111. 我が家流ハワイアンスタイル |
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結婚後5年たって我が家に天使がやってきた!それはそれはかわいい天使!。。 と思うまもなく悪夢のような日々が待っていた! 眠くても眠れない! 出かけたくても出かけられない。 友達も家族もそばにいない。夫は夜中過ぎまで帰ってこない。 お決まりの育児ノイローゼ!お薬とカウンセリングの力をかりてなんとか毎日を過ごした! そんな時、夫の一言「行くか!ハワイ!また昔のように!」! ここから我が家の子連れでハワイがはじまったのだ。 始めての子連れ海外滞在だがおろおろするわけにはいかない。 航空券もコンドミニアムもすべて自分で手配した。 なぜなら束縛されるパックツアーは子連れの私には絶対無理だと思ったから。 あれから、8年! 毎年ハワイに子連れで滞在している。 いまではまわりから相談されるようになり、それならとホームページをたちあげた! このホームページをみてくれた新米ママへ送りたい。子連れだからこそハワイへ行ってみてごらん! そこにはあなたを包んでくれる暖かくて優しい空気と人々が待っていてくれるから! |
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始めての子連れハワイ滞在は娘がまだ1歳! それはそれは大変だった。飛行機の中ではず〜と泣きっぱなし。 ガイドブックを手本にいろいろしてみたが、役に立たず。 そんな時、ガングロ(もう死語?)のカップルが「お母さんになるって大変ですね。 さきほどから何も食べてないみたいだけど、よかったらどうぞ」といって、クラッカーをくれた。 私は涙がでるほどうれしくって、いただいたクラッカーをほおばりながら機内の通路に毛布を敷き、娘と添い寝した。 惨めな気がした! それから、ワイキキについてすぐに娘を抱いてコンドの屋上にあるジャグジーへ。 のんびりしたかったのだ。しかし、そこには数組のアメリカ人老夫婦がのんびりおしゃべりをしながらくつろいでいた。 私は「小さな子供、赤ちゃんを抱いているのだけど、入っていいかしら?」とおずおず訪ねた。 「なにを遠慮してるの。一緒にどうぞ! さあ入って。」ちょっと太めのおばあちゃんが答えてくれた。 私は軽く会釈をして娘を抱っこしながら申し訳なさそうに入り、ジャグジーの隅の方にすわった。 娘を見てみんなそれぞれいろいろ話しかけてきた。 「どこからきたの?」「かわいいわね。」「わたしも孫がいるのよ。」 たあいのないおしゃべりが続いたあと、ふっとある言葉をかけられた。 「ハワイに来たら、ママがのんびりしなさい。赤ちゃんはいつものんびりできてるんだから。 ママがここで心の洗濯をしていきなさい。そうしないとあなたの心はこわれちゃうよ。」と。 今まで子供を産んでから何一つ優しい言葉をかけてもらえなかった私は、まるで子供のように泣くじゃくりながらただただうなずいていた。 それからというもの、私にとって屋上のジャグジータイムは「社交場」になった。 ここは友達をつくり、人生や仕事、子育ての事をいろいろな国の方と話せる場。 高級ホテルのエステもいいかもしれない。でも、やっぱり私はこのFree chargeの屋上ジャグジーにつかりながらおしゃべりをして、身体も心も温かくなっていくのが心地よい!のだ。 |
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ハワイはアメリカであってアメリカでない。私的には多国籍国家だと認識している。 アメリカであるにも関わらず、ココには一生懸命頑張っているアジア人がたくさんいるのだ。 チャイナタウンの市場で大声をあげて客寄せしてる中国人、品のいいベトナム料理店を営むベトナム人オーナー、タイ料理の仕込みに余念がないタイ人シェフ、スパイスを売るインド人、マッカリーで焼き肉の肉を並べる韓国人、そしてサーフショップやトラベルエージェントで働く日本人。ワイキキビーチやオンザビーチのバーでは、朝に昼に夜に欧米人達がビール片手に楽しそうにおしゃべりをし、バカンスを楽しんでいる。その間、必死に働き脇目もふらずに一生懸命頑張っているアジア人。ある夜、インターナショナルマーケットプレースで露店をだしている1人のコーリアンと知り合った。彼は観光客の欧米人や日本人を相手に一生懸命土産物を売っていたが、さっぱり売れない。タートルの形をしたジャンクものの時計を探していた私は彼に近づき「ハイ!調子はどう?」と声をかけた。日本で英会話講師をしていて人よりもちょっとだけ英語が得意?な私はできるだけ大きな声で彼の店の土産物をほめてほめてほめた。そして交渉の末、タートルの形をしたジャンクものの時計を?ドルでゲットした。このやりとりをみていた欧米人観光客や日本人観光客がつぎつぎと集まり、商いは忙しくなった。私が目で合図を送ると、彼はにこっと笑って声を出さずに「Thanks!」と告げた。私はその場を後にし部屋に戻った。次の日からお互いに声を掛け合うようになり、私は相変わらず「ハイ!調子はどう?」と切り出す。何日も同じやりとりをしたがお互いに名前も知らない。今日の今頃も彼はまたあの露店で土産物を売っているのだろうか?そして調子はどうなのだろう。来月またハワイへ行く。頑張るアジア人にあったら、またこう声をかけてみよう、「ハイ!調子はどう?」 |
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外資系企業で秘書として働いていた頃(まだ20代だったっけ!)、ボスはハワイ出身の女性だった。なんの取り柄もない私が彼女の付き秘書になれたのには、ハワイが大いに関係している。リクルーティンググループのアシスタントだった私は、社員食堂で1人で食事をしていた時、彼女は隣に座って私と同じたぬきうどんを食べていた。なんとなく目があってたあいもないおしゃべり。彼女はハワイ出身で日本人の母をもつ日系人で、ご主人とはハワイと日本の遠距離結婚で、そして私よりたった5才年上でなどなど話してくれた。私も前の会社ではハードな勤務から心と身体を壊し、大好きなハワイで3週間、心の洗濯をしてきたばかりで、ハワイで叶わぬ恋に身を焦がして結局うまくいかなくて、ハワイのことなら人よりちょっとばかり知識があってなどなど話に花が咲いた。おしゃべりはとっても盛り上がったが、時間がきたので午後の仕事のため自分のデスクにもどった。次の日、事業部長によばれ、「今日から彼女の付き秘書として働いてくれないだろうか?」と紹介されたのが昨日の彼女、Ms. Bだった。なんと彼女は経営学の博士号をもつ才女でエリートで、しかも28才の若さでリクルーティング戦略のセクションマネージャーだったのだ。「昨日カフェテリアで会ったときに決めたのよ。あなたに私の秘書になってほしいの。」それから2年間、オフィスではいつも一緒だった。彼女も私を信頼してくれたし、私も彼女を尊敬していた。彼女は私にやりがいを与えてくれたし励ましてもくれた。仕事でミスった時も恋人とけんかした時もぎゅっとハグしてくれた。でも結局、ご主人と親御さんの待つハワイへ戻っていった。しばらくして、彼女の母親がガンで突然亡くなったとメールで知らされた。行ってあげたかった。そして今度は私が彼女を励まし支えてあげたかった。でも、音信不通になっていたので会えなかった。今度ハワイへ行ったら探してみよう。もうハワイにいないかもしれない。でも、探すだけ探してみよう。以前住んでいたカイルアにいって探してみよう。 |
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成田空港から約7時間の長いフライト。娘は毎回この7時間を満喫している。機内では折り紙でクラフトして外国人の子供にあげたり、CAと楽しそうにおしゃべりしたり。ハワイについたらすぐにビーチへ行くから今のうちに寝ておくのだと、毛布をすっぽりかぶっていびきをかいて眠ってしまう。母親の私といえば、極度の閉所&高所&暗闇恐怖症のため、搭乗前には必ず精神安定剤を飲むことにしている。それでも機内に入ると息苦しく、過呼吸状態になってこのまま息ができなくなるのではないかと不安になる。7時間のフライトは苦痛で苦痛で仕方がない。だからホノルル空港に到着したときは、人一倍うれしい!あの息苦しさから解放感はきっと私にしかわからない。成田からのホノルル便はほとんどが夜便だ。夕刻から夜にかけて成田を出発し、朝方早くにホノルルに到着する。この苦痛なフライトで唯一私を感動させるものがある。それは、ホノルル到着直前に機内からみることができるサンライズだ。真っ暗な機内にゆっくりホノルルの朝日の光が入ってくる。ホノルルの街はまだ眠っている。オレンジ色のライトが街のあちこちにまるで宝石のようにちりばめられて見える。ゆっくりゆっくりとホノルルの街が明るくなり、ワイキキの海岸がみえてくる。何度みてもこの景色には泣けてくる。毎回、毎回、よく泣けるものだと娘にしかられるが、涙というものは本人の意志に反して勝手にでてくるものだから仕方がないと、これもまた毎回、毎回、説明する。機体はゆっくりホノルル空港の滑走路に降りていく。また、今年もここに来た。涙をふいて荷物をもって娘の手をしっかり握って笑顔で降りていこう。また今年のハワイ生活が始まるのだから。 |
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ハワイでは虹、レインボーをよくみることができる。故にハワイ大学のニックネームも「レインボーユニバーシティ」であるらしい。街には至る所にギフトショップがあるが、レインボーのイラスト入りのものがたくさんうられている。スティッカーもそのひとつ。至る所でレインボーグッズをみかける。でも実は実は「ハッピーレインボー」をみることはなかなかないという。「ハッピーレインボー」とは2重になっているレインボーで両端の下の方まではっきりみることができるらしい。そして、ここハワイで「ハッピーレインボー」を見ることができたら、必ず幸せになれるという言い伝えがあると聞いた。独身時代から数十回とハワイを訪れている私だが、いままで一度もお目見えしたことがなかった。しかし、前回の旅で念願の「ハッピーレインボー」を見ることができた。ホノルルに到着したその日、あいにくの大雨で、最悪!!なんでよぉ〜!と娘と2人で不機嫌になったけど、仕方がないのでとりあえず空港からタクシーでワイキキのコンドに直行することにした。タクシーに乗るまでにずぶぬれになるほどの大雨だった。ところがH1ハイウエイをひたすら走ること10分。途中でぱたっと雨がやんだ。と突然娘が大きな声で、「見て!ハッピーレインボー!」とさけんだ。タクシードライバーのおじさんもびっくりしてみんなで向かって左側をみる。すると本当に大きな大きなハッピーレインボー!しばらくして「やった!」と娘。「Yah!」とおじさん。「うわぁ!すごいね〜」と私。それからみんなしばし無言! 最後に娘が私に言った。「ママ、きっといいことあるね。きっといいことあるよ!」ここのところ、ちょっとばかしこころが風邪ひいてたから、きっとすぐになおるにちがいない。ハッピーレインボーが私にハッピーを届けてくれるに違いない。今回のハワイ旅はなんだかいいことありそうだ。 |
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ハワイでの食事といえば、ホイップクリームたっぷりのワッフルと、シナモンたっぷりのフレンチトースト。それから私(ん?娘?)の大好物のステーキだ。ハワイ行きがきまったその時から私と娘の「肉断ち」が始まる。食べたくて食べたくて食べたくて、我慢できない極限の状態でハワイに来て食べるステーキは、それはもう格別だ。毎晩でもいいからステーキにかぶりつきたいくらい。中でもサーロインステーキがたまらない。ハワイのサーロインステーキは、草履のように大きい。塩コショウのみで味付けされた、ちょっと固め(笑)の肉にA1ステーキソースをどっぷりかけて食べる。これが最高だ。日本よりも比較的安い値段でいただけるが、それでも私らのような貧乏滞在者には結構負担になる。そこで、目をつけたのが「アーリーバードスペシャル」だ。ハワイ独特のサービス(?)で、通常のディナータイムより少し早めに行くとスペシャル価格でいただけるというもの。我が家の外食ディナーには不可欠でありがたいサービスだ。その日もステーキ探しのため、ワイキキのルアース通りをふらふらと歩いていた。なんと「アーリーバードスペシャル・グラウンドサーロインステーキ9ドル」の看板をみつけてしまった。それも、サラダバーにブレッド、スープ、ライスなどすべて付いてくるとかかれてあった。これはお得とそそくさと店に入り、自慢げにこの「アーリーバードスペシャル・グラウンドサーロインステーキ」をオーダーした。ウエイトレスが肉の焼き具合を聞いてくれないことに、かなりムッとして「ミディアム・レアで」と聞かれもしないのに伝えた。彼女は「何を言っているのだろう。変な日本人だ。」とばかりに首を傾げながらキッチンへと入っていった。先にきたトロピカルアイスティーを飲みながら、今か今かと「グランドサーロイン」なるものを娘と一緒に待った。「おまたせしました。こちらです!」とウエイトレスが運んできたものは、な、な、なんと、おおきなわら草履のような「ハンバーグ」!グラウンド=挽く、つまり挽肉でつくったステーキ、ハンバーグだったのだ。ちょ〜ショックで言葉もでなかった。まして、ハワイ旅の最後の夜、ラストナイトだったのに。半分涙しながら仕方なく食べていたら、娘が言った。「私のハワイお気に入りフードがまたひとつふえたよ。」思い切り気をつかってくれた娘にまたまた感謝のラストナイトだった。 |
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ワイキキからハワイ大学へのバスルートは4番バス。これは誰でも知っていること。この4番バスでハワイ大学より二つぐらい手前のバス停を利用したことがある旅行者は、あまりいないだろう。そこはモイリイリの町。日系人が多く住む町。小さな一軒家の表札には日本の名字、ベレタニアとS.キングの間には広島宮島のレプリカ、バーガーキングには日系のお年寄りがハンバーガーをほおばりながら、おしゃべりをしている。(まるで巣鴨のマクドナルドみたい!)ここはハワイ?ワイキキやカハラとはまた違った雰囲気。でもここは間違いなくハワイだ!昔、日本人学校だったモイリイリのコミュニティセンターでは、日本からたくさんのボランティアスタッフが働きにきていた。20代の若い女性は介護スタッフを、定年を迎えた元教師はセニアプログラムでストレッチの講師を、50才ぐらいの中年女性は日本語学級の講師を、それぞれ自分の専門分野を活かすためココに生活の場を移したのだ。ハワイに住む日本人(日系人)は何度もつらい目に遭ってきた。踏みつけられ、傷つけられ、裏切られ。それでもこれでもか!これでもか!とたちあがり、はい上がり、あきらめないでそして今の地位を築き上げた。私は、ハワイの日系人の歴史と今までの自分の人生とを重ねている。だから、どんなにつらくても、踏みつけられても、傷つけられても、「絶対たちあがろう!はい上がろう!そして絶対あきらめない!」と頑張れる。毎年ハワイのモイリイリに来て、ここの日系人の生活する姿を見るのが大好きだ。どんなに落ち込んでても、ここに来ると元気が出る。「私も負けちゃいられないぞ〜。」って思う。 モイリイリのコミュニティセンターは、そんな彼らの憩いの場、大切な場所。それなのに、ハワイのロコ達や欧米からの旅行者の間ではココの存在を知る人は少ない。「モイリイリのコミュニティセンターへ行き方わかる?」と何人に尋ねただろうか。「なにそれ?知らないよ。」「どこ、それ。何してる所?」結局、誰一人、モイリイリのコミュニティセンターの場所を教えてくれる人はいなかった。ハワイの住人でさえ、モイリイリのコミュニティセンターの存在を知らないなんて。ものすごくショック!。夕方、コンドのスタッフにデジカメで撮ったモイリイリコミュニティセンターの写真を見せながら「こんなに歴史のあるところなんだから、みんなハワイにすんでいるのだから、一度は行ってみて!!」 ちょっと・・かなりムッとしながらみんなにそう言ってやった!!! |
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子連れハワイ滞在で必ずお世話になるのが、ファーストフード店。マクドナルド、ケンタッキー、ジャックインザボックス、モスバーガー(以前はワイキキで見かけたが、この頃見あたらないのはクローズしたのかな?)などなど日本でもおなじみファーストフード店がハワイのあちらこちらにあり、子連れファミリーにとってはとてもありがたい存在。 我が家のお気に入りは「バーガーキング」。娘はバーガーキングでもらえる紙の王冠がほしくてここに通っているようなもんだ。私も日本ではほとんど食べないハンバーガーだが、ハワイに来るとなんだか食べたくなるので、娘と一緒にバーガーにかぶりつく。日本のバーガーショップと違うのはなんといっても、サイズだろう。ドリンクにしてもバーガーにしても「このサイズはないだろう!いったい何人用なんだ?!」といつも思う。日本のラージサイズはハワイのスモールサイズだ。だから日本に居る感覚でラージサイズなんて頼んだ暁にはそれはそれは大変なことにある。 それなのに「ジャンボサイズ」なんてものがあるから、これまた大変だ。初めて娘がハワイに来たのは1歳。まるで大きなぬいぐるみを抱っこするようにジャンボサイズのドリンクを抱きかかえて飲んでいた。そんな娘ももう8歳。今年のハワイでは、もう一つの発見をして喜んでいた。それは、「ワッパー」サイズのバーガー。ラージよりも大きいジャンボ。ジャンボよりももっと大きなワッパーサイズというわけだ。直径約10センチ、高さ4〜5センチ位のワッパーサイズのバーガーをかぶりつきながら、「ハワイってバーガーもワッパーなんだね。」と言った。小さな事にはくよくよしないワッパーな心を持ったハワイの人たち。バーガーもワッパー、心もワッパー。日本にいるとホント小さな事で、ろくでもないことで、へこんだり、むかついたり、胃が痛くなったりする。ハワイで暮らす人たちのように、ハワイで食べるバーガーのように、もっともっとワッパーな心の持ち主にならなくちゃ。 |
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最近日本でも、娘と街をぶらぶらするようになった。子連れ外出なので昼の時間帯が多い。たまにはディナータイムをひっかけての外出もあるが、だいたいがランチを兼ねたお出かけになる。閉所&暗所恐怖症の私はやっぱり日本でもテラス席のあるレストランか壁がガラス張りになっているレストランかを探して利用しているが、最近都内やその近郊でもそういった開放的な雰囲気のデリ&カフェレストランが増えてきた。個人的にはとってもうれしいことである。娘も「あっ!なんとなくハワイっぽいね!」なんていいながら食事をしているから、結構気に入っている様子。私もそういったカフェやレストランがどんどん街中に増えてくれると外出しやすいので喜んでいる。 ただ、ひとつだけ気になることがある。日本の、特に東京やその近郊の大きな街に新しくできている素敵なレストランのその大半は、大きな企業が資本を出して宣伝して、一気に数店舗からスタートする。あっという間にその名は雑誌やグルメ本で紹介され、口コミよりも先に私たちの耳に入ってきてしまうのだ。一流の設計士、デザイナー、大手なりの流通方法を使ってスタートから完璧なレストランとなって立ち上がる。 「素敵なレストランだな」と思っても大きな企業の傘の下で経営されているレストランだとわかると、ちょっと幻滅してしまう。もともと、飲食店というものは、オーナーのこだわりと人脈、それと趣味と味でお客さんが集まり、集まったお客さんが口コミで宣伝をしてくれるようになると、有名な店になる物だと思っている。 今、東京の洒落た店(私の言う洒落た店だが)でアットホームな手作りのデリ&カフェレストランを見つけるのが難しくなった。ちょっと残念なことだ。 ハワイにはまだまだそんなお店がたくさんある。もちろん、いろいろな国の(日本も!)大企業がハワイの地で、有名レストランを立ち上げ、成功しているのも事実だ。でも、オーナーシェフ自らの手作りの雰囲気を醸し出すいい感じのレストランは、東京よりもハワイのほうがまだまだ残っている気がする。小さな木の看板を掲げ、ご夫婦と数少ない従業員で切り盛りしている、いい感じのお店はやっぱりハワイのほうが見つけやすいかもしれない。 大型チェーンや大企業資本の立派なレストランよりも、個人経営の小さなアットホームな暖かいデリ&カフェレストランでいただくランチの方が、私も娘も大好きだ。 ちなみに、我が家のおすすめのアットホームなデリ&カフェレストランが点在するところは、キングスストリートやカパフル、それと、やっぱりノースだ。もちろんワイキキにもまだまだたくさんあるので、是非、こじんまりした素敵な「デリカフェレストラン」を見つけていただきたい。 |
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日本での生活とハワイでの生活、比べてみるとあきらかに正反対の生活をしている私ら親子。なにが違うかって? それは食べるものから始まって、身につけるもの、見るもの、感じるもの、そして考えることすべてだ。 例えば、身につけるもの。ハワイでは、革靴やパンプスのかわりに素足でサンダルやスリポンなんか履いたりしてる。小物だってそう!高級ブランドで有名な茶色の財布のかわりに布製のサーファーズウォーレット。皮の角張ったケリーバックのかわりにABCストアーで買った布バック。メモ用紙やノートブック、ボールペンなど文具はUH(ハワイ大学)のブックストアかキャンパス内のバザーで購入したもの。ランチだって水着の上にジーンズの短パンとタンクトップを着て大きなワッパーバーガーにかぶりつく。 他人の生活ぶりなんかぜんぜん気にならない。むしろそれぞれの人種がそれぞれの環境の中でのびのびと暮らしている様を見ると、「人ってそれぞれ違った人生を生きているから楽しいし、おもしろいんだなぁ」なんて呑気に思えてくる。もちろん、子供がどこの塾にいくとか、お受験がどうとか、他人の暮らしをうらやましとか、そんなことはホントにくだらなく思えてくるところがハワイ。 娘が「ハワイにくるとママがやさしくなるからず〜〜とここで暮らしたいな。」と言う。 ハワイで重たい鎧はいらない。自分を飾っている全てをはずして体を軽くして肩の力をぬいて、のんびりのんびり暮らしていると、日本での自分がちょっと恥ずかしいかもしれない。 そう言えば、ハワイに来ると肩こりが治るのはいったいなぜ? そう、もうみなさんもおわかりのはず。ハワイは素の自分に戻れる場所だから。 |