white-day

「うっわー、いい天気!!今日はいいことありそうだわー」
香はリビングの窓を大きく開け放つと、ベランダにそのまま出て腕をいっぱいに広げのびをする。
はーっと息を吐き出した。
「と、は言ってもまだ寒いなー」
香は両腕で自分をさすると、そうそうにリビングに戻った。
掃除は終わった。寝坊すけの相棒はまだフトンとデート中だ。
(昨日も遅かったみたいだモンね〜)
香はソファに寝ころぶと僚の部屋を見上げて、苦笑いする。
自分の両頬をパチっと叩くと足で弾みをつけて起きあがった。
「りょー、伝言板見に行ってくるから、ご飯適当に食べてね〜。今日は依頼が
ある気がするんだー。ちゃんと起きてろよー」

カランカラン。
来客を知らせるベルが軽やかに鳴る、ふと入り口に顔を向けると、ベルの音とは
正反対の重い足取りの香が入ってきた。
足取りだけでなく、その肩もいつもは笑顔がほころんでいる顔も重く沈んでいる。
「どうした、香。いつもに増して重い足取りだな」
「あはは、こんにちは。海坊主さん」
「今日も依頼が無かったのか」
「うん、そうなのよ。今日はあるって予感してたんだけど、はずれちゃったみたい。あーあ」
はぁ、と大きく息を吐きカウンターにおでこを載せた。
「まぁそんなに気を落とすな。お前のせいじゃない」
香の好きなブレンドのコーヒーをそっと香の顔の脇に置く。
「ありがと、海坊主さん」
香はカップを両手で包むように持ち上げると一口啜った。
そんな香の目の前に一切れのアップルパイが差し出された。
「??」
「……き、今日はホワイトデーだろ。そ、そのバレンタインのお返しだ…」
「あ、ありがとう。すっかり忘れてたわ、たはは」
香は一口大に切ったパイに添えられた生クリームをつけて、一口食べた。
「すごーい、すごすごーい、美味しい〜vv美味しいわ、海坊主さん、ありがとう」
「いや、お前のチョコレートケーキも美味かったぞ」
「えへへ、そう言ってもらえると、嬉しい」

「OH〜!!カオリ探したよ〜、こんな所にいたのかい」
「こんな所で悪かったな」
「No,NO〜、ファルコン。こんな美女の前でしかめ面見せないでくれよ〜」
大騒ぎをしながらキャッツに入ってきたのは金髪ジャーナリストだった。
「why?今日はミキはどうしたんだい?」
なんのかんのといいながらミックにもコーヒーを当たり前のように出す、海坊主。
香はその様子を楽しそうに見ていた。
「商店街の会合に行っている」
ミックはコーヒーを一口啜ってから、スツールをくるりと回して、香の正面に向き直る。
香の座っていたスツールも自分の方に向けた。
「な、なにミック?」
香の目の前に大きな包装紙にくるまれた鉢植えが出てきた。
「happy、whiteday カオリ」
ミックは得意げに、香の驚いた顔を見ながらニコニコとしている。
「え、あ、ありがとー、ミック。すっごいうれしい」
香は鉢植えを抱きしめると鉢植えの小さなピンクと白い花とミックの顔を交互に見る。
「すっごい可愛いお花ね?なんていうの、これ」
「ん?キャンディタフトっていうんだよ?whitedayにぴったりだろ?」
ミックは軽くウインクを返す。
「うん。そうね。ホワイトデーなんてすっかり忘れてたけど、海坊主さんからはおいしい
パイもらってミックからは可愛いお花もらって。とってもイイホワイトデーだわ」
香は本当に嬉しそうに笑みを浮かべミックと海坊主を交互に見た。
その香の姿を見ているミックと海坊主もまた笑顔だった。

キャッツからの帰り、依頼がなかったのに香はごきげんだった。
片手に海坊主のアップルパイ、片手にミックからのキャンディタフトの鉢植えを抱え、笑顔で
アパートに帰ってきた。
「たっだいまーっと」
いつもよりも浮かれた声になってしまうのはご愛嬌だろう。
ふと、視線を玄関のタタキに向けると大きな革靴が目にはいった。
(僚の…?)
いつもはナンパに繰り出ているこんな時間にいるのを不審に感じながらも
リビングに入る。案の定、そこにはぐーたらとソファに寝そべってえっちな雑誌を
テーブルに積み上げて見ていた。
「あ、僚、めずらしい。こんないい天気なのにナンパに行かないで家にいるなんて」
香はニコニコしながら僚の雑誌をひじで隅に寄せてパイと鉢植えを置く。
「なんだそれ?」
あごでテーブルに載ったパイと鉢植えを指す。
「あ…海坊主さんとミックがホワイトデーにって…」
僚はそれと香を一瞥するとそのままソファにつっぷし、また雑誌を眺めだした。
「ふーん、マメなこって。それより香コーヒー淹れてくれよ、コーヒー」
「ふーんってそれだけ?ま僚には期待するだけ無駄だろうけどさ」
香は「さ」に力を入れて、同じタイミングで積んであった雑誌を指でつついて、
そのまま、キッチンに向かった。もちろん雑誌はなだれのように崩れ落ち…
「くっそ。なにしやがんだ、香っ」
香はリビングのドアのところで「あっかんべー」をしてそのままキッチンに消えた。

(なによ、僚のやつ…あんな言い方しなくったっていいのに…)
香は僚の不機嫌な態度が腑に落ちないながらも、コーヒーの準備をはじめる。
「あーぁ。プレッシャーかけちゃったのかな…」
香は海坊主とミックからのお礼をリビングに、僚の前に持っていったのを後悔
していた。2人からのプレゼントを僚に見せたのは無言の催促のように感じたからだ。
香は僚からホワイトデーをもらいたいわけではない。もらえたら嬉しいけれど
そんなことに気を使ってもらわなくても香はよかったのだ。
ただバレンタインを受け取ってくれただけで充分だと思っていた。
ため息をつきながら香はコーヒーを淹れようとサーバーを取り出す。
「あれ?」
自分の目が信じられなくて、持ち上げて、逆さにしたり、下から見上げたり
叩いたり、意味のないことをしてしまった。

だって、コーヒーサーバーの中にたくさんのキャンディーが詰まっていたから。

それは色とりどりで、見ているだけで楽しくなってくる。
この家の住民は2人だけで、香がやったのでなければ、それは…

「リョウっ!!」

香はサーバーを掴むと、リビングに走り込んだ。
「なんだよ、うるせーなー」
僚は雑誌を自分の頭の下にいれながら、香を見る。
香はドアのところで立ったまま、サーバーを僚の方に少し突き出した。
目には涙を浮かべ、口はにっこりと笑みがあふれている。
「これ、僚?」
僚は上半身を起こし、香を見る。
「ま、こいつらには劣るけどよ」
アップルパイと鉢植えを指で少し弾いた。
「ううん。全然劣ってなんかないよ。すっごいすっごい嬉しい。ありがとう僚」
香はにっこりと笑って、僚に近づいた。
「香。それ、さかさまにして全部中身出せよ」
僚はテーブルを軽く片しながらいう。
「えー、なんで」
「何でって、それ出さにゃ、コーヒー飲めんだろーが」
「あ、そっか…」
香は名残惜しそうにサーバーの中からキャンディーを取り出した。
僚は出てきたキャンディーを楽しそうに山にしていく。
「これで最後っと」
香はなんとはなしに僚を見上げた。
「おまぁ、何味が好み?」
「うーん。どれも好きだなー、イチゴでしょ、メロンでしょ、レモン、ソーダー…」
香はキャンディーの山を見ながら、答える。
「んじゃま、基本のレモンにしとくかね」
僚はそういうと、山を崩してレモンを取り出し、香がとめる間もなく、自分の口に
放り込んだ。
「あー、なんで僚が食べちゃうのよ!!」
僚はキャンディを舐めながら、そんな香の顔をまじまじと見る。
香は頬を膨らませつつも僚のマジ顔に少し見とれた。

そして、僚は香のくちびるに、自分のそれをそっと触れさせた。
香の唇にはほんの少しレモンの味が残った。

「しかしすっぺーや、このアメ」
僚はそのままキャンディーをなめながらリビングを出ていった。
 
「……もぅ、もぅ最低…じゃ、ない…」
香はその場に座り込んで、ジッと指先をくちびるにあてていた。
レモンの味はもう、しないのに…。


終わり。

Back