今日の運勢
   

若い女性はたいていそうだが、はのほは占いが好きだ。
それで人生を左右されるほどではないが、毎朝ケータイで今日の運勢をチェックして出かけるのが日課になっている。
その日の運勢は「油断大敵。幸運度3」だった。
「何事にも気をつけろってことね」と言いながら、悪い運勢はすぐに忘れてしまう。
これもまたいつものことだった。

「はのほくん、今日の午後、ウィークリーニュースが取材に来るんだが、
来たら応接室に案内してお茶を出してくれないかな」
課長が言った。

はのほの会社は中堅の寝具メーカーだ。
昨年開発した安眠枕が "疲れたおじさん族" の間で徐々に人気が出て売り上げを伸ばし、折からの癒し系グッズブームの中、あちこちのマスコミから取材に来るほどのヒット商品に成長した。

「はい、わかりました。でも、ウィークリーニュースって、英語の雑誌でしょ?
ひょっとして来るのは外人さん…?」
「いや、違うだろう、日本版の記者だから。取材の申し込みも日本語だったし」
「そうですか、わかりました」
気軽に応えたはのほだったが、その日の午後、受付へ迎えに降りたはのほを待っていたのは、
金髪に青い目のすばらしくハンサムな外人だった。

(課長の嘘つきーっ!外人じゃないの!)
自慢じゃないが、はのほは英語は全然ダメだ。
(いや、フランス語もドイツ語もスペイン語もダメだが…)
今朝の占いの "油断大敵" はこのことだったかと思ったが、もう遅い。

「え、えーと、…ウ、ウェルカム。
あ、じゃなくて、初めて会ったときの挨拶は何だったかしら?ハウ・アーユー?」
目を白黒させながら、頭の中でン十年前に習った英単語を必死で思い出していると、
青い目の記者はにっこり笑って言った。
「日本語でいいですよ。ぼくは日本語がわかります」
とても流暢な日本語だった。
「ウィークリーニュース・ジャパンのミック・エンジェルです。はじめまして」
はのほはほっと胸をなでおろした。
「ああ、よかった。私、英語が全然しゃべれないものですから。どうぞ、こちらへ」

ミックはカメラを肩にかけ、床に置いていた大きなブリーフケースを持ち上げた。
「お荷物大変ですね。ひとつお持ちしましょう」
「とんでもない、レディーに荷物を持たせるなんて。
大丈夫、こう見えてもぼくは力持ちだから」
にっこり笑う優しい笑顔に、はのほの胸がときめいた。

ミックが帰ってからも、はのほはミックのことが忘れられなかった。
どうやら一目ぼれしてしまったらしい。
日本ではめったにお目にかかれない紳士的な態度と優しい言葉。
その辺の日本人よりずっと礼儀正しく美しい日本語。
その上、俳優かモデルかと思うほどのハンサム。
職場の男性がみんな色あせて見えるほど、ミックはすてきだった。

(でも、無理よね、私なんか。あの人のこと、好きになっても…)

はのほにはまだ決まった彼はいない。
巨乳・色白という美人の要素を備えながら、全体にぽっちゃりした体つきとたれ目で愛嬌のある顔立ちは、
親しみは感じてもらえても、男性が一目ぼれするようなものではないと自覚している。
そんなはのほの前に現れたミックは、まさに "理想の王子様" だった。

(もう一度だけでもいいから、会いたいなあ…)
はのほはミックの笑顔を思い出してため息をついた。


9月19日金曜日。今日ははのほの誕生日だ。

その日の運勢は、「思いがけないことが。幸運度5」
幸運度が満点だ。
(思いがけないことってなんだろ?花金だし、なにかいいことあるのかな?)
はのほはわくわくしながら、元気よく家を出た。

その日の夕方、はのほは課長に呼ばれた。
「はのほくん、きみ、新宿詳しいって言ってたよね」
「はい、家が高田馬場ですから」
「じゃあ、悪いけど、今日の帰りにこの資料を届けてくれないかな?
この間来たウィークリーニュースの記者に」

はのほは心臓が飛び出しそうになった。
ドキドキする胸を抑えて、わざとさりげなく聞いた。
「ウィークリーニュースの記者って、ミスター・エンジェル…?」
「そう、あの人だよ。今日電話があって、追加でいろいろ聞かれたんだけど、これを見てもらったほうが早い。
新宿の自分のオフィスにいるそうだ。バイク便にしてもいいんだが…」
「いえ、私、行きます!新宿なら、帰り道ですから」
「…と、思ってさ。助かるよ。住所はここだ」
課長はミックの名刺と資料をはのほに差し出した。

ミックのオフィスはすぐに見つかった。
「ミック・エンジェル」とカタカナと英語で書かれたネームプレートを見ながら、はのほは震える手でチャイムを押した。
「はーい。どなたですか?」
「あの、P社のはのほです。頼まれた資料を持ってきました」
「オー、サンキュー、ちょっと待ってください」

ドアが開いて、夢にまで見た笑顔が現れた。
「ありがとう、ハノホさん。とても助かりました」
「いいえ、帰り道ですから」
じゃあこれで、と頭を下げるはのほに、ミックは言った。
「お急ぎですか?お時間があれば、コーヒーでも一緒にいかがですか?」
「え!でも、お仕事のお邪魔では…」
するとミックはいたずらっぽくウインクした。
「実はね、さっきからぼくもずっと一休みしたいと思っていたんです。
でも一人でブレイクしてもつまらないから、あなたが来るのを待っていたんですよ」

それからの15分ほどをどうやって過ごしたのか、嬉しさで舞い上がっていたはのほにはあまり記憶がない。
キッチンに通され、ミックの淹れてくれたコーヒーを夢見心地で飲んだ。
はのほが、今日が誕生日だと言うと、ミックはとても残念そうな顔になった。
「オー、それは残念!知っていたらプレゼントを用意しておいたのに…。
でもハノホさんなら、きっとステキなプレゼントをたくさんもらうんでしょうね」

「とんでもない!プレゼントをくれそうな彼はいないし、この年になると友だちも冷たくって。
一人で寂しい誕生日ですよ」
苦笑しながら言うはのほの顔をミックが覗き込んだ。
「ホントに?」
「え?ええ…」

「じゃあ、ぼくがキスしても誰にも叱られないわけだ」
「ええっ!?」
「そんなに驚かないで。プレゼント代わりのお祝いのキスです。嫌ですか?」
「い、嫌ってわけじゃ…、でも、そんな…、突然…」
真っ赤になってしどろもどろに答えるはのほに一層顔を近づけて、ミックはささやいた。
「Stop talking. Close your eyes…」

もう何がなんだかわからなかった。
青い目の魔法にかかったように、はのほは言われるままに目を閉じた。
ミックの唇がはのほの唇にそっと触れる…
と、そのとき、玄関が開く音がして「ただいま」という声が聞こえた。
ミックがギクッとして、はじかれるように立ち上がった。
はのほが驚いて目を開けると、キッチンに女性が入ってきた。

「あら、お客様だったのね?」
女性は、はのほを見てにっこりした。
清楚な美しい日本女性だ。
「あ、ああ。P社のはのほさんだよ。今度の書く記事の資料を届けてもらったんだ」
「まあ、それはどうも。ミックの妻のかずえです」

(お、奥さん!?)
かずえを見たときから予想はしていたが、はっきり告げられるとやはりショックだった。
「はじめまして…」
力なく返事をするはのほに、かずえは聞いた。
「はのほさん、なんだか顔色が悪いわ。ひょっとして、この人に何かされたんじゃない?」
「いえ、そんな…」
「だってこの人、かわいい女の子を見るとすぐ手を出すのよ。
相手に恋人がいようが、だんな様がいようがお構いなし。
はのほさん、大丈夫だった?」

「ひどいな、カズエ。
それじゃまるで、ぼくがレディー・キラー(女たらし)みたいじゃないか」
「あら、違うの?」
かずえがにらむとミックは肩をすくめた。
どこから見ても仲のいいお似合いの夫婦だ。
「コーヒーごちそうさまでした。私、帰ります」
はのほはそう言いながら立ち上がった。

はのほががっかりして歩いていると、後ろから陽気な声が飛んできた。
「ねえ、彼女ぉ、ボクとデートしな〜い?」
振り返ると、声をかけたのは背の高い軽薄そうな男だった。
「ね、ね、一人なんでしょ?だったらボクとお茶でもしようよ〜ん」

はのほは男のニヤケた顔をじっと見た。
(ああ、どうせ私を誘ってくれる男なんて、この程度の男なんだわ)
ミックには釣り合わないと思っていたけど、だからといってこれではあんまりだ。
(なにが幸運度5よ!)
情けなくて腹立たしくて、はのほは男の前でわっと泣き出した。

「何してるのよ、撩!道端で女の子泣かせて!」
「か、香、誤解だ!おれ、何にもしてねえよ。
この人がおれの顔見て急に泣き出したんだ」
「何もしないのに泣き出すわけないでしょ!」
「ホントだって!おれはただ、声をかけただけだよ」

喧嘩を始めた2人に、はのほは涙でぐしょぐしょになった顔を上げて言った。
「そ…、その人は何もしてません…」
「え?」
「ほら見ろ」
「じゃあ、どうして泣いてるの?」
香ははのほのそばにしゃがみこんで聞いた。

「私、ついさっき、失恋したんですぅ…。
誕生日だっていうのにぃ…、、最悪〜〜」
はのほはまた泣き出した。
「え?え?失恋?誕生日???」
何のことだかわからない撩と香は顔を見合わせた。

「と、とにかく、こんなところで泣いてたら、みんなに変に思うわ。
うちがすぐそこだから、とにかくうちへ来ない?」
「おい、香、本気かよ?」
「だって、撩が声をかけたら泣き出したんでしょ?このままほっとけないじゃない!」
香は、はのほの肩を抱いて立ち上がらせた。
「やれやれ。おまえのおせっかいなところは、兄貴そっくりだな」


それから…

はのほはあの日のことを思い出すと、不思議な気持ちになる。
とてもおかしな1日だった。
思いがけずミックに再会したと思ったら、即行で失恋した。
泣いていたら通りがかった撩と香に拾われて、友だちになった。

アパートに連れて行かれて、尋ねられるまま失恋のいきさつを話したら、
香が自分のことのように同情してくれて、
「それじゃあ代わりに、あたしがはのほさんのお誕生日を祝ってあげるわ!」と言い出した。
最初はあきれて見ていた撩も、食事をしたりお酒を飲んだりするうちにすっかり打ち解けて、
なんとミックがこの2人の友だちということもわかった。

「え!はのほさんの失恋相手ってミックだったの?」
「そりゃあ、失恋してよかった。あいつの女癖の悪さは普通じゃないからな」
「しょっちゅう行きがかりの女の子をナンパしてるあんたが言っても、説得力なーい」
はのほはクスクス笑った。
明るい2人を見ていると、だんだん失恋の悲しみが薄れていった。

「思いがけないことが。幸運度5」

占いは当りだったかもしれないと、はのほは思う。
(ちょっとヘンだったけど、悪くない誕生日だったよね?)

そしてはのほは、今朝もケータイで運勢をチェックする。

*****

 

あとがき
私のサイトでは、お好きなCHキャラがメンバーの誕生日をお祝いする
というストーリーをプレゼントしているのですが、
これは、はのほさんのお誕生日プレゼントとして書いたストーリーです。
したがってストーリーは、はのほさんからのリクエストです。
実はミックは私自身の好きなキャラなので、これを書くのは涙でした。(TへT)
(だから失恋させたわけではなく、失恋するのもリクエストのうちでした。念のため・笑)
お書きになるストーリーと同じくほのぼのしたはのほさまのキャラが出ていればいいなあ、
と思うのですがいかがでしょう?
はのほさま、お誕生日おめでとうございました。
(水無月あるて)

管理人あとがき
とっても会員さんに優しいサイトの《Artemis》
お誕生日企画も季節ごとに行われていて、プレゼントされているお話を
読むたびに、早く自分の季節がこないかなー!と首を長くして待って
いました。
最近ミックレィジー(笑)な管理人。
リクエスト以上に面白くしてくれた水無月さんに感謝ですv
ありがとうございました。
そして、お話の中の管理人と管理人は同一人物では…(爆

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