七夕

「なーに、ぶ〜てれてんだ。おまぁ」
「だってー、昨日まであんなに晴れていたのに。七夕の当日になって
雨ふるんだもん」
香はリビングの窓際に寝転びながら、シトシトと降り続く雨を見ていた。
僚はソファーに座り、テーブルに足を投げ出しながら、そんな香を見ていた。
「一年に一回しか会えないのに…可哀想、織姫…」
「もう、香ちゃんたら『ろまんちすと』ね〜」
軽く笑いながら、タバコに火をつける。
香はそんな僚に膨れ面を見せながら、ゴロリと転がり、僚の方を向く。
「だって〜。今日の為に一生懸命仕事したんだよ?逢わせてあげたいじゃない?」
「はいはい。ま、しょうがねーんじゃねーの?旧暦だったらもう夏にも
なってただろうけど、太陽暦にしたら7/7なんて梅雨の真っ只中なんだしよ」
「う〜」
「ぁんだよ。唸るな」
「あんたってホント無駄な知識ばっかり持ってるのね。ツマンナーイ」
「ツマル、ツマラナイの問題じゃなかろーに」
「だって〜、せっかくキャッツで笹飾り作ったのに〜」
「どうせ『僚が男の依頼人でも素直に受けますように』だの『宝くじがあたりますように』とか
色気のない願い事してんだろ」
いいながら僚は立ちあがり、タバコを灰皿に押し付けた。
「ちょ、どこいくのよ?」
「夜の織姫ちゃんたちが、僚ちゃんの登場を今か今かと待っているのです〜」
じゃあね〜、と出て行きそうになる僚のジャケットを香は
マッハの勢いで立ちあがり、掴んだ。
「っと、ぁっぶねーな。何?」
「あたしも行く!!」
「ぁああん?」
「『パラダイス』行くんでしょ?さっきキャンディーさんから電話あったの」
「電話〜?」
掛けるなら携帯にしろっていつも言ってるのに…
「うん。あんたのケータイにね」
ジャケットに入れっぱなしでここに置いてったじゃない。

TRRRRRR〜♪
「もしもし、サエバリョウの携帯です。もっこりバカはいませーん」
『あ、その声は香ちゃん』
む、あたしの知ってる人なのかしら。妙に若作りの声だけど。
『私、「パラダイス」のキャンディーです。こんにちわv』
「あ、キャンディーさん!!どーしたの?」
香は50過ぎであろう、金髪オカマさん美人ママを思い浮かべた。
『今日はさー、七夕じゃない?だから雨なんて吹き飛ばそう!ってパーティーやろうと思ってる
のよ、うちのお店で。で僚ちゃんにもお声を掛けようかと思ったんだけど』
「そう…でも僚は携帯置いたまま出ていっちゃったから、連絡つけられないんだけど…」
『そのようね、残念。ね、ねじゃあ香ちゃんだけでもいらっしゃいな。今日は食べ放題飲み放題の
大盤振る舞いなんだから〜』
「え…でも…」
『僚ちゃん戻ってきたら、一緒に来ればいいんだし。今日は常連さんだけの貸切って形にするから
変なヤツもいないから一人でも安心よ。ね、お願い。久しぶりに香ちゃんとおしゃべりしたいわー、キャンディー』
ママのしなしなとした様子を思って、笑みが浮かんだ。
「うん。じゃぁ僚が戻ったら一緒に伺います」
『キャー、嬉しい!!じゃあ腕によりを掛けてお料理作ってまってるわ』

「ってことで、ヒトツ」
「なーにが『ってことで』だ」
珍しく香から僚に懐いている。自分の部屋から持ってきたジャケットに腕を
通すと僚の腕に自分の腕を絡めた。
「いーじゃん。どうせ行くなら一緒に入ったって」
「『パラダイス』行くかどうか決めてねーっつの」
「えー、行こうよ。キャンディーママにあいたいもん」
「僕ちゃんは他の織姫のほうが…」
僚がうんざりしたように、声を小さくつぶやいた。
その声に香が腕をはずす。
「もう!イイよ!!あたし一人でいくからっ!!」
魅裡魍魎が跋扈する夜の歌舞伎町なんかに一人で出掛けさせる訳にはいかない。
しかも一緒に出掛けたくないわけじゃないのだ。
少しからかっただけなのだ。
抜けていく香の手を僚はあせって掴んだ。
「今日、今日だけは…彦星になってやっても…いいぜ」
「……はぁ?」
「だーっ!!雨降ってる代わりだっ!!悪ぃか!?」
「うーん。我慢してあげる。天上の2人は会えないんだもんね」
そして、香はまた僚の腕に絡ませた。

うっすらとした霧雨の中、サエバアパートから一本の傘が出てきた。
その傘からは2本のたくましい足と2本のスラリとした足がのぞいていたとかいないとか。

「僚は?なんかお願い事しないの?」
「ん、なガキじゃあるめーし…おまぁはなんてしたんだ?」
「ん〜、してないよ。だってさ…」

ー今って結構幸せなんだもん。コレ以上欲張ったら罰があたりそうだよー


終わり


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