素直に…

ミックと連れ立って地下のバーに腰を落ち着けたのはいったい何時ごろだっただろうか…

薄目に作られた水割りを飲みながら、ミックの愚痴だかノロケだかを
ずいぶんと聞かされていた気がする。
「な〜んだよ、りょ〜。今日はツレないじゃんかよぉぉ〜」
グデングデンに酔っ払ったミックを引きずりながらバーからの階段を上がる。
「だぁ、ミック!引っ付くな。俺にそんな趣味はねーっつーの。重いんだよっ!」
「およよ、親友の言葉とは思えない。俺がこんなに傷ついているというのに…」
今日、カズエちゃんを学会会場まで迎えに行ったら、当のカズエちゃんが昔なじみの学者と仲良く
お茶をしていたらしい。
それを車の窓から見ていたミックは彼女が戻ってきたときにそれとなく聞き出したら
『なんでもないわよ』と(ミックいわく)冷たく言い放ったのだという。
カズエちゃんにしてみれば本当に「なんでもない」んだろうが、この金髪男は
「OH!僕にうそをつくなんて、愛が、愛が、愛がなーーーーいっ!!」
と家を飛び出し、そんな奴に捕まってこんな時間まで楽しくもない逢瀬だった。
「リョーちゃん。もう1軒付き合えよ〜〜」
「お前そんなに酔っ払ってるんだから、あきらめて家帰れよ」
階段を上りきったところでジーンズの後ポケットに入れていた携帯が震えた。
「なーんだー。愛しい姫からの『帰ってきてvコール』かよ〜。うらやましいね〜」
悪態をつきながら俺の携帯を奪おうとする一瞬前に取り出した。
この携帯の番号を知る奴はあまり多くない。
かかってこないほうがありがたい相手ばかりだ。
留守電のマークが点滅している。
そういえば電話から逃げる為ではないが地下にある店ばかりで、今夜は飲んでいた。
聞き耳を立てるミックを蹴飛ばしながら、再生操作をした。
録音されたメッセージは、はたして彼女からだった。

『あたし、香。まったくどこで飲んでんのよっ!!ツケ増やしたら承知しないんだからね。
さっき冴子さんから電話がありました。『この前の仕事のことでちょっと厄介なことになってるのよね』って
この前の仕事ってなんのことかしらねっ!迷い九官鳥探しのことかしらっ!!もう勝手にしてれば。
勝手にのたれ死んだって知ーらないっ!! ガシャン』 

ツー・ツー…

明らかに怒った香の声に思わず苦笑いを浮かべる。
「まいったなー」
「なーにが「まいったなー」だ。嬉しそうな表情しやがって。へぇへぇ、俺は傷心だけど
 お前らだけラブラブしてりゃー、いいさ」
ミックはふてくされて、そのまま階段の一番上に座り込んだ。
それを見た僚はうんざりといった風に首を横に振った。
「絡んでくるなよ、ミック。ほれ帰るぞ。カズエちゃんだって待ってるだろう」
俺だってお嬢さんのご機嫌とならくちゃなんないんだからよ。


ミックをどうに向かいに送り届けると(カズエちゃんに「冴羽さんに送ってもらうなんて…明日は雹かしら?」
なんていわれたのはナイショだ)、いつもより少し憂鬱な身体を引きずって部屋に戻った。
静かに扉を開けてリビングに入る。
案の定、香がソファにもたれたまま寝ていた。
身体に掛けていたであろうタオルケットは引力に引きずられるままずり落ち、
香の身体には申し訳程度に引っかかっているだけだった。
「風邪ひくだろうに、ったく…」
タオルケットを掛けなおし、そのままそっと抱き上げた。
抱き上げたのがわかったのだろうか、少し香が身じろぎをしてうっすらと目を開いた。
まだ夢うつつなのだろう、焦点がはっきりしていない。
まつげをぱちぱちとやっている。
「うん?りょぉ??なんでいるのぉ」
そう小さくつぶやきながら、俺の腕の中で身体をちょっと動かした。

顔を俺の胸にあてる。
「うーん??そっかー、夢見てるんだー」
少し開いていた目をまた瞑った。
「…あったかーい。なんかホンモノの僚にだっこされてるみたい…」
いいながら額をもっと寄せてきた。

ホンモノだっつーの。

夢だと思ったか…。
まぁいつもの俺達の態度からいったらこんなことはないからな。
それも仕方がないことか…
「ふふふ…」
なんの夢を見ているのか、香は俺の腕の中で微笑んだ。


子供のような無垢の笑顔につられたか、俺もいつになく素直に言葉がでた。
「悪かったな、黙って仕事して…」
"お前に隠したかったわけじゃ、ねぇんだよ"

いつも言えないけれど。
いつも憎まれ口しか聞けないけれど。
いつもいつも誰よりもお前のそばに居たいんだ。

素直になれなくて、ゴメンな。


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