彩色



いつ、こんな風になったのだろう。
気が付かず、自然にこんなに彩られてー


朝の目覚めにまぶしい光。
綺麗に磨かれた窓、風になびくカーテン。

 

違う。こんなのは俺の部屋じゃない。

空気なんてのは、何時間も何日もそこにただ、あるだけ。
同じ空気が澱んでいるんだ。
埃と煙草の煙と硝煙の匂いが充満している、そこが俺の部屋だ。


腹に掛かったシーツを乱暴に剥ぐ。
枕元の煙草をくわえ、火を付けながら、床に足を降ろした。

太陽の香り。シミ一つない綺麗なシーツ。
無意識に降ろした足にも清潔なカーペットの感触が気持ちがいい。

 

違う。こんなのは俺の部屋じゃない。

土足で無ければ何を踏むか分からなかった。そんじょそこらに
吸い殻や空瓶、ガラスの破片が散らばっていた。
それを避けながら汚いベッドに倒れ込む日々だった。

灰を落とし、シャツを羽織った。

煙草の横に置いてあったステンレスの灰皿は、昨日の夜には
消すスペースも見つけられないほどだった。
今はその痕跡も見付からず、灰が情けなく落ちた。

毎日袖を通すシャツは当たり前の様に寝起きには枕元に置いてある。
ほのかな石鹸の香がなんだかこそばゆい。
誰の癖なのか、あいつはTシャツにまで軽くアイロンをかける。
最初は少し違和感があったが、今はそうで無ければ物足りない。
ほつれなんかは次の時にはいつもきちりと丁寧に直っている。
その心地よさはいつからだ…?

 

違う、それは俺じゃ…

シャツなんて動ければよかった。
何日同じのを着ていてもボタンが外れようが、破れようが
酒臭かろうが、血しぶきがかかろうが、袖があるうちはそれを着て、
バーでしかめ面をされたら、そのままゴミにだせばいいんだ。
着るモノが無くなったら、テキトーな女がテキトーに持ってくるモノを着てりゃあ、事足りた。


部屋下からはみそ汁と炊き立てのご飯のにおいが鼻をくすぐる。
そのにおいは食欲を程良く刺激し、顔が自然に緩む。

 

違う、俺の部屋は…

煙草とアルコールと安っぽい香水のにおい。
体力を維持するだけのカロリーを無理矢理詰め込み、
腹が満足すればそれで良かった。
ゴミの散らかった乱雑な部屋で、人工的な蛍光灯の光の下、
そこらで買ってきたインスタントモンをビールでのどに流し込んでいた。
味なんてどうでもいい。何を喰ったって、誰と喰ったって変わらない。


灰色と黒だけに覆われた、俺の居場所。
モノトーンよりも暗く沈み、世間の闇の闇に紛れていた。
偶に入る灯りは一瞬の着弾の光。

 

それなのに、今はー

いつからだ?
太陽の光を俺が感じたのは。
風を感じたのは。
笑みを思い出して、会話を楽しんで。
コーヒーの薫りと食事の旨さを知った。

窓にはカラフルなカーテンが取り付けられ、
食器やコーヒーカップはまるで新婚家庭のようなパステル色が並ぶ。
埃やゴミがいつの間にかみえなくなった。
洗面や風呂には清潔なバスタオルか掛けられ、置かれるはずがなかった
女らしい形や色のしたアメニティーが我がモノ顔でそこにあり、
磨かれた鏡には青とピンクの歯ブラシが並んで映る。
部屋中の暗く汚れていたライトや窓は、今はキラキラと光を反射している。

いつの間にこんなに彩られたんだー?


けれど。
安らぎを感じ、暖かさを感じ、そして…

「僚、ごはんできたよー。もうそろそろ起きなさいよーっ」

大切なモノがこの手に。

今は紛れもない、ここが俺の「居場所」だ。

 

end

 

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