「陽」
kasumi aso

 

私がちょっと遅めのランチから戻ると、居た。

戻った拍子、出入り口にある芳名帳を何気なく見ていた。
平日のお昼過ぎ。しかも大通りから外れたビルの3階で展示されている
学生の展覧会なんかにくる人は皆無と行っていい。
親や友達はだいたい初日にくるし、そうなるとこんな時に来るのは授業をさぼってデート。
その待ち合わせの時間つぶしにくる顔見知りくらいだ。

芳名帳には伸びやかで綺麗な、彼女らしい字で名前が書いてあった。

会場をぐるっと見回しても彼女の姿は見つけられない。
順番に係りになってる数人の友達だけだった。

もしかしたら、帰ったのかもしれない。
ーそうかもしれないのに、そんなハズはない。なぜか妙な自信が私にはあった。
この小さい画廊は部屋がL字の形になっていて、少し使いにくいのだ。
だから学生でも頑張れば借りられる賃料なのだけれど。
そして一見して彼女がいないということは…私は本格的にため息をつきたくなる。
ここから見付けられないということは、L字の先にいるのだ。
そしてそこには…そこには彼女には彼女だけには絶対見られたくない、あの絵が飾ってあるのだ。


予想通り、彼女は絵の前に立ってじっと見ていた。

「香さん」

私のかけた声に、びっくりしたような顔で振り向いた。

「かすみちゃーん。びっくりしたー」
「ご来場くださってありがとうございます」
 
いつもよりすまして言ってみた。こうなったら道化になるしかないから。
 
「えへ、さっき美樹さんに会って聞いちゃったの。水くさいじゃない、かすみちゃん。
もう一週間前からやってるんですって?これ」
「だってー、はずかしいもの。マスターたちにはお休みもらう関係もあったから言ったんだけど。
サークルで趣味で書いてる絵ですから」
「ううん。すごいすごい。みんな上手いわよ。あたし絵心はないけどイイ絵だと思うわ。
ホントかすみちゃんて何でもできるのねー。うらやましいわ」

うらやましいのは私の方。

「もう、止めてください。本当に本当に恥ずかしいんだから。みんなにはナイショにしておいてくださいね」
「なんで〜?いいじゃない?」
「香さんっ」
思ったよりも大きな声で、香さんも受付の友人も私を見た。
「うふふ。言わないわよ。ゴメンね」
「…勘弁してください。もぅ」
香さんは私の顔みてニコとしてから、私の絵に向き直った。

もう見ないで欲しいのに。

「ねぇかすみちゃん。なんでコイツ、書いたの?」

香さんが見ていた絵は私が描いた絵。
そしてそれは彼を、香さんのパートナーをモデルにした絵だった。

「……あのメンバーの中で一番絵にならない人を選んだんですよ」
「え?」
「だって、美樹さんも香さんも冴子さんも麗香さんもみんな美人じゃないですか。マスターもがっしりしてて絵になると思いません?その点冴羽さんは…なんていうかそう、外見はね、あのメンバーでは普通でしょ?いつも会ってる人を書くのがやっぱりイメージしやすいし。だからそういう事です。えへへ」
「あ、そうか。なるほどね〜。だけどコレ、いい顔に描きすぎよ。僚ってばこんなストイックな顔をしてないもの。もっとダラーっていつもしてるのよ」

そんな顔を見られるのは、あなただけ。

「あはは。イメージで描いちゃったから。ちょっと良く描きすぎちゃったみたい」
「そうよ。だいぶいい男になってるわ。こんなのあいつが見たら調子のっちゃう」
「絶対見せないから安心してください」
「でも…モデルはおいといてとっても素敵な絵だと思うわ。見られて…よかった」

彼女はきっと気が付いている。
私がなんでこの絵を描いたのか。
言いつくろうなんてしたくなかったから、この中だけでは私の彼にしたかったから。
だから彼女には見られたくなかったのに…


彼女が帰ったらこの絵は外そう。
そして私はこの絵にナイフを入れる。
だってこの絵でさえも私だけの彼にならなかったんだもの。

彼女の彼ならもうイラナイ。


end

 

みかゆちゃんにもらったイラです。
なんか暗い話にしてしまってすまーん(逃)
駄文は管理人です。
みかゆかちゃんにはこれからももっともっと描いて欲しい所存。
ありがとう☆

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