秋味2  〜ビタースイートポテトパイ〜

のんびりとした、いつも通りのある日。
香のちょっと音程のはずれた、だけど楽しげなハナ歌が聞こえる。
と同時に感じる甘い薫り。
部屋からでるとその甘い薫りはもっと強くなる。

「あ、僚、やっと起きた〜。もう何時だと思ってるの?」
キッチンに顔を出すと香はなんやかやと作業をしている。
テーブルの上には小麦粉やらよくわからない調理道具が散らばっている。
起きるのが遅いと文句をイイながらも料理のあがりが楽しみらしく、ニコニコとしている。
赤いギンガムチェックのエプロンが憎らしいほどその笑顔に似合っている。

本人には言わないがな。

「なんだ、このあまったるい匂い」
「唯香ちゃんが段ボール一杯のサツマイモ送ってくれたの。せっかくだから色々つくってみようかなって思って」


ほらっ。
香がオーブンから取り出したのはできあがったばかりのポテトパイだった。
その他にも鍋には大学いもができている。スイートポテトもできてる。
「なーんだよ、甘いのばっかだな」
「だってサツマイモだもん、当たり前じゃない」
「それにしても、良くもまぁ、こんなに作ったもんだな〜」
「でも、全然減らないのよ。唯香ちゃんにも「うちは僚と二人だから食べきれないわよ」って
言ったんだけど、ファンの人がたくさん送ってくれて、唯香ちゃんちでも困ってるって言うから…つい」
「断りきれなかったってわけか…。うちだって俺とお前しかいねーのに」
「う…でも、美味しそうでしょ?」
俺の鼻先にパイを掲げて同時に微笑みながら首を小さくかしげる。しかも上目使い…。
甘い薫りに惑わされているのか、どうにかなってしまいそうな自分を必死に隠し
いつもの自分通りに振る舞う。
「あーまーそっ。僚ちゃん甘いの苦手なんだよね。ま、何にせよこのにおいはどーにかしてくれよ、
寝室にまで匂って、たまらんからな」
そのまま、香の頭を軽く叩いてキッチンを出る。
「え、あ、僚。ちょっと待ってよ。また寝る気じゃないでしょーねー」
怒りよりも寂しさを含んだ香の声。
「リビングにいるから、コーヒーよろしく〜♪」
香の顔を振り返ることもせず、甘い薫りから逃れることを選んだ。

あれからどれくらいたったのだろうか、TV番組を一通りチェックし、新聞も読み終わった頃に
香がコーヒーを持ってリビングに入ってきた。
「はい、僚」
俺はソファーに寝転がったまま新聞を閉じて、香を見上げた。
「おぉ、サンキュー」
香は俺の足元にたったまま、じっとしている。その手にはさっき焼き上がった
ポテトパイが一切れあった。
俺は気づかないふりをしてコーヒーを飲む。
「あ、あのさ、僚。コレ食べない?あ、あのね、やっぱ一人で食べきるのは無理かなーなんて…」
だんだん先細りする、声。無理な作り笑い。
なんだよ、いつもの勢いで「食え〜っ」とかってハンマー持ち出せばいいじゃんかよ。
そうすれば俺は素直に食えるんだからよ。
「だから、考え無しでつくりすぎんだよ、おまぁは」
「わかってるわよ、だけどひとくち位食べてくれたっていいじゃないっ!」
「甘いの苦手なんだって知ってんだろ、勘弁してくれよ」
ほら、ハンマーだせって。
「もう、いい。食べなくていい。僚のばかっ!!」
香はパイとエプロンを俺に投げ出し、リビングから走って出ていった。
「バカ…かもなぁ」
俺の顔にぶつかり、胸に落ちたパイを手に取る。形は崩れてぼろぼろだ。
そのまま口に入れる…

洋酒の効いたサツマイモ。ほのかに塩味のするパイ生地…甘くないポテトパイ。
香が作るのなら、甘くたって不味かったって俺の為に作ってなくったってなんだっていいんだ、本当は。

俺といるより楽しそうな笑顔してたから、ちょっとからかってやろうかと思っただけなんだけどな。
泣かせたりして、なにやってんだろなー、俺。

俺のために作られた、美味いサツマイモのパイ。
でもヤツがいなかったら美味しいもんも美味しくないんだよ。

お前の笑顔が一番の調味料ってか?・・・・・・・何言ってんだ、俺///

ま、姫の笑顔がなくちゃ美味く無いのは事実なもんで。
帰って来た時2人で飲むためのコーヒーをセットして、彼女の後を追いかけた。


終わり