ぬくもり


あなたのぬくもりは誰…のもの?

「僚、これ」
私は何ともないように彼に書類を渡す。
仕事自体は簡単な調査。彼の為ならなんともないわ。

僚は射撃場の壁に軽く背をもたれさせ、書類の中身をチェックする。

少し斜に構えた顔の角度で書類を見ているその表情がとても好きだ。
ふっと軽く息をはき、顔を上げた。
「サンキュ、麗香。これでやりやすくなった」
「お礼なんて、結構よ。報酬をきちんともらえればね」

僚は受け取った書類を無造作にパイプ椅子に投げた。
そのまま、私の方にそっと近づいてくる。

毎回毎回、私はその近づいてくる感覚にドキドキしてしまう。

僚は私の目の前に立って口の端を少し上げる。
その笑い顔も私は好き。

僚が私の背中に腕を回し、私を自分の胸の方に抱き寄せる。
私は僚の背中に腕を回す。額は僚の胸板にくっつける。

僚は何も言わないで私を抱きしめる。私もそのまま何も言わない。

私が僚からもらう報酬、それはー抱きしめてもらう事ー
抱きしめてもらう、ただそれだけ。
いつから私の報酬はこうなったのだろうか…

確か…知り合って半年もたたないくらいだったわ。
偶然、自分の資料が僚の関わってる依頼の解決の早道になったのだ。
そんなこととは知らず、私はいつものようにサエバアパートの地下で射撃をしていた。


弾は的の右端をかすっていた。

「っ、調子でないなー」
弾を装備しながら的を目の端でみていた。

僚の家の扉がキィと開く。瞬間うれしくてキュンと心臓が痛くなった。
そんな事を感じさせないように、彼の方を振り向く。

「麗香、あの資料すげぇ、役にたったよ、サンキュ」
「言葉のお礼だけなのかしら?」
いつも依頼がなくて家計がピーピーしてるのは周知の事実だ。それを分かってて言ってみる。
苦笑いを浮かべる、そんな表情にもみとれてしまう。

「おいおい、いじめんなよ。ちゃんと払うって、何がいい?」

きっと僚は仕事の手伝いや、情報のつもりで言ったにちがいない。私もそのつもりでいた。
だけど、的の前にスラリと立つその姿を目の当たりにした、その時、思わず言っていた。

「…抱きしめて…」

出た言葉に自分でも驚いて…僚を見上げた。
僚は少しとまどった顔を見せながらも、抱き寄せてくれた。
あこがれたそのぬくもりをひとときでも手に入れて、涙がでた。

「報酬がいっつもこんなんでいいのかねぇ」
僚の鼓動とぬくもりを感じていたときにふと、僚がつぶやいた。

私は思わず、顔を僚に向けた。
だって、このぬくもりはどんな報酬にも適わないんだから。
僚の心が私のモノにならないのなら、せめてぬくもりだけでも感じたい。

「それなら正規の額の報酬、はらって頂けるのかしら?香さんにばれないで」
僚が私の髪の毛をそっといじる。
「…まぁ、難しい…かな」
「でしょ?香さんに言って正規の料金を請求してもいいんだけど、それでなくても誰かさんの所為でツケが溜まってるから
 香さんはかなり四苦八苦してるみたいだから、コレで我慢してあげてるのよ。なんて優しいのかしら、私ったら」

そう言って、もう一度、僚の胸板に額を押しつけた。

「麗香…」

あと少し、今だけだから、ぬくもりを感じさせて。
私のものにならなくてもこの腕に抱かれているととっても落ち着くから。

筋肉質の固い胸板、ちょっときつめのタバコの匂い。ほのかに香る硝煙と彼女の淹れたコーヒーの
香り…どうして、このぬくもりは私のモノにならないのだろう?
いつもは理解しているはずの事を思い出すと哀しくなる。

「さってと、もう報酬は頂いたわ。今度はお金のなる仕事を持ち込んでよね」

少し名残惜しかったんだけど、最後だけカッコつけて、自分から離れた。
「悪かったな、金になんなくて」
僚の声を背中で聞きながら、地下のドアに手を掛けた。
片手をひらひら上げて応える。
「ま、せいぜい上手く処理してよね。お手並み期待してるわよ」

私がドアを閉める前に僚の家のドアが閉まった。
そんなに香さんの所に戻りたいのかしら…。

でも私も少しはイジワルをさせてもらっているのよ。
あなたに報酬をもらうときはいつもより香水を強くしているの、気づいているかしらね?
まぁ、どうせあなたの愛おしい彼女は気づかないと思うから、安心かしら。

 

終わり


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