「風邪はお大事に」

のどが痛い。
なんだか体もだるいので、熱を計ったら37度5分。
うーん、風邪、ひきかけてるみたい。
たいしたことないけど、こういうときは薬を飲んで早く寝るに限る。
どうせ、あのバカは今夜も午前様だろうし…

12月になったら、毎晩忘年会だクリスマスだってほっつき歩いて、
いったいどこにそんなお金があんのよ?
もしかしてまた、あたしに内緒で冴子さんの仕事引き受けてたりしたら、タダじゃお
かないから。

怒りながら電子レンジで温めたミルクを持って、トントンと階段を上がって自室へ。
パジャマに着替えて、風邪薬を適量口に放り込むと、ミルクで飲んだ。
残りのミルクも飲み干してベッドにもぐりこむ。

もちろん、飲み代がすべてツケだったりしたら、もっとコテンパンだからね。

ぎゅっと目をつぶって、浮かんだ顔にさらに毒づいているうちに、
風邪薬が効いて眠くなってきた。

あのバカ、ひとの気も知らないで、今ごろどこをほっつき歩いてんだか。
風邪ひいても、看病なんかしてやらないから…

やがて香はスヤスヤと寝息を立て始めた。


夜ふけて帰ってきた撩は、忍び足で部屋へ向かう。
これでもう4日、午前様だ。

みつかったらハンマー確実。

香の部屋の前を通るときは特に要注意。
油断すると、殺気に満ちたハンマーが、ドアを突き破って襲ってくる。

だが今日は…?
 変だな?

音がしないように細心の注意を払ってドアを数ミリ開けると、スヤスヤと規則正しい
寝息が聞こえた。

なんだ、熟睡中か。ラッキー!

そのとき、枕もとのカップと風邪薬のびんが目に入った。

風邪ひいたのか?
この薬を飲んで寝たんじゃ、目が覚めないわけだ。

撩はベッドに近寄って香を見下ろした。
ブラインドの隙間から差し込む都会の夜の明かりだけでは顔色がわからない。
上体をかがめて、自分の額をこつんと香の額に押し当てた。

熱はなし。
ま、一晩寝れば、だいじょうぶだろ。

うーん、と香が寝返りを打ち、その拍子に布団がめくれて、片腕が剥き出しになっ
た。

しょうがねえな。
せっかく薬飲んでも、これじゃなんにもならないだろ。

やれやれとため息をついて、撩は香に布団を着せ直した。
寒くないように、首周りを毛布でくるむ。
それでも香は目を覚まさない。
無邪気な寝顔に、撩は思わず微笑んだ。


翌日のキャッツ・アイ。

「うーん…」
「どうしたの、香さん?まだ風邪が治らないの?」
「あ、それはね、ゆうべ薬飲んで、ぐっすり寝たら治ったのよ」
「じゃあ、どうしたの?」

「実はね…。ゆうべ、変な夢、見たのよ」
「どんな?」
「それが…、、頭にハンマー食らって、簀巻きにされる夢なのよ、あたしが…」

「誰に?冴羽さんに?」
「うーん、実はその辺がよくわからないのよね、夢だから…」
美樹は笑い出した。
「まあ!いつもと逆ね」
「冗談じゃないわ、あたしがどうして、そんな目にあわなきゃならないの?」

でも…

夢の中のハンマーはちっとも痛くなかった。
夢の中の簀巻きはあったかかった。
まるでぎゅっと抱きしめられてるみたいに…

「香さん、なんだか顔が赤いわよ。まだ熱があるんじゃない?」
「え…、、だ、だいじょうぶ、だいじょうぶ。もう、へっちゃらよ!
さーて、伝言版でも見に行くかな?美樹さん、ごちそうさま」

慌てて立ち上がった香は、コーヒー代を置いて、ジングルベルの響く街へ出て行っ
た。

(おしまい)


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*水無月さんに頂いたんです。最後のシーン…そうクリスマスにupしようとしてたの…ごめんちゃい。(激反省)&そして可愛いお話ありがとう。