秋味

軽い体ならしのナンパを終えて、夜遊びまでの時間を休養しようと家に戻る。
ずいぶん最近まで続いていた夏の暑い日差しは影を潜め、今の季節の日差しは優しいぬくもりを運んでくる。
よくよく見れば、声をかけた女の子たちの服装も原色使いの開放的な姿はいつの間にか見えなくなり
シックな色使いが多くなっている。

「だ〜」
なんとも情けない声を出しながらリビングに入る。どうも「ただいま」ってのは恥ずかしくていけない。

「あ、僚おかえり。なに今日は早いじゃない?」
香はソファに寄りかかるようにリビングにペタリと座り込んで、何かをしていて首だけを僚の方に向けた。
「こんな早く帰ってきて、雨なんて降らなくちゃいいけどね〜」
軽口を叩きながら笑顔をみせながら手は動いている。
俺は香の寄りかかっているソファの上にあぐらをかいて座った。

テーブルの上にはかごにたっぷりと山になって栗が置いてあった。
「なぁ、これどうしたんだ」
かごから一粒取り出し、手でもて遊ぶ。

「麗香さんがさっき持ってきてくれたの。一番下の双子の妹さんがね、学校の遠足で栗拾いに行って来たんですって。
それで食べきれないほど拾ってきたからどうぞって」

香は栗を丁寧に剥いて、殻と身を分けてティッシュの上に置いていく。

「これねー、すっごくおいしいんだよ。夕飯は栗ごはんに決定ね?」
身になった栗をそのまま自分の口に持っていって、美味しそうに言った。
「そんな美味いのか?栗なんてどこんでも一緒だろ?」
「ほんと、おいしいもん。ほら」
香が俺の口に大きめの栗を放り入れた。
一瞬、香の指先が唇に触れる。
香はびくっと指を引っ込め、俺は指先の感触にしびれた。
ふと顔を上げると顔を真っ赤にした香と目が合い、気恥ずかしさからか、いつものようにからかうこともできなかった。
と、香が急に勢い良く立ち上がった。
「り、僚、こ、コーヒー飲むでしょ、待っててね」
裏返った声のまま一気にまくし立てるとパタパタとリビングを出ていった。
まったくあれくらいのことで…
何とはなしにテーブルに目を向けると、香が剥いた栗が小山になっていた。
さっき香に放り入れられた栗の味は正直分からなかった。指先に驚いて…
自然にその栗の山に手を伸ばす。

「ハイ、僚。お待たせ〜」
いつもの調子に戻った香はコーヒーのいい香りと一緒に戻ってきた。
「おぉ、サンキュー」
俺はコーヒーカップを受け取る。
香はそのまま、さっきの位置に座った。
「え、あれ?」
コーヒーをわざとらしく大きな音で啜ってごまかしてみる。
「ちょっと、僚っ!!」
ごまかしきれないよなー、さすがになー。
「ここにあった剥いた栗、どこやったのよっ!!」
「食った」
「食っただとおおおおおおおっ!!剥くの大変だったのに、剥いて一気に食べようって
思ってたのに何でそんなことするのよーーーーっ!!」
香の怒声と一緒に「食い物の恨み忘れ難し」ハンマーが出てきてあえなくアウト。
「すっごい僚って勝手。なんで全部食べちゃうのよ、もうもう。剥くの大変なのに〜」
香は怒りに肩を振るわせながら、つぶれた俺を完全無視して、剥いていない栗に取りかかりはじめる。

「かーおーり?」
ぷん。
「かーおーりちゃん??」
ぷんぷん。

やばい、完全シカトモードに入ってる。ただ栗食っただけなのに。
しかも剥いてない皮付いたまんまの栗が残ってるんだから、いいじゃねぇかよなぁ?なんでんなに怒るんだよ、まったく。
でも、まぁ。
「香、こっちむけって。香」
少し強めの口調で言うと渋々香は俺の方に顔を向けた。まだ頬をふくらませている。
俺は剥いた栗を香の口元に持っていった。
「え」
「ほれ、口開けろ」
香は俺が何をしたいのか察したようで膨らませていた頬を今度は赤く染め、小さく口を開けた。
「………おいしい、やっぱり」
香は満足そうに笑みを浮かべた。
「ねぇ、僚。も一個ちょうだい」
「なんだと?」
「いいじゃん、もう一個、ね?」

俺は香を囲い込むようにあぐらをかいて、もう一個、栗を剥いてやった。
「もう一個」をいやンなるくらい、剥いた。
なんだか、子供に餌やってる親鳥みたいだよなーと考えつつ。
香の嬉しそうな顔を見てると、ま、いっかとも思う。
「僚」
「ん?」
「おいしいね、栗」
俺はそのまま香を抱き寄せ、同じ栗を味わった。


終わり