寝起きの悪い彼女

香は寝起きが悪い。


低血圧ってやつか?わかんねーけど。
いつだったか、「私、撩のパートナーになって良かった。だって、もし会社勤めとかしてたとしてよ、毎日7時とかに起きるなんて、絶対無理だもん」なんて言っていたことがある。何気にこいつ嬉しいコト言ってくれるぜ‥‥‥なんて思ったような。

それでも香は俺がベッドから出る何時間か前、午前中の内に必ず起きだして、洗濯やらなんやらをこなしている。
そして俺の為に大量のブランチを用意してから、伝言板を見に行く。それを香はCITY HUNTERのパートナーとしての重要な仕事だと思っているようで、俺にさえめったに侵させない。
体調が悪い時くらい、俺が行ってやるって言ってんのによ。まさに雨ニモ負ケズ、風ニモ負ケズ‥‥‥ってやつか?いや、ちょっと違うか。


しかし。
目を覚ました俺の目の前で、いつもならとっくにベッドを抜け出しているはずの香が、今日はすやすやと未だ夢の中。
ま、無理も無い、眠りについたのは2人とも明け方近くだったからな。

小さく口を開けて、うっとりとまぶたを閉じて。何か良い夢でも見ているのかもしれない、本当に幸せそうな顔で。
だが時間はもう正午に近い。


どうする、起こそうか?


だけど、こいつ自発的じゃなくて何か外部の刺激によって起こされると、本当に機嫌が悪くなるしなあ‥‥‥。

一番最悪なのは電話だ。
いつもは誰に対しても適切な礼儀(槇村が叩き込んだと思われる)と、おそらく持って生まれたであろう優しさで、相手に不快感を抱かせることなど皆無なのだけど。

眠っている時に電話をかけてきた相手には、ありありと不機嫌丸出しの声を放つ。もっとも本人は、覚えていない時のほうが多いが。

ついこの間も、香がめったにしない昼寝をしている時に運悪く電話をかけてきた美樹ちゃんが、速攻焦りまくって俺の携帯に電話してきた。
ってゆーか俺いきなり怒鳴られたんだぜ?「冴羽さん、あなた香さんになにしたの?!」って。どうやら俺が女をナンパしたとか外泊したとか浮気したりなんかして(!)香の機嫌が悪くなったと思ったらしい。冗談じゃねーっつの。


けれど今日は。もうすぐこいつが伝言板を見に行く時間だ。


どうしよう。

眠っている香。
あどけない寝顔。
少し身体を丸めているさまは、まるで優雅な猫みたいだ。
起こしてしまうのは忍びない。


いつもどんな時も、香は対峙する人間の目をひた、と見詰める。
俺はいつもその瞳に惹き付けられる。
万有引力のように抗いがたい力で。

まぶたの下には色素の薄い茶色の瞳。
光に反射すると琥珀色に見える。
もし今香のまぶたが上がったら。
その瞳には俺が映る。

それは、ひどく安心感をもたらすことだと知っているから。


やはり、起こしてしまおう。


でも。肩に手をのばそうとした俺の前で、香は突然目を覚ました。

まぶたを何回か瞬たかせながら。

目が合う。
その色素の薄い茶色の瞳には、俺の顔が映し出されていた。
そして、俺の瞳にも香の顔が、映っているはず。
自分の存在が証明されたような気がした。
信じられぬほどの幸福感に襲われて。


少しだけ呆然としている俺を見つめたまま、香は軽やかに笑った。

2003.07.22

  目が覚めるなり撩と目が合った。
  これって撩が私を見つめていたってコト?
  私ってば愛されちゃってるなぁ(笑)
  

back