恋逢話10

 

僚はリビングのソファにあぐらをかきながらパイソンの手入れをしていた。

香が病院に入院した直後は見舞いにも行っていたのだが、後半そして教授宅に転院してからは、顔を出すことなく、かといって仕事をするでもなく、日々をすごしていた。
僚は手入れをしている手を止め、少し眉を顰めた。

直後、玄関のチャイムが鳴った。

向かいに住むエセ記者も不味いコーヒーを淹れる大男もチャイムなんて鳴らさない。女性陣はチャイムは鳴らすが、鳴らしたことが免罪符のように、これまた勝手に入ってくるし、
それでなくても彼女たちが用事があるのはここには居ない住民のためなのだから、今回は違うだろう。

そんなことを思っている間にもチャイムは鳴り続ける。

僚は立ち上がると、面倒くさそうに体をストレッチしながら、玄関まで行った。
「鍵は開いてる、勝手に入ってくれ」

そうドア越しに声をかけると、少しためらったであろう時間を経て、ドアノブが動き、柵原が顔を見せた。
「…どうも」
柵原は少し頭を動かした。

「何の用だ。仕事はもう終わっただろう」
「依頼料を支払いに」

そういうと僚を見上げる。

「まさか、入院している香さんに言え。なんていうんじゃないでしょうね?」
僚は口端を皮肉気にゆがめると、肩で柵原に上がるように促した。

柵原は「これ」といって、胸元のポケットから封筒をガラステーブルの上においた。僚はそれを一瞥するとタバコを口にくわえる。
「中、確かめないんですか?」
「何を?あんたは金額をごまかすようなやつじゃないだろ?」

そういうとタバコに火をつける。
柵原はそんな僚の様子をじっと見つめていた。

僚は視線に気づくと、からかうように妙なシナと声色をまねて、柵原に迫った。
「いやーん?柵原くんってそっちの気あり?早く言ってくれればいいのに。あ、あぁ、そうだよなー、香だって男にしかみえんし…、そっかそ」

「すみませんでしたっ」
柵原はそんな僚の様子にもかまわず、立ち上がり頭を下げる。

「後先も考えず、何をしたいのかもわからず行動して…香さんを危険に巻き込んで、挙句に自分だけ逃げ出した」
僚は窓の外を見ながら、タバコを吸う。

「…僕は、香さんが好きです。彼女とずっと一緒にすごしたいと思っていたのに、香さんが傷ついてしまった」
「あれは、あいつの仕事だ。あんたを守ったんだからあいつは満足だろう。あいつはそんなことで恨んだり傷ついたりはしないさ」

「それは…。あっでも冴羽さん。なんで、香さんを見舞ってあげないんですか?」

僚は顔だけ、柵原に向ける。柵原は僚を見上げた。

「香さん、寂しそうでした。何より、不安がっていました。あなたに…必要とされていないんじゃないかって。多分怪我をしたことよりも…」

「−たくっ、バカが」

「え?」
柵原を見ないまま、僚はタバコを灰皿に押し付ける。

「見舞いにいったんだろ?見たか?あのちんちくりんのジーさん、あれで結構名医なんだぜ?教授が平気だっていうなら大丈夫なんだ」
「冴羽さん…」

「まったく、どいつもこいつもおせっかいなもんだ。俺が行って早く直るっていうならまだ行ってやらないこともないんだが、そんなことあるー」
わけないだろ?と僚は続けるつもりだった。

「早く良くなるんじゃないんですか?」
柵原は立ち上がり、僚を見た。

「冴羽さん、俺、香さんと話をしたんです。…仕事のこととか、あなたのこととか」
僚は少し、視線を柵原に向ける。

「それで・・・香さんにはー」
「…そうか」
短い一言で柵原は僚に自分の意図が伝わったと確認した。そして少し笑みがこぼれる。

「香さん、とても素敵ですけど、ちょっと人を見る目が…ね?無いとおもうんですよ、僕は」
そういうと玄関に向かう。僚が少し笑った。

「いろいろと、ありがとうございました」
「あぁ。あんたのケーキはまぁ旨かったぜ」

 

+++

 

香はドアをノックする音に、伏せていた視線をあげる。
返事を返すと、ドアが開き、教授とかずえがはいってきた。

「気分はどうだね?香くん」
「ぜんぜん悪くないです。もう普段と変わらないくらい」

教授は香のベッドのそばによると、目やのどなどの確認をする。

「そうよね、昨日は柵原さんのケーキを食べることもできたものね」

香は診察されながらの体勢で少しうなずく。
教授が香の顔から手を離し、香と目を合わせる。

「そうじゃの、もう問題ないようじゃ、退院してよかろう」

香とかずえが顔を見合わせる。
「え、本当ですか」

教授はニコニコとうなずいている。

「よかったわね、香さん」
「これでようやっとうるさい電話からも開放じゃな」
「え?」
「あ、私、冴羽さんに電話かけてきますね」

かずえはそのまま部屋を小走りで出て行く。

「心配なら顔を見せにくれば済む話なのにのぉ。ほんとうに面倒な性格だの」
教授は香にむかってにこやかに言う。

「それって…」

「心配してないわけでもないんじゃよ。わかるだろう?」

香はうなずきついでにシーツに顔を伏せた。
「ほらほら、早く着替えんと、あやつがきてしまうぞ」

+++


ラフな雰囲気のまま、彼はそのビルに来ていた。

「まったく何度来ても、感心するね」
「アキ、そんなところで何やってるの?通行の邪魔よ」

苦笑いしながら、柵原は振り向いた。

「よぉ、エリー。ちょっと暇つぶし付き合ってくれない?」

軽くケーキの箱を見せる。
「私はあんたと違って暇なんてないの」

言いつつ、絵梨子の声は優しかった。

「私の好きなケーキ入ってる?」
「御意」

絵梨子の部屋で、向かい合って話しをしていた。
「お前、それ何個目?」
「いいじゃない。忙しくて朝も昼も食べてないんだから」

絵梨子の前には空いたケーキ皿が積まれていく。

「…だから言ったでしょ。香に手を出すなって」

「君と一緒で人に言われても聞かない性格でね」
「それで傷ついてたら意味ないじゃない」
「…あんな二人、ありかよ」
「あきらめるしかないわよ」

絵梨子はまた新しいケーキに手を出す。

+++


「それでね、きのう持ってきてくれたケーキがすっごいおいしかったの」
香は車内に沈黙がおりないように、教授の家を出てからしゃべり通しだった。

僚はといえば、止めることもせず、さりとて返事をするでもなく香の声を聞いていた。
「ちょっと、聞いてーこほっ」

僚はちらっと香をみると、「まったく、ソンだけしゃべってりゃあ咳もでるつーの。怪我した自覚あんの?香ちゃん」

軽口の僚の言葉にも、香は少し戸惑って僚をみる。
「あ…ごめん」
「それとも教授をたらしこんで、サボり決め込んでたのかぁ〜?」

どごごごごーーーーーんっ!!

久々に香のハンマーが僚にお見舞いされた。

「か、完全復活のようね、香ちゃん…」
「当たり前でしょ。もう今日からバンバン働くんだから。あ、ちょうどいい、このままアパート通過して新宿駅までいっちゃおう〜」
「ふざけんなぁ、まだ仕事させる気かぁ。この守銭奴め〜」

目の前にアパートが見えている。

「ねぇ、僚」

「あん?」

「ありがとう、助けにきてくれて」

「…」

「ごめんね、後先考えないで…迷惑かけちゃって」

「お前がおとなしく待ってるなんて、思っちゃいねぇよ」

「え?」

「ま、いいじゃないの?帰ってきたんだし」

「・・・」

「…お前の家はここしか、ないんだろ?」

小さく僚はつぶやいた。
僚の声に香はその横顔をみる。

かすかに照れている、のだろうか…?



僚はアパートの前に車を停めた。

「お帰り」
「うん。ただいま」

シャツの袖で目をこする香を僚は、クーパーに寄りかかりながら見ていた。

 

 

終わり。

 

 

*長らくおまたせしておいて、こんなへたれですみません(低頭)
 言い訳のしようがございません。
 読んでいただいてありがとうございました。