不器用なコピー

 

「あんた、変わったよね」

そうかしら?なんて言うのは白々しいわよね、だって自分でも気づいているんだもの。
それでもそれは自分の中だけに隠しておくの。

そうしないと…


「そう?…どこが」


テキストをそろえて、肩がけバックの中に押しこんだ。
今日はもう片方のバイトの荷物が入っているから、かばんがパンパンだわ。

「どこがって、もう全て!!ホント気づいてないわけ?」

金髪に近い髪を無造作にまとめたている友人はそう言うと前のベンチ席に
ひざを立てすわり、こちらを向いて机に肘を掛けた。
パラリ、と髪が乱れる。


分かってるわ。意識してるもの。
だけどそれを言ったら…寂し過ぎるでしょ?

私はあいまいに首をかしげる。
友人は大きくため息をついた。
「私ね、最初あんた見たときびっくりしたのよ。今時こんな「お嬢様」然とした人
がいるなんてね」

うちの学校は古くからある、世間ではお嬢様学校としてしられてるでしょ?
実際、どこどこの財閥の令嬢とか、お祖父様が有名な政治家とか…そんな子も
たくさんいるじゃない?なんでびっくりするの?

「だけどさ。そんな子たちだって今時の格好してるわけだ。家族の中に入ったら変身
するだろうけどね、だけどあんたは違うジャン」

教授ならまだしも同級生にもちゃんと敬語使っちゃって、服装だって肌はむやみに
見せません!みたいな。持ち物だって「お祖母様からのお古ですのよ」なんてモン
持ってたりするんだよ。びっくりよー、まったく。

「そうかしら?」

いいながら、腕時計を見た。
もう、出ないと遅刻しちゃうかも知れないわ。
そう思い、立ち上がった。

「オトコでしょ?」
友人の探るような、楽しそうな顔が目に映る。
動揺しまいとしていたのに、足が止まってしまった。

「な、なに言ってるの?」
自分でも驚くほど、声は掠れていた。
「そんな怖い顔しないでよ。ジーンズ姿も結構似合ってる、うん。今はスーツの方が
見なれないわね、きっとびっくりしちゃう」
友人は自分の綺麗に飾られた爪先をいじりながらいう。
「いいじゃん?好きなオトコに合わせて服装変えるなんて。私はそうゆうのイイと
思うよ、可愛いオンナゴコロじゃん」
そういうとにっこりと笑った。
魅力的で悪戯っこな表情が彼女にちょっと似て見えた。

……そんなの関係ない。そうじゃ…ない
 と力強く答えることも出来ない。

「惚れちゃってるね〜〜♪」
「何のことかしら。なに勝手に想像してるの?」
「頑なだねー。ま、そんなあんたもイイと思うけどっさ」
「私は好きでこの格好をしているのよ?おかしい?」

彼の愛してやまないパートナーはいつもカジュアルだ。
ジーンズかミニタイト(色気を出すわけでも、綺麗な足を自慢する為でもなくて
動きやすいから穿いてるみたい)トップはシンプルなTシャツかブラウス。
冬でもそれにセーターやトレーナー、ジャケットがプラスされるだけだ。

友人のデザイナーがいつでもモデルに…と狙っているほど
美しい顔立ちとすばらしいスタイルを持っているのに、それに気づいて
いないのか、いつも少年のような格好をしている。
ましてやその美しさを生かそうとか、あまつさえ利用しようなんて
想像すらしていないようだ。

彼はそんな彼女が愛しくてしかたない…のだと思う。
ポーカーフェイスが上手い人だけれど、それだけはわかる。
伊達に一族から飛び出して、彼らの側にいるわけじゃないんだから。
だけど、近づいて知ったこともそれだけじゃない。

格好だけ彼女に似せたってしょうがないって。
彼は彼女の全てが彼女でなければ意味が無い。
彼女しか…彼の隣に立てない、一緒に歩めないの。
もし、もし彼の隣から彼女がいなくなったとしても…そのあとその位置に
つける人は絶対に居ない。
彼女しか、いけない。


友人は今度こそ、大きく笑った。
「だーかーら。悪いなんて言ってないじゃん。可愛いって」
彼女は手を伸ばして、私の髪先を触れた。
「なに?」
「イヤ、せっかくだからさぁ、髪型も変えてみない」
友人は私の髪の毛を楽しそうにいじっている。

「思いきって切っちゃって、ちょっと色も変えてさー。
パーマとかもかけちゃったり。似合うと思うんだけどな?」

 


「あ、えっ…?」
友人は驚いて目を見開いた。
私も自分の行動に動揺した。基本的には慎重だ。
あのメンバーの中にいるときは、無邪気を装っている自覚は自分でもあるけど。
私は、友人のセリフに過剰に反応し、髪を触っていた彼女の手を振り払ったのだ。

「ごめん、びっくりしちゃって。あのね、髪は切る気ないの」

 

例え彼が彼女の嫉妬をあおる為のセリフだって分かっていても。

「相変わらず綺麗な黒髪だねー、かすみちゃん」

彼が誉めてくれる、唯一自慢の髪だから…。


彼女をコピーしきれない…。
見た目が彼女になったら…彼は私を愛してくれるのかしら?
そんなこと無いって分かっているのに。


私が不意に見せた笑顔に、友人はハンカチを差し出した。
私はそれを受け取って瞼にあてた。


彼の隣にたてなくてもいい。
だからもう少し、夢をみさせてください。


終わり


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