「 my sweet heart 」

 

 

程よく温かく、爽やかな風が心地よい新緑眩しい5月。

天気予報通りの快晴で、そういう日は自然と気持ちも舞い上がる。

「〜〜♪」

軽い足取りで階段を昇る。

屋上の重い扉をギイイと開けると同時に太陽の熱を含んだ風が、ブワァッと、廊下に流れ込んだ。

ビルとビルの隙間を縫って、流れ込む風が、髪を、身体を、撫でてくれる感覚があたしは好きだ。

「うわっ、気持ちイイーーーッツ」

沢山の洗濯物が、バタバタと大きく身を翻しながら、風に揺れていた。

そして、朝一番に干したシーツはもうすでに乾いた風と太陽の熱を吸収して乾き切っていた。

「〜〜よいしょっ、と」

両手を広げて、シーツを抱え込んだ。

今日は朝から、掃除、洗濯をするって心に決めていた。

「あんたが居たら掃除出来ないのよっ」

「昨日、遅かったんだから、寝かせてくれよ」

「仕事で遅かったんじゃないでしょ?はーやーく起きてってば!!」

「"まだ、寝ちゃダメ"とかゆって、俺を寝かせてくれんかったのお前だろ?」

「"まだ、終ってねぇから、寝るな"ってあたしを寝かせなかったのはあんたでしょー?」

邪魔な男を朝から無理矢理起こして、朝御飯を食べさせて半強制的に出掛けさせてしまった。

「お前っ、帰って来たら覚えておけよっ!」

とドア越しに捨て台詞を吐く男。

「そんなの覚えとかないもんっ!」

そう言って厳重に鍵をロックし、チェーンを掛けたのだった。

撩の部屋の扉を開ける。

パリパリに乾いたシーツをバサリとベッドへ掛けてテキパキとベッドメイクしていく。

ベッドの上でシーツに手を滑らせると、そのままクルリと寝転がった。

「うーんっ」

サラリと乾いた感触に満足する。あまりの気持ちよさにウトウトと沈みかけそうになる意識。

「・・・・!いけない、いけない」

両手で頬をパンパンと叩いて、よっと起き上がった。

「さて、掃除機掛けよー」

ベッドから降り、床にペタリと座り込むと、何気なくベッドの下を覗く。

「・・・ったくもーー」

予想はしていたが・・・そこにはエロ雑誌とエロビデオがところ狭しギッシリと隠させてあった。

青少年が親の目を逃れてこんな場所に隠すのは知っている。

どうやら、公衆の面前でモッコリを惜しげもなく披露する節操ナシ男も、こういう恥じらいは一応、あるらしい。

あるのか?・・・・・あると思いたい。

しかし、この量って。

たんまりとエサを巣箱の隅の方に隠す、欲深いシマリスじゃあるまいし・・・。

しかし、このベッドの下も相当の埃が堪ってるし、これを除けないことには掃除機も掛けられない。

手に取るのも嫌だけど、仕方がない。

ズルズルと重い撩の宝の山を引き釣り出した。

すると、出るわ、出るわ。ヤツの必需品?のオンパレード。

最初に出てきたのは・・・

「・・・・う///」

・・・確かにね、こんなもん奥に追いやってる訳にはいかないしね。

えっと、所謂、明るい家族計画ってヤツです。

この前なんて近所の薬局屋のおじさんが

「撩ちゃんとこ、無くなるペース速いねぇ。奥さん幸せもんだぁ」

そういうと、"明るい家族計画お徳用セット"を紙袋に楽しそうに入れていた。

「夜になるとコイツが、せがむもんでね」

「それはアンタでしょーがっ!!」

「あー・・顔、真っ赤にしちゃって・・・奥さん可愛いねぇ」

奥さんじゃない!と何度、訂正しても"照れちゃって〜"となかなか解ってくれない。

だから、撩もあたしも諦めているのだが・・・・。

ニコニコ笑うおじさんの手前、こんなところでハンマー出すわけにはいかなくて。

でも顔から火が出そうになるくらい恥かしかった。

一家に一箱。

というか、ウチは一部屋に一箱ってヤツです、ハイ。

だって、このモッコリ男は何処で何時、欲情するか判んないもので・・・。

そういえば、最近、キッチンのその"減り"が激しいんだけど?

あたしが、おNEWのピンクのエプロンを買ったのと何か関係があるのかしら??

「お前、ホント、無防備過ぎー」

て、撩は言ってたけど・・・。

そして、ビデオは"洋物"がお好みらしい。

箱の表紙にはフェロモン全開のナイスバディな女性が妖しい表情であたしに微笑みかけてくる。

「・・・ひえ・・・っ」

あまりの微笑に思わず吸い込まれそうになってしまった。

世の男はこんなマジックに惑わさせているのか。

なるほど、納得。

・・・って、なんで女のあたしまでドキドキしないといけないのよっ!

そして、その隠し物の大半を占めているのが、コレ。

世の中のエロ本は全てここにあるんじゃないだろうかと思うくらいの量。

しかも月刊誌を月数が揃ってあるところを見ると、きっと撩の愛読雑誌なのだろう。

「・・・あのバカ男っ!!」

そして金髪女のキャスリーンと、黒人女のドロシーが最近の撩のお気に入りらしい。

なんで判ったかって・・・・だってさぁ

雑誌に付箋を貼るか?普通?

それってネットで言えば、"お気に入り登録"じゃない?!

マジ、ムカツク〜〜〜っっっ!!

だけどねえ・・・

「凄い、プロポーション・・・ホント羨ましいよ」

ツン、と上向いた豊満なバスト。

キュッと絞られたウエスト。

プリンと形の良いヒップ。

外人と日本人は根本のサイズ自体違うからしょーがないじゃん?

そーは思うけど、でもアイツきっと比べたりしてるんだろうな・・・。

まさか、あたしで埋められない不満をこの雑誌で解消してるのか?ヤツは?

そっと自分の胸に目を遣った。

胸は揉まれると、大きくなるっていう噂はなんかの雑誌で読んだことがあるけど。

「・・・今から育つかしら・・・?」

"括れたバストに豊満なウエスト"

いつか撩が冗談交じりに言った言葉は、結構あたしの心の隅に残ってたりするんだよね。

「はあ〜〜〜〜」

あ、なんかヤバイ・・・どんどん落ち込んできた。

「こんなのと比べられたら勝ち目ないじゃーーんっっ!!」

「何〜〜してんの?香ちゃん」

「ひっ!」

突然、耳元に囁かれた声に身体がビクリと跳ね上がる。

手に持っていた雑誌がバタンと床に落ちた。

何時の間に帰ってきたんだか・・・。

「興味あんの?」

「・・・なわけないでしょ。この付箋、何よっっ?!」

「あー、キャスリーンとドロシーちゃん?いいだろぉ〜〜っ!この身体のラインがさ、なんつーか、見てるとこう全身が癒されるつーか」

「全身じゃなくて、あんたのモッコリがでしょおっ!!」

フルフルと怒りに震える拳をギュウッツと握り締める。

悔しいぃぃっ!!

そう思うと、なんだか涙が出てきそうになる。

「そんなにキャスリーンやドロシーがいいなら、外国でも行ってお願いしなさいよっ」

「何を?」

「・・っ何をって!!あたしより、雑誌のオネエさんの方がいいんでしょ!?」

あたしは撩に雑誌を押し付けた。

「はあ?」

撩が雑誌とあたしを交互に見る。

「なに、お前、雑誌の女に焼いてンの?」

ニヤニヤと笑う撩にあたしはギュッと唇を噛締めた。

「あたしみたいな貧弱な身体なんて、撩にとっちゃ、モノ足りないんでしょ?癒されないんでしょ?だからって雑誌とかで・・・」

ポロポロと溢れる涙が止まらない。

「そんなことで泣いてんのかよ・・・参ったな」

「う・る・さぁーいっ!」

確かに、こんなことで泣いちゃう自分も情けない。

だけど、どんなもんでも撩を癒せる存在があるってのがなんか嫌だ。

それが、心であろうと身体であろうと、絶対に許せない自分が、凄く嫌だ。

なんでこんな心の狭い女なんだろうと思うけど、やっぱり悔しい。


「・・・バァカ。お前と、グラビア女を一緒にすんな」

いいか?一度しか言わねぇぞ、少し照れながら撩は言う。

「俺のココを癒せる相手なんか、この世にひとりしか居ねぇんだよっ」

そういうと、撩は自分の胸を指した。

「・・・それは雑誌のオネエさん?」

「・・お前、いい加減怒るぞ」

その言葉にまだ涙が溢れてくる。

大きな手があたしの頭をゆっくりと撫でてくれた。

「だから、泣き止めって・・・」

なんか、撩に頭撫でられると安心する。

あたしって本当に単純だと思う。

「じゃあ、これ全部捨ててよ」

ちょっと恨めしそうに、撩を見上げた。

「・・・げっ!!それだけは・・・」

途端に嫌そうな撩の表情。

あたしはクスクス笑って

「じゃ、付箋は外して?」

とだけ言った。


「で、お前ここで、何してたの?」

「ベッドメイク」

「・・・そんなことしても、どーせ夜になりゃ、グシャグシャにしちゃうじゃん?お前」

「なんであたしよっ」

「お前だろ?」

ひょい、と抱きかかえられてベッドにストンと降ろされた。

「ふえ?」

脳が理解するより先に、撩に組み敷かれてしまった。

撩があたしの目尻に堪った涙をそっと指で拭う。

「泣かせちゃったお詫びをしないとなぁ・・・とか思ってるんだけど」

「・・・なんでコレがお詫びなのよぉっ!!離−なーしーてっ!!ってば、もう撩!」

「お前って・・・可愛いな」

ボソッと囁かれた、突然のらしくない言葉。

「は??何っ??」

ちょっと、待って?アンタそーゆーことあたしに言う男じゃないでしょ?

「なっ・・・なんなのよーーーーっっ!!一体」

片手で両腕を押さえ込まれ、空いた手が、プチプチと手際よく、あたしのシャツのボタンを外していく。

"コイツってなんでこんなに器用なんだろ"と頭の隅に思いながら、長い指先を目でなんとなく追ってしまった。

ブラのホックを指一本で外されて、露わになった乳房を指先でなぞられる。

先端をピンッと指で弾かれると、途端反応して朱に色付いた。

「・・あの、ゴメンね。撩・・・」

「何が?」

胸元へ唇を落とそうとしていた撩に言った。

「あたし、胸小さいから・・・・ゴメンね」

撩は何も言わず、あたしの胸の先端を口に含んだ。

撩の舌が含まれた部分に何度も絡まる。

「・・・っんっ」

含み足りないのか、大きな手が乳房を持ち上げ、口元に寄せていく。

「なぁ、香」

「え・・・?」

「・・・メチャクチャにしちまいてぇよ」

「何・・・を?」

「お前」

今までふざけた言動とは違って、その真剣な表情に思わず、ドキンと鼓動が跳ね上がった。

「そんな抱かれ方って、嫌?」

大人の表情を持ちながら、子供のような口調で聞く男に一体、何人の女が拒否出来るだろうか。

途端、全身の力が抜けた・・・というより抜かれてしまった。

ダメだ、あたし、完全にこの男に魂ごと持ってかれているみたいだ。

「・・・嫌じゃないよ」

あたしの変化に撩が気付いたようで、掴んでいたあたしの両手を、そっと解いた。

「撩だから・・・」

「俺だから?」

「・・・・撩になら、何させてもいいよ?」

最後に発した言葉に、撩がフ、と笑った。

「お前って、マジ可愛い過ぎ」

男の言葉が本気で言ったものでないと判ってはいたが、今日だけはその言葉を鵜呑みにした。

・・・その後はあまり覚えていない。

撩のあたしを強く求める表情と、ただ、甘く痺れるようなものに全身を飲み込まれたとだけしか・・・・。

案の定、洗濯された原型も無く、乱されたシーツの上にふたつの身体が崩れ落ちる。

身体を重ねあったまま、お互いの息遣いを感じ、自分の息を整えていく。

「お前・・・見たの、あれだけか」

暫くして、いつもより少し息の乱した撩が、床に広げられた雑誌に視線を向けたまま、あたしに問い掛ける。

「他に・・・何か隠してあんの?」

甘い気だるさを全身に感じ、その余韻に、遠のきそうになる意識の中であたしは聞いた。

「いや、別に」

「気になる・・・・じゃない」

身を起こして、ベッドの下を覗き込もうとするあたしを、撩は背中から抱き締めると、グイッと引き寄せられた。

「見なくていい」

うなじに撩の唇が触れる。

「・・・・ぁ」

それだけで全身が震えてしまい、思わず、声が洩れる。

"相変わらず、敏感なカラダ"と、背中で撩がククッと笑う。

「・・・お前にはまだ早すぎる」

「・・・それ、どういう意味?」

「お子様には刺激がキツイってこと」

撩の舌があたしの耳朶をチロリと、舐める。

「ん・・・いつまでも・・・子供扱いしないで・・・」

撩の指が先程、一番愛された場所へと伸び、ツウ、と軽く引っ掻かれた。

「・・・っつ」

「たしかに、子供じゃないな」

濡れた指先をあたしの目の前に晒し、楽しそうに含み笑いを浮かべた。

「・・撩・・・」

「だが、まだ、お前は、知らんでいい。いつか俺が教え込んでやるつもりだし」

「教え込む???」

その後、しつこく問うた唇をその言葉ごと撩に飲み込まれてしまった。

「・・・ンッ・・・そうやっていつも・・誤魔化すンだから」

「今は誤魔化させてたほうが、お前の為だと思うが」

今思うと、その時は誤魔化されていて正解だった、いや、ホント。

そして、撩のベッドの下に隠させていたものを知るのはもう少し先のことで・・・。

それは何だったかって?言えません・・・えぇ、ヤツにでも聞いてよ。

何か一言?


『変態』


以上。

 

 

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