in the end…


「いらっしゃいま…せ」

入った喫茶店では知らない少年が店番をしていた。

そんな事を思ったことをおくびにもださず、彼はカウンターに腰をおろす。

カウンターの中の少年が、息を飲んだのを感じた。
可笑しいったら、ない。

「ご、ご注文は」

「コーヒーを」

少年は何も言わず準備を始める。

彼は店内をどこか愉しげに見回していた。

「灰皿はあるかい?」

「あ、はい」

少年は後ろの棚から灰皿を取る。

「ばーんっ」

彼は指で銃の形をつくって、少年の背中を狙っていた。

「え?」

「簡単に背中みせちゃぁ、だめだよ、boy?」

そういうと彼はタバコを口にくわえ、少年の手から灰皿を奪った。

「な、なにっ」

彼はその声には答えず、美味そうにタバコを吸っている。

彼も少年も、もう何も言わずそこにいた。
少年は彼に何かを問いたいようだったが、言葉にはならなかった。

少年が彼の前にコーヒーを置く。

彼はそれをちらりと見ると、タバコを灰皿に押しつけると立ち上がった。

「…飲まないんですか」

心なしか固くなった少年の声。

彼はまた愉しげに笑う。

「いつもツケだらけのアイツに譲ってやってくれ」

「…っ。あんた、誰だっ」

彼はそれには答えず

「……アイツに伝えてくれ『カオリは俺がもらう』ってね」

少年の顔が蒼白になる。

「おい、お前っ」

少年がカウンターから飛び出し、彼が出ていこうとするのを乱暴に止めようとする。

それを彼は簡単に払った。

「くっそっ」

「天下の「青龍」も大したことないな。名前がでかいってのはろくなもんじゃない」

「…っ」

ーCHもな…ー

「あんた、本当に誰なんだ。こんなーっ」

「人に名前を聞く前に自分が名のりなよ。じゃぁなcherry boy♪」

あからさまに少年を挑発すると、手をひらひらさせて店を出ていった。

少年はその後ろ姿を呆然とみつめていた。

+++

彼は一人で立っていた。

薄白い桜の花びらに紛れるような、まっしろなロングコートを翻して
そこに立っていた。

その桜の木はすっかりと葉桜の薄緑になっている。
散ったその花びらももう変色していてもおかしくないのに、それは真っ白の
まま、彼女のそばに集まっていた。

彼はその前にしゃがみ込むと、落ちている花びらを手で払う。
冷たい、その感触に思わず手が止まる。
一瞬の後、彼は手のひら全体でそれを感じ、目を瞑った。

男は静かに涙を流した。


今でも信じられないよ。

君の笑顔が見られないなんて。
君の声が聞けないだなんて。

バカだと思うかい?
あぁ、バカかもしれない。

ここに来ても、信じられない。

すぐそこの桜の木の陰から「あら、冗談よ」って、いつものあの
ころころと笑うような心地よい声で言ってくれるんじゃないかって。
頬をピンクに染めて、ちょっと照れた顔で「ごめんね」なんていいながら出てくるんじゃないかって…

僕は君を愛していた。
とても強く、とても深く。
きっと誰よりも誰よりも愛している。
君が誰を愛していようと関係ない。

僕の初恋は君で。
そして、永遠に愛するのは君だ。

君の笑顔がみたいから、君の近くにいられるのなら
君をだますのもしょうがない。と思っていた。
君を困らすつもりは無かったから。
君の困った顔はとてもキュートだったけれど、とても哀しかった。
だから君には笑っていて欲しかったんだ。


全てを捨てて来てしまったよ。

そんな困った顔をしないでくれよ。

だって君がいないんだ。
君が居ないのに、他の何が必要なんだ。

僕には分からないよ。
いや、分からないんじゃない。

「無い」んだ。

君が居る事以上に必要なものなんて、ありはしない。


だから決めたよ。

僕は君のところに行く。


彼は顔をあげると、持参した花束を彼女の前に置いた。
彼女が好きと言っていた、ホトトギスの花束。


そして首にかけていたネックレスをはずすと、その上に置く。


君はなんであんな男を愛したんだい?
君を守ることもできなくて、君がいなくてもへらへらと生きながらえてる
あんなやつを…あまりにも見る目がないとしか言えないよ、カオリ。

ただ一つだけ良いこともあるかもな。
だって、今、君の隣は空いてるってことだろう。

君は優しいから、きっとちょっと困った顔をして、それでも
僕をそこに迎えてくれるはずだ。
そうしたら僕は、君に返してもらったこのネックレスをまた君にプレゼントするよ。
喜んでくれるかな。

それを思って、彼は微笑んだ。
なんて幸せな現実だろうか。


陽が落ちてきた。
彼は胸ポケットから、愛用の銃を取り出す。
あの事件があるまでずっと供に生活していた、銃。

きっと最後の瞬間、今までの中で一番いい働きをしてくれるだろう。
彼女に会うため、この指は、この銃は動くのだ。


夕陽が陰る、その一瞬。

彼の銃が火を噴いた。


そして


彼のコートが黒く変わっていく。


彼は穏やかな表情で倒れていた。

 

END