銃声 1st Anniversary Ver.     2003.6.20 by Hiropan

 

 銃口はぴたりと心臓を狙っている。相手が殺すつもりだったら、とっくに死んでいるだろう。
 どんなに長い時間訓練しようが、ほんの数秒で結果が決まる。そういう世界だと分かっていたのに。

 「悪いが一緒に来てもらう」

 碧眼の暗殺者は、無表情のままあたしを見つめていた。
 こうして何度、リョウを無駄な危険に晒しただろう。
 まったく成長していない自分が哀しい。

 「いっそ撃ってくれたら....」

 そうしたら、これ以上頑張らなくていい。これ以上迷惑もかけない。でも.....


 ───これ以上リョウと一緒にいられない───


 「.....聞かなかったことにしておく」


  この人は優しい
  だけど、
  この人はリョウを殺そうとしてる
  だから.....


 「....ごめんなさいっ」
 「何っ!?」

 あたしは全速力で路地から飛び出した。
 つい一週間ほど前に潰れたビジネスホテルを思い出す。空ビルなら邪魔が入らないだろう。
 後ろから飛んでくる弾丸が当たらないことを祈りながら、裏道から裏道へと縫うように走った。

 非常口の鍵を外して中へ転がり込む。一瞬ためらって鍵を開けたままにした。
 時間稼ぎが必要なら閉めておくが、今は少しでも油断させたい。
 こうしておけば素人がミスしたように見えるかもしれない。
 廊下に閃光弾を仕掛けて、上の階へ駆け上った。背後に漏れ来る光と、小さく呻く声。
 どうやら目論見は成功したらしい。
 視覚を封じている間に次のトラップを仕掛けなければ。

 「あんまり材料もないんだけどね」

 廃ビルならコンクリートの破片のひとつやふたつは落ちていようものだが、
 閉鎖したてのホテルではトラップの材料は期待できなそうだ。
 手持ちで何とかするしかない。仕掛けようとしてためらった。


 リョウの敵はあたしの敵
 だから?


 ───だから殺すの?───


 プラスチック爆弾を練った。致死量には程遠い量だった。

 たかが流れ弾に当たった程度。殺しを生業とする者にとってみればそうだったかもしれない」

 中途半端なトラップでダメージを与えられるような相手じゃなかった。
 いつの間にか最上階に追い詰められたあたしは、1フロアぶち抜きのだだっ広い部屋で、
 逃げる場所もなく彼と対峙することになった。
 さっきと違うのは、あたしも彼に銃口を向けていることだけ。

「だが、そのたかが流れ弾が彼女の足を奪った。殺し屋のパートナーとしては致命傷だ」
「あなたの....パートナー.....?」

 そういえば前にリョウが言ってた。
 アメリカでマリーさんと組んでいた頃、彼女が撃った弾が逸れて、後ろにいた女に当たったことがあるって。
 同業者だったから向こうも覚悟はしていただろう、とも。

 「どうしてリョウを?」
 「ブラッディーマリーはもういない。あとは冴羽だけだ」
 「リョウは撃ってないわよ」
 「あの場にいたのなら同じこと....いや」

  彼の瞳が強い光を放つ。

 「今なら同じ想いを奴にさせることができるから、かな」
 「同じ想い?」
 「君の足をぼろぼろに撃ち抜いて....」

 じわりじわりと間を詰められる。あたしはじりじりと後ずさった。

 「そうして奴のお荷物になったら、君はどうする?」


 ───リョウの...お荷物になったら.....───


 「じゃあ、あなたのパートナーは....」
 「自殺した。自分がいたら俺を危険に晒すだけだからと書き残して」

  感情のない声が、かえって彼の気持ちを伝えてくる。
  この人はずっと自分を責めてきたんだろう。彼女を守りきれなかった自分を。


  リョウは?
  あたしが死んだら、リョウはどうなる?
  リョウは何て言った?


 ───俺は、おまえと一緒に生きていこうと、
                決めたんだからな───


 「俺は、あいつが生きてさえいてくれれば、それでよかったのに!」

 はっと思考の海から引き戻された。
 彼が引鉄を引くのを見て、横に飛ぶ。素早く体勢を立て直して反撃した。
 彼の頬が一文字に切り裂かれ、すっと赤い血が流れた。唇が動く。

 「Let me die....(殺してくれ)」


 今の今までトリガーを引いていた指が
 ぴくりとも動かなくなってしまったのは
 ......何故?


 銃を構えたままぴくりともしないあたしに、彼が叫んだ。

 「撃たないのなら撃つ!」

 無表情な男の頬を、涙が伝った気がした。


 ───おまえが必要と思った時に、撃てばいいんだ───


 指が動いた
 倒れたのは、彼だった


 「Whatever may happen....you, return alive....(どんなことがあっても、君は生きて帰れ)」

 呟いた口から血が溢れた。
 銃を向けながらトリガーを引かなかった優しい暗殺者は、そして二度と動かなかった。

 ぼおっと立っていたら、くしゃっと頭を撫でられた。

 「香、よく頑張ったな」
 「リョウ....」

 もしリョウが間に合わなかったら、あたしは初めてこの手で人を殺していただろう。
 リョウの放った弾丸が、あたしの弾を虚空にはじいて、そのまま寸分の狂いもなく碧眼の暗殺者の
 心臓を貫かなかったら。

 「納得して、撃ったか?」
 「うん」


 彼とパートナーが
 せめて天国で幸せになれるように祈りながら
 撃ったの


 それ以上に、リョウのところに生きて帰りたかったから。
 だってあの人、とても哀しい目をしていた。リョウにあんな顔をさせたくない。
 殺してくれなんて、言わせたくない。
 あたしが生き延びることが、リョウを生かすことになるんだと思った。

 だから言ったの。

 「不老不死の薬、飲んじゃおうかしら?」
 「望むところだ」

 そう答えてリョウはあたしをぎゅっと抱きしめた。

 
 END

ひろぱんさんのサイト「銃声」の1周年記念で
フリー配布していたので、いそいそと頂いて
きました。
シリアスは話からお笑いまでいつも楽しませて
頂いています。
一周年オメデトウございます。
最後のセリフは管理人が妄想しました(泣)
中途半端な感じでゴメンなさい…

    back