happy birthday to…


ー香からの最初で…最後のバースディプレゼント。そうなるのかなー

 

「よかったー!!絵梨子ありがとーっ!!」

銀行のキャッシュディスペンサーコーナーで香が満面の笑みで騒いでいる。
1週間前に終わった絵梨子のボディーガードの依頼料が振り込まれていたのだ。

しかも相場よりもかなり多くっ!!これでまた普通の食事ができるわー♪

週末、絵梨子に急に呼び出しをもらって会うことになっているから、その時にお礼をしておこーっと。

香はニコニコしたまま、銀行を出るとそのままデパートに向かった。
新宿にはたくさんデパートがあるけれど、ウィンドウショッピング以外にはあまり立ち寄らない。

たまに美樹さんと一緒にデパ地下によってケーキをちょっと選んだりするくらいだ。
いつも買い物をしないからちょっとおどおどした感じでデパートに入るけど、
今日は買う気できたから、気分も違う。

今日のお目当ては…っと。
香はいつも昇って来ない、上の階でエスカレーターを降りた。
ただでさえ平日午前中のデパートにはあまり人がいないから、このフロアはもっと閑散としている。
お客さんより店員の方が多い様だ。

意気揚々と上がってきた香であったがさすがにその雰囲気に足がすくむ。
そのフロアの店員の視線が全て自分に注がれている気がする。

…やっぱり場違いなのかしら?

香は何の気なしに自分の格好を見回してしまう。
履き慣れたローファーに生足に黒いハイソックス。短いデニムのタイトスカートにカーキのジャケットに茶色のマフラー。
いつもの格好なのだがこのフロアではカジュアル過ぎる気がする。
一気にそれを意識して、動きも怪しくなってしまう。
ギクシャクとした動きをしながら、ふとフロアを見るとお目当てのコーナーが目に付いた。
フロアの雰囲気にとまどっていたことも忘れて、そのコーナーに駆け寄った。

え、これって7万もするの?え、ええ??
えー、ダメダメ。これ、こっちは?うんコレもステキ。えーっと値段はっと。
イチ、ジュウ、シャク、セン…うえーダメダメ15万なんて出せる訳ないじゃない。
高いんだー、時計って。


綺麗に磨かれたショーケースなのに、思わずおでこをこすりつける。
「…あのぉ、お客様?」
ケースの前より聞こえてきた、店員さんのとまどったような声…

あ、やばい。怒られるっ!

おずおずと顔を上げた。もう一回考え直して、出直すしかないかなー。

「ご、ごめんなさい。綺麗に磨かれてたのに」
「いいえ、いいんですよ?なにかお探しですか?」

顔を上げた香の前では女性店員が微笑みながら香を見ていた。
笑顔が可愛くて、なんとなく雰囲気が美樹さんに似ている。

「あ、はい。でも…ちょっと予算オーバーみたいで。時計って高いんですね。ハハッ…」
「あら、お客様、こちらはブランド品のコーナーなんですよ。あちらにはお手頃な値段の物もありますので、少しご覧になってみませんか?」

照れて真っ赤になっている香を見ながら「やっぱブランド物って高いですよね」と
小さく舌をだして香に言う。その姿にほっとして、見て行くことにした。
勧められた椅子に腰掛け、目の前のケースを見る。先ほどよりはお手頃の時計がならんでいる。

うん、これなら買えそうだわ。

「お客様、ご予算はどのくらいですか?」
「えっと、この時計くらいで…」
予算を言うのは少しためらって、予算と同じくらいの時計を指さす。
「はい、承知しました。それでどのような時計をお探しですか?就職祝いとか合格祝いとか〜」
美樹似の店員が予算にあった時計をいろいろなところ出してくる。
3月の初旬、そういうお客が多いのだろうか?思ってもいなかった事を聞かれたので少しとまどってしまった。

「え…あっ、そうじゃなくて…あの誕生日…」
「あぁ、誕生日プレゼントですか?おめでとうございます。えっとそれは彼氏?」
悪戯そうに微笑みながら、じゃぁこれはちょっと違うわねなどといいながら時計を選んでいる。

顔を真っ赤に染めて、固まってしまった香の目の前で手をひらひらと振る。

「おーきゃーくさまー?どうしました?彼氏じゃなければお父様とかお兄さまとかかしら?」
いいながら、香の前に5つくらいの腕時計を並べた。
「こういう感じで、いかがですか?もっとご希望があればおっしゃってくださいね?」
並べられた時計はブランドの時計と遜色はなく、どれもステキなデザインの物だった。
香は一つ一つ手に取り、選んでいる。店員はその様子を楽しそうに眺めている。
「お父様だったら、このデザインはちょっと若すぎますかしらね?」
時計を見ている香の顔を覗きこむ。香はまた頬を染める。

からかう様子の店員はそれこそ美樹の様だ。照れくさいけど、嫌な感じではない。

「…父では、ないです」
「それじゃぁ、やっぱり彼氏?ふふ。お客様お綺麗ですもの、彼氏さんも浮気なんてしてられないわね」
「かっ…彼氏でもないですっ!」
「もう、照れなくてもよろしいのに〜」

香が手に持っているのはデジタル表示の腕時計。兄がしていたのと良く似ている。

「こ、この時計は…似合うと思いますか?」

照れを隠す様に店員に問いかけた。
「どの様な人なんですか?お客様がお贈りする方は」

「歳はあたしよりちょっと上で背が高くて顔は小さくて、でも洋服のセンスは悪くて。
ナンパばっかして、ツケもして、依頼人に手は出すし、酔っぱらったまま朝がえりはするし…」

時計を手に握ったまま、顔を照れから怒りに変化させて立ち上がった香を店員が焦って、声を掛ける。

「お、お客さまっ!?」
香はふっと息をはきだした。店員の視線を受けると、勢いを急になくして、ストンと椅子に腰掛けなおす。

「でも…大切な、なによりも大切な人なんです」

俯いて小さく呟いた香の言葉に店員は微笑んだ。
「…お似合いになると思いますよ。お客様がそこまで想って選んだんですもの」
「…じゃ、これください」

店員は香から腕時計を受け取り、立ち上がった。
「はい。ありがとうございます。少々おまちください」

デパートから帰った香はリビングに座り込んで、ペンを持ったまま唸っていた。
デパートの袋から時計をだしたら、白紙のメッセージカードがついていたのだ。
「いまさら、メッセージっていってもなぁ」

あたしが作った誕生日、ヤツは覚えているのかしら。喜んでくれるのかな…
一年前はお礼だって言っておでこにキスをしてくれたけど…あれから特に進展はない。
でも自己満足だっていいの。僚とまた一年一緒に過ごすことができたんだもの。
それだけで十分だわ。僚が覚えていなくても当日は腕によりをかけて料理を作って、お祝いしよう。

その時を思うと自然にペンが動いた。

ー時間にルーズな僚へ!!これで少しは規則正しい生活をしなさい!!  香 

メッセージを書き終わったカードと一緒に自分の部屋に時計を持っていき、ドレッサーにしまった。
当日、どんな顔して渡せばいいのか分かんないけど。でもちょっと驚くだろう僚を思うと自然に楽しくなった。



終わり


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