気まぐれなご機嫌とり

僚はあくびをかみ殺しながら、ぶらぶらと新宿を歩いていた。
平日だというのにここの人手は減る事がない。
まぁ、やっぱり営業マンらしきスーツ姿が多いのが平日らしいといえば
らしいが…

香は今日は僚を起こすこともなく、伝言板を見に行っていた。
そのままキャッツにでも行っているのだろう、僚が陽が完全に昇りきったときに
やっとリビングに降りたときも香の姿は無かった。
そして、いつもは用意されている朝ご飯も…
僚はその時を思い出して、今朝から何度目か分からないため息を付いた。

はぁぁ

先週まで掛かった依頼がやっと終わり、そのまま夜の街へ繰り出した。
依頼内容は中年の男性のボディーガードでいつもであれば絶対受けることのない
依頼だったのだが、今回はいつもにましてビンボー度合いがひどく、水道すら止められる一時間前に入った依頼だったのだ。
受けない訳には行かないだろう…そんなわけで不承不承受けた為、終わったときの
開放感たら♪〜、なかった。
そしてそのまま3日帰っていなかったのだが。

祭りのあと、夢が覚めた空しさよ…

香はハンマー、コンペイトウの2段重ねで待っていた。こともなく
「僚を一切シカトする」
というお仕置きに決めた様だった。

昨日の昼飯、夕飯ぬきは当たり前。
風呂には入ろうと思ったら、お湯は綺麗に抜かれていた。
真っ裸になって、俺は湯を溜めたんだぜぇ〜。ふぅ。
2日目の今朝になっても彼女のご機嫌が直ることはなかった…

3日間一回も帰らなかったことは今までだって無かったわけじゃない。
それにその3日だって昼間キャッツで香と顔を合わせたりもしてたんだ。
(ま、こっちは飲み屋の女の子と肩を組んでたりしたが…)
そん時はいつもの通り、ハンマー食らってお仕舞いだったんだがな。
正直、ゼイタクを言わなかったら香にシカトされてもあまり困ることはない。
けれど、一通りの欲求をどんちゃん騒ぎで晴らしたら、今度は香の笑顔が見たくなるんだ。
香の笑い声が聞きたいんだ。香の料理が食いたいんだよ…マジで。

はぁ〜。
ヤキが回ったよな、俺も。

僚がふらふらと街をさまよっていると、ふと人波の流れのゆがみを感じた。
まっすぐに歩いている人々があるビルとビルの間あたりになると急によけて歩き出す。
しかも皆その表情は眉を潜め、苦虫をかみ締めた様な顔をしている。
病人でもいるのかもしれない。が、ただの好奇心でそちらの方に歩き出す。
と、ビルとビルの間に一人の少女が座っていた。
僚の目からすると15,6歳に見えたが、実際は20歳前後なのだろうか?
こんな平日の昼日中にその彼女は露店を開いていた。
休日の新宿ならまだしも、平日のこんな時間に客なんかないだろうに
と思いながら、僚はその露店の前に立った。

「いらっしゃいませ」

本を読んでいた少女は僚の気配に顔を上げ、僚を見上げた。
間近に見ても少女の顔は幼かったが、なぜか笑顔が大人びて感じる。
僚は並べられている商品をながめながら彼女を観察していた。

「こんな時間に並べてても商売にはならんだろーに」
そういいながら、僚はしゃがみこんだ。
「そんなことないよ。オニーサンみたいな奇特な人も居るしさ」
彼女は微笑んだ。
「ただの冷やかしかもしれないだろ?」
「それはそれでいいよ。人、観察するの楽しいしね。でもま、よかったら買ってよ」
僚はそんな彼女に微笑みをうかべ、商品に目を落とした。
「これ、君の手作りかい?」
ビーズで作られた、指輪やネックレス。皮製のチョーカーやライターケースなど
なかなか良いデザインで凝ったつくりだ。
「うーん。こっちのビーズのとか、編みぐるみとかは私だけど、こっちは相方が」
皮製や、ガラスなんかは彼氏が作ったようだ。
「器用なんだな、君も彼氏も」
売り子の彼女はふと怪訝そうに僚を見上げた。
「なんだ?」
「え。『彼氏』って言うから…」
「あぁ、『相方』って言い方が可愛かったしね。それに相方が作ったほうを触るときは
自分が作ったものを扱うより、ずいぶん丁寧だったから…それでな、まぁ大切なヤツなのだろーと」
「あ、そっかー。自分で作ったのも愛情はあるんだけどね」
うふふと笑った。
僚は売り子の彼女が置いた本の影に隠れているガラスのピアスにモノに目を奪われた。
少し上体を伸ばしてそれを取った。
「あ、オニーサン、お目が高い!!彼女にどう?」
「何言ってやがる。それにしても変わったデザインだな」
僚がピアスを手の平で少し、揺らす。
ある光景が浮かんで、苦笑いした。
「オニーサン、それ買ってよ?おまけするから」
「あぁ?」
「だって気に入ってるみたいじゃん」
さっきまで商売っ気のなさそうな彼女が営業してきたのが不思議だった。

「それにさ、それ全然売れないんだよ。…相方は自信作だって言ってるんだけど」
彼女が小さな声でつぶやいた。
「なーんてね、嘘嘘冗談。気に入らなかったらいいから」
「幾らだい?」
「あ…え?!」
「気に入った。こんなピアス、今買わなかったら2度と手に入らないもんな」
「あ、ありがとうございます」
彼女はちょこんと正座して頭を下げた。
そして僚の手に乗っている、ピアスを受け取った。
「え…とプレゼントだよね?オニーサン」
僚はご機嫌斜めの相棒の顔を思い浮かべた。
「あぁ」
彼女はピアスを可愛いくラッピングする。
「ねぇ、オニーサン。ここら辺の名物お姉さん知ってる?」
僚は眉を軽くあげて、彼女に話の続きを促した。
「すっごい美人のお姉さんなんだけど、いっつもハンマー振り回して、彼氏つぶしてるんだって」
「ほ、ほう」
「でね、私は見たことなんだけど、相方はしょちゅう見てて。それでこのデザインが浮かんだ
らしいよ?ハンマー振り回してるってのが眉唾なんだけどね」
にっこりと笑ってそのピアスを渡してくれた。
「毎度ありがとうございました。今度はそれを付けた彼女ときてね、オニーサン」
僚は苦笑いを浮かべながら、金をはらった。
「じゃあそっちも今度は『相方』と一緒に座ってろよ」
えっへへーと彼女は笑った。

僚は買ったばかりのピアスの袋を見た。
これを渡せば香はあの彼女の様に笑ってくれるのだろうか?
いや、笑わなくてもとりあえず、ハンマーは復活するだろう。
嬉しいやら悲しいやら複雑な思いを抱えながら、『すっごい美人のおねーさん』を
探しに家に戻った。


END


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