オープンユアハート

「香さん。いい薬を開発したのよ」
かずえがミックと並んで冴羽家にやって来た。
彼女が至極ご機嫌な様子なので、香はどうしたのかと思った。

「薬?へえ、今度はあたしに持ってくるのね、ミック」

恨めしそうに香に睨まれて、ミックはたじろいだ。

「あれはカオリ、リョウが君を愛しているからそうなったんだろう?丁度あの薬があったから、ついリョウに使ってみろってすすめて・・・」

「あたしの事を酒の肴にされたんじゃ、たまんないわ」

思い出しても赤くなる。

要は、人恋しくなるような薬を飲み物に混ぜられて、まんまとリョウの欲望の餌食となったわけなのだ。
その話を、後日リョウとミックでさんざん酔いながら開けっぴろげに話されて香はその場に崩れてしまった。

やがて二人が地獄を見たのは当然の報い・・・。

かずえは咳払いをして、

「香さん。そっちは私は関係ないのよ。それはミックがどこからか仕入れて来る方」

「って事はかずえさんも飲まされたんでしょ」

恨めしげに香が言うと、

「えっ。そ、それはまあ置いといて、これの話よ」

説明を始めようとする彼女の慌てようでは図星なのだ。

でも・・浮気されるよりはね。
気が多い男達だが、自分達は特別らしいことは以前からかずえと話し合ってきた結果得た事実だ。

「あのね、この薬を冴羽さんに飲ませると一日の間、彼の考えていることが聞こえるの。香さんはこっちの赤い方の錠剤を飲むのよ」

赤と青の錠剤が、一組になって数個袋に入っていた。
それら色がキツイ原色で、やけに体に悪そうな物質を使っていそうである。

香は半信半疑でかずえを見つめる。
彼女は頷いて続けた。

「詳しく言うと、赤いのを飲んだ人は青いのを飲んだ人の考えていることが聞こえるの。でも、いちいち反応したらばれちゃうからね。冴羽さん鋭いから」

ただでさえこちらの考えはお見通しなのに、そんなことできるわけ・・・。

「リョウの考えてる事が知りたいんだろ?カオリ。正に君の為の薬だよ」

すでに香の考えを悟ったのか、ミックが念を押してくる。

「・・・ミック達は試したの?」

「いーや。リョウとカオリに一番必要な物だろ?カズエと俺には必要ないんでね」

「すっごいのろけと嫌味に聞こえるんですけど」

香は頬杖をついて遠い目をする。

確かにあたしが不安になるのは常に、リョウの考えてることがわかんないから・・・。

「香さん。取りあえず使ってみてよ。冴羽さんの思考が嫌になったら、一日買い物にでも出かければいいんだから。ねっ」

「・・・わかった」

かずえさんはいいな、と思いながらともかく、試してみる事にする。

「ね、リョウ。これ飲んで。ビタミン剤だって」

台所でまだ寝ぼけているリョウは、いきなり薬を出してきた香の奇妙さをあまり気に止めなかった。

「あ?ふ〜ん」

リョウには変に取り繕わない方がいい。
どうせあたしは演技なんかできないしね、と香は考えた。

彼に背を向けて香も赤い方を飲みこむと、食器の片づけを始めた。
すると、その効果はすぐさま彼女に伝わってきた。

彼も薬を飲んだのだ。

リョウの考えている事が、香の体の中から聞こえてきた。
丁度それは、彼女の思いや考えと同じように体の内のどこからかやって来る。

(ビタミン剤って・・どうせミックかかずえ君にでももらったんだろう。変な薬じゃねえだろうな。ま、付き合ってやるか)

香にしてみれば、「!!」である。

鋭い且つ的確で正解、しかも”付き合ってやるか”ってコイツ・・・。

しかし本当にリョウの思っている事が聞こえてくる。
これなら彼が声に出して喋った事との区別は簡単にできそうである。

ちらりと後ろを振り返って彼を見ても、リョウはいつものようにだらしなく無言でいるだけだ。

(ふあ〜。にしてもだりいな。クーラー付けたいけどだめって言われるだろうし・・・。美樹ちゃんとこでも行くか)

(ん?香、やけに黙ってるな。機嫌悪いのか?仕事最近ねえもんな。家計の心配か)

(ま、なるようになるって)

「・・あんたって人は!」

呆れて思わず大声を出してしまった。

「・・あ?」

リョウは香の凄まじい剣幕にびっくりしている。

香は彼の思考に言葉を発してしまったのに気づいたが、すぐに開き直った。

ともかく勘が良い男なのだ。
下手に隠しても絶対ばれる。

「たまには早起きでもして掲示板見に行くとかできないわけ?夏休みの子供じゃあるまいし、しゃきっとしなさいよ!」

彼はぽかんと口を開けた。

(こいつ・・夏バテだな。牛乳飲ませて、レバー食わせないとだめだな。そういえば少しやつれたよな。足はむくれてるし)

反応しない方がおかしい事を連続で思われている。

リョウってでも、言葉に出すより・・心の中のが優しくない?
実は心配してくれてる?

「あたし、洗濯してくるわ」

「へーへー」

彼と離れていよう、と思った。
リョウの思考パターンに慣れないといけない。

洗濯機を回しながらシーツやらタオルやらを回収に行く。
かずえ曰く、家のまわりぐらいの範囲なら同じ部屋にいなくても思考は聞こえるらしい。

(あーあ。たまには気分転換に海でも行きたいぜ。そいえば香、水着買ってたよな。白いのなんて買うなっての。他の男のでれでれ顔が目に浮かぶ)

(二人で行くより、美樹ちゃんやタコ連れてった方がいいな。メシもバーベキューとかできるし。その方があいつも楽しいだろう)

(それに俺も目の保養ができるし。香の目も逃れられる)

自分がいてもやはり他の女は気になるらしい。
しかし、香が力をこめて拳を握りしめると、

(二人っきりで海なんてやっぱ照れるよな。うん。海どころじゃなくなる)

かわいい?思いが伝わってきた。
香は思わずくすっと笑ってしまう。

「ん?お前何笑ってるんだ?」

リョウが何時の間にか後ろに立っていてびっくりした。
この辺り、さすがリョウとでも言うべきだろう。

「べ、別に」

(どうしたんだコイツ・・・)

「俺ちょっと美樹ちゃんとこ行って来るから。じゃーな」

「う、うん」

彼は去って行きながら、次のような思い(あるいは考え)を抱いていた。

(今日のスカートより、こないだの黒いやつのが似合ってるよな・・)

「・・あたし、どーしよう・・・」

リョウの考えている事が、想像以上に自分の事で占められているので嬉しくて仕方がない。

香はへなへなとその場にしゃがみ込んだ。

(美樹ちゃんに話つければタコはついてくるだろう。あとの連中は来たきゃ来る。香に話すのは後回しだ)

いつもそう思ってあたしに話さないわけなのね、リョウ。

香が部屋で休んでいると、リョウの思考が聞こえてきた。
彼が家に近づいているのだ。

(ロディが死んだ・・・。俺もそう遠くない未来って事だな。あんなに腕の立つ奴なのに病で倒れるとは・・・)

(ケイト一人で子供を守れるのか。この国にいる俺には何も手を貸せないが・・・)

ロディ?ケイト?
・・どちらも知らない名前だった。

(あの付近で不穏な事件が幾つか起きている事はやはり否めないから・・・危険ではある)

(せめてここへ来てくれれば俺が・・・いや、ここには香がいる)

え、どういう意味?

言葉のニュアンスが、香を不安にさせる。

(香にケイトを会わせられるか?ケイトは関係を持った女だ。幾ら香が鈍くても雰囲気は打ち消せない・・・)

言葉の楔が彼女に突き刺さった。

(それに子供を持った女だ・・・。香がそれを望まないとは限らない。俺はその時どうすればいい)

(いや・・やめよう。今思いつめてもどうしようもない・・・それに)

(結局俺は香に制限を与えられない)

「制限を・・与えられない・・・」

だから側に、置いてくれたの?

あたしに制限・・あたしをここから追い出すこと、そしてあんたに恋愛感情を持つことを止められなかったわけね。

なるほど。
あんたがそうしたいからあたしをここへ置いて、手を出したわけじゃないのね・・・。

バタンとドアの音がした。

「香」

(ともかく連絡があるまでは何も動けない。タコに動いてもらおう)

「香〜?どこにいるんだ」

(香が鈍感なのは救いだな。知らせても辛い思いをさせるだけだ・・・。俺も、あまり過去を掘り返したくはない)

「ここにいたのか」

彼の顔はいつもと変わらない。
上着を脱ぐと、香の隣に横たわった。

「ふ〜。何、お前昼寝してたの」

「うん。昨日は暑くてあまり眠れなかったし」

「けど、この部屋も随分暑いじゃねーかよ」

(香とこうしている間には、今の俺しかいないわけだ。過去は・・)

「お昼食べた?」

「ああ。美樹ちゃんとこでな。あ、そうそう。海、行く事になったぜ。美樹ちゃんと盛り上がっちゃってさ〜。お前も来るか?」

(しかし・・毎日誰かしらの命日だな)

「何それ。美樹さんと二人で行ってきたらいいじゃない」

思考に反応しないようにするには努力が必要である。
こう、言ってる事と思っている事が極端に離れている時は特に。

「美樹ちゃん一人にメシの支度させんのかわいそうだろ。タコも来るって言うしさ。お前も手伝えよ」

(ふう。タコも先にこの話してくれりゃ、海なんて・・・。いやだけど、香の目をそらすにはグッドタイミングか)

(ケイトと香・・そういえば似てるな。俺はこういう女が好みだったのかな)

(ロディが現れなきゃどうなってたか。子供は、俺の子供じゃないから香と会ってもそれだけが救いだ)

「・・・香?」

あんたはいつもこうして、心と表が全然別々なの?

あたしが触れているあんたは半分でしかないの?

震えている自分に、すぐに気がついた男が無性に憎たらしくて仕方なかった。

(俺も結局は女と深い関係になる事から逃げたんだ・・・)

「どうしたんだ。情緒不安定なのか?おかしいぞお前」

優しい声で慰めてくれる。
抱きしめてくれる。

しかし・・・。

(こいつとだってきっかけがあれば多分・・・)

それがあたしに制限を与えられないってこと?

あたしの想いを我慢させられないってことなの?
あんた以外の男を好きになれないから。

「冷たい物を持ってきてやるよ」

「いい。いいから側にいて」

泣きじゃくっているので声がおかしくなってしまう。

彼を腕で拘束して放さなかった。
彼の本音から逃げたくはなかった。

あんなに思い焦がれていた彼の本心なのである。
残酷なのは百も承知でいなければ・・・。
隠す心は大抵、重いものだろうから。

それに、またとない機会だ。
絶対に口にしてくれない事を聞いておかないと後悔する、と香は思った。

(おかしいな・・。それにしたって、ややこしいあの問題はやはり香には隠しておかないと)

(こんなに泣くなんて、よっぽど何かあったんだろう)

(そういえば・・泣き顔見るの久しぶりだな)

香は歯を食いしばった。

「ねえリョウ。あんたあたしの事本当に好き?」

「あ?何言い出すんだよ」

(これはもしかして、今からできるかも?)

「好きだよ。変な夢でも見たのか?」

こういう時にさらりと言ってしまうのが、彼のずるい所だと思う。

(夢・・そういや俺もこないだ変なのみたな。香がいっぱいいて)

(で、香が俺の望むままに応えてくれて・・。ってゆーかこいつもそうならねーかな)

「具体的にどこが好き?」

「ああ?お前一体・・」

「いいじゃない。たまには。聞かせてくれたら、あんたの好きなようにしてあげるわ」

「へっ!?」

香のらしくない台詞に、さすがのリョウも戸惑っている。

(具体的にって・・・今更言われても)

(そもそもよくわかんねえし)

「そうだな。腕力が強いとことか、がさつなとことか、そいからすぐ殴るとことか・・・」

(こんな俺の側にいてくれて、俺を好きだってすぐわかるし、単純で顔に何でも出て扱いやすい・・・)

(体の相性もいいし、あとはもうちょっと恥ずかしがるのをやめてほしいよな)

「それに・・」

「それに?」

本当に不器用な人。
思っている事とあたしに伝えている言葉は全然違うじゃない・・。

香は今までに一度もこれらの言葉を聞いた事がなかった。
ちょっとむっとした顔をした彼女を見て、リョウは肩を竦める。

(1コくらいほめないとすねるか?)

「お前が香だから好きだ」

(お前が香だから好きだ)

(今日の香はやけに色気があるな・・・。どうして・・)

(・・・。)

(でも・・やっぱり)

(こいつに話した方がいい・・か・・・?)

「!」

香は瞬間どきんとする。

(いつも・・俺が後で話すと怒る・・・し)

(哀しそうな顔をする・・・)

(話したら・・嫌な気分になるだろう。でも、きっと許してくれるはず・・・)

そうよ。リョウ。

あたしに何でも話してほしいのよ。

しかし、香はそんな事を口に出したくはなかった。
彼に決めてほしかった。

だから、待った。

(今・・言ったらこいつ、裏切られた気持ちになるかな・・・)

(あたしを抱きながらそんな事考えてたの、って)

香は涙をこらえるのが精一杯だった。

リョウの自分を想う気持ちがこんなに強く激しいものだとは知らなかった。
同時に、自分にすがっている彼の臆病さと弱さを見せられ、彼があんなに迷っていたのをなじっていた自分が情けなかった。

彼が体を離して背を向けたので、香はその隙に目頭に指を当てた。
そうして慌てて毛布を体に巻きつける。

「リョウ・・・?」

「・・・話があるんだ」

「話・・・」

(裸で聞かせるにはあまりにも長い話だ)

彼は煙草を取って火をつけた。
毛布を彼女の肩まで引き上げてやる。

「大丈夫。別れ話じゃないさ。ただ、ちょっと後ろめたいんでな」

苦笑いが似合う男だ。

「後ろめたい?・・女絡みね」

「ああ。それに、これからその女絡みでお前も巻き込まれる可能性がある」

香は頷いた。

「聞かせて」

(本当に・・こいつには適わない)

「ああ・・・」

「白状しちゃうとね、リョウ」

「ん?」

リョウは香に抱きつかれてまんざらでない、いや、喜んでいた。

(俺がさっきみたいに打ち明ければもっと・・・)

もっと何よ。

香はまだ知らんふりを決めこもうかと思ったが、やはり公正になろうと考え直した。

「今日はあんたの考えてることが全部わかるの」

「・・・・・。」

リョウの体が一瞬硬直し、それから、

(もしかしてあの薬!!?かずえ君が?)

という声が聞こえた。

彼は確かに、勘が鋭い男だった。

「ま、まさか・・?」

香はにっこりする。

「そうよ。本当。さっきはホント幸せだったわ。あんたの気持ちを聞きながら抱かれてたんだから」

リョウが嘘だと思っていないことが、香にはわかった。

(マジで?お前、本当に俺の考えてることわかんの?右手上げてみて)

香は右手をゆっくり上げた。

(じゃ、もしかして、さっき俺が話したことも知ってたのか?)

音もなく頷く。

「〜〜〜〜〜」

彼は枕につっぷした。
それから、声に出すのもばからしくなったのか思考で言葉を返してきた。

(だからお前あんなにすごかったのかよ。んじゃ、今度はお前があれ飲め。俺はお前の素直な感想を知りたいんだ)

香は途端にうろたえる。

「だ、だめよ。そんな恥ずかしいこと・・」

(俺がどんなにお前をほしがっているかもわかっただろ?今更隠してるんじゃねえよ)

「!!」

心をさらして開き直ったリョウに、太刀打ちできる香ではなかった。

こうなればもはや、本音を出した方が勝ちなのであった。

     

 

 CHのお話を撤退しました「eyes」さんのサイトでフリー配布していたお話です。
 その時期ははずしてしまったのですが、eyesさんにお願いして嬉しかったです。
 とっても可愛いんですよ、香ちゃんが。あーまた読みたい!!(笑)

 

 

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