香のバイト事情

「はい、香さん珈琲」
美樹はカウンターで突っ伏していた香の横に白いカップをことりと置いた。
「あ〜、美樹さん、ありがと。いい香り」
腕から顔を上げ、にこりと香が笑う。
「お礼を言うのは私の方よ。ファルコンが『仕事』でいなくて、かすみちゃんは大学のレポートが間に合わないって云うし、一人でどうしようか、途方に暮れていたんだもの」


最近のキャッツアイはお昼時ともなるとかなり忙しい。常連客に加え、いつの間にか、美人ママと美味しい珈琲を飲ませてくれる店として口コミで噂が広まり、美樹一人では、さすがにさばききれなかったのだ。そこへ、いつものように伝言板の帰りに寄った香に助けを求めた…と云うわけだった。
ランチタイムも終わり、サラリーマンたちが会社にもどり、店に静かな一時が戻る。その合間を見ての僅かな休息の時間だった。


「ううん、こっちこそ、よ。今日一日手伝えば、撩の溜まったツケを相殺してくれるって云うんだもの。申し訳ないくらいよ」
あはあはと笑いながら、香が手を振った。
「本当はツケどころか、バイト代支払いたいんだけどね」
美樹は自分の分の珈琲を煎れながら云った。
「ただ、それにはちょっと値がかさみすぎていて、ね」
困ったようにそう笑う。
「そ、そうよね。あたし達いつもここで喧嘩しちゃうもんね」
ごめんなさい。
困ったように、香は珈琲カップを手に取った。
「でも、ね」
「え?」
「実は前々から香さんにはお店手伝って貰いたいなぁ、と思っていたのよ」
「え?」
「…常連の山田さんとか片岡さんとか……知ってるでしょ?」
「…あの、よく来る二人連れのサラリーマンよね?」
あのふたりがどうか?
香はきょとんとした瞳で美樹を見返した。
「あの二人、香さんに気があるのよ」
ずい、と美樹が前に身を乗り出してきた。
「な、なに云ってるのよ、美樹さん」
「ううん、冗談じゃないわよ。今日だってずっと目が香さんを追っていたもの。二人とも、そこの大手商社に勤める将来有望なサラリーマンよ。香さんどっちかどう?」
面白そうに、美樹が黒い瞳をくるくるとさせる。
「またまた…美樹さんってば冗談が上手いんだから」
香はぽっと頬を赤らめて、珈琲をずずっと啜った。


恋愛事に疎い香は、自分自身が人目をひく存在だと云うことを全く自覚していない。それは多分にパートナーに責任があると美樹は思っているのだが。ともかく、香は美樹の話を全く本気で捉えていないようだ。


「本当だったら。元女傭兵の目を甘く見ないでよ」
「美樹さんの目が確かなのは知ってるけど、それは絶対美樹さんの思い込みよ。あたし、そんな魅力ないもの」
「じゃ、もしもよ、もし本気だったらどうする?」
「本気だったらって……そんな困るなぁ」
「どうして困るの? さては好きな人でもいるの?」
いったん口を切って、にこりと美樹は笑った。
「前から聞こうと思ってたんだけど…香さん、冴羽さんとはどうなってるの?」
「え"、な、なに?撩? ど、どうにもなってないわよ。なに云ってるのよ、美樹さんてば…」
よほど慌てたのか、ぶふっと咳き込んで、香が勢いよく否定した。
「そうなの? じゃ、いいじゃない」
「よ、よくなんかないわよ。あたし、これでもシティハンターのパートナーだし。そんな一般の人と恋愛なんて」
「パートナーって云っても仕事上でしょ」
「そ、それはそうだけど…」
「香さんだって、お年頃なんだから、本気で誰かと付き合っても好いと思うなぁ、そこまで冴羽さんに香さんを束縛する権利はないとおもうけど」
「そ、束縛って…別に撩はあたしを束縛なんてしてないわよ」
「そう?」
「そ、そうよ」
「じゃあ、考えてみてよ。本気で。私二人から頼まれちゃって困ってるのよね」
人のよい香につけ込んでる自覚は十分に有りながら美樹が云った。
「だめだめ、だめよ。美樹さん。あたし、そんな気ないもの……」
「そんな気ないって…他に好きな人でもいるの?」
「い、いないわよっ」
顔をもはや真っ赤にして、香は思い切り否定したところで、カラランとドアのカウベルが鳴り響いた。
「いらっしゃいま……なんだ、撩じゃない」
「げっ、なんで香がここにいるんだよ、しかもんな恰好して」
「恰好って…美樹さんのお手伝いよ。撩こそ何よ」
「ボキは美樹ちゃんの煎れるおいし〜い珈琲を飲みに来たの。美樹ちゃ〜ん、撩ちゃんですよ〜〜」
いつものように、カウンター越しに美樹の細腰を捉えようとした時、襟首をがしっと掴まれた。
「あんた、あたしの前でいい度胸してるわね」
にっこりと笑いながら、香は素早くハンマーを取り出した。
「天誅〜〜〜っっっ!」
思いっきり撩の頭にハンマーを振り下ろす。
「誰のせいであたしが美樹さんを手伝ってると思ってるのよ、これに懲りたら、いい加減美樹さんに手を出すのやめろよな」
ぺしゃんこに潰れた撩をずるずると引きずって香は店の外に撩を放り出した。


「ごめんなさいね、美樹さん」
「ううん、いいのよ…それより香さん、またお店手伝ってくれる?」


美樹が指さした先では、店の床が人型に割れていた……。

 

 

管理人あとがき

カオリンがモテモテの状況って好きなんですよね、私。
これもほのかにラブじゃないですか?
おねだりして頂いちゃいました♪
嬉しいです、ありがとchimuさん。

 
back