happy birthday to僚

「えっ!?赤ちゃんができたって?本当かっ!!」
男に問われて、目の前の彼女は頬を赤く染めながら、うつむき加減にうなずいた。
「そ、そそそそうか。いつ生まれるんだ。色々と用意しなくっちゃな」
男は浮かれ気味にソファから立ちあがって、ぶつぶつといいながら彼女の
周りをうろうろとしていたが、彼女がうつむいたままなのに気がついて、
彼女の前に腰を下ろした。
彼女は少し顔を上げて、男を見た。口の端を少し曲げて微笑もうとしている。
男はぎゅっとひざの上で組まれた彼女の手のひらを包むように、触れた。
「…どうした?」
「産んでも…いいの?」
男は彼女の言葉に戸惑いつつも、彼女の手をさっきよりも強く握り締めて言った。
「当たり前じゃないかっ!」
男は想像よりもでかい声になったことに自身で驚きながらも彼女を見上げた。
「あ…うん。そうだよね。あ、ありがとう…」
「…謝ることじゃないだろう。こっちこそサンキューな」
そういうと、男は彼女をやさしく抱きしめた。
「男かな女かな?」
「どっちだろう。でもなんか男の子の様な気がするわ」
「そうか…元気に産まれてきてくれればいいな」
「あなたみたいな大酒飲みじゃなければいいんだけどネ」
「君みたいに器用だったらいいんだけどな」
「お義父さんみたいに、エッチになっちゃわないか、ちょっと心配だわ」
「あはは、それは気をつけないとな」
「名前、考えないとな…」
「良い名前、つけてあげたいわ」
と言って顔を上げた彼女の頬に男は口付ける。
「うん。一生懸命考えるさ」
「そうね。この子への最初のプレゼントだもの

彼女はそっとお腹を撫でた。


「ちょっとあなた、病院では走らないのっ!!」
その声に我に変える。よほど大きな音を立てていたのか待合席から、こちらを
にらんでいる視線を感じた。
「どうも…すみません」
とりあえず注意された看護婦に頭を下げた。
「ここはたくさんの赤ちゃんが休んでいるんですからね、起きたらどうするの」
あー、わかったから、充分注意するから、もう行かせてくれー。その赤ちゃんと
対面したいんだからさ。
俺のそわそわした様子に気づいたのか、もう一度「注意してくださいね」と言って
看護婦は俺を解放してくれた。
俺は大股で、だけれどそろーりとお目当ての部屋をめざした。

バタンっ。
ひょえ〜、静かに入ってきたつもりだったのに…
部屋に入ると目隠しのカーテンが揺れて親父が顔を出した。
「こらっ!!もっと静かに入れんのか、おまえは、赤ん坊が起きてしまうだろうに」
ここでも起こられちまった。
白い手がカーテンを開けた。こちらに背中を向けてベッドに腰掛けていた彼女が居た。
「お帰りなさい」
「あぁ」
彼女が腕に抱いている、小さな小さな命。その命が小さく震えた。
「ふっ、ふぇ、ふぇ〜」
「ほーら、泣き出してしまったじゃないか。さっきまで眠っておったのに」
親父が小さな赤ん坊の顔を覗き込み、俺に嫌味を言う。もうわかったってんだ。
彼女があやしているところに俺は近づいた。それに気づいて彼女は俺に赤ん坊の顔を見せた。
「ほら、お父さんですよー」
むずった顔のままのその子を受け取る。小さすぎて壊れそうだ。
くしゃくしゃした赤い顔、まだ頭にちょびちょびとしか生えていない黒い髪。
まつげは彼女に似て長く、将来よい男になりそうだ。
「ごめんなさいね、お仕事先にまで電話掛けちゃって」
「いや、いいんだよ。最初から会社にもそう言っておいたんだし。俺こそこんな大変な時に
長期の海外出張なんかになっちまって悪かったな」
「ううん、いいの。そういうお仕事だってわかっていたから」
「おまえそんなこと言って、電話受けてすぐに帰ってきたのか?ずいぶん到着が遅いじゃないか」
親父がベッド脇の丸いすに座ってお茶をすすりながら言ってくる。
「何言ってやがるっ!!」
赤ん坊を抱いているのも忘れて親父に文句を言ってやろうとしたら案の定…
「ふぇ〜〜〜ッ!!!」
大泣きをはじめてしまった。俺はあせって苦笑いを浮かべている、彼女に赤ん坊を渡した。
「もう、だめなパパですね〜、よしよし」
「チケットなかなか取れなくて。やっと取れたと思ったら乗り継ぎの悪い便しかなくって。
成田からは直行してきたんだけど、遅くなってごめんな」
俺は彼女の隣に座って、赤ん坊の頬をそっと指で撫でた。
「わかってるわ。もう良いから…ね、それより名前考えてくれた?」
「あぁ、何せ空の上では時間だけは腐るほどあったからな」
俺は自分のアタッシュケースから、手帳を取り出した。
「ほら、これはどうだ」
俺は子供を抱いている彼女の肩を抱き寄せて、手帳を見せた。
「これだよ」
彼女は名前を見ながら、小さく何回もつぶやいた。
「うん、素敵。この名前にしましょうよ」
彼女は笑顔で俺に言った。
そして、腕の中にいる小さな子供をやさしく見つめ…
「それじゃ、君のことは今日から「りょう」くんって呼びましょうね〜。よろしくね、りょうくん」
小さな「りょう」は、生意気にも笑顔を見せて
「ぅ?」
と返事を返した。
「よかったわね、あなた。りょう君は名前が気に入ったみたいよ」
「ほっとしたよ。嫌がられなくてよかった…な、りょう」
俺はもっと強く彼女を抱きしめた。
「ほらほら、やっと親子3人そろったんじゃ、写真とるぞー」
親父がいそいそとカメラを取り出したのを、俺と彼女は笑いながら見つめていた。


    
「ーー母っ」
自分の叫び声で目が覚めた。
(夢…か)
当たり前だ、記憶なんか残っちゃいないんだからな。でもなんで、あんな夢を……
「…りょ?」
俺の隣で香が心配そうな顔をして、上体をあげた。
「僚、大丈夫?すっごい汗かいてるよ」
言いながら香は俺の額に手を掛けようとする。俺はそれをやんわりと除けて
自分で投げ出したシャツを掴み、汗を拭った。

「ごめん、あたしいつのまにか寝ちゃったみたいで…傷に触っちゃった?それで目、覚めちゃった?」
(あぁ、そうか……)
今日、2週間かかった依頼が終了した。幼馴染にストーカーをしていた自衛官崩れの犯人が
最後の最後、やけくそになって依頼人ではなく香を殺そうと襲い掛かった。依頼人を守ることにだけ
集中していた香は依頼人が冴子に保護されたのを見て、ほっとしてしまったのだろう。
いつもだったらナンともないその反撃に一瞬、香は戸惑った。
もちろん俺は犯人の行動に気づいて、香を守ったのだがそのときに不自然な体勢だったもんで奴のナイフ
が腕を掠った。
「僚?」
何も言わない俺を不審に思ったのだろう。香が毛布を握り締めたまま、再度声を掛けた。
「あぁ、わりぃ。何でも無い。なんとなく目が覚めちまっただけだから」
「ほんと?あの…ごめんね、僚。あたし看病するとか言ってたのに…
…えっとベッドにいれてくれたのって…僚?」
顔を真っ赤にして聞いてくるその様子がかわいくて、思わず吹き出した。
「あぁ、おまぁを抱きかかえて部屋まで戻すのも楽じゃないからさぁ。安心しろ、何もしちゃいねーよ」
香は小さく「そんなの心配してないもん」とつぶやいている。
「たまにゃー、添い寝ってのもいいだろ」
俺は毛布をもう一度引き上げ、香の肩を抱き寄せながらベッドに倒れこんだ。
香が戸惑いを見せながらも、俺の方に身体を寄せて丸くなった。
「ねぇ、僚」
「ん」
「あのね、誕生日だね、おめでとう」
ベッドサイドの時計を見ると0時をとっくに過ぎていた。
香は俺の胸におでこをこつんとあてた。
「一番に言えてよかった…」
「あぁ、ありがとよ。プレゼントは香ちゃんで…な」
「なにいってるのよ」小さく笑い声を立てた香をぎゅっと抱きしめた。

人の体温を抱いて眠りについたのなんて、いったい何時ぶりだっただろうか…だからあんな夢を見たのか…
 
寝息をたてた、無防備な香に笑みが浮かぶ。
「あったかいんだな…」

 

終わり。

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