アコガレの食卓

「はい、冴羽商事で…あ、かずえさん、おはよう。え、あぁ、分かった。いいわよ」

掃除も終わって、これから夜遊び疲れでまだ寝ている相棒を起こして伝言板を見に行こうと
していたときに、お向かいにすむかずえから電話があった。
といってもここ何日かお向かいは2人していないみたいで、夜でも灯りはついていなかった
んだけど…
トントンと軽い足取りでお寝坊の相棒の部屋の階段を上がる。
どうせ起きてないんだからと思いつつ、やっぱり出かけるなら一言声を掛けずにはいられない。
ただ、お向かいに行くだけだけど、いつもと違う事をしたら彼はきっと心配する。
あたしなんかの為に無駄な心労なんて少しだってかけたくはない。だから
「僚、起きてる?伝言板見に行く前にミックのところよってくるから」
香の前で寝ていたと思っていた男のフトンがもそもそと動いた。
「ん、ぁああ、ミックんち〜?」
香は僚の部屋に立ち入って、窓のブラインドを開ける。
明るい日差しが一気に部屋に流れ込んでくる。
「うん。かずえさんから電話があってね…」
明るい日差しから逃れるようにフトンを被ったまま頭を上げる。
「ぼくちんの朝ご飯はどーなるのよ、香ちゃん」
「もうできてるってば。リビングに用意してるよ。コーヒーくらい自分で淹れられるでしょ?」
「ミックは取材旅行だろ〜が、何しにいくんだよ」
香は僚を起こすかのように僚の被ってるフトンを叩く。
「ミックの取材が予定より早く終わって、今朝早くに帰ってきたらしいの。でもかずえさん、今やってる
実験の都合で教授の家に泊まり込んでて、どうしても今日は帰れないからご飯作ってあげてくれないか
って。依頼料はちゃんと出してくれるっていうし…」
「あいつだって子供じゃねーんだから飯ぐらい自分で用意できるだろーがっ」
自分は香の用意してもらってるのを棚に上げて、悪態をつく。
「う〜ん…でもミックだって仕事終わったばっかで疲れてると思うし…行って来るね、そのあと掲示板
見てくるから。僚もその間にご飯たべちゃってね」
香は部屋に来た時と同じようにパタパタと部屋を出ていった。
「くっそ、ジーンズ穿いてっけってんだよ、たくぅ…」
小さな僚のつぶやきは可愛いレザーのミニスカを穿いた香には届くはずもなかった。
僚は香の後ろ姿を追いかけつつ、ベッドに突っ伏した。


ピンポーン…ピンポーン…

あれ?ミックいないのかしら?かずえさんからは帰ってきてるっていってたのになー。
ふとドアノブに手を掛けると軽く回った。キキィッと音を立ててドアが開く。
「…ミック、いる?」
室内はシーンとしている。
コンビニにでも出かけてしまったのだろうか?出直そうかな…とドアをまたくぐろうと
したときに部屋の奥からミックの声がした。
「ハロー、カオリ。どうしたの?」
「あ、ミック居たんだ〜、よかった。あのねかずえさんから…っ」
ミックがいたことにホッとして、振り向いた香はミックの姿を見て思わず絶句した。
ミックはバスルームから湯気をまとって出てきたのだ。
綺麗な金髪から水滴を滴らせながら真っ白なバスローブを素肌に軽く纏って、バスタオルで
顔を拭きながら、香の為にスリッパを差し出す。
「…///。あ、ありがとう。あの…かずえさんから電話もらって…ミックの朝ご飯を…///」
「あぁ、悪いね。ご飯くらい、自分で用意できるのに」
「うんでも、かずえさんが『ミックが疲れてるから今日くらいは』って。優しいね、かずえさん」
ミックに促されながらリビングに入る。コーヒーの良い薫りが部屋中に漂っている。
「うーん。でもまぁ、帰ってカズエの姿がないのは結構つらいんだけどね」
「だって、ミック予定より早かったんでしょ?かずえさんだってその日には居るつもりだったのよ」
「一日も早くかずえに会いたくて頑張ったのになぁ、タイミングが悪いね、俺も」
香は冷蔵庫から材料を用意して手際よく、調理を始める。
包丁のいい音と、コトコトと鍋が仕事している音が聞こえる。
ミックはCDを小さく掛けながらソファーに座って、英字新聞をみながら、ちらちらと香の料理する姿をみている…鼻の下がのびてるのはもちろん新聞でかくしながら…

「さぁ、召し上がれ」
「おぉ、美味しそうだね、カオリ。じゃ、遠慮なくいただきます」
俺の食べる姿を満足げに眺めながら、タイミング良くお茶をだしてくれる彼女。
それ以外にもフキンやドレッシングなどタイミング良くでてくる。そのタイミングの良さが
嫌みなものではなくて…正直、毎日これを味わっている悪友がうらやましくてしょうがない。
ニコニコとキッチンを片づけているカオリ。かずえが居ない寂しさを紛らわせてくれる。
「カオリ。もう片づけはいいからこっち来て一緒にコーヒーでもどうだい?」
「あ、ありがとう、ミック。でも伝言板見に行って来なくちゃ行けないから〜。ご飯どうだった?」
「もうすっごいデリシャスーッ!!グレート、だったよ。ごちそうさま」
「そういって貰えると作った甲斐があったわ。かずえさんには及ばないと思うんだけどね」
へへっと小さく舌を出すカオリが可愛い。思わず抱きしめそうになったが窓の外から感じる殺気に
ようやくソレを押さえ込む。
「そうか、働き者だね、カオリ。じゃ、これ依頼料」
キャビネットから数枚の紙幣を差し出す。
「え。いいよ、ダメダメ貰えない」
「どうせ、カズエは依頼料出すっていっただろう?素直に受け取りなさい」
「そ、そうなんだけど〜。で、でもこんなもらいすぎだし。ちょっとだけもらうつもりだったのよ…」
照れて、小さくなるカオリ。そんなに遠慮しなくてもいいのにな、これは君の正当な仕事の報酬だと
思うぜ、疲れて帰った俺には随分な癒しになったんだから…。
「いいから?あのバカ、また最近も男の依頼蹴ったって噂は入ってるし、な?カオリ」
「でもでも本当にこれは貰いすぎだから〜〜。ダメダメっ!!」
カオリは意地になって、手を振って受け取ろうとしない。
「そんなに大金でもないと思うけど?」
「ダ、ダメよ、ダメっ!本当に…」
顔を真っ赤にして意地を張るカオリが可愛くて、ちょっとからかいたくなった。
そして、それは素直じゃない、窓の外の悪友に少しの警告もこめて…
「それじゃ、オツリを貰えるかな?カオリ」
真っ赤な顔をしている彼女の体に素早く腕を巻き付けて、アゴをふと持ち上げた。
驚いて、抵抗らしい抵抗もできない彼女の唇に…そっと自分のそれを触れさせた。
ほんの一瞬の触れあい…

「ミックゥゥゥゥーッ!!なにするのよっ」
「ちょっとオツリを貰っただけさ。もらいすぎだっていうなら、またお返しするけど?」
ちょっとからかったらますます顔を真っ赤にさせて、ミニハンマーをお見舞いされた。
「もう、冗談にほどがあるわっ。付き合ってらんない」
「あまりにも美味しかったからさ、サンキュー、カオリ」
カオリは苦笑いを浮かべながらも報酬を受け取り
「もうしないでね、だったらまたご飯作ってあげるから…」と小さく呟きながら部屋を出た。

瞬間、窓の外に銃声を聞いた。

あー、またベランダに弾痕が増えちゃったよ、カズエにどやされるじゃん。頭いてーなー。
でも、ま、たまにはいいだろう?余裕のない悪友の姿を眺めようとベランダに出たときに
カオリが窓下を歩いてるのが見えた。投げキッスをしたら…そのキッスにあのバカは
着弾させやがった。
ん、とに嫉妬深い男ってのは、怖いね〜♪あいつのあんな姿を見るのは楽しいけどな♪
自分の頭上でそんなやりとりが行われてるとは露とも感じていない、彼女は朗らかな足取り
で、新宿駅に向かっていた。

 

終わり


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