July 6, 2007
Ultrafast Photonics-Optics Essay
Electro-magnetic waves
Yoshiyasu Ueno, Ph.D
University of Electro-Communications, Tokyo
光も電波も、電磁波の1種
Lights as well as radio-frequency signals are groups of electro-magnetic waves
- 学部学生に、光エレクトロニクス代わりに古典電磁気学の講義するようになって、数年経ちます。初歩の電磁気学の前半は、電荷Aが電荷Bに及ぼす引力・斥力、電場、電場が担う電気エネルギー、導体と誘電体です。後半では、磁場、電磁誘導、最後に光速で進行する電磁波の存在が導びき出されて完結します。「生まれて初めてこれらの一連の話を聴く理工学系大学生たちは、どのように受け止めているだろう?」と、毎年観察しています。電子機器が日常生活でふんだんに使われていながら、それらの物理原理や作り方がいかに日常生活からかけ離れているかを、学部学生を通して新鮮に体感しているとさえ言えます。
- 専門家である私たちの脳裏には、
- 『光も電波も電磁波の一種で、ラジオ放送・テレビ放送の電波、携帯電話・衛星放送の電波、赤外・可視・紫外光、X線・ガンマ線と、周波数の順にほぼ連続的に続いている。真空中の伝播速度は全て光速。電磁波は波であると同時に粒子でもある』
- という、初歩の電磁気学と量子力学を融合した一連の『真実』のイメージが出来上がっています。しかし、20世紀初頭以来の世界中の理工系大学生にとって、最初は、現実離れした話でしょう。たしかに日常生活では、電波と光はかけ離れたモノでしょう。その理由の1つは、無線放送や携帯電話は電波(=見えない)、光は蛍光灯、各種ディスプレイ、デジカメ、レーザ光、太陽や恒星(=見える)だからでしょう。しかし、ディスプレイ、カメラ、照明など”肉眼”に関わる電気電子機器からちょっと離れて、画像信号やデジタル情報を送受する物理的な原理に目を向けると、電波と光の距離が、ぐぐっと縮まります!
- ADSL・CATV(有線)、携帯電話・衛星放送(無線)、光インターネット(有線)の全ては、”電波信号”を送受していると言えます。光インターネット(FTTH第1世代で100Mb/s)は、"光信号"を送受しています。CD/CDROM/CDR(600MB)やDVD(第1世代で5GB)などの光ディスクでも、光信号を送受して情報を読み書きしています(*1)。これらの機器では、「電磁波」に情報信号を重畳しています。ただし、電磁波の山谷の数以上の情報量を重畳しないように、毎秒通信情報総量を搬送波周波数の数分の一以下に抑えます。従ってADSLの情報総量は50Mb/s程度、携帯電話や衛星放送は200M〜1Gb/s程度が上限となります。光回線の場合は電磁波としての周波数が極めて高いため、上限が20Tb/s= 20,000Gb/sに達します(*2)。
- このように光信号、電波信号、送受信回路、メモリーといった電子と光の現代技術全般を見渡すと、エレクトロニクス〜光エレクトロニクスの対象は、「眼に見えない世界」が多いと実感します。DVD, iPod, DRAMに情報が書き込まれている状態は、日常的な方法では到底見えません。携帯電話が送受する電波信号はもちろんのこと、ADSLやCATVが送受する電波信号も、全く眼に見えません。パソコンを開いてCPUチップを眼で見るのは簡単だけれど、CPU内部のCMOSトランジスタ1個を見るためには電子顕微鏡(*3)が必要不可欠です。トランジスタ1個の中の電子1個や正孔1個の高速な動きを観察する方法は、現在でも至難の技です。量子ワイヤ、量子ドットなどのナノテクの世界も同様、10万分の1ミリメートル前後の世界です。眼に見えない究極の世界について、あたかも肉眼で見ているかのように調べ出し、事実を科学的に理解し、証拠と理解を積み上げて、世界中に役立つ画期的電子機器とその製造方法が生み出されてきたのですね。
- もう一度、集積電子回路内部の姿を想像しましょう。現代の電子回路内部の導線を『電子が流れているか?』というと、決してそうではありません。100億個を超える導線、トランジスタ、コンデンサを駆け巡っているのは電子の流れではなく、電波です(*4)。電子が導線内部を流れる場合は、導線の断面積と導電率が「抵抗」を決めます。しかし電波が導線に沿って伝播する場合は、導線周辺の絶縁体と導線の両者が「抵抗」を決めます(*5)。ここで、電子ならば電子が回路内部導線から飛び出すことは殆ど不可能ですが、電波の場合は回路内部導波路から飛び出すことが比較的容易で、周波数上昇とともに回路間混信対策が難しくなります。
- さらに一歩進めて、電子回路(*6)と光回路(*7)を比べてみましょう。ここで再び、初歩的な感覚(?)と正反対な重要事実に出会います。日常感覚では、「電子の流れは導線から飛び出さない(*8)。光は、四方八方へ飛び出す」です。しかし高周波な電磁波信号を高速処理する回路ではむしろ正反対です。
- 「高周波電波信号は、電波導波路から放射しやすく、混信対策設計が難しい。高周波な光信号は、対照的に、光導路から放射することが殆ど無い。従って回路相互やケーブル相互の混信が殆ど起きない。」
- です。これらの顕著な性質は、導波路の、複素誘電率組み合わせ構造が、決定付けています。
- 以上のことから、光信号を使う光回路は、以下の2つの大きな長所を備えています。
- (1) 原理的に、莫大な毎秒情報量を送受可能。信号処理速度を、超高速化可能。
- (2) 原理的に、混信や放射損失が発生しない。
- なお、これらの長所を最大限に活かす革新的な光コンピュータを実現しようという夢は、すでに1960年代のパイオニアたちの間で語られ、以来数多くの新提案や研究が実施されてきました。光コンピュータの過去約50年間の研究小史と今後の技術課題を、後日、お話しましょう。
- 脚注:
- *1) 300GB以上へと技術革新したHDDの読み書きを媒介している磁気信号は残念ながら電磁波の1種と認めにくく、本稿の文脈から除外しました。
- *2) 電波と光の重要な共通点が、もう1つありました。「電波や光は日常的な熱エネルギーからでも自然に発生する。電波も光も質量が無いからである(科学的には、電磁波はモノ=物質ではない)。他方、質量を持つ電子は、日常的で穏当なエネルギー環境下では、発生したり消滅したりできない。」 以上の性質は、量子統計力学から導き出されます。
- *3) 電子顕微鏡は、電子が、質量を持つ粒子でありながら、粒子というよりむしろ波として振舞う量子力学現象の典型例の1つです。電磁波が粒子のように振舞うのと正反対に、電子が波のように振舞うという革命的な着想に初めて達したのは、当時大学院生だったド・ブロイでした。量子的な電子に情報を重畳し、革新的な信号処理回路を作ろうという挑戦は、現在も続けられています。
- *4) 電子が流れている回路と電磁波が伝播する回路の境界は、多少ぼやけています。おおよそ、特性周波数100MHz以下の電子回路は電子が流れているとみなして良いが、100MHz以上の電子回路では、電磁波が伝播しているとみなしたほうが良い。
- *5) 導線に囲まれた絶縁体が導波路(電波導波路)となり、その断面を、電波が、伝わるからです。電波のエネルギー密度は、表皮効果と呼ばれる基本原理に従って、導線断面部よりも絶縁体断面部で、はるかに大きくなります。従って電波信号が電波導波路から受ける抵抗は、導線から受ける抵抗に絶縁体から受ける抵抗を加えた総和となります。
- *6) 本稿のように導線部分(配線部分)に着目すると、電子回路というよりも電波回路です。1GHz程度以上の高周波電子回路を設計するCADは、実際に、『電波回路』とみなしています。一方、CMOSやダイオードなどの半導体素子の内部では、電波信号が量子力学的な電子信号に変換され、むしろ粒子的に働きます。ややこしいですが、パソコンのクロック周波数が100MHzを超えた1990年代半ば以降、皆さん自身が、このようにして動くLSIを多数使っているのです。
- *7) 光回路の場合も、導波路部分に着目すると、電磁波回路です。レーザ光源、受光器、光変調器、光増幅器などの半導体内部では、電磁波信号が量子力学的な光子信号となり、むしろ粒子的に働きます。
- *8) 例外は、落雷・蛍光灯・プラズマテレビ・電子顕微鏡です。これらの場合は、集積電子回路内部のような温和な環境と違って、電子が導体の外へとどんどん飛び出します。
閑話休題: Building Architecture Design