日本刀の販売・歴史なら大東美術

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店主の日誌


平成24年1月1日(月)

 謹賀新年
明けまして おめでとうございます






10月10日(水)

「最近の煎餅(せんべい)」

 
店主は、せんべいが好きで昔は良く食べたものです。最近は、カロリーの採り過ぎが無いようにとの考えで、少し自重しているが、時々は食べる。
 ところが、最近のせんべいはなぜかまずい。香りが良くない。食感が変。裏のラベルを良く見たら、どうも外米を使っているらしい。また、お土産類の80%は中国製と報道があったが、ラベルの何処にも国産、または、製造工場の名前が無い。これは、外国で造ったものを、日本の会社の名前で売っているのだ。旨ければいいが、旨く無いのだから、うっかり買えない。 ところが、その多品種の菓子類がワゴンや棚に山と積まれ並んでいる。その分、日本の菓子メーカーの品がはじき出されて見当たらない。

 その代わり、国内の有名メーカーの菓子類が少なくなっている。店主が好きなのは、亀田製菓の「鬼太鼓」と云う醤油味の堅焼きで、近所のたいていの店には置いてあったのだが、最近見なくなってしまった。この商品だけで無く、他の商品も少ない。困ったものです。
 それにしても、日本のお菓子は美味しすぎて困ったものです。つい食べ過ぎる。   





10月6日(土)

「金木犀がやっと咲く」

 
昨年より10日程遅く金木犀(きんもくせい)が咲き出して、近所の家々からいい香りが漂って秋らしい雰囲気が出て来ました。
 今年は、梅雨も半月程ずれて始まり、夏日の終わりもその分ずれて遅くなっている。

 地球全体に温暖化の影響が出始め、気候が狂い始めている。このような現象は、ここ15〜20年位以内で起きているのではないか。

 月刊「Will」、他の月刊各誌では、中国国内の河川や地下水の汚染のすさまじさを毎号報告しているが、TVなどはほとんど無視している。
 そのかわり、日本の食品企業が、少しでも消費期限や、たった1日でも期限切れの食品を使おうものなら、もう、早朝から夜中まで吊し上げの報道。公道で次々と非難の言葉を浴びせ掛ける。
 しかし、非難のすさまじさは、中国の食品になると、急にトーンダウン。なにか変。公平性に欠けるのではないか。

 中国に仕事を外注している日本の企業も、この温暖化に荷担していると云っても、間違ってはいないだろう。日本国内の協力工場(下請け)を見捨てて、日本を憎む国に仕事を出して高度の技術(ノウハウ)を教え裕福にして、ついでに公害も出しているのだから、責任はどこかにあるのではないか。
 また、その心は何処にあるのだろう。その答えは、月刊誌に書いてある。
         





9月26日(水)

「富士山に今年初冠雪」

 
昨25日は十五夜。仲秋の名月を仰ぎ見た人も多いのではないでしょうか。
同日、富士山に初冠雪があった。関東から東北〜北海道では、さすがに涼しくなって来ているが、まだ関西・九州地方は相変わらず30℃超の酷暑が続いている模様。
        





9月20日(木)

「危険な取り口」

 
大相撲、20日の関脇・安馬(あま)と新入幕の豪栄道(ごうえいどう)の対戦。豪栄道の後ろに回った安馬は、豪栄道を目の上にまで抱え上げた後、高い位置から力まかせに土俵に叩き付けた。永年相撲を見ているが、こういう危険な決め方は余り見ない。危ない取り口だ。勝てば何でも良いと考えているのではないか。
        





9月19日(水)

「長嶋さんの奥さんも・・」

 
長嶋茂雄元巨人軍監督(現在は巨人軍終身名誉監督)の奥さん(亜希子夫人・享年64)がお亡くなりになったと報道が有った。長嶋さんはまだリハビリの途中。最も頼りにしていた奥さんを亡くされて、さぞ力を落とされているだろうと想像される。
 巨人軍選手時代は、王選手(現・ソフトバンク監督)と3,4番を組み、日本シリーズで9年連続日本一の大記録を打ち立てた。ON砲と云われて活躍していた頃は、もう凄いのなんの、一人で4・5打点叩き出すのもしょっちゅう。他の球団からは、スーパーマンが二人もいるから勝って当然、などと羨望と諦めの声が聞こえていた。
 その王さんの奥さんも7年前にお亡くなりになっている。
 お悔やみ申し上げます。
         





9月16日(日)

「まだまだ残暑が」

 
関東では、10日からの1週間は、天気予報では雨または曇の秋雨模様だったが、だいたい外れて連日暑い日がぶり返した。もっとも、日本の天気予報は、世界的に見ても天候の移り変わりが激しくて、難しいのだそうです。関西や九州では、32〜34℃の暑い日が続いていた模様で、秋の気配はまだまだ。
 北海道の大雪山系の頂上付近はもう紅葉が始まっていると報じていた。栃木県の那須岳でもナナカマドが赤くなりつつあるそうで、次第に暑さも遠のくのでしょう。
 来週はもう秋分の日。20日からは彼岸入り。暦はどんどん進んでいきます。
        





9月12日(水)

「阿倍総理辞職・T」

 
昼食を食べながらTVを見ていたら、突然の臨時ニュース。阿倍総理が辞任との事で全く仰天した。
参議院選挙後の阿倍総理は、お顔も声もかなりお疲れの様子だったのが気になっていた。
総理になってから、数十人のマスコミ人が閣僚の荒探しを血眼になって探し回ったそうで、吊し上げ、叩きのめし、為に松岡農林水産大臣は自殺した。

阿倍総理の心境も、それに近いのが有るのではないかと危惧される。

阿倍憎し、日本憎しのマスコミのののしりの渦巻きに呑まれてしまったのでしょう。

 日本の有権者数は、在外者も含めておよそ1億444万人だとか。男より女の方が数が多い。(総務省発表・Sankei web)。
女性はワイドショーを見て投票を決めるとデーターに出ているそうで、毎日、朝昼晩に各局で放映されているワイドショーは、いつも吊し上げ、ののしり番組となっていたので、その結果が参議院で出た。
当選者と第2位との票差は、僅差の選挙区が多い。ののしりが無かったら、選挙結果は変わったろう。いつもの事ながら・・・。

 会社勤めなどで昼間TVを見られない人には信じられないと思うが、マスコミの連日連夜の酷評・批判は阿倍内閣・阿部総理への憎悪を感じる。日本をも憎いのが窺われる。

表現の自由と云うのは、何を報道しても良いのか。不思議な自由だ。

 高山正之氏(帝京大学教授)は、マスコミの多くは岸信介元総理の孫である阿倍さんが憎くて仕方がないのだ、と「月刊マンスリーWill(ウイル)10月号」でその理由を種々述べている。

 星野仙一氏は、日本テレビのスポーツ報道に出演した際、参議院大敗も閣僚への件も”「メディアの煽り」がひど過ぎる、足をちょっと踏み外した人を、寄ってたかって棒でぶったたく行為だ”、と何度か話している。良識の或る人だ。         





9月11日(火)

「松茸」

 
国産の松茸は、今年は不作で値段が平年の5倍の高値となっているそうだ。
5〜6月には雨が降らず、その後温度の高い日が続いたので、収穫が激減。形も良く大きい物は3本10万円だとか。高級料亭へと納まっているそうです。             





9月10日(月)

「秋雨前線到来か」

 
秋雨前線がもう到来か。
関東地方では、9号台風の後何日か真夏日続いたが、今週からはずっと雨と曇との梅雨空同様の天気予報。
雨量は、6月より多いのが9月。
食中毒が梅雨時より多いのが9月なので、少し涼しくなったからと云って安心出来ない。
 
            





8月31日(金)

朝青龍・仮病疑惑問題ーV

 
日本とモンゴルとの一人当たり収入の差額は、やはり10倍位のようです。
 
            





8月23日(木)

「朝青龍・仮病疑惑問題ーU」


 
「疲労骨折」で嘘がバレルと、次ぎはお友達の医者が「神経衰弱」の診断を下してくれる。とたんに、高名な精神科専門医(小田晋さんなど)から”いまどきそんな病名は無い。10年以上前の病名だ。”と言われると、8月7日には「急性ストレス障害」の診断となる。ところが、それも”ストレス障害とは万人に対して心を開かない病気で、モンゴルの知人などとはペラペラと普通通りしゃべっていると云う事はあり得ない。ふてくされているだけ。”と斬り            





8月23日(木)

「朝青龍・仮病疑惑問題ーU」


 
「疲労骨折」で嘘がバレルと、次ぎはお友達の医者が「神経衰弱」の診断を下してくれる。とたんに、高名な精神科専門医(小田晋さんなど)から”いまどきそんな病名は無い。10年以上前の病名だ。”と言われると、8月7日には「急性ストレス障害」の診断となる。ところが、それも”ストレス障害とは万人に対して心を開かない病気で、モンゴルの知人などとはペラペラと普通通りしゃべっていると云う事はあり得ない。ふてくされているだけ。”と斬り捨てられる。と、今度は、「乖離性障害」の診断が出る。
そして8月22日、「乖離性障害」の治療に医院へ向かう。少しヒゲを生やし、丁度モンゴルから帰って来た時の空港の歩き方と全く同じ風に歩いていた。すると小田晋さんなどから、”乖離生障害とは、「目は焦点が定まらずうつろとなり」「うなだれた状態となって、足元を力無くうつろに見るだけとなり」「従って付き添いが無いと一人では歩けるはずが無い」「あんなに堂々とは歩けない。やはり仮病だ。」”と一刀両断にされている。

 日本とモンゴルの物価差は、45倍だそうだ。TVでは、朝青龍の年収を2億円としていた。これは、モンゴルでは90億円となる。6年も続ければ540億円だ。ドヒャー(もう声にならない驚き)。大金持ち。
これからは、給料も出身地の物価に比例して支給したら?。
相撲協会では力士の副業を禁じているそうだが、航空会社も買収する交渉をしているとか報道されている。おかしな話だ。いち相撲ファンとして、どうにも怪しすぎる経過をなんとかして欲しいものです。

 かせぐ朝青龍(判った範囲で計算してみました。)
 参考意見は↑をクリック 

 「乖離性障害=うつ病」が、最近は「解離性障害=ヒステリー」となっている。どちらも違うでしょう、と云うのが専門医の御意見。携帯電話でじゃんじゃん話をしているし、買収交渉(商売)が山場となっているので、帰りたがっている、と云うのが本当の理由らしい。             





8月15日(水)

「靖国神社と富岡八幡祭り」


 今日も日差しの強い猛暑の1日でした。
江東区の門前仲町の富岡八幡宮の祭りを見に行く。別名”水掛祭り”と云う通りに、担ぎ手やお神輿に水を掛ける。3年に一度、例大祭が盛大に行われる。が、今年は間の年。
 富岡八幡宮には、”横綱・大関の碑””巨人力士の碑”など相撲に冠する石碑が有り、第一、第三日曜には骨董市も開かれて居り、ぶらり散歩も面白い。
 靖国神社には夕方着く。都内の道路はお盆休みで車が少ないので走り易い。が、九段下だけは警備の車や参拝者の車で、どうしても混雑する。

       
              祭りの写真はここをクリック





8月14日(火)

「ペルセウス座流星群」


 
”13日夜中から明け方に出現”と、前々から見ようと思っていたが、当日になってコロッと忘れてしまった。残念。
翌14日の夜中に眺めていたら、約1時間で1箇見られた。流星のように長く弧を描いて落ちて来るのでなく、花火の火球の様に橙色に太く輝いた。
「国立天文台のペルセウス流星群」はこちら
http://www.nao.ac.jp/index.html
              





8月13日(月)

「朝青龍・仮病疑惑問題」


 
疲労骨折で親方に断りもなく母国に帰り、サッカーをするなど、仮病だろうと噂されている朝青龍。今度は精神病と云う診断が下された、と云う。

 店主は迂闊にも何度か骨折した経験が有る。骨折は痛いものです。直るまでは1ヶ月以上も運動は無理。痛みが取れるまで3ヶ月位かかった時もあるし、寒い時は傷みがぶり返す時のある。
腰が疲労骨折と云うなら、TVで放映されたような全身を使ってのサッカ−なんて、全く無理と思う。 あれだけの運動が出来るのは、健康である証拠。レントゲン写真を見せて貰った方が良いのでは無いか。

 かせぐ朝青龍(判った範囲で計算してみました。)
 以下続きは↑をクリックして下さい。
              





8月9日(木)

「映画 アイ・ロボット」


 「高橋智隆さん製作の二足歩行ロボット」の出来映えに驚いたばかりだが、DVDで「アイ・ロボット=20世紀フォックス映画・2004年9月公開」を見る。毎度ながら、ハリウッド映画の出来の良さには感心する。
 内容としては、日本人が抱くロボットへの憧憬や仲間感覚と違い、ロボットを悪視する米国(西欧)社会を垣間見る感じを持つが、映画の出来は、観客を飽きさせない。次々と新たな展開がめまぐるしく変わって行き、映像(CG)も高度の技術で違和感無く、筋書きも妥協せず冷酷とも取れる行動を主人公にさせている。クライマックスになって、ロボットの恐怖の陰謀が解り、攻防戦が繰り広げられる、と云う、休みのないアクションで面白い映画だった。





8月8日(水)

「二足歩行ロボット」


 ロボットクリエーターと云う職種の高橋智隆さん(ROBO GREGE
(ロボ・ガレージ)代表)が造った「クロイノ」「FT(エフティ)」(他)、と云う名前の二足歩行ロボットの動きには、驚くばかり。鉄腕アトムに近い形の、多数のサーボモーターを屈指して人形型に造られたのが出て来てびっくり。高橋さんは、ロボカップ3年連続優勝、「未来を変える33人」(ポピュラーサイエンス誌)、TIME誌「最もクールな発明」(2004年)などに選ばれているのだそうだ。
 高橋さんの予想では、今後10年位先には、家庭向けのお手伝いロボットが普及するだろう、との事です。
 今の発想・着想と製作を続けて行って欲しいものです。





8月7日(金)

「妻籠宿・馬籠宿」


 7月下旬、前々から一度行って見たかった信州木曽の妻籠宿と馬籠宿のバスツアーに参加しました。7月下旬は、関東地方や信州もまだ梅雨明けはしていなくて、行く先々が曇り空。が、店主に取っては太陽がカンカンの日照りよりは好都合だ。
 妻籠宿
(つまごじゅく)も馬籠宿(まごめじゅく)もいまだに山間(やまあい)の位置に有る。妻籠宿は馬籠宿より古い家が多い。街道の各宿場町の上り下りの入口には、「枡形(ますがた)」を設けていたそうだが、双方の宿場には残っていて貴重な遺産だ。これは、江戸に幕府を開いた徳川家康が、西の方から軍勢が攻め上るのを妨害する為の石垣で、用意周到な家康の性格が窺える遺跡。
 澤田屋さんで栗のお菓子を買う。ツアーで一緒になった人が澤田屋さんのお菓子の説明をしてくれた。宿場内の店でお茶でも飲んで五平餅でも食べたかったが、時間が無いのであきらめた。
        
              
妻籠宿はここをクリック

 馬籠宿は山の尾根付近に造られた坂道の宿場町で、家々の間から遠くの山が足下に見える。坂道なので雨の際は土が流れ落ちるのを防ぐ為、石が敷き詰められていたが、石畳になったのは平成3年に工事をしたそうだ。ここにも枡形が残って居り、大きな水車が回っていた。枡形の付近はかなりの急坂で、上りの人は大変。

         
               
馬籠宿はここをクリック





8月6日(月)

「石原慎太郎都知事のメッタ斬り」


 同じ月刊・Will9月号には石原都知事の記事も有り、湾岸戦争以降、日本がアメリカの金銭奴隷に成り果てた元凶は、民主党の小沢一郎党首の責任だと云い、アメリカの圧力に負けて大店法を改悪して多数の商店を潰した他、数々の事例をこれでもかと列挙している。もうメッタ斬りどころか一刀両断、土段払いだ。すごいと云うのみ。





8月5日(日)

「屋山太郎氏のメッタ斬り」


 鋭く正確な評論で高名な屋山太郎氏が、阿倍内閣の9ヶ月間を評して「戦後の内閣で最大の仕事をした」と、褒め称えている(月刊・Will(ウイル)9月号・680円。発売が7月26日なので、選挙前の執筆。)

 ((黄色い東洋のエテ公の)日本人は四つの島に閉じこめておけ=トルーマン米国大統領)と、進駐軍(GHQ)が様々な日本解体・日本破壊の法律を作り実行させて来た。それを直そうと云うのが阿倍政権だとし、阿倍さんだからこそ実行出来る人としている。これまでの内閣が50年もの長い間、どうしても出来なかった重要改革を5つも成立させたとし、絶賛している。

 そして阿倍叩きをしつこく続けるメディアの”悪行”の数々を大量に引き出して、メッタ斬りにしている。
興味の有る方は、ご一読をどうぞ。

 日曜日朝のTV番組に出演した民主党の「黄門様」こと渡部恒三議員が、司会者から小沢一郎党首とはどのような人かを問われて、「ワガママな人物」と評していた。その時の渡辺議員の顔が、苦々しく呆れ果てた表情だったのが面白かった。
 店主は、これまで抱いていた小沢議員の取った不思議(不可解)な行動の謎が、やっと解けた。

屋山太郎氏は、元・時事通信記者、編集委員、ローマ特派員、ジュネーブ特派員。現在は主に執筆と評論活動を続けておられる。
「月刊・Will(マンスリーウイル)」のHPはこちら
http://web-will.jp/





8月2日(木)

「猛暑復活」


 関東地方でもようやく梅雨明けを迎えたら、さっそく猛暑に見舞われた。
 暑い時、水分の補給をマメに取ったら体がだるくなった。水分ばかり取りすぎると良くないのだそうだ。少量の塩を混ぜて飲んだら、調子が良くなった。外出時は、市販されている「スポーツドリンク」も、お茶類などと代わりばんこに飲む事にしている。





7月31日(火)

「不偏不党?」


 事務所経費では、阿倍総理が「民主党議員の中にも領収証無しで数千万円も計上している」とTVで訴えても全く無視。どうやら阿倍総理(自民党)をつぶすのが目的らしい。読売新聞の選挙中のある日の夕刊には、「日本経済新聞は阿倍総理を見限ったようだ」と記事が載っていた。日経新聞に限らず、他の新聞・TVの報道でも、不偏不党では無いらしい。
 以前、仕事で営業にやって来たある人は、「出来事を忠実に、あるがまま報道しているだけで良いのだ」と話していた。名言と思う。





7月30日(月)

「参議院選挙はマスコミの勝ち」


 自民党の惨敗は、選挙前からうすうす感じていた事で、もしかしたら30議席も割りそうな雰囲気だった。
 もう何ヶ月にもわたって、年金問題と事務所経費などでマスコミに連日連夜、朝昼晩、食前食後に悪口雑言、ののしりを受けていれば、「自民党=悪党」のイメージが浸みわたり一丁揚がり。ちょっとやそっと説明した程度では取れない。
過去を振り返ると、選挙前はたいていがこのパターン。

相撲の決まり手風に例えるなら、
”ののしり倒してマスコミの勝ち”
又は、
”吊し上げ放しでマスコミの勝ち”
と云うところか。

 欧米の首相や大統領などは、8年間位務めている例が多い。ロシアも長く韓国も同様。それも理由が有り、8年〜12年位続けないと成果が出ないのだそうだ。柿の木の苗を植えて、実が成るまでの年数(8年)がひとサイクルか。

 阿倍総理は信念と実行力のある人。10年位は続けてやって欲しい。月刊誌派の店主は、この結論です。





7月24日(火)

「放射能漏れと温泉宿泊キャンセル」


 人間が地上に居る限り、宇宙からの放射線類を否応なしに浴びることは、たいてい誰でも知っている。

 今回の中越沖大地震で被災した柏崎刈羽源子力発電所から、放射能漏れが報告されていたが、日本の数局のTV放送では、いまにも周辺住民が全員被爆して、原爆病になりそうなあおり報道とも取れる勢いの、源発ののしりがあった。余程の量の放射能が漏れたのかと、非常に恐い印象を与えていた。

 この為、近くの温泉街は夏休みの書き入れ時を迎えるというのにキャンセルが続出していると云う。ほとんどが、放射能が恐い、心配だ、と云うのがキャンセルの理由だった。「死活問題だ」と温泉組合長さんは嘆いていた。風評被害である。漁業、農業も同様で、魚や野菜が放射能汚染されているといわれ、市場に出しても値段は激安で困り果てている、と云う。

 ところが今朝、早朝のNHK・TVによると、漏れた放射線量は、人間が1年間に宇宙から受ける量の、空気中に漏れた量が10億分の一、海に漏れた量が200万分の一と云う極々微量で有ったと云う。
 原子力発電の専門家氏が、「チェルノブイリやマンスリー島」のような杜撰な造りと違うから、恐れる事は全く有りません、と話していた。





6月28日(木)

「割り箸も毒入り危険」


 昨夜のTV報道によると、今や割り箸も大多数が中国産。ところが、中国の生産工場では、木の漂白に発ガン作用のある薬品を使用しているなのだと解説していた。割り箸は常日頃使うから恐ろしい。
 今日の昼のTVでは、ウーロン茶ほか膨大な種類の輸入食品にも高濃度の農薬が残留していると、報道していた。厚生労働省のHPには検査の実施状況が掲載されている。
 ところで、輸入食品の検査は全体の10%しか行っていないのだそうだ。残り90%は、皆さんの腹の中。





6月17日(日)

「紫陽花」


 紫陽花(あじさい)が見頃との事で、日野市にある高幡不動尊に出掛ける。ここには近藤勇や土方歳三などの新撰組隊士を供養する石碑が有り菩提寺となっている。また、近くには土方歳三の墓や記念館が有り、ファンが押し寄せている。
 高幡不動尊には楓の木も数多く大木となっているので、秋の紅葉もさぞかし、と想像される。(無料の駐車場有るが平日でも混む模様)

  
高幡不動尊・新撰組関連はここをクリック





6月9日(土)

「食べ過ぎ注意」


 産経新聞6月9日朝刊の「産経書房」欄に案内があった本。題名は「病気にならない食べ方・食べ物」石原結實著・海竜社 1,500円。
 戦前・戦後の直ぐの時代に比べると、現代ははるかに食品が豊富に揃って栄養は充実している筈なのに、病気はいっこうに減らない。それどころか生活習慣病は逆に増え続けている。
 著者の石原結實(ゆうみ)医師は、現代病の研究を続ける内、病気になるのは人間とペットだけ、と云う事を発見。「それは1日3回の食事をしているから」と断定しています。
 この本では重要な実験を紹介していて、「満腹ネズミと腹五分ネズミ」に一定量の放射線を一定時間放射したら、「満腹ネズミは100%発ガンし、腹ぺこネズミ(五分ネズミ)の発ガン率は0.7%だけ」だったそうです。「食べ過ぎは血液を汚し発ガンさせる元凶」と結論付けています。
 栄養を取っていれば健康と云うものでも無いようです。
 この本では、生活習慣を改める方法や自然療法のオリジナル献立を、高齢者や男でも作れる料理を紹介している、としていますので、興味の有る方はご一読を。

 と云いながら、店主は只今満腹ネズミタイプ。腹八分ネズミタイプに成りたい願望で実行の途中です。





6月5日(火)

「近頃の輸入食品は・・」


ネットに掲載してある夕刊フジの記事、その他から・・・。
中国産食品や製品の危険性が騒がれている。
南米パナマで発生した中国製原料による大量死亡事件。
日本でも中国製土鍋からカドミウムや鉛が溶け出していた。カドミウムはイタイイタイ病の原因となった重金属で、多くの被害者を苦しめた。
パナマで昨年秋、中国産原料を使ったせき止めシロップを服用し、100人以上(TV報道では350人)が死亡する事件が発生。
米国では今年に入り、中国産原料を使ったペットフードを食べた猫や犬が約8,500匹も死亡。
20年程前は、「しわ取りクリーム」に鉛が入っていたとして、恐ろしがられた。

 ところで、日本の高速道路のサービスエリアには、その地の地場産などの食品がたくさん並んでいるが、お菓子類の80%は中国産なのだそうだ(TV報道)。店主は、裏に製造者(工場)が書いて無い食品は、どこで造ったか判らないので、買わない事にしている。販売者名だけでは、不安だ。





6月4日(月)

「王子」


近頃、TVを見ているとドコデモカシコでも○○王子流行で、もはや病気としか思えない。ナントカ王子が出てくると気色悪いので直ぐ局を換える。
 もっと変なのは、スポーツなどでは、他にも活躍している選手がいるはずなのに全部無視。その選手達も紹介してあげないと可哀想。





5月29日(火)
 
「ロシア皇帝の至宝展」

 ロシア皇帝の至宝展を見学。この日で2回目。平日なのでひどい混雑では無いが前よりは結構な人出。日にち柄、年配者が多い。
展示品は、ロシア正教関連の工芸品が多い。
剣も有るが鞘に納まった状態がちょっと残念。装飾の多い外装。片手で盾
(たて)を持つので、当然片手打ち。
オランダやドイツから贈呈された火打ち石銃もたっぷりと装飾されていて豪華。狩猟用や短銃もあり、いずれも彫刻が見事。
金線や銀線細工もかなり多い。金や銀を細い線にして、模様を造り上げていく技術は、東南アジアからアフリカまで広い範囲で使われているようだ。
「お菓子の木」は、銀に金メッキを施した菓子入れで、大きくて目立つ。貝模様の皿を十数枚、蔓木に段にしてつないでいる。スウェーデンの女王から贈られたもので、製作はハンブルク(当時は独立都市)とあった。
クレムリンエッグは最後の部屋。

東京展は6月17日まで、大江戸博物館。
大阪展は7月10日〜9月17日、国立国際美術館。






5月6日(日)その2
 
「楠正行の眠る寺・宝筐院」

 嵐山界隈には、天竜寺を始め古くから寺院の多い所で、散策にはうってつけの場所。
 渡月橋から賑やかな天竜寺前の道を真っ直ぐ北へ行くと、清涼寺(釈迦堂)が有る。そこから左へ曲がると正面に「宝筐院
(ほうきょういん)」が有り、ここには、南北朝の争乱の際、四条畷(しじょうなわて)の戦で戦死した楠正成(くすのき まさしげ)の嫡男、正行(まさつら)の首塚と伝える五輪の塔が有ると、表の立て札に書いてあった(中の見学はその日は不可だった)。
 楠正行は吉野に南朝を開いた後醍醐天皇の忠臣・正成の子で、父の意志を受け継ぎ、貞和4年(正平3年=1,348年)正月、味方一族143騎を引き連れ、北朝の高師直
(こうのもろなお)の率いる6万の大軍と戦い覚悟の討ち死にをした。
  足利幕府2代将軍義詮
(よしあきら)には敵となるが、正行の勇猛果敢・忠勇振りにいたく感激し、自らが死した後は正行の首塚の側に葬るようにと遺言を残したと云う。
 
(宝筐院は第72代白河天皇(在位=延久4年(1,072)〜応徳3年(1,086))創建の勅願寺。最初は善入寺と称したが、南北朝期、二代将軍足利義詮(よしあきら)の加護により伽藍が復興した。その後も歴代将軍により庇護を受け栄えたと寺歴は伝えている。
秋の紅葉時は境内が一際美しく、多くのカメラマンが訪れるのだそうです。)

写真はこちら





5月6日(日)その1
 
「嵐山・化野念仏寺」

 京都には仕事や観光で幾度となく行って、名所や遺跡なども訪れているが、嵐山方面は約30数年ぶり。化野
(あだしの)念仏寺は一度行ってみたかった所。
 この地の歴史をみると、古来から小倉山の麓、化野辺りは死者を風葬にするのが風習だったようで、それを平安時代初期に、弘法大師が弘仁2年(811年)、この地に五智山如来寺をつくり土葬の教えを説いたと云う。鎌倉期になって法然上人が念仏道場を開いたので、以来”化野念仏寺”と呼ばれる事になったそうです。現在のように多数の石仏・石像・無縁仏が集められたのは明治に入ってからで、数は8,000体と云う。
 
 化野念仏寺から北へ少し行くと愛宕
(おたぎ)念仏寺があって、こちらも石仏がたくさんある。これらの石仏は昭和50年代に一般の人がご自分で彫ったものを奉納したのだそうです。表情も様々で豊で面白さがある。
 化野念仏寺前には有料駐車場もある。愛宕念仏寺には無料の駐車場もあるが、普通に駐車すると5〜6台位、詰め込んで10台位か。
 
 化野念仏寺から北へ、歩1〜2分の所に、「嵯峨鳥居本町並み保存館」が有って、ここに昭和初期の里の様子を再現したジオラマが置いてある。今、嵐山から清滝へ通じる道路は、元は複線の鉄道が敷いて有り、先の大戦で、物資不足の為にレールを外し供出されたそうです。

 愛宕念仏寺の先は清滝と云う紅葉の景勝地が有ると云うので行ってみた。愛宕山の麓を流れる清滝川の渓谷が見所で、新緑も綺麗だが、秋の紅葉時は相当賑わうのが窺える。
 清滝へと通じるトンネルは狭く真っ暗。信号機で交互通行になっている。清滝周辺も道は狭く険しい。


写真はこちら





4月25日(水)
 
「働きやすい職場ベストテン」

 働きやすく、給料もたっぷり戴け、休養もしっかりと取れる・・・と、理想的な会社のベストテンを先日のTVで紹介していた。これは「日経ビジネス 2/19日号」に掲載されていた記事で、64社の社員からのアンケートをまとめたものとの事。
質問項目は、「信用」「尊敬」「公正」「誇り」「連帯感」などで、これによると、働きやすい会社の順位は、

 1位  リクルートエージェント
 2位  モルガンスタンレー
 3位  マイクロソフト
 4位  イーライリリー
 5位  日本ヒューレットパッカード
 6位  ベンチャー・リンク
 7位  三井不動産販売
 8位  アトラスゼネカ
 9位  堀場製作所(京都)
 10位  アサヒビール

 日本に数万社ある中から64社のアンケートなので、アンケートを受けなかった会社の中にも上位に来る会社が有ると想像される。
 上位に来たある会社の社員環境の紹介があって、「働きやすさ」を提供する為に経営側がさまざまな工夫をしていると云う。
 例えば、新規採用の社員は、新卒・中途採用のどちらも慣れるまでにかなりの時間が掛かるが、早く慣れてもらう為に、社員向けの会社紹介の小冊子を配ると云う。また、パソコンでも、「社員全員の写真」「持ち場(部所)」「趣味」、内線番号、そして社長のスケジュールも解ると云う。趣味や嗜好が解れば、お互いのコミュニケーションも取りやすいだろう。
 上下関係の当然の仕切はあっても、親近感を持たせるのが、働きやすさの大きな要素のようです。






4月22日(日)その2
 
「根津神社 ツツジまつり」

 今、東京都文京区の根津神社ではツツジが真っ盛り。日曜日は多くの参拝客がツツジを楽しんでいました。
根津神社は、日本武尊(やまとたけるのみこと)の創祀と伝えられる由緒ある神社で、現在の社殿は五代将軍徳川綱吉が奉建されたとの事です。参拝客の長い列が出来ていました。
ツツジまつりは5月6日まで。
すぐ近くに駐車場が有りますが、すぐ満車になります。少し歩けば、不忍通りの山手線側の裏手や、言問い通りの両脇に小さな駐車場が4〜5箇所有ります。


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4月22日(日)その1
 
「春の例大祭」

 21日から、靖国神社では春季例大祭が開催された。22日は勅使の参向が有りました。

古武道の演武、陶器即売会も開催され,、20日から26日まで、桜草展が開かれている。

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3月21日(水)その2
 
「東京都知事選」

 都知事選への立候補者も揃ったようで、田中康夫氏は出そうなそぶりが有るようにみえたがまだ不明。

 あちこちのTV局で、何度か候補者と石原知事とのTV対談が合ったが、見ていて不思議で不快なのは、候補者3人が、現職の知事の細かな処(それも数多く事実と違っている)を責め立て吊し上げる場面が多かった。が、これはおかしい。言いつのる候補者自身が一体何者で、今まで何をやって来たのかも、都民の前で実績を示してもらいたいものだ。そして、アホでも言える人の悪口を言うのではなく、都をどうするのか、自身の新しい考え、計画を出してもらいたいものだ。
 例えば道路の整備をどうするのか。万年渋滞の道路を何とかしてもらいたいものだ。
 前知事は、都市博を止めただけで何もしなかったと、複数の主婦もがボロクソにけなしていた。給料を戻せと。

 税金をばらまくだけ、赤字を増やす候補者には当選してもらいたく無い。

 国道17号(中仙道)の大和町交差点は全国でも有数の排ガス大気汚染のひどい処と云われているが、他にも環八の四面道、環七の大原、他都内にはたくさん有る。石原知事のディーゼル車の排ガス規制は、都内の空気をきれいにした。白いレースのカーテンを洗濯すると直ぐ判る。8年前には墨汁を溶かしたように真っ黒だった。今は一目瞭然、汚れが軽い。ディーゼル車の排気ガスは、プラスチック類と化学反応を起こし、溶解する。始末が悪い。今ではそれが無くなり大助かりだ。
 
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 東京は道路整備に全く遅れてしまった。昭和45年頃、モデルの小川ローザがTVのCMで「オー、モウレツ !!」と言ってスカートを揺らしていた前頃から急激に車社会が到来して、みんな車を持つようになった。その頃、”一人でも反対者がいたら、道路も造らず橋も架けない”と、社会の発展と進歩が全く見えない都知事がいて、その為、いまだに渋滞の元凶となっている。首都高速道路の環状線は、昭和39年に出来たままの1つしか無い状態。その為、東京を横断する時は、やむを得ず環状線を通らざるを得ない。だから、毎日しょっちゅう大渋滞。
今、首都高5号線は、北池袋から新宿まで山手通りの地下を通る環状線を造っているが、造り始めてから約20年も経って、まだ出来ていない。だから、ひどい時は高島平から竹橋まで、えんえん15〜6キロの渋滞となる。物流の時間の大損害となっている。
 日本の国際競争力が落ちる由縁とも関係があるだろう。

 以前、ツアーで上海・蘇州観光に行った。郊外に新空港が出来たので、帰りの便は市内から高速道路を通って新空港へ行った。往復6車線、真っ直ぐ延びる高速道路の脇に、松下電器と東芝の巨大な工場が少し間を開けて建っていた。空港まで市内からいくらも時間が掛からなかった。

 この高速を見て、やがて日本は中国に経済・軍事、その他で負けるだろうと実感してしまった。恐らく、この道路上に以前は住居などが有っただろうが、簡単に強制的に短い時間で道路が造れる。もし、”この土地は秦の始皇帝の時代から俺の物だ”などど言う反対者がいたら、国家反逆罪でひどい目に合うだろう。
 国が必要な道路の整備を、必要となった時に簡単に即出来るという事が、実に羨ましくもあった。

 もし、環八を造っている時に、一緒に上に環状高速を造り、関越高速と接続したなら、はるかに渋滞緩和に効果があったであろう。埼玉から神奈川へ抜けるのに、都心を通らなくて済む。
 ところが、その環八も40年も掛かってやっと昨年出来たばかり。石原知事が、時間が掛かりすぎると述懐していた事が思い出される。
 今、外環状道路を造っているが、いつ出来るか不明。






3月21日(水)その1
 
「将棋・永世王将」

 20日、羽生善治さんは、第56期王将戦7番勝負を4勝3敗で防衛し、通算10期となり永世王将の名誉を獲得した。大山康晴名人と共に、史上二人目。
 羽生さんは王将を含めて、只今3冠。埼玉県所沢の出身で、平成8年には史上初・前人未踏の7冠王となったモノスゴイ人。






3月20日(木)その2
 
「ロシア皇帝の至宝展」

 東京・両国に有る「江戸東京博物館」で、今日から「ロシア皇帝の至宝展」が開催される。広告には”ロシア・モスクワ800年の栄華””豪華・繊細”と有り、写真も掲載されている。
 モスクワ・クレムリン博物館の所蔵品10万点の中から、230点を選び展示すると云う。この中には、宝飾細工の傑作「クレムリンエッグ」「吊り下げ香炉」「金のひしゃく」など、ロシア美術の代表作品も含まれ、見逃せない展覧会となりそうです。
 ヨーロッパ諸国の美術展は数多く開かれるが、ロシアの美術展が開かれるのは余り無い。
 
 今、ロシアは日本ブームで、プーチン大統領は相当な日本通で有るとか。「柔道は哲学」と語るのだそうです。平成17年11月に、山下泰裕国際柔道連盟理事が嘉納師範直筆の「自他共栄」の書をプーチン大統領に送呈した処、いたく喜んでロシアに招待されたと云う(井上康生さんも同行)。日本食や美術品など非常なブームだと云う(月刊誌”諸君”平成19年4月号に詳細が掲載)。
 このロシア展も、山下さんなどの文化交流が効果をもたらしているのかも知れない。
 講道館柔道名誉10段を差し上げる換わりに、北方4島や樺太などを返してもらえると、とっても嬉しいんだけど。そうならなりませんかねェ。

 





3月20日(火)その1
 
「桜の開花」

 
靖国神社には、東京の桜(ソメイヨシノ)の開花を決める基準木が有り、この日6箇の花が開いたので開花宣言が出された。昨年より1日早く、例年より8日早いそうです。約1週間後辺りが見頃を迎える。春もいよいよ身近にやって来たようです。境内には屋台が出て、賑やかな季節を迎えます。

 茨城県ひたちなか市馬場にある「国営ひたち海浜公園」には、100万本とも云われる名物の水仙が咲き始め、一部では見頃を迎えているという事です。全体が咲くのは4月上旬頃で、チューリップや薔薇なども次々と見頃を迎えていく様です。
 公園内には、海抜100mの大観覧車や林間アスレチック、バーベキュー広場他、大きな遊園地も有り、家族で1日中楽しめるそうです。

 ひたちなかには個人でも買い物が出来る魚市場も有り、マグロやタコ、イクラ、ホタテなど海産物が安く買えます。運転するに人は、家に帰ってからの1杯も楽しみです。

 国土交通省「国営ひたち海浜公園」のHPはこちら
 http://www.hitachikaihin.go.jp/

 CityDo!さんの「レジャーパーク特集=国営ひたち海浜公園」はこちら
 http://www.citydo.com/themepark/kanto/0170.html






3月18日(日)
 
「こりゃあ、ダメだ・・・悪貨は良貨を駆逐する」

 大相撲・大阪場所、8日目(本日)の横綱戦で、解説の北の富士さん(元・横綱北の富士関)が、思わずつぶやいておられた。朝青龍対希勢の里戦で、立ち会いで希勢の里にいなされ泳がされた後、鬼の形相となりぶん回した張り手でたじろがせた。希勢の里が土俵に倒れた後も、グイと手で押さえつけ膝蹴りを食らわした。いつもながら全く見苦しい相撲だった。
 元横綱の貴乃花関など、たいていの横綱は相手に怪我をさせまいと、取り口が終わった後は気遣いをしていたものだ。
 あまりの汚らしい相撲の取り口に、”こりゃあダメだ”、と、解説の北の富士さんがつぶやいたもの。ホンネが出ていて好ましい。
 
 横綱・北の富士関が引退してもう33年が経つと云う。鮮やかな取り口と、切れの有る体さばきなど、スマートで強かった。

 店主は相撲が好きで、貴乃花や千代の富士はもちろん、古くは栃錦、若乃花、吉葉山、柏戸、大鵬、北の海、その他歴代の横綱を見てきたが、皆堂々とした取り口で、さすがは横綱、清々しく、優れた技の相撲を取っていた。

 しかし、朝青龍ほど見苦しい取り口をする横綱はいまだかって見た事が無い。突っ張りと云うが、あれはぶっ叩きといえるもの、否、空手で云うところの掌底
(しょうてい)とおぼしきものだ。
 朝青龍だけでなく、外人力士は乱暴な取り口が多い。白鳳の6日目、相手は関脇の琴奨菊
(ことしょうぎく)。白鳳は琴奨菊の顔面(目と鼻)に掌底を5〜6発叩き込んだ。琴奨菊は恐らく脳しんとうでも起こしたのではないか。腰砕けになり、崩れ落ちている。
 もう、張り手は禁止にしたら。
 
 最近の相撲は、このように乱暴で喧嘩腰で、見苦しい取り口が多い。異種格闘技にでも移ってもらった方が良いのではないか。
悪貨が良貨を駆逐した。






3月8日(木)
 
「エルニーニョ現象の終了?」

 世界中に気象の変化と災害をばらまいていた太平洋上のエルニーニョ現象が、ようやく終了したとの報道が有りました。海水の温度が平常に戻ったそうです。
 とたんに、暖冬はひと休み。日本海側各県では大雪が降り、夏用のタイヤに履き替えていた車は大弱り。また冬用に大急ぎで取り替えで混乱したそうです。
 関東地方も寒波襲来でさむーい日々が続いています。
が、まだ初雪は無く遅さの記録を更新中。
 3月1日には暖冬と書いたばかりなのに、油断出来ませんね。






3月1日(木)その2
 
「暖冬」

 東京地方では初雪はまだ降らず、只今新記録を更新中。
 





3月1日(木)その1
 
「恐竜の化石」

 3月1日付け産経NetViewの記事によると、2月28日「兵庫県立人と自然の博物館」は、同・兵庫県丹波市の白亜紀前期(1億4000万年〜1億2000万年前)の地層から草食恐竜の化石を見つけたと発表。「ティタノサウルス類」と云う大型恐竜で骨格の状態を保ったまま10箇ほどを発見。「全身の化石が埋まっている可能性も有る」と談話を発表している。

「兵庫県立人と自然の博物館」さんのHPはこちら。
 





2月15日(木)
 
「早すぎる春一番」

 昨14日(水)は全国で春一番が吹いたそうで、高知県宿毛市では瞬間最大風速35.0m、鳥取県米子市では26.9mの記録破りの大風となったそうです。東京では大手町の気象庁で18.2m。
 ところで、東京地方では初雪はまだ降らず、只今新記録を更新中。
 





2月9日(金)
 
「ニューヨークでは”ながら”はダメ」

 ニューヨークでは、このほど「携帯で話しながら、音楽プレーヤーなどを聴きながら」横断歩道を渡ると100ドル(12,000円)の罰金が科される法律が出来そうだと報道があった。車だけでなく歩行者の交通マナーの悪さが原因で事故が多いのだとか。街中では携帯で話しながら歩けないことになる。
 
 日本では、携帯を掛けながら自動車の運転は”即罰金”の法律が施行されているが、自転車の携帯を掛けながらの乗りも危険で危なくってしょうがない。自転車事故が増えているのにどうして罰則を設けなかったのか不思議だ。

 





1月28日(日)
 
「白鳥飛来地」

 埼玉県深谷市近郊の荒川に、今年も白鳥が渡って来ています。昭和57年に11羽のコハクチョウが飛来したのが最初との事です。
 コハクチョウは、北極海の近くから4,000kmもの距離を飛び、日本の各地、埼玉県では深谷市の荒川などの河川に渡って来ますが、年により水草の生育が悪く、エサ不足で栄養失調となる白鳥もいて、気の毒に思った故・石川信夫さんが、平成3年の冬にパンを与えて餌付けに成功し、その後、市や市民、企業の協力などで餌を確保し、毎日、午前・午後の2回餌付けをしているそうです。土、日には見学者もたくさん訪れるようです。
 
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 毎年、3月中旬ころには北へと渡って行くそうです。今年は暖冬なので少し早く帰るかも知れません。

 関東地方では、他にも何カ所か餌付けをしている所が有るそうです。
茨城県那珂市の古徳沼。
茨城県水戸市の大塚池。茨城県岩井市の菅生沼。栃木県大田原市びわ沼・羽田沼。群馬県館林市の多々良沼などなど。
千葉県印旛郡本埜村(もとのむら)さんのHP

 日本一の飛来地は、山形県酒田市の最上川河口だそうで、毎年8,000羽を確認するそうで、想像しただけでも凄い数です。
最上川スワンパークさんのHP





1月24日(水)
 
「暖冬・気象異変」

 今年は暖冬。東京は冬日がまだ無いのだそうです。雪もまだ降らない。東北・北陸でも冬日は例年の半分以下なんだとか。
 海で採れる魚も、南の魚が北上しているんだとか。気象の異変が次々と伝えられています。

 





1月3日(水)
 
「ネット新聞」

 今年から産経新聞は宅配をやめ、ネットで読む事にして契約を済ませた。当店ではミニコミ誌を含めて何種類か購読しているので、紙類が直ぐにたまる。ネット新聞は1週間分を同時に読めるので便利と考えたのです。紙面の拡大・縮小も自由自在。文字も大きくできるので読みやすい。気になる記事のプリントアウトも簡単。値段も月額420円と安い。追加料金315円で掲載写真の他に、記事に関連の動画や写真も見られる。産経は米国や中国記事が多く、月刊誌と読み比べても正確な記事が多いと思えるので愛読している。
 昭和59年ころからFAXが、60年代に入るとパソコンなどが広く普及しだして、紙の消費量が大幅に増えた。これからの時代は、パルプを得る為の資源破壊を少なくする為にも、ペーパーレスの時代になって行くのではないか、と思います。アメリカやヨーロッパなどは、すでにネット新聞が主流になりつつ有るとの事です。

産経NetView  http://www.sankei.co.jp/netview/index.html
 





1月2日(火)
 
「初詣」

 今年の初詣は靖国神社へ。
昨年は明治神宮でしたが、夕方遅かったのにもかかわらず、相変わらずのもの凄い人出。
靖国では屋台も出て、帰り掛けにはお好み焼きなどに立ち寄る人たちも多い。






平成19年1月1日(月)

 謹賀新年
明けまして おめでとうございます

 新年は天候にも恵まれて穏やかな日和で始まりました。
 今年は丁亥(ひのとい)年。猪突猛進と云われ元気印の代表。会社ではハッパを掛けられているのではないでしょうか。
 仕事も大事ですが、健康であることも大事。健康は日頃の食事をおろそかにせず、バランスの良く栄養を取る事が一番、とは常識の事柄ですが、うっかりすると自分の好きな食べ物ばかりに偏ってしまいがちですので要注意です。
 経済予報では株価が20,000円超の予報も。大方が高くなると先行きを明るくみているようです。徐々に良くなって行く事を期待しましょう。
 本年もよろしくお願いいたします。

 





10月2日(月)

 「力を出し切れなかったのかインパクト」

 凱旋門賞は残念の一語。敗因は、・久々・長い芝・斤量(3.5kg増)などなど。フランスの騎手など関係者の話では、一度使ってから(現地で)凱旋門賞に出れば勝てたかも、との話しも伝わってきます。現地に応援に出掛けた人たちも、さぞガッカリした事でしょう。店主も同じでありました。
 しかし、世界最強との評価のハリケーンランなどをかなり引き離して先着しているので、実力はハッキリと証明されました。1,2着馬と斤量が同じなら、間違いなく勝てたでしょう。次ぎのレースに期待。(10/12記)






10月1日(日)

 「今年の秋は」

 今年の秋は昨年より10日位早く来ているようです。金木犀のいい匂いが、近所の家々からも漂ってきます。昨年は、10月17日頃が、満開になった記録がありますので、かなり秋の訪れが早いのが解ります。
 9月になってから、長雨と気温の低下で、木の方が早めの花を咲かせたのでしょう。(10/12記)






9月30日(土)

 「凱旋門賞へ」
 ディープインパクトの「第85回凱旋門賞」への挑戦が いよいよ明日に迫った。フランス・ロンシャン競馬場で行われる凱旋門賞(仏G1・芝2400m 優勝賞金114万2800ユーロ=約1億7000万円)の枠順が確定したと云う。日本から参戦するディープインパクトは内枠2番、昨年の覇者ハリケーンラン( Hurricane Run)は1番枠、前哨戦のフォワ賞(仏G2)を制したシロッコ (Shirocco)は6番枠にそれぞれ入った。発走は現地時間17時30分(日本時間2日0時30分)。
 そしてディープインパクトはやはり一番人気になっていると云う。
 
 見学ツアーも盛況で、近畿日本ツーリストの4泊6日のツアーでは「ターフに最も近い指定席で観戦」とのうたい文句で、22万5000円のツアーに300人が申し込んだと云う。JTBは350人の申し込みが有ると云う。

 店主が心配するのは馬の状態以外に、外国からの強い馬は、勝負どころで囲まれて妨害されると云う事。アメリカ有力馬も、それを嫌って遠征しなかったとか、関係者の間では有名な話しだそうだ。
 騎乗する百戦錬磨の武豊さんは、百も承知の事であろうが、是非頑張って欲しいものです。

 TV放送は、NHK総合で10月1日夜11時10分から「無敗の三冠馬の軌跡」 、日付が変わって2日の午前0時2分から、「世界最高峰への挑戦」として凱旋門賞を中継放送の予定している。






8月14日(月) その3

 「八幡町と播町皿屋敷」

 播町皿屋敷は旗本・青山主膳の屋敷に奉公するお菊という女中が家宝の皿を割ってしまい、殺されて井戸に投げ込まれた話し。

 この時、お菊を切ったという脇差が八幡町の「郡上八幡博覧館」に展示されていました。

 伝来のいわれは、宝暦の一揆によって金森氏は改易となり、その後を青山幸道(よしみち)が13代目の城主となり治めた。この青山氏と、江戸の青山家とは親戚関係にあるとかで、伝来したそうです。

 江戸の番町は牛込御門内番町(現在の千代田区飯田橋付近)とも、現在の千代田区一番町〜六番町とも云われいる。

 姫路城の「播州皿屋敷」他、群馬県甘楽郡・五島列島の福江島・尼崎市のお菊伝説・松江市・高知県幡多郡などにも同様の伝説が有るそうです。

 東京都内にはお菊の墓というものがいくつか見られるが、店主はまだ未見。





8月14日(月) その2

 「山内一豊の妻」

 町から小高い山の頂に築かれた郡上八幡城がある。永禄2(1559)年、遠藤盛数が築城。以来5家19代、400年以上にわたって町を見守ってきた4層5階の白亜の天守閣。山内一豊の妻の千代はこの地で生まれたという。郡上一帯を治めた遠藤盛数の娘であり、母は名族・東(とう)氏の出を証拠とする古文書もあると云う。城の麓には大きな銅像と碑文があります。

            
       千代が八幡町の生まれで有ることの説明碑文
       (夜しか撮影の機会が無かったので暗いです)
 
 城は、明治4年(1871)の廃藩置県とともに廃城となり、すべて取りこわされました。
 現在の城は、昭和8年(1933)、当時、国宝であった大垣城を参考に再建され、木造4層5階建の天守閣等は八幡町の重要文化財に指定されています。夜はライトアップされて白壁が夜空に白く浮かび上がり、町の人の誇りとなっているそうです。






8月14日(月) その1

 「郡上八幡おどり」

 岐阜県の郡上八幡(ぐじょうはちまん・正式には郡上市八幡町)では、今年も7月15日から9月9日まで32日間のおどりが続けられています。首都圏や全国からたくさんの人が訪れているそうです。
 昨日の13日から16日までは盂蘭盆会(徹夜おどり)が行われ、明け方までおどり続けられるんだそうです。
 郡上市八幡町は、古くから奥美濃の小京都といわれ4万8千石の城下町。山深い所で車で行く場合、従来は相当な時間が掛かっていましたが、今は高速道路(東海北陸自動車)が開通して格段に便利になっています。

          
                おどりの一場面

 郡上おどりは、代々の城主が士農工商の身分をわきまえながらも、領民同士の融和を計り振興させて来たのが始まり。
 しかし、江戸・宝暦年間にこの地を治めた12代目の城主・金森頼錦(よりとき)の世の宝暦4年(1754)、大規模な百姓一揆が起き(宝暦義民)、最終的には幕府の要人から藩主、農民まで関係者全員が死罪、遠島、改易などで処罰されるという大事件になった。
 その後、この地に転封となった13代城主・青山氏が過酷な年貢の配分を改め、領民との融和を進めたのだそうです。
 約400年の伝統が有り、「郡上八幡博覧館」では10種類あるおどりを教えているようです。
下駄にゆかたが良く合うおどりとなっています。


「郡上八幡日和」 財団法人 郡上八幡産業振興公社さんのHPです。
http://www.gujohachiman.com/

「郡上八幡ゆかたフェスタ」担当・ごんたさんのHPです。
http://www2.starcat.ne.jp/~yoshi-h/guzyou.html

「郡上市」のHPです。
http://www.city.gujo.gifu.jp/





7月31日(月)

 「現状なら人口の削減をすべき」

 経済の方向性が、生産を他国で行い、国内は設計と試作研究とするなら、現在の人口は多すぎである。7〜8,000万人でも足りる。
 経済同友会が労働人口を増やす為、中国から労働者を大量に入れようとしていることは、不可解としか云いようが無い、と、これはミニコミ誌が警告している。






7月31日(月)

 「技術を売るなんてとんでもない」

 しきりとTVに出てくる高名な榊原英輔氏(前・大蔵省官僚 現・慶応大学教授)が、数年前のデフレ不況が続く時、シンガポールからのTV出演で、「日本は、売る物が無くなったら技術を売れば良い」と語っていた。

 日本が技術を売ったらお終いである、と店主は考えている。

 日本人の働く場所が失われていく。当然給料も減る。次ぎの世代が育たない。悪いことずくめ。

 日本の景気を良くする方法は、実は簡単な事では無いかと思う。それは、海外に出て行った仕事を取り戻すのだ。国内で生産すれば雇用が増える。生産工場は懐が深く、様々な人を雇用出来る。学歴などは関係なく、やる気と注意力さえあればちゃんと仕事が出来る。
 現在販売店で売られているTVやビデオ、DVD装置などは安すぎである。適正価格で販売すれば良いのだ。






7月31日(月)

 「ゴッドファーザー」

 時には映画をみるのも楽しいものです。先日、CSTVで放送していました。この映画は強烈なので、見た人すべてが楽しめるとは限りませんが、アメリカの暗い一面を見るのには、最適かと思います。

1972年公開(第一作) アメリカ・パナマウント映画 
フランシス・F・コッポラ監督 
主演 マーロン・ブランド  アル・パチーノ 
撮影: ゴードン・ウィリス
音楽: ニーノ・ロータ


コッポラ監督31才の傑作映画。

 過酷で非常な場面が次々と展開していく様は、常人の度肝を抜くが、撮影は見事で色彩も美しく、大ヒットした。
主題曲が、冷酷な場面を包み込みながら流れていく。マフィアを取り扱った映画では、他に比較できない名作といえる。
こうした対比手法は強い印象を生み出す。
非情の極まりは、映画最後の洗礼式。バッハの代表曲のパッサカリアとフーガ・ハ短調をバック音楽に、敵対するファミリー(ギャング団)の首領を次々と暗殺する場面は、見る側の想像を越えていて強烈そのもので、恐怖を覚える。

 店主がこの映画で最も強い印象を受けた場面は、ドン・コルレオーネ(ゴッドファーザー)が、自分の老いと死期を間近に感じ取って、跡継ぎとなった息子のマイケルに語り継ぐ一場面。

「敵側の首領が仲直りの会談をしようと仕掛けてくる。その会談を取り持つ人間が裏切り者だ。(その会談の場でおまえ(マイケル)を殺す算段だ。)」
 
 ゴッドファーザーの死後、予言は当たる。敵対する相手と仲直りの会談を取り持とうと持ちかけて来たのは、ゴッドファーザーの有力な配下の者だった。この男が裏切り者だった。他にも裏切り者がいて次々と発覚した。皆、敵側の手先となって組織の破壊工作をしていたのだった。

 これと似た話がある。
 9月には日本で新しい総理大臣を選ぶ選挙がある。
「中国様と韓国様が靖国に行くなとおっしゃっていらっしゃる。自分はアジアと仲良くする為に、靖国には行かない。」と。前々から靖国に行くとアジア様と会話が出来ないとおっしゃり、しきりに牽制球を投げている人が結構いる。

 日本が、他国の言いなりの奴隷国家となる可能性の高い運命の日が、近々やって来る気がしている。






7月30日(日)

 「おべっか使い」

 最近はTVや新聞に、中国様におべっかを使う人がたくさん日本にいて、次から次へと出て来るのには、いつもの事ながら驚く。本日も、朝から晩までしこたま出現しました。

 近頃発行の月刊誌によると、中国は”靖国に行くな”といくら言っても、小泉首相は靖国参拝を止めないし、日本国民からはウザイと云う人が大勢いるので、今年からは靖国をことさら言うのは止めようと方針を変えたのだと書いてあった。


 かなりの冊数の月刊誌は、TV・新聞とは全く反対の記事、論文ばかりです。TV・新聞だけを情報源にしていると、公平な考えが出来なくなる可能性が高い。
 月刊誌を読んで視点を変えると、前頭葉が活性化するかも知れません。

※前頭葉の活性化には、音読が良いのだそうです。(話しがそれてしまいました。)






7月29日(土)

 「工業製品」

 最近、香港から輸入され小売りされている中国の工業製品(機械加工品)を幾つか見せてもらった。
 上手に出来ている。
 15cm四方の変形しているこの品物を造るには特殊な工具が必要で、加工物を押さえる治具も高度の経験と技術力を必要とする加工品である。

 聞いたら、日本人が陣頭指揮でコンピューターマシンを操作しているのだと云う。

 過去に、今回見た物と同じ品を日本のある会社で作っていた。その仕事が中国へと流れていったのである。

 異業種交流で知り合ったある金型製造の会社は、金型の注文が全部海外へと流れて行き、倒産した。
 同じく、携帯電話器の金型を造っていた或る会社に、商社から問い合わせが来た。携帯電話器の注文を出すから、工程表と加工中の機械資料を寄こせと云う。金型製造にはノウハウが必要。
 注文は一回は来るだろうが、後は中国の会社で加工資料を基に造らせる気なのだと知り、断ったと云う。

 かくして、日本の会社には加工の注文が減り仕事が消えていく。従業員の給料は減り、雇用も減る。


 本田技研の中国合弁企業の様子をTVが放映していた。金型の磨き方を、日本人の指導者が手取り足取り教えていた。
 本間ゴルフも、同様に懇切丁寧に指導しているところを放映していた。
 トヨタ自動車も社員が驚く程、生産技術を移転しているのだと、何年か前に放送していた。
 ミズノもスポーツシューズの生産技術を移転・指導していた場面のTV放送を見た。etc.etc.
 こうした中国に拠点を持つ日本の会社は数万社に及ぶと云う。


 中国人は手先が器用である。
だが、多くの日本人はそのことが解らない、理解出来ない、見えないのでは無いかと、つくづく思う。

 蘇州(そしゅう)の刺繍は、極々薄い薄い絹布の表裏に、別々の図柄を縫い分ける。もの凄く目が良く、感も良いのである。
鼻たばこの瓶(鼻煙壺)の内側に細密画を描く。その技術は見事としか云いようが無い。
象牙彫刻も木彫りも上手だ。アールヌーボー期のヨーロッパの彫刻も見事だが、丁寧に造られた中国の物も遜色なく見事である。
日本のは芸術的にも優れていて、細部にもぬかりなく行き届いているが、技術力だけ見れば侮れない。

 中国はあと数年で、日本から技術を吸い取り、やがて日本に成り変わり、あらゆる製品を世界に売りまくっていくことだろう。新幹線も売り渡す商談に夢中と云う。


 訳知り顔の文化人は、ご自分が生産加工の実態も知らずに、白物家電は海外で造らせ、日本国内ではナノテク技術を進めるのだとおっしゃる。ご自分の生活には影響が出ないからか、軽くおっしゃる。
 ナノテクをする為に、いったいどれだけ莫大な設備投資資金が要るのか知っているのだろうか。
 白物家電の方が、加工も容易で管理もし易く、代えって利益率が大きい場合もあるのだ。
 この種の人を、日本を蹴落とす為のスパイでは無いかといつも疑っている。
 異業種交流で会った人たちも、憤慨している。

 南アフリカ共和国の大きな縫製工場では、中国製の衣類が大量に輸入された為、倒産した。黒人の女従業員が多く勤めていたが、全員失業し、生活は困窮していると報じていた。

 店主の実家も、親戚の家も、同級生の何人かも縫製(衣類)産業に携わっていたが、10年以上も前にほとんどが破綻した。親会社が、仕事を中国に移転した為だ。実家は既に高齢だったので、たいした影響は無かったが、ほとんどの人が転業を余儀なくされた。

 20年位前までは、日本の衣類製品は、パリのファッション界ももっとも注視し、香港人も、台湾人も、日本観光に来ると、値段が高くても品質が良いので必ず買って帰るといっていた。

 政府は、日本は技術立国の方向でいくべきと、ひきりに唱える。
しかし、政府が考えている以上に早く、日本の没落が進むだろう。
余裕を持って生き残るのは、公務員と、製品の開発と販売が出来る企業と、マスコミ関係の会社類と、独自のカリスマ的経営が出来る会社と、少数の恵まれた環境にいる会社だけではないかと、店主は常々想像している。






7月26日(水)

 「ラベンダー満開」

 夏の風物詩、北海道中富良野のラベンダーが見頃になってきたそうです。今年は、天候の不純で連年より1週間送れての開花だそうで、今は中富良野が見頃を迎え、徐々に周辺の花々も咲いて8月初旬頃まで楽しむことが出来ます、との情報です。

 東京地方では、富士・河口湖のラベンダー(ハーブ・フェスティバル)は7月初めに終え、これからは、群馬県沼田市玉原(たんばら)高原が見頃を迎えているそうです。

   
    
河口湖ハーブフェスティバル会場から 遠景の山は富士山 平成17年

玉原ラベンダーパークさんのHPはこちら
http://www.tambara.co.jp/






7月5日(水)

 「人ごとでは無いメタボリックシンドローム」

 「迫りくる内臓脂肪蓄積の恐怖」 、と題して内蔵肥満の予防を訴えている。男ではへそ廻り85cm以上、女では90cm以上が疑われるという。北海道の調査では、25%の男性が内蔵肥満との結果が出たと云う。日本全国ではまだ調査はしていないとの事だが、結構高いかも知れない。予備軍含めて推定で2,000万人位との事ですから、かなり高い確率です。
 予防には、
 @食事の取りすぎに注意する事、
 A運動をする事。
 運動は、心臓に負担の少ない散歩でも良いとの事で、近所を散策するか、ゴルフに行くか、運動器具を上手に使うか、などなど。

Sankei WEB(産経新聞社)で、知識と対策を紹介しています。
http://www.sankei.co.jp/databox/metabo/
 





7月5日(水)

 「大食いチャンピオン 6年連続世界一」

 米国ホットドッグ早食い競争で小林尊(たける)さんが新記録で6連覇。12分間に53個4分の3を食べ、自身の04年最高記録を更新したのだそうです。

2001年7月4日  「NYホットドック早食い大会」優勝
               (12分間で50本のホットドッグ完食。世界記録更新。)

2002年7月4日  「ネイサンズ ホットドック イーティングコンテスト」優勝
                  
(50本1/2完食。世界記録更新。)
2003年7月4日  「ネイサンズ ホットドック イーティングコンテスト」優勝
2004年7月4日 「ネイサンズ ホットドック イーティングコンテスト」 優勝
                   
(53本完食。世界記録更新。)

2005年7月4日 「ネイサンズ ホットドック イーティングコンテスト」 優勝

 小林さんは、12分間でホットドッグ53個と4分の3を平らげ、自身が2004年にマークした53個と2分の1の記録を、わずかながらも塗り替えた。しかし、例年は小林さんの独走に終わっていたが、今年は強敵が現れてレースは激しい競り合いとなった、と云う。

 小林さんに立ちはだかったのは、地元米国期待のジョーイ・チェスナットさん(22)。チェスナットさんは小林さんに激しく迫り、一時はリードを奪ったが、最後に小林さんが逆転した。チェスナットさんの記録は52個だった。小林さんは「僕はチェスナットさんをずっと見ていた。プレッシャーが僕を一層強くした」と話した。

 いつもは小林尊さんの独走だったが、対抗馬が出て来たので、これからは厳しい戦いになりそう。健康に注意して頑張って欲しいものです。
 店主は2〜3箇で腹がいっぱい。





7月4日(火)

 「戦艦大和出撃5時間前」

 広島県呉市の市海事歴史科学館が、3日に発表したという記事。
 読売新聞・7月4日朝刊一面は、出撃5時間前の戦艦大和の雄姿を捉えた米軍の写真を掲載した。撮影したのは、偵察中のB29大型爆撃機で昭和20年(1945)4月6日午前10時頃、1万メートル上空から撮影したもの。対空機銃を増設、防御能力を高めた完全装備の大和の写真は貴重な資料と云う。
写真(大和ミュージアム提供)は、米国立公文書館で発見された。
この写真撮影の、5時間後に出撃、23時間後に孤軍奮闘、奮戦するも沈没した。

持てる者と持たざる者との戦いの典型的な見本と云える。







6月16日(金)

 「主審の誤審・FIFA認める」

 オーストラリア戦はほんとに残念でした。

 国際サッカー連盟(FIFA)のジーグラー広報部長は14日、日本がオーストラリアに1−3で敗れた試合の後半に誤審があり、日本がPKを得るはずであったと話した。ジーグラー部長は1−1の終盤にケーヒルが駒野を倒した場面を「あれは主審の明らかなミスだった」と話した。
 この場面はTVでも報道された。ケーヒルが駒野の右足を蹴っていた。だれが見てもイエローカードもので、ケーヒルは既にイエローカードを切られていたので、即退場であった。この直後に、ケーヒルのシュートで逆転されてしまった。
 もし、主審が眼をよく開いて反則を取り、ケーヒルが退場し日本がPKをしていたら、この試合は勝っていたかもしれない。

 先取点は日本が取ったが、ずーと押され気味で、GKの川口選手も良く守っていたと思う。ファインプレーも何度かあった。

 勝負は運も味方しないと勝てないが、審判のレベルも上げてもらいたいものです。

 ドイツは猛暑なのだそうで、選手の皆さんも大変と思うが、次のクロアチアとブラジル戦で活躍を期待したいものです。





6月10日(土)

 「イチロー選手・2500安打達成」

 マリナーズのイチロー選手は、6月8日に日米通算で2,500安打を達成する。日本で9年、マリナーズで6年目の快挙。打率も、6月に入ってから5割以上の高打率で、この日も3試合連続の猛打賞で3割6分2厘を打つ。いま絶好調。
 開幕からしばらくは1割代半ばの低打率で、昨年のように調子がいまいちが続いてしまうのかと、心配をされていたが、5月に入ってから徐々に調子を上げ、固め打ちが続いて打率をアップし続けて来ていた。
 
 イチローは3割位の打率では、どこか調子が悪いのではないかと思われ、3割5分前後を打って初めてイチローらしいとファンは安心する。何とも凄い選手だ。





6月9日(金)

 「ワールドカップ・サッカー」

 いよいよ待望のワールドカップ・サッカーが今日開幕。

日本戦は、
  6月12日(月) 夜10時  対・オーストラリア戦
  6月18日(日) 夜10時  対・クロアチア戦
  6月23日(金) 午前4時  対・ブラジル戦
となっている(いずれも日本時間)。

 初戦のオーストラリアは日本向けの食品などには研究熱心で、日本人の好みをいろいろ調べて売り込んでくる。そしてまた、スポーツにも研究熱心で、相手の特徴や弱点を徹底して調べて攻撃してくるので恐い相手だ。
 オリンピックの野球では伏兵のオーストラリアでまさかの予期せぬ敗戦をしてしまった。強豪のアメリカや韓国にばかり注意をしていたので、勝てると踏んだ星を落として優勝を逃してしまった。要注意の相手です。オーストラリアからは大応援団が駆けつけているとか。
 
 日本の対戦相手は、体格でも上。白人系や黒人系の骨の太さや筋肉の量は、平均で日本人の2倍も有るそうで、まともにぶつかってはしんどいが、選手の皆さんには粘り強く攻撃を続けて欲しいものです。TVにかじり付いて応援していきましょう。





6月3日(日)

 「鮎釣り解禁」

 初夏の訪れと共に、各地から鮎釣り解禁の便りが聞かれます。関東では、栃木県、茨城県を流れる那珂川が有名で、秋口の梁(やな)漁の季節まで、鮎好きの人たちで賑わいます。今は、観光梁を仕掛ける所が多く、家族連れを楽しませてくれるようです。

 もう、食料品店ではスイカを売っていました。少し前からは、メロンが・・・。季節の移り変わりは早いものです。
 先日、刀とは違う用事で来られた年配の人に、”最近、月日の流れるのを早く感じます”、と話したら、”もっと年を取ると、もっと早くなりますよ”と言われてガックリ。
 
 やりたい事があったら、悪事で無い限り、どんどんやり遂げるべきなんでしょう。





5月29日(月)

 「環八完成」

 昨日の28日(日)は、環状八号線(通称名を環八=かんぱち)がようやく全線開通し、前日の27日には記念式典が行われたと、報道されました。

 環八と交差する青梅街道、新青梅街道、早稲田通りなど、四面道(しめんどう)交差点などの渋滞は、もはや尋常ではありませんでした。高島平から、杉並区の高井戸までは、僅か16km位しかないのに、1時間30分位掛かりました。こんな事は、30年来の日常の出来事なのです。運送トラックや営業車、バスやタクシー、救急車などの緊急車両など、渋滞中はどうにもならない実にもったいない時間を、否応なく消費させられていました。
時間をお金に換算すると、計算しようもない、莫大な損失となるでしょう。
出来れば、環八の上に同時進行の工事で、首都高速環状道路を通してもらいたかったものです。こうすれば、首都高速5号線などの渋滞も、もっと緩和された事でしょう。

 「(全線開通までに)50年もかかった」と板橋区で行われた式典の席上、石原慎太郎都知事は挨拶されたと云う。

 氏は、都知事選に立候補された時、「ディーゼル車の排ガス規制」を選挙公約にされ、知事になってから実行に移しました。
 店主の営業している所は、首都高速道路添いにあり、交通量はかなり有ります。以前は、白いレースのカーテンは煤で真っ黒。洗濯機で洗うと、水は墨汁を流したように真っ黒。外壁も窓枠も網戸も黒い煤だらけ。
この場所でないと、仕事が出来ないので、ずーと我慢をしていた訳です。この沿線の皆さんも同じ思い。
 いつもいつも被害を被っていましたが、規制をするようになってからは、みるみる内に空気がきれいになって、汚れも少なくなりました。白い車も、黒いカーボンの水垢の付きが少なくなり、この良い効果はてきめんに現れています。

 「都民のみなさんへ」と題した、石原慎太郎東京都知事の、環八完成に関する発言が、下記のHPに載っています。氏ならではの、美濃部都政に対する鋭い批判と「東京の致命的な欠陥であります幹線道路の十全な整備を出来るだけ早く進めていきたい」との方針に期待したいものです。

 「東京都公式ホームページ」
http://www.metro.tokyo.jp/GOVERNOR/tomin.htm





5月29日(月)

 「鞘走り」

 先週、九州南部は梅雨入りしたと、天気予報が報じていました。
次第に北上し、7月には北海道を除き順次梅雨入りとなるのが、毎年のお決まりの季節の流れ。
 湿気が多くなると、白鞘や塗り鞘の木が湿気を吸い、鯉口がゆるみます。この季節は、ゆるんだ鯉口から、刀身が鞘走りしない様に、気を付けましょう。直すのは簡単で、朴の木をカンナで薄く削り、それを鞘の内側に貼れば、直ります。糊は、ご飯糊が一番です。きつくなりすぎたら、紙ヤスリなどで、少しずつ調整します。





5月28日(日)

 「落語・漫才」

  TVがまだ家庭に普及してない頃は、ラジオ放送の漫才・落語・浪曲が人気を保ち続け、TVが登場してからも、そのまま受け継がれていました。おもしろい話しを聴かせてくれる噺家、漫才師はたくさんいて、柳亭痴楽、唄子啓介、三遊亭歌奴、林家三平、春風亭柳昇、牧伸治、などなど、大勢居りました。

 昭和43〜5年頃は漫才・落語の人気が更に高まって一大ブームになっていて、そうした頃に”コント55号”が登場し爆発的な人気者になりました。”コント55号”の次々と出される新作コントのボケとつっこみのおかしさは、抜きん出ていました。

 笑いの中味は、今の笑いとちょっと、否、大いに違います。”爆笑問題”が、良質のお笑いを提供していると思えますが、その他は、あまり感心しない、下劣な笑いが多いように思えます。
 例えば、”何でも鑑定団”では、いつも”カネ、カネ、カネ”。そのお宝は、誰の持ち物になる、そうすると誰それが儲かる、誰それが得する”、と、家族の中での取り合いを煽る様にけし掛ける。会場は爆笑しているが、内容が下劣でおもしろくない。

 店主は、自分の心根が下劣な心根ではないかといつも反省をして、もうちょっと上品な人物になろうと、常日頃、あたふたとあがいているので、TVで下劣な放送を見ると、うんざりします。





5月27日(土)

 「笑点」

 去る5月14日(日)には、日本TVの「笑点」が40周年記念放送をしていました。昭和41年5月15日に始まったこの番組は、司会やメンバーの一部交代をしながら、大喜利が受け続けて今日に至っています。

 故・中村八大作曲の軽妙でシャレた音楽で始まるお笑い番組は、これを見ないと日曜日が終わらないと云う、奇妙な錯覚を覚える程、永い間親しまれて来ました。近年では、気の利いた落語・漫才の番組が無くなってしまったので、貴重な存在となっています。
 昨年末には、4代目の大喜利司会を昭和58年から努めて来た三遊亭円楽師匠が病気を患い、最近回復をされたが、桂歌丸師匠に後を譲り、笑点からは卒業することになりました。早いもので、23年間の永きに亘って司会を務めた事になります。
 最初の司会者は、毒舌日本一の立川談志師匠で、二代目は前田武彦氏。三代目が「びっくりしたなあ モオー」で有名になり”てんぷくトリオ”の一人だった三波伸介さんでした。
 
 店主は、立川談志師匠の司会も少し覚えていて、師匠がいつもの語り口で鋭い毒舌を発して、回答者達をキリキリ舞いにしていました。
 店主から見て、一番おもしろおかしくメリハリが効いた司会をしていたのが三波伸介さんで、昭和45年12月から12年間努め、その間笑点は伸介さんのダイナミックな司会が大受けして人気が高止まりし続けていました。しかし、残念な事に、同57年12月に突然亡くなってしまったので、全くガッカリしました。

 歌丸師匠の司会も、適度にメリハリが効いて、ズーと中だるみ症状が続いていた笑点に新風を吹き込んでいます。新規参入の林家たい平が気の利いた答えと器用な芸を見せて、古手も活性化して良い結果を出しているようです。春風亭昇太もこれから活躍していくことでしょう。
 これからも、おもしろい大喜利を期待したいものです。





5月18日(木)

 「台風1号」

 台湾沖に台風1号が襲来。また今年も台風の季節となりました。
関東地方は、相変わらず、1日おきに晴れたり雨になったりで安定しない天気が続いています。
 食料品店の店頭には長崎産のビワが売られていて、季節の流れを感じさせてくれます。間もなく千葉産も出回ってくるでしょう。

 梅雨時は、刀の保管にもちょっと気を配りたいものです。置いてある場所の乾燥に心掛けるとか、しばらく鑑賞しないと思われる時は、刀剣油を薄く塗っておかれた方が良いでしょう。





5月17日(水)

 「稚内の桜が開花」

 5月の連休には弘前の桜が満開となり、その後札幌も開花。毎日少しずつ北上し、いよいよ稚内の桜も咲き始めたそうです。釧路や知床も多分咲き始めて、ようやく春が訪れて観光シーズンを迎えている事でしょう。
 南の沖縄は、もう梅雨入り。





5月16日(火)

 「サッカー」

 ワールドカップ・サッカーの出場選手の選考が発表されて、近くドイツに出発するとか。
 前回は結構上位に勝ち進んだので、今回も期待が高まっています。選手の皆さんには、1回でも多くのゴールインが出来るように、チャンスを逃さず思いっきり良く蹴球(しゅうきゅう)に励んでもらいたいものです。

 審判の付く競技では、いつも気になるのですが、例えば「ワールドベースボール」のボビ・デービットソン球審のように誤審(悪審)ばかり続ける審判がいると興ざめします。
 今回のサッカーはワイロサッカーとならないように公平な審判を期待したいものです。





5月9日(火)

 「天皇賞」

 4月30日(日)の天皇賞は、一番人気のディープインバクトが期待通りに、他馬を全く寄せ付けずに圧倒して優勝した。
桁違いの強さで、これほど強い馬を店主は見たことが無い。
出遅れて後ろから二頭目の位置から、2週目の3コーナー少し前から徐々に追い上げて4コーナーでは先頭に。こんなに急にペースを上げて大丈夫かな、と思いきや、他の馬は着いていけず離されるばかり。まるでアフターバーナーを噴射した様に加速していく。ゴールでは流して通過する程の余裕。しかもコースレコードを1秒も短縮しての新記録。
1秒は約7馬身の差があると云われる。
2着馬のリンカーンも3着以下を5馬身も引き離しているので、これも強い乗り方をして見事でした。

 過去には、ミスターシービーやシンボリルドルフ、ナリタブライアンなどなど、強さが違う馬が出現しましたが、ディープインバクト程の桁違いの強い馬は、初めてです。

 高松宮記念の後は、外国に遠征する計画とか。世話をする調教師や厩務員、騎手の人達もご苦労やプレッシャーも並大抵では無いかも知れないが、無事な出走で活躍してもらいたいものです。






4月30日(日)

 「コマーシャル」

 昨日、食事をしながらTVを見ていたら、「ビチョビチョ・ジャージャー」「ジャージャー・ビチョビチョ」などと、汚らしい唄のコマーシャルが聞こえて来たので、直ぐに局(チャンネル)を替えた。
 飯がまずくなった。
 子供らが、多分マネをするだろう。






4月29日(土) 2

 「天皇賞」

 明日、天皇賞に4冠目を狙う「ディープインバクト」が出走する。当然一番人気で単勝は1.1倍と発表があった。

 前走の神戸新聞杯も中段より後方からだったが、直線で鋭く伸びて他馬を寄せ付けず、楽々優勝した。
 あの馬の馬力はレシプロエンジンではなく、ジェットタービンエンジン並みの馬力が有るのではないか。
 今度のレースも、前から3頭目あたりから中段位の位置取りが無難。そうすれば4コーナーまで足をためていられる。

 ファンサービスに格好良く勝とう、などと考えると危ない。有馬記念は、そんな風に見えました。(間違っていたら、ゴメンナサイ。)

 





4月29日(土) 1

 「みどりの日」

 今日は”「みどりの日」と云う名前”の日。元は昭和天皇のお誕生日。来年からは「昭和の日」と改名される事が、やっと決まった様です。
 昭和天皇が崩御された後の4月29日を記念日にすることは、大方が賛成でしたが、名称で意見が割れていました。

 ”「昭和の日」と云う名前を付けよう”という希望が、多くの人たちの願いでしたが、時の内閣は何を恐れているのか、何に遠慮しているのか、どこから命令をされているのか知りませんが、「みどりの日」と云う変な名前を付けてしまったのでした。これは、昭和天皇が植物がお好きだったから、などと、変な理屈を付けて決定したのです。

 新聞とTVは、大歓迎の様でしたが、文藝春秋や諸君、正論、新潮45,VOICE、ミニコミ誌、他、などは、大反対の論陣を張っていたものです。
 この時以来、もう18年間も「昭和の日」運動が続けられて、やっと念願が叶ったものです。18年前から、志のある国会・地方議員を始め、論壇、文化評論家の人たちが、手弁当で運動を重ねて来た甲斐があったと云うもので、本当にお疲れ様でした。






4月28日(金)

 「晴れ後雨」

 東京地方は、1日おきに晴れと雨の日が交代でやってくる安定しない日が続いています。
 晴れの日は暖かく薄着になれるが、夕方からは寒い時が多く、うっかりすると風邪を引きそうです。外交の人も、”もう5月というのに寒い寒い”と云っておりました。






4月26日(水)

 「防犯」

 先月、セコムの防犯装置を取り付けたが、セコムの営業の人が、別な装置(インターフォン付きカメラなど)も売っていますとカタログを持って来られた。

 それにしても、経費ばかり掛かる世の中になってしまったものです。取引のあった会社が”防犯装置を付けた”と連絡してきたのは、15年位前で、平成になってからの事です。
 その頃に、当店の事務所の増築工事に来た大工さんも、”ウチの自販機3台も、近所の自販機もみんなお金を盗られて大損した。自販機は壊された”と云っていました。
 高島平地区も例外で無く、あっちもこっちも被害に遭って大損している。

 犯人は日本人だけでなく、外人も非常に多いのだと、新聞に国別のグラフが載っていた。
 犯罪の多い国の上位2ヶ国は、入国禁止に出来ないものか。我々ばかりがいつも経費を負担して、コストばかり増えて困ったものです。

 あの頃は、栃木のゴルフ場に時折出掛けていましたが、村の辻の所には、近所の農家が掘っ立て小屋を建てて、季節の野菜を無人販売していました。量や種類によって100円と200円の2種類に分けて並べてあり、”代金はこの中に入れて下さい”と手書きの紙が、透明の大きなせんべいの空き瓶に貼ってありました。帰り掛けには毎回、何かしら買ったものでしたが、何年かして、ある時から人がいるようになりました。お金も野菜も盗られてしまったとの事でした。

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 防犯とは関係のない余談ですが、この地方は都会では余り売られて無い大きなタマネギが採れて、大きなネットにたくさん入れられ、信じられない程の格安価格で売っていました。血行を良くするというので、山ほど買ったものです。







4月25日(火)

 「竹島」
 また、政府・外務省は中途半端な変な妥協をして幕引きを図ったようです。
 参考意見はこちら。






4月24日(月)

 「選挙とじゃんけん」

 昨日の日曜に、隣県の千葉で衆議院議員の補欠選挙があった様で、TVで選挙戦の様子などを写していました。
 なにやら、じゃんけんをしきりにしていたようですが、あれは何の為のじゃんけんだったんでしょう。仕事がらみで営業の人が来たので聞いてみたら、”知りません”と笑っておりました。






4月1日(土)

 「桜」

 東京地方の桜は、3月下旬に寒い日が続いたので予想よりも遅く、今日・明日が満開となり見頃を迎える。近所の桜の木もほぼ満開。
 東京地方は、4日の火曜日あたりが見納めになりそうと云う予報がありました。





3月28日(火)

 「沖縄・定年後」

 ”定年後は沖縄(に限らず)に移り住んで、夫婦で趣味を楽しみながら今までの仕事人生とは別に、もう一度新たな生き方に踏み出している人たちも多いのだそうです”と、2月23日に書き込みましたが、現に、東京から沖縄に移り住んだ人の話では、初夏から秋までは非常に蒸し暑いのだそうで、気候風土の違いについていけず、再び内地に戻る人たちも結構多いのだそうです。
 店主は、10数年前の4月頃に一度観光で言っただけなので、余り詳しい事は分からないが、4月頃は暑くも寒くも無く丁度良い気温で、熱帯植物園ではブーゲンビレアがどこでも良く咲いていて、全体にきれいな島と云う印象でした。






3月27日(月)

 「富士山」

 富士山の近くを通りかかったら、快晴の群青色(ぐんじょういろ)の空模様とはいえない日よりでしたが、麓の方まで良く見えていました。

    
    
     左 河口湖から 逆さ富士も       右 国際花園(フクロウのショー
                                    もあります)

                    拡大画像






3月26日(日)

 「エコ」

 エコといっても低燃費ではなく、依怙贔屓(えこひいき)の事で、今日の大相撲の千秋楽をTV観戦しながら大いに首を傾げた話しです。

 先場所(初場所)の優勝力士である大関栃東が、この場所も優勝か優勝に準ずる成績であれば、念願の横綱となれる。
 しかし、2日目、7日目、11日目には惜しくも破れてしまったが、白鳳、千代大海、朝青龍を堂々と破り横綱になれる力が充分有ることを証明した。12勝3敗と準優勝に準ずる好成績を得た。
しかし、実況TVは11日目の3敗した時点で横綱には絶望的と突き放した。
 
 現横綱の朝青龍は12勝3敗で優勝して横綱になった。その時の実況は、こうである。
 2敗した時・・・「まだ2敗、横綱の望みは充分あります。」
 3敗した時・・・「まだ、このまま踏ん張れば望みはあります。大丈夫です。」
 と、朝青龍様に暖かいお言葉を掛けて差し上げている。エライ。

 一方で、今場所の栃東には、
 2敗目・・・「もう負けは絶対に許されません。崖っぷちです。」とプレッシャーを掛け、
 3敗目・・・「横綱の望みは消えました。」と冷酷にも突き放している。この逆差別はどこから来ているのだろうか。

3敗目を喫したのは11日目でまだ4日間も残しており、他の力士が星を落とす可能性も充分考えられる。勝負に絶対はないのだから。

 日本人力士なんぞ横綱になってもらいたくないのがにじみ出ている。腹の中は外人贔屓(外人病=日本だけが悪党の意識)で頭の中もいっぱいなんでしょう。これでは日本人力士は可哀想。

・・・店主は、栃東関だけを特に応援している訳では無いのです・・・念の為。・・・






3月25日(土)

 「手品」

 今はマジックと称される事が多いが、昔は手品と言っていた。
最近は、若手の手品師(マジシャン)が鮮やかな手さばきで、業を次々と披露してくれるので、楽しい。離れた位置からトランプを水槽の内側に瞬時に貼り付けたり、ガラスの向こうのトランプを取り出したりと、文字通り魔術師のような一瞬を見せてくれる。
 どうしてああいう事が出来るのだろうと、アレコレ考えながら見ているが、中には、手口が分かるのもある。が、分からないのも有る。分からない方が面白い。ずーと考えて不思議がっていられるから。
 時々、手口を明かすTV番組もあるが、あれはいかがなものか。マジックと称している限り、仕掛けはあるので見たい気持ちもあるが、”どうしてなんだろう”と不思議がっている時の方が楽しいものだ。






2月23日(木)

 「梅」

 今年の冬はずーと寒さの厳しい日が続いていましたが、3月に近くなってから時々暖かい日になることがあります。ここ2,3日も3月下旬から4月並みの暖かさ。近所の公園も梅が咲き始めました。
 ところが天気予報では、明日からは再び真冬の寒さに戻るとありました。
 一方で沖縄諸島はもう20〜22℃もある。
定年後は沖縄(に限らず)に移り住んで、夫婦で趣味を楽しみながら今までの仕事人生とは別に、もう一度新たな生き方に踏み出している人たちも多いのだそうです。






2月19日(日)

 「模型」

 この間、あるお客様から”大和の映画を見ましたよ”、と連絡を戴きました。たいへん感動されたそうです。店主はまだ見ていないのでどのような筋立ての映画なのか解りませんが、史実に基づいていればいいなあと思っています。

 最近、大和のプラモデルや完成モデルなどが売れているようです。大型のプラモデルも予定分のロットが売り切れて再生産をしているとか。

 大和に人気が有るのは世界最大の総トン数・最強の重武装と、至る所に張り巡らした鋼鉄の不沈鑑構造と云うだけでなく、鑑の姿が良いので好まれるのでしょうと、ある本に載っていました。後方に傾斜させた1本煙突と更に傾斜をさせたアンテナの形が独特の斬新なデザインで、前からも横からも姿がとても良い。

 また、呼び名にも有るようです。「大和朝廷」と云う古代王朝期の名や、万葉集・古事記などで「大和は国のまほろば たたなづく青垣 山ごもれる 大和しうるわし」と日本武尊(やまとたけるのみこと)が詠ったとされる歌など、やまとことばが日本人の感性に最も心地よい響きを与えてくれるからかとも思えます。

 刀も戦艦大和も飾りにすると堂々として部屋を彩ることでしょう。






2月18日(土)

 「戦艦大和慰霊碑・修復」

 「大和」の慰霊碑が鹿児島県伊仙町(徳之島)の犬田布岬に建てられているが、風雨や塩害により老巧化し崩壊寸前となっているそうです(産経新聞2月18日朝刊より)。
 この慰霊碑は、元海軍関係者や戦没者遺族、生存者等の寄付により昭和43年に建立された高さ25mの「戦艦大和を旗艦とする特攻艦隊戦士慰霊碑」で、毎年4月7日に慰霊祭を行っているそうです。
 ここに慰霊碑が建立されたのは、大和が沈没する際の煙を目撃した住民や、泳いで海岸にたどり着いた生存者がいたことなど、大和と縁があるため。
 伊仙町役場では、修復工事の費用約1億円の寄付を募っているそうです。
 寄付金の振込先は「徳之島農業協同組合 口座0015104」
 連絡先は伊仙町役場企画課宛。

 (塩害に強いステンレスで再建すると良いでしょう。また、近年は防錆に優れた塗料も開発されているので、今度は長持ちすることでしょう。)






2月14日(火)

 「冬季オリンピック・スケート」

 期待の500mスピードスケートは、残念でした。
 加藤選手はどう見てもフライングをしていないのに反則を取られた。踏み出しのタイミングにくさびを打たれた感がある。好時計が出なかった。レース後、さっぱりとした顔で今後の向上を語っていたので好感を持てた。






2月11日(土)

 「冬季オリンピック開幕」

 今回はイタリアのトリノ。
日本選手が、自分の実力を出し切って活躍してもらいたいものです。






1月30日(月)

 「皇室典範」問題。
 
 平成16年12月27日に、「皇室典範に関する有識者会議」と称する私的諮問会議が結成され、平成17年11月24日に報告書が出されたとか。
メンバーは下記の通りと有ります。 
  岩男 壽美子 武蔵工業大学教授、慶應義塾大学名誉教授
緒方 貞子 国際協力機構理事長
奥田 碩 日本経済団体連合会会長
久保 正彰 東京大学名誉教授
佐々木 毅 前東京大学総長
笹山 晴生 東京大学名誉教授
佐藤 幸治 近畿大学法科大学院長、京都大学名誉教授
園部 逸夫 元最高裁判所判事
古川 貞二郎 前内閣官房副長官
吉川 弘之 産業技術総合研究所理事長、元東京大学総長
敬称略 (五十音順)  ◎座長 ○座長代理
 
 「女系、女性天皇にこだわらず、第一子を天皇に即位して戴く」のだとか。これが、有識者と称する人たちのまとめなんだそうです。

 このメンバーに関して、昨年(平成17年)の初め頃から、既にミニコミ誌や月刊誌には、”歴史の専門家や皇室研究家は一人もいない”と、結論が出る前からこの会議を怪しむ論文が頻繁に掲載されていました。

 先出しの「WiLL」3月号では、”皇室断絶を計る目的で書かれた事を悟られないように糊塗した巧妙な謀略、偽装設計図である”と建築の偽装問題から言葉を借りて断じて居ります。

 その他の、月刊誌でもかなり激しい反対意見が多数見られ、TV・新聞の女系でも良いという方向とは、全く正反対の意見が多いようでした。






1月26日(日)

 続 「アメリカでのスピーチと怖い未来」

 石原さんの発言は結構当たるので、怖い事です。
古い話ですが、昭和43年7月に参議院の総選挙が行われました。6月下旬頃、立候補した石原慎太郎氏が九段会館で選挙演説の中で、「アメリカは日本の頭越しに(事前の通告が無く)中国と国交を結ぶ」と結論付けたのです。当時、演説を聴きに行って一番記憶に残った事柄でした。

 この事は4年後に事実となりました。当時の総理大臣であった故・田中角栄氏があわてて中国との国交を結ぶ行動を起こしたのは、後の事でありました。

また、重い話題でした。






1月25日(土)

  「アメリカでのスピーチと怖い未来」

 また本から。
昨年(平成17年)11月に石原慎太郎都知事が米国の「戦略国際問題研究所」と「外交政策協会」との依頼により「アメリカの現実と中国の国柄」を具体的にシミュレートしたスピーチを行った処、かなり刺激的は内容だったので物議をかもしたようです。これを詳しく記事にしたのは、沖縄の琉球新報だけだったそうです。
 小森さんとの記事にも連動して、かなり真実味が濃い。
 
 この本(別冊・正論 1月20日発売=860円)には、このときのスピーチに加筆して12ページに渉り熱弁をふるい、我が国や国民に警告をしていますが、こうした本で啓蒙されないと、なかなか気が付かない事が多い。こうした文章は新聞・TVには掲載や放送されない事が多いのではないかと思います。

 興味の有る方は、どうぞご一読を。






1月22日(日)

 「栃東関優勝」

 大相撲の初場所は、久し振りに大関の栃東関が優勝して、ファンの期待に応えた。勝ち進むごとに観客が増え、連日満員御礼。
今場所前は、親方からも休養を取るようにと勧められたとか。
いつも稽古のしすぎで、場所直前には疲労がたまりにたまっているのでは無いかと想像されて、危惧していました。

 以前、王貞治氏が巨人軍の現役選手だった頃、死球などの怪我で2〜3日休んだ後の試合は、必ずと云って良い程、ホームランをポカポカと打っていたものです。まるで軽石が飛んで行くようでした。

 栃東関に限らず、魁皇関も怪我さえ無かったらめっぽう強いはずで、横綱もとっくの昔になっていたことでしょう。過労にならぬように稽古をされて戴きたい。これからも期待して大相撲を観戦したいものです。






1月12日(日)

 「アメリカからの警告」

 本を読んでいたら、昨年(平成17年)11月にアメリカ議会の超党派政策諮問機関「米中経済安保調査委員会」が、近未来に日中の軍事衝突が起こる可能性大、との警告を発したと書いてあった。この本は、WiLL(マンスリーウイル2月号=680円)。書いた人は、産経新聞ワシントン駐在編集特別委員の小森義久氏。小森さんは、以前は中国特派員もして居り中国通の人。
 この記事によると、中国は、すべて彼我の軍事力を綿密に計算し、日本が米国との関係に空白が出来る瞬間を狙って、即座に攻撃を掛けるであろうと予測している。中国は第二次大戦後に10数回の戦闘を行っており、その戦闘の分析の結果としている。

 この件に関しては、他の論客も他の月刊誌で取り上げている。中国が攻撃を仕掛けてくる日は、想像以上に早く、近年になるかもしれないとか。
続きはこちら

新年から、かなり重い話題となりました。






平成18年1月1日(日)

 謹賀新年
明けまして おめでとうございます


 今年は丙戌(ひのえいぬ)年。大東亜戦争後から60干支が一回りして、新たに始まる節目の年でもあります。
 年を重ねれば重ねる程、また、忙しければ忙しい程、1年2年などはあっという間に過ぎ去っていきますので、いつも月日に追い飛ばされているよな毎日でした。
 そんな訳で、今年は緻密な行動と素早い対応が取れるように、引き締めていこうと考えて居ります。かといって、あまりはしょり過ぎは禁物。確実に、堅実に、あわてずと云うのが、今年の課題、目標となりました。
 宜しくお願い申し上げます。
 





12月19日(月)

 「有馬記念」

 今度の日曜日、25日は有馬記念。有馬記念が終わると、もう仕事納め。そして大晦日となって、一年が終わる。
 今年の競馬は、史上二頭目の無敗で三冠馬になったディープインパクトの強烈な強さを見せてもらった満足感が有りました。ゲートの出が悪く、皐月賞では、ゲートが開いた瞬間、大きくつまづいて、騎手の武豊さんが振り落とされそうになり、ヒヤッとさせられましたが、走り出してしまえば、アレヨアレヨと云う間もなく、他馬を一瞬でゴボウ抜きする様は、感嘆の一語に尽きます。
 もう幾十年も馬券を買った事は有りませんが、競馬は馬券に関係なく、わくわくハラハラさせてくれるので、楽しみの1つです。






12月18日(日)

 「寒波大襲来」

 12月も終盤に来て、東京地方も寒さが厳しい。夜中は−1℃、朝晩は2〜3℃、昼でも7℃止まりなどと、大寒並みの寒さ。雪こそ降らないが底冷えがします。雪国から見れば大したことじゃないと云われるでしょうが、東京の12月としては異例の寒さです。

 寒いと云っても、朝と昼とでは6〜10℃くらいの温度差が有る訳で、恵まれているかも知れません。
 以前、12月頃、最北端見学ツアーと云うのに参加して北海道の稚内に行った時の事。現地の天気予報をみたら、朝−2℃、昼−1℃、夜−2℃と温度差が1℃位しか無く、折れ線グラフがほぼ横一直線になっていたのには驚いたものです。
 一番寒い体験は、12月の阿寒湖へ行った時の−9℃が最低温度で、空気まで凍るような印象でした。
 
  雪国では大雪で、スキー場では今年は雪不足の心配無しと安堵している事でしょう。
 一方、雪下ろし作業は重労働で、もう既に幾人かの人が、雪下ろし最中に転落してお亡くなりになったと、報道が有りました。痛ましい事です。
 人が危険な屋根に上らなくても、楽に雪下ろしが出来るような器具の、発明、開発が出来ればいいなと思うばかりです。






12月16日(金)

 「藍ちゃん、男子プロゴルフに挑戦」

 アメリカンツアーへの参加資格を、二位以下を大きくぶっちぎりで優勝して獲得し、意気揚々と帰国した宮里藍ちゃんが、今度は、男子プロツアーの「アジアジャパン 沖縄オープンゴルフ」に挑戦。だが、強風と距離の壁が災いして予選落ちしてしまったが、本人はさばさばとした様子。寄せとパットの見事な技量も時々見せていたので、予選落ちでもいたしかたない処。 
 女子から見た6,800ヤードは、男子ツアーに換算すると8,000ヤードにも匹敵する距離だとか。パーを拾うのさえ難しい距離。飛距離では日本の男顔負けの270ヤードも飛ばすアニカ・ソレンスタムも、男子ツアーではやはり予選落ちしている。






12月11日(日)

 「株取引」

 株価も上昇を続け、出来高も過去最多のレベルまで近付く日もあるとか。来年以降も景気が活気を続けてくれるのを望む次第です。

 と思っていたら、みずほ証券の売り入力の手違いと、東京証券取引所のソフトの不備から、とんでもない事態が発生したと、連日大騒ぎになっています。

 ああいう場合は、明らかな間違い入力だから”無効に出来る”とする法律でもあれば良かったのに。

 買った人は、一瞬で億万長者、いやもっと。十億長者。証券会社は一瞬で年間利益分を大損。
エライコトデス。






12月6日(水)
 
 「シリーズ真珠湾への道 <後編>
      〜山本五十六 運命の作戦決行〜」


 NHK「その時、歴史が動いた」の番組。
12月8日は、真珠湾攻撃の有った日。
何気なく聞いていましたが、山本元帥の人となりは良く判ったが、戦争突入に関する新しい解釈は余り付け加えが無く、40年前とたいした変わりない筋書き内容で、私としては少し物足りない感じでした。
 番組のお終いに出ていた参考資料の一覧をみたら、全部、日本側の記録や手記や証言であったので、さもありなんと思いました。井戸の中ばかりのぞいてみても、いつも同じ光景しか見えない。

 「日米開戦の悲劇」ハミルトン・フィッシュ著(アメリカ下院議員=ルーズベルト大統領の同窓生)(PHP研究所=500円前後)では、ルーズベルト大統領はドイツにやられている英国やフランスを助けたい為に、どこかで戦争のきっかけを作りたいと腐心していた形跡を、議事録を紹介しながら詳述している。戦争が始まることを最も望んでいたのはルーズベルト自身だったとする内容の、目から鱗の一冊です。

 「日本が絶対に合意しない事を見越して日本側に突きつけた、アメリカ側からの最期通牒とも云うべきハルノート」は、ソ連のスパイが下書きをしたと云う本が、今出版されてもいます(まだ未読)。ゾルゲ事件とも連動しているようで、
いつも我が国のマスコミが云う歴史とは違った歴史が存在しています。事象は外国の事情も含め、多角的に見る必要があるのではないかと思います。

下記のサイトはかなり中立で公平な説明をしているようです。
「ウィキペディアフリー百科事典」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9C%9F%E7%8F%A0%E6%B9%BE%E6%94%BB%E6%92%83






12月4日(日)
 
 「イスラム美術展」

 世田谷区の砧(きぬた)にある世田谷美術館で、10月1日から開かれていた「宮殿とモスクの至宝」を見学。この日は最終日。天気は雨のせいか大混雑という程でもない混み具合。
 ロンドンの「ビクトリア&アルバート美術館」の蔵品を展示。
目を引いたのは、イラン、エジプト、シリアなどの製作とされる13〜14世紀頃の大小のアラビア形水差しや大きな文字紋盆、それに剣。これらの工芸品には、真鍮地に銀を緻密に象嵌している。その繊細で完璧とも云える象嵌技術には全く驚かされます。
 剣は片手打ちの造りで、16世紀の刃渡り90cm程の鋼の剣。鎬地に当たる部分にコーランを細密に金象嵌している。先は25cm程が両刃になっていて、小烏丸と似た造りとなっていました。


世田谷美術館はこちらから。
砧公園内にあり、紅葉が綺麗。園内は広く散策にはもってこいの良いところです。広い駐車場も完備(有料)。

http://www.setagayaartmuseum.or.jp/index.html






12月1日(木)

 「冬の到来」

 冬の到来。急激に寒くなってきました。東京では銀杏もやっと真っ黄色になりました。刀剣展示会も大きな催しは一通り終わりましたが、それ以降にに入荷した刀の掲載を順次、掲載中です。
株価も上昇を続け、出来高も過去最多のレベルまで近付く日もあるとか。来年以降も景気が活気を続けてくれるのを望む次第です。






11月20日(日)

 「高橋尚子さん優勝=東京国際女子マラソン観戦」

 きょうは、高橋尚子さんが久し振りに走るマラソンを見る為、どこにも出掛けずTVにかじりつく。足に肉離れをしていたと話していたので、無理して今後の選手寿命を縮めなければ良いけれど、と願いつつ茶の間で応援。
 実は自分も6年前に肉離れの経験者であります。肉離れとは、筋(筋肉)の断裂で、その痛い事痛い事、しばらくは歩けない。2〜3日はほとんど寝たきり。1週間は足を引きずっていました。お医者さんからは、1ヶ月間は無理してはいけませんよ、と忠告されたが、事実、足が痛いだけでなく、筋肉の部分が硬直して突っ張る感じで、例え無理しても良いよなどと云われてもとっても出来ない。無理したら、残りの筋肉がまた切れるのではないかという心配もある。

 そんな訳で、高橋選手がスタートしてから完走するまで、ずーと気がかりでした。途中棄権があっても仕方がないと思っていました。ところが驚いたことに36km付近から猛スパート。そのままぶっちぎりで優勝したのには、改めて高橋選手の心身の強さに感動してしまいました。
 この人は、”凄い”の一語に尽きます。

 アテネオリンピックで走ってもらいたかった、と、選考から外されて以来ずーと思っていましたが、一番悔しい思いをしていたのは彼女自身であったでしょう。彼女の出場に反対した、おしゃべり言葉はきれいだが、同僚選手の練習妨害を執拗に繰り返していたM女や、ボク天才と自画自賛していたS氏などは、おおいに反省して選考会への出席は辞退でもすべきだろう、と思いました。
 選考当時、日本陸連には、もの凄い大量の抗議の電話が殺到したそうです。さもありなんです。






11月1日(火)
 
 「火星が二年ぶりに大接近」

 夕方、東の空に一際明るく見えるのが、火星で、倍率が高く、解像度の高い望遠鏡だと、表面の模様が見えるのだそうです。たまには、赤提灯よりも火星を眺めるのが風流かも。






10月31日(月)
 
 「大刀剣市終了」

 大刀剣市も無事終了しました。今年もたくさんのご来場を戴きましてありがとうございました。

 いつもメールや電話などでお問い合せなどを戴いていた方々ともお話が出来たので、今回の展示会も楽しいものになりました。

 当店に立ち寄られ、署名をして戴いた中で、一番遠いのは”北海道天塩郡遠別町”の方で、次ぎが”青森県八戸市”。南の方からは、大阪市となっていましたが、実際はもっと遠方の方も居られたでしょう。
 海外からは、フランスから来られたご夫婦に、平安城鐔を二枚お買い上げ戴きました。平安城の質素で素朴で実直ながら、意外と繊細さもある図柄の真鍮象嵌と、400年の時代物の価値に魅力を感じるのでしょう。

 靖国刀匠の「靖繁」短刀は、ずっと靖国刀を探して居られた三重県の若い方がお買いになりました。当店のHPは知らない方で、偶然見つけた時はドキッとしたそうです。さっそく靖国神社にお参りに行かれたそうです。一生涯、大事に持ち続けるとおっしゃっていました。最もふさわしい方に所持される事になり、本当に嬉しい限りです。






10月17日(月)
 
 「金木犀が満開」

 金木犀(きんもくせい)が満開になり、いい匂いを漂わせています。高島平の町内には、あの家もこの家もと、結構植えている家が多い。
 が、あいにく関東地方のみずっと雨。台風の影響で、先週の日曜から8日間も雨が降りっぱなし。
 今日の天気予報では、他の地方は、北海道から沖縄まで、秋晴れの良い天気。奥日光や那須・塩原などは、今が紅葉の見所。






10月16日(日)
 
 「ゴルフ三昧」

 知り合いで、今67才の人は、63才頃からゴルフを始めて、すっかり虜になってしまった人がいます。真夏でも真冬でも週に2回くらいは行くのだそうです。廻りからはゴルフキチガイと言われているといって笑っています。地方なので、家の廻りはゴルフ場だらけなんだとか。車で20分も走るともう到着。平日は、プレー料金も安いので、余り負担にならないとか。足腰が鍛えられて、体重も減って食事も旨いし、と、良い事ずくめの話し。

 只し、常日頃、仕事で追いまくられている人に取っては、無理なゴルフは逆効果で危険であるとずーと以前から警告も出ています。仕事で疲れていて、本来は休養が必要な体であるのに、つきあいもあって無理して出掛け、早朝からのゴルフで死亡する人も多いのだそうです。打つ瞬間に息を止めて、リキむのが、悪いのだそうですが、そうしないとタマが飛ばないので、解ってはいるけど仕方のない動作。

 やはり、休養、睡眠は大事。ごろ寝も疲れを取るのには一番かも知れません。TVでゴルフを観ながらごろごろするのも、いかにものんびり出来ていい物だと充分知ってはいるが、暇が無いので、ここ10年ほとんどやってない。
 出来る人が羨ましい限りです。
 





9月26日(月)
 
 「暑さ、寒さも彼岸まで」

 良く云ったもので、彼岸明けの前日(昨夜)は、急激に肌寒くなって来ました。
 今日の関東地方は、台風が去ったせいで秋晴れのいい天気。あちこちで観光園の栗拾いの光景が見られます。彼岸花も一際(ひときわ)赤い花を咲かせる季節。正式な名を曼珠沙華(まんじゅしゃげ)と云いますが、秋のお彼岸頃に咲くので通称の彼岸花と、季節感の有る名で呼んでいます。
関東の群生地は、埼玉県日高の「巾着田」が頓(とみ)に有名で、遠方からも訪れる人が多い。

参考リンク
巾着田管理事務所さんのHP
http://www.kinchakuda.com/

「高画質壁紙写真集無料壁紙」さん
http://k-kabegami.com/の中の
曼珠沙華がhttp://yaccyann.maxs.jp/asuka/、幻想的、芸術的な見事な画像を見せてくれます。






9月20日(火)
 
 「イチロー・大記録へあと10本」

 マリナーズのイチロー選手は19日、カナダ・トロントでのブルージェイズ戦で5打数2安打を打ち、大リーグ史上初の「新人からの5年連続年間200安打」まであと10本となった。残りは12試合。目が離せない試合が続きます。
前々日の18日には、足へデッドボールを投げられて、傷みが引かず足を引きずって歩いていたので、心配だったが、今日も2安打を打ったので少し安心。
今年は、昨年のような固め打ちが少なく、どこか具合でも悪いのかと思っていたら、シーズンに入る前、打撃の改造をしたとかしないとか。
昨年が良い状態と素人目にも思えるので、なぜ改造?と疑問が湧きますが、なにか考えが合ったのでしょう。
とにかく、あと12試合。なんとか怪我無く全試合出場し、大記録を達成してもらいたいものです。






9月9日(金)
 
 「絶食は免疫力を高める」

 美川憲一が十朱幸代(とあけゆきよ)のTV番組で、「月に2回は3日間の絶食をする」のだそうです。絶食中は自己特製のジュースだけを飲む。但し、絶食前にはビタミン類を補給して準備をすると云う。絶食中もステージに立ち、普通の生活をしているのだそうです。
 こうすると、気候の変化や病原菌に対する抵抗力が増し、免疫力が高まり、体が丈夫になると云う。また、内蔵の掃除効果から、肌荒れや皺を防ぎ、若さを保つ秘訣であるそうです。
 夜は、「寝る時はエアコンを付けない」。エアコンは肌には良くない(老化する)のだそうです。顔にパックをしてエアコンを止めて寝る。これが肌の健康を保つ為の条件と云います。

 私は、とてもマネ出来ません。熱帯夜はエアコンを付けて寝ています。顔にパックなどしたら、気持ち悪いし気になって寝られません。

 歌唱以外にも、顔やスタイルが売りのタレントさんは、若さ維持の為に、並み大抵ではない努力をしているようです(あまり詳しくは知らないが)。由美かおる(昭和25年生まれ)も、自己特製の野菜ジュースを飲んで美肌と健康の維持に努めていると、あるTV番組で紹介していました。デビュー(昭和40年代)の頃からスタイルや顔立ちがほとんど変わっていず、化粧は当然していても、美形は少しも衰えていない事には全く驚きます。日頃の努力が大切なのでしょう。






9月7日(水)
 
 「またまた、のんびり台風」

 時速15kmという、自転車並みかそれ以下の、のんびりゆっくり台風が、巨大な暴風範囲のまま上陸して、大雨を降らせ、各地に甚大被害をもたらした。
 台風の目からは、相当離れた首都圏でも、中野、杉並などは、豪雨のため水はけが間に合わず、床上浸水の被害が出てしまった。

 ずーとずーと極度の水不足で困り果てていた四国の早明浦(さめうら)ダムは、貯水量ゼロが、たったの1日で100%になるなど、降雨量は土砂降り状態。
この地だけは、待ちに待った恵みの雨となりました。






8月16日(火)
 
 「地震で大きな揺れ」

 昼少し前、地震。揺れが大きく、長く続き、外を見ると高速道路の照明灯がかなり大きく揺れていました。あんなに大きく揺れていると、金属疲労で折れやしないかと心配になるくらいの揺れです。直ぐTVを付けると岩手、宮城県沖が震源地との報道。震度6とのこと。あの辺は、以前にも大地震が起き、大被害が出た所で、不気味です。東京23区は震度3。

 こんな大きな揺れは、昨年10月の新潟・中越大震災以来です。
関東地方でも、ずーと前から、近々大地震がやってくると云われ続けていながら、関西や博多方面に北海道、そして昨年の10月は新潟と、関東を避けて通っている感じがして、更に不気味です。

 大坂で”阪神・淡路大震災”の被害にあったある人は、「TVが横に吹っ飛んでくるんですよ」と云っていました。以後、高い所には物を置かないとか、柱に縛り付けるとか、寝る部屋には倒れやすい高い物は置かない事とか、とにかく、「格好悪い」などとは云っていずに、危険回避の対策が必要とのことでした。






8月15日(月)
 
 「靖国神社は参拝者で長蛇の列」

 今日も暑い日。靖国神社には午後3時頃到着し参拝をしました。
この日は例年になく参拝者が多くて、拝殿に行き着くまで結構時間が掛かった。

 産経新聞の報道では、過去最高の20万5千人が参拝をされたとか。嬉しい事に、10代、20代の若者が男女とも非常に多く、目立った。物見遊山では無く、みんなまじめに正式に礼をして居りました。

 ボランティアの人たちが大勢、総理の公式参拝願いの署名を募っていたので、少しでも力になれば、と署名。
警備の人たちもこの暑い中、完全防備の服装でお疲れ様です。
白鳩の卵(饅頭)を買おうとしたら、どこも売り切れでガッカリ。
蝉が元気よく鳴いていました。






8月14日(日)
 
 「宮里藍ちゃん頑張りの2位」

 NEC軽井沢72ゴルフ大会が行われ、アメリカのポーラ・クリーマーが通算19アンダーで優勝した。宮里藍ちゃんは二位の16アンダーで、三位大山志保15アンダー。4位は不動裕理14アンダーと賞金女王の実力を見せた。

 過去、ここのコースレコードは14アンダーだったが、上位3人がレコード更新し、不動裕理がコース・タイと、レベルの高い大会でした。藍ちゃんは、最終日も3アンダーと延ばしたが、イーグルやバーディーチャンスに付けながらも逃した惜しいパットが5ホールくらいあって、忍耐をした後の2位でした。

 だが、優勝のポーラはパットも当然ながら、寄せのショットが見事。凄い集中力で、終盤の突然の雨にも乱れることなく、バーディーチャンスに付け、宮里を寄せ付けなかった。今19才ながら、米女子ツアーでは只今賞金第2位。アニカ・ソレンスタムを脅かす恐るべき存在となっているという。






8月7日
 
 「毎日が夏日」

 年々暑い日が多くなって来ています。夏日は10年前の2倍にまで多くなっているのだそうです。地球温暖化。日本は熱帯化しつつ有るのでしょうか。
 昨年の夏は、週末近くなると台風がやって来て、しこたま雨を降らせてくれました。その点、今年は、今のところひどい被害も少ないですが、いつ大型台風がやって来るかも知れず、油断は禁物です。






8月2日

「戦艦大和 その2


 月刊誌のマンスリーWILL(ワック・マガジンズ社・680円)今9月号に、「戦艦大和最後の乗組員・八杉康夫の遺言」と題した興味ある一文が載っていました。(遺言とはなっていますが、今現在、ちゃんと御生存されている方です。)

 八杉さんの大和乗艦での実戦体験記です。八杉さんは福山藩士の武士の末裔として生まれ、15才で海軍に入隊。いろいろな訓練を積み、それぞれに優秀な成績を収めたので、17才で大和の測距儀連絡係(目標との距離を砲手に伝達をする係)として艦橋最上部の勤めに大抜擢されたと云います。大和はレーダーも搭載していましたが、信頼性はまだ不十分だったそうです。
 天一号作戦(沖縄特攻)は、私には何の為の作戦だったのか、無意味な作戦であるとの思いが有りましたが、八杉さんの文で謎が少し解けたつもりです。当時の大和乗り組み員でなくては知り得ない話しが載っておりました。

 以前から出版されている本で、有名な、吉田満著の「戦艦大和の最期」には、様々な嘘が記載されていることが、八木さんの記述からも明らかにされました。
 
@  総員退鑑で海に飛び込んだ乗組員達は、大和が沈んだ数時間後、味方の駆逐艦が繰り出す救命ボートに助けられるが、”ボートにしがみつく兵隊の手を軍刀で切り落とした”と云う記述は嘘です、との事でした。その事実は全く無いのでした。ボートの縁は水面から高い位置に有り、とても手などは届かない構造なんだそうです。また、救命に向かい、一人でも多くの兵を助ける目的なので、軍刀などは持ち込む訳が無い、そうです。作り話だった事を、吉田満氏本人に会った際、直接確認したといいます。他の生き残りの乗組員の人も、繰り返し訂正するように求めたそうです。
が、吉田氏はとうとう直さなかった。
この人は、日本銀行・網走支店長も務めたんだとか。


  実に罪作りな話ではありませんか。こういうデタラメな作り話がいろんな処で一人歩きして、日本と日本人の顔に泥を塗り、心を傷つけているケースが多いと思います。

A  天一号作戦では、大和は来襲する敵機に対して、46センチの巨大主砲から、三式弾を発射したことになっていました。そして、これに当たった敵の飛行機が数機、きりもみしながら落ちてゆく、等という事になっていましたが、それも嘘でした。この作戦中は、残念ながら大和の主砲を一発も撃てなかったのだそうです。そのことが残念で皆が非常に悔しがったといいます。
映画にもこの発射の場面がありました。

実際の戦闘では、雲が低く立ちこめて、水平線も見えない程の視界不良だった為、飛来する敵機が見えず、当然三式弾も撃てなかったのだそうです。雲の下に、敵機が舞い降りて来るのを発見したと思う間もなく、わずか数秒で攻撃・離脱され、対空砲火の反撃がほとんど出来なかったのだそうです。
 
(三式弾・・・1発1.5トンの主砲弾の中には一万発の機銃弾が入っていて、発射後、散弾となり太い筒状になって飛んでいく弾・日本海軍が開発したもの。主砲には、三式弾など、3種類の弾が用意されていたと云う。)

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 大和の最期の戦いは、我が軍に全く不利な天候の下で行われた状況が載っています。
八杉さんも「総員退艦」で海に飛び込んでその後負傷され溺れそうになり、”助けてくれ”と叫んだら、近くにいた川崎勝己と云う名の対空高射砲長が、自分のつかまっていた丸太棒を八杉さんに「おまえは若いのだから頑張って生きろ」と、押し流してくれたのだそうです。この川崎高射砲長は、対空砲火が十分な効果を上げず、結果として大和に大被害が及んだ責任を取り、大和が沈む際の渦に巻き込まれるように、わざと大和の方に泳いで行き、共に沈んで自決したのだそうです。

 敵機の攻撃が終わり、味方の駆逐艦が助けに来るまで4時間半。負傷をした体では丸太が無かったら生死が判らなかったと、八杉さんは、60年経った今でも恩は忘れないと云います。

 戦後、会社員として勤務の後独立し、事業にも成功されました。
八杉さんは、数少ない大和の生存者でしたが、皆高齢になり、更に数少ない生存者の一人となっています。
この他、興味の尽きない文が数多くあります。
関心の有る方はどうぞ。






7月29日
 
「太陽系に第十惑星」

”冥王星より大きく遠い天体を発見した”と米航空宇宙局(NASA)が発表したことを報道していた。大きさは、冥王星の1.5倍位、太陽からの距離は、太陽と冥王星までの距離の約2倍と云う。詳細はこれから半年かけて分析をするのだそうで、新惑星は75年振りの発見になるという。多分、岩と氷の恐ろしく寒い地表なのでしょう。
 産経新聞では、もっと詳しく惑星のデーターと太陽系の実態図を載せて、ガリレオ以後の新惑星の発見を年代を追って詳しく伝えている。
 但し、「第十惑星」と認定されるかどうかは、まだ未確定で、認定に慎重な天文学者もいると云う。

 昔、中学生の時に、学校の図書館に”宇宙科学小説”が15冊ほどあって、面白くてほとんど全部読んだものです。その中に、第十惑星の小説がありました。地球と同じ軌道上に太陽を挟んで丁度反対の位置、180度の位置にあると云う設定で、そこに人間が宇宙ロケットに乗って探検に行くと、その惑星では地球と同じ生物がいて、しかし、地球と全く正反対の動きをしているのだと云う。なんとも奇想天外な話でしたが、宇宙の探索などまだまだ未知の時代。月の裏側の写真を米国の月探査衛星が初めて撮ったのが新聞第1面一杯に載り、大ニュースになった頃の事で、どんな話でも興味が湧いた時代でした。







7月28日

「戦艦大和の最期」

 7月27日・水曜夜のNHK、「その時歴史が動いた」(東京地方・1チャンネル・毎週水曜夜9:15〜)で戦艦大和の最期の模様を放送していましたが、一部に間違った内容がありました。”大和は片道の燃料を詰んで、海上特攻に行った”と云う解説がありましたが、それは嘘の筈です。
終戦後からずっと同様のことが云われてきていましたが、十数年前に、月刊「文藝春秋」誌上で、昭和20(1945)年4月当時、海軍の燃料担当者が、大和出撃に際しては、”燃料をかき集め、ほぼ満タンク状態にして出撃させたのです”と、長文の詳しい説明をされていました。”いかに、特攻とは云え、武士の情け、片道燃料しか積まさずに、出撃させることなどは出来ない。”とも書いてあったと記憶しています。

 これらの誤りは、戦争に関して最近出版されたかなりの数の本にも、映画やドラマにも、誤ったまま記載されているので、困った事です。






7月26日
 
 「杉浦日向子さん逝く」

 元漫画家で、長くNHKの「お江戸でござる」でおなじみだった、杉浦日向子さんがお亡くなりになったそうで、びっくりしました。江戸の風物史を、特に飾り立てる事もなく、愛情を持ってとつとつと語る語り口に、多くのファンが居り、語りを楽しみに見ることの方が主だったと云う人もたくさん居た事でしょう。またその内に、何かの番組に復帰して、楽しく語らってくれるものと期待をしていましたが、全く残念なことです。
 ご冥福をお祈り致します。






6月28日
 
 「サイパン島のサトウキビ畑」

  戦前のサイパン島には、日本人のサトウキビの研究家・実業家である佐藤さんという方が、広くサトウキビ畑を開墾し、大きな工場を造り、砂糖の大量生産に成功され、日本本土ばかりでなく、アジア各地に輸出されて、お陰で島はたいへん潤っていたのだそうです。現地の先住民だけでは働き手が足りず、沖縄の人たちがサトウキビの扱いに慣れているので、たくさん働いていたそうです。日本人が52,000人も住んでいたと云います。現在建っているホテル日航の近くには、当時は水田も広く作られて、米作りもしていました。その他、トウモロコシなどの野菜作りも盛んだったそうです。佐藤さんが亡くなった後、石造りの高い台座の上に大きな銅像が建てられました。

 昭和19(1944)年6月、我が軍がほぼ壊滅した後、進駐したアメリカ軍が、この銅像を戦車で引き倒そうとした処、現地の先住民から、「島の恩人だから倒さないで欲しい」と懇願されて諦めたそうです。そのまま今日まで無事建っています。
 直ぐ近くには香取神宮が置かれ、いまも島を訪れる日本人観光客が参拝をしています。

 日本人が栽培をしていた大規模なサトウキビ畑と水田は、アメリカ軍の爆撃と艦砲射撃(弾の数は我が軍の1000倍と云われる)によって壊滅し、水田もサトウキビ畑も、今は、もはや跡形も無くジャングルになっています。

 戦前は5万人以上の日本人が住んでいた島でしたが、今、一番多いのは、中国人、二位が韓国人、三位がフィリピン人で、日本人はたったの700人だとか。






6月28日
 
 「天皇・皇后両陛下 サイパン島へ」

 天皇・皇后両陛下は、サイパン島へ慰霊にお出掛けになりました。
サイパン島は蒸し暑い島。日本の蒸し暑さもかなりなものですが、サイパン島はもっと凄い。海にでも入ってないと、もう暑くて暑くて萎れそうになります。
そこに、正装をされてお参りをなされたお姿には、全く感動しました。
 日本政府が建立した慰霊碑に、両陛下は献花をされておりましたが、その右上の岩窟には、司令部跡があり、真珠湾攻撃〜ミッドウエー海戦等でいつも悪く云われている南雲中将等の自決された場所でもあります。背後の山には、今だにたくさんの遺骨が眠っていると云われています。TV報道では見掛けませんでしたが、海の崖っぷちには、たくさんの数の慰霊塔が建っておりました。







4月7日
 
 「花粉」

 今年は、杉花粉の量が過去最高とかで、車の屋根にも黄色い粉が満遍なく降り積もっていました。こんな状況は初めて目にする光景です。水を掛けたくらいではなかなか落ちないものです。
 今年から、花粉症に仲間入りした人は結構多いのだそうです。
 
 山が常緑樹の杉だらけで、落葉樹が少ないのは、生態系にも重大な影響が有るのだそうです。山に保水力が無くなり、雨が降ると泥水となって谷の水を濁してしまうため、清流を好む魚がダメージを受けるのだそうです。
 数年前、メダカを育てているある人から、そんな話を聞きました。
何処にでも山程いたはずのメダカも、いまや絶滅寸前なんだとか。にわかには信じられない事です。

◆メダカの参考サイト
・「日本野生メダカ保存協会」さん
・「メダカのページ」さん
・「網を手に野へ出よう」さんのメダカのページ→こちら

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「ミヤコタナゴ」

 メダカだけでなく、関東にしか生息しないミヤコタナゴも絶滅の危機に有り、以前、「みんなで育てて数を増やし、川に放しましょう」という呼びかけを、ネットか何かで見たような記憶が有りましたが、その後どんな成果が上がったのか興味深いところです。
 我が家でも、熱帯魚と金魚を飼っており、ミヤコタナゴを飼育してみようかなと思い、増やし方などを調べた事が有りますが、なかなか難しいようです。
 関東では、もう大陸バラタナゴばかりになってしまって、埼玉県の浦和や上尾などの沼や小川などで、ウケなどを使って簡単に捕れるが、全部が全部バラタナゴ。
 12年程前、栃木県の山奥のゴルフ場に泊まりがけで良く通いましたが、そのホテルの近くの小川にミヤコタナゴがいるよと、ホテルの人が言っていました。既に暗かったので、現場には行けず仕舞いでした。

◆ミヤコタナゴの参考サイト。

・「神奈川県水産技術センター内水面試験場」さん
 ↑のミヤコタナゴのページ→こちら
・「農林水産省」のミヤコタナゴのページ→こちら
・「水産雑学コラム」さんのミヤコタナゴのページ→こちら






4月6日
 
  3日の日曜日は、まだ桜も一分咲きかと思っていたら、あっという間に満開のニュース。
 今日も暑いくらいの一日で、30.2度もあったそうで、一気に衣替えとなりそう。だが、油断すると夜は寒いので、要注意です。






4月2日
 
  今年は春先も寒い日が続いて、桜の開花が近年になく遅いようですが、ようやく各地で開花の便りが聞かれるようになって来ました。高島平では、ほとんどの木がまだつぼみのままで、昨年より1週間程遅れています。今日夕方の週間天気予報では、来週はかなり温度も上がるようで、関東では、来週末が満開となりそうです。
 桜見物は、以前は千鳥ヶ淵へ出掛けていましたが、最近は上野公園、靖国神社などに行っています。上野公園は、人出は多いが流れが良く、桜の枝振りも横に長く低くせり出して、見事な物です。浅草の観音様も大勢の人出と屋台が出て賑わう所。すぐ近くの墨田川の堤も桜の名所となっていて、屋形船、遊覧船など、水上から眺める人も多いです。
 花より団子。
 楽しみの花宴の場所取りも、忍耐の要る仕事です。
 






平成17年1月1日

 
 謹賀新年
 明けましておめでとうございます。
 昨年は、当店のHPに大勢の方がご訪問下さり、ありがとうございました。今年も、日本刀の保存と継承を計るために、出来るだけ良い状態の刀を、お手頃価格でご提供していきたいと考えております。
 本年も、どうぞよろしくお願い致します。






12月30日
 
  少し前から紀宮様のご婚約が話題に上っていましたが、きょうは、正式なご発表となりました。






12月30日
 
 東京地方は、12月には珍しくかなりの雪が降り、交通は大混雑となりました。首都高速をはじめ、東名、関越自動車道、湾岸高速など、軒並み通行止めとなり、そのせいで一般道も大混雑しました。師走の晦日は、お正月用品の買い出しなどで忙しい日。デパートやスーパーなどは、かき入れ時なのにちょっと出足をくじかれたようです。
 しかしながら、やはり冬は寒い方が良い。冬用品が売れて、店の売り上げが上がり、社員の給料が増え、お金の廻りが良くなるので、夏は暑く、冬は寒いのが経済効果に良い結果をもたらします。
 スキー場もつい先頃までは雪が無く、人工降雪機でなんとかゲレンデを繕っていましたが、たっぷりと降り積もったようで、一安心した事でしょう。






12月19日(水)
 
  東京地方は、きょうも良い天気だが、風がさすがに冷たくなってやっと冬らしくなりつつ有ります。
 あと10日足らずでお正月とは、あまり実感が湧いて来ないのです。こういう傾向は、年を経る毎に強くなりつつあります。日々仕事に追われていると、感覚が薄れるのかも知れません。(年の為もあるのでしょう)。
 餅つきなどとは、最近は地方でも少ないのでは無いのでしょうか。かなり前は、杵で突いた餅を、田舎からもらいましたが、杵で突くのもしんどいと、電気餅突き器で作った餅を、切り餅にして送って来てくれたものです。最近は、店で買った餅を食べるような時代になってしまいました。
 杵で突いた餅は半突きのところもあって、そこが味わいが有る物でした。丁度、焦げた握り飯に旨みがあるのと同じです。
 店買いのは、完璧に突き上げてあるので、きめ細かく、保存も効き、冬だけでなくいつでも食べられて、ほんとに便利なものです。






9月22日(水)
 
 イチローが今日は5打数5安打。久し振りに固め打ちをしてくれました。しばらく一試合1安打の状態が続いたので、プレッシャーがキツイのだろうと、心配をしていましたが、今日は一安心。
 田口も100試合出場を達成し、チームからも信頼され、重要な一員になって来ているのが手に取るように判ります。昨日も2安打。来期に繋がるように活躍して欲しいものです。






9月21日(火)
 
 大阪の展示会が終わり、今日は朝9時に大阪のホテルを出発。名古屋まではいい天気でしたが、浜名湖辺りから雲が多くなり、富士山周辺では大雨。泰野・中井あたりを過ぎると雨も止んで曇りとなり、全く忙しい天候です。
 東京の用賀から首都高に入ったとたん大渋滞。全くひどいものです。環状線はこの40年間、東京オリンピック以来変わることなく1本しか無いので、このどこかで事故や工事や故障車などで道を塞ぐと、すぐに大渋滞となります。






9月2日
 
 台風がしきりにやって来て困った、と思う間もなく、今度は昨夜8時頃に浅間山が噴火を始めた。福島の方まで火山灰が降ったそうです。

 上州は赤城山、榛名山、妙義山、谷川岳など有名な山が数多いが、浅間山は別格の存在。遠くからでも一段と高くそびえ、いつも噴煙をたなびかせ、威圧を感じさせる。秋から春に掛けて空気の澄んだ晴れの日には、100kmも離れた処からでも遠望出来、白雪を冠った様は尊厳さえ感じるものです。


http://www.asamayama.net/
http://sjwatabe.hp.infoseek.co.jp/Asamayama.htm







9月1日
 
 イチローが今期三度目の月間50本安打を達成し、8月最終日には3本のヒットで56本までのばしたのは、凄いの一語。次ぎの目標の年間記録にはマイペースで目指してもらいたいものです。






8月29日
 
 週末近くになると台風がやって来て、大雨・大風で散々な被害を各地に巻き起こす。今週も同じ。自然の猛威とはいえ、困ったことです。四国や紀伊半島は今年は当たりっぱなしで、うんざりした事でしょう。気の毒なのは収穫前の農産物。秋田では米が塩害でモミがしおれ、青森などでは梨やリンゴがあと何日かで収穫という直前に、嵐でばたばたと落下して売り物にならなくなり大損害とか。
 全く今年は異常続きの夏でした。






8月23日
 
 女子マラソンの野口みずきさん。やりましたですねー。すごい事です。コースがオリンピック歴史上最難関コースという前評判で、実は、高橋尚子さんが選考もれしてから、優勝は外国選手であろうとあきらめていたものです。それがどうしてどうして、一着でゴールイン。すごいです。ゴールの競技場に入って来た時も、2番手のヌデレバ選手に抜かれてしまうのではないか、とハラハラしていました。昔、東京オリンピックで、円谷選手が、競技場までは2着だったのに、ゴール直前で抜かれて3着になってしまったのを、残念でずっと覚えていましたので、その悪夢が無ければと祈ったものです。アナウンサーと解説者(ハイビジョン放映の)が、野口選手が競技場に入って間もなく、観客に手を振ったのを、「まだ早い!まだ早い!」と絶叫していましたが、全く同じ気持ちでした。
 なにはともあれ、良かった、めでたしの大感動のマラソンでした。寝不足も感動シーンが打ち消してくれる。

しかし、やっぱり高橋尚子さんにも走ってもらいたかった・・・。






8月15日
 
 終戦記念日は珍しく雨となりました。いつものように靖国神社にお参りです。拝殿前で、足の爪を青く塗った(マニュキア)娘さんが、母親に促されて合掌をされていました。多分おじいさんの英霊に冥福を祈ったのでしょう。
 ご先祖様を大事に祀る家は栄えると云います。事業で成功をした人は、大きな御仏壇を備え毎日の供養を欠かさないと云われます。
 遊就館の本売り場は入れ替わりがあって、残念な事に刀剣の本が少なくなりました。本物展示の零戦は相変わらずの人気です。
 
 お土産に「海軍さんのカレー」と卵形まんじゅう(正式名前を忘れました)を初めて買いました。何処でもレトルトカレーが売っていますが、このカレーは幾分値段が高めでしたが、カレーの粉が多めで味が濃く(塩辛いのでは無く)、この種類の中では筆頭と呼べる味。卵形まんじゅうも甘みを抑えた栗まんじゅうのようで、実に旨かったです。皆さんも靖国神社を参拝された折には、是非お試し下さい。







8月12日
 
 ヤマト便の集荷の人が今日は遅くやって来ました。お盆前なので、集配が多いのだそうです。
 車に乗ったり降りたりで、クーラーをあまり効かすと体調を崩し、水も2リットル以上は飲まないと脱水症状になるし、と、ご苦労様です。
 何事も仕事は大変。






8月11日
 
 8月7日の土曜日は、夜7時から、板橋区と戸田市での合同の花火大会が、荒川河川敷で行われ、遠方からも多数の観客が集まりました。この花火大会は時々雨に泣かされることが有り、今年も直前に大雨があって開催を心配しましたが、何とか開催されました。打ち上げ当日はもちろんですが、直前の雨は全く花火師泣かせで、昼はカンカン照りの猛暑だっただけに恨めしい事でしょう。
 隅田川でも行われたようで、こちらは毎年地方の大都市並みの凄い数の人が集まります。






8月10日
 
 今回のアジアサッカーでは、選手たちの粘りと根性と技術の向上には、凄い力を感じました。毎回、ビールに焼酎とつまみをしっかり用意してTV観戦です。ヨルダン戦などは、全く奇跡が起きたと思いました。神様・仏様・川口様とTVに向かって仰いだものです。決勝戦なども、現地人の理不尽な妬みと人種差別には少しも負けず、立派な戦い振りには、こんなに日本選手が強くなっていたのかと、頼もしく且つ驚きました。

 しかし、日本と日本人に対する人種差別にも、日本政府は”冷静に対処して”や、日本サッカー協会もFIFAには訴えずとの事。いつもの「何事も先送り」という、国際常識では最も悪い対応をしているとしか思えません。 8月9日夜9時の朝日TV「テレビタックル」(東京は10ch)では、「日本にだけはありとあらゆる文句を付けよ、なぜならたいして反撃せずにおとなしいから。(他国は反撃をする。)」、というのが近隣諸国の常套手段となっていると、出演者のほとんどが話していました。他国なら、即、ODA中止及び引き上げ、企業も引き上げ、政府間の国交を中断をするとも。

 こうした、話せば解る式態度は戦前も有ったようですが(例えば昭和2年の南京暴動事件=下記*注参照)、戦後7年間に亘り、GHQに因り新聞・雑誌・ラジオ等の報道のすべてが検閲を受け、「戦争はすべて日本が悪いとのみ毎日報道され、欧米ソ中に都合の悪い事実は抹殺され、日本人はつんぼ桟敷に置かれたまま、一方的な報道を聞かされ続けた(実は現在も一部行われている)」、以来、黙っていればその内に解決すると政府機関も考えているフシが伺えます。このような態度は、尖閣諸島、竹島、北方領土等や歴史上の事件等、反論しない事により日本の側は更に不利になり、ますます悪い状態になっているとしか思えません。今や日本及び日本人はいわれのない逆差別を受けていると云っても過言では無いでしょう。
 いじめられっ子は何も反論・反撃しないから、いつまでもいじめられるのです。
 しかし、なぜ反論しないのでしょうか。

 平成13年の春頃、朝日TV「サンデープロジェクト」(毎週日曜日、田原総一郎司会)で、石原慎太郎東京都知事が田原氏との対談の中で、「親しい欧米の新聞記者から聞いた處に依ると、北京に行き1億円もらっている日本の国会議員がいる。」と話していました。この発言に田原氏はつっこみ追求をしませんでした。という事は、田原氏も知っているという事になります。小林よしのり氏も「ゴーマニズム宣言」の中で同様の事を書いていました。また、北朝鮮から亡命して来た元政府上層部の人々も国は違えども同様の件を話している場面がよく報道されています。
 国民の知らない處で、怖い方向へ日本が持って行かれてしまうのではないかと全く心配になります。


*注 (例えば昭和2年の南京暴動事件=南京駐在の日本の他、欧米各国の住民や公使館が現地人の暴徒大集団に襲われた時、欧米各国は軍隊を出動し防衛をしたが、日本は話せば解るという方針を取り軍隊の出動を見送った。結果、日本人と日本公使官員が襲われ多数が重軽傷を負い、女達は輪姦され、公使館も破壊された事件。英米仏独伊西・他の国々は海兵隊などの軍隊を出動させ、自国民を保護したので被害はほとんど無かった。)







8月6日
 
 隣地が相続税の為に物納となるそうで、朝から杭打ちやら片付けなど工事を始めた。
 裏の敷地は昨年売却され、もう建て売り住宅が建ち、入居している。外観は今流行のタイル風の化粧板を張って、豪華に見える造り。近所で最近建った家には、相当に凝った造りの家があり、外壁に電飾までしてある。クリスマスの頃には豆電球が点滅して、レストラン等の商業施設と間違えそう。
 聞いたところによると、最近の都会の家やマンションには、畳の部屋が無い造りが多いそうで、畳派の自分としては残念な事です。






8月吉日


暑中お見舞い申し上げます







8月2日 続き
 
 池田屋跡(現パチンコ店)も以前の通常の観光案内や地図には載って無い事が多く、人々の関心から離れたところに置かれていたと思います。この池田屋から徒歩で5分くらいの河原町通り沿いに、龍馬が斬られた近江屋があり、そこも石碑だけで現在は旅行会社の営業所となっています。新京極のすぐ側で、四条通りにも近く、いつも人があふれている處ながら、足を止めて見る人を見掛けた事が有りません。池田屋のすぐ近くに森鴎外の「高瀬舟」で有名な高瀬川が流れており、佐久間象山が暗殺された場所も1〜2分の處。
 新京極を市役所の方に歩いていくと、右手に本能寺があります。ここも、意外性の遺跡で、門の前で立っていると、本能寺を発見して驚く人々が多く、驚く様を見ていると、失礼ながら面白くて飽きない。
 歴史上有名な事件の場所で有りながら、忘れ去られた所はそれこそ日本国中あちこちに有るのでしょうが、明智光秀が小栗の山里で土民に襲われ落命した所に、光秀の胴体を埋めた小さな墓があり、これもどの本、地図にも案内が無く、見つけるのに一苦労しました。近くには醍醐寺・勧修寺・随心院(小野小町が居た處)などがあり、大石内蔵助が江戸下向前に隠れ住んだ家跡にも近い。


  
池田屋跡 左      高瀬川 右





8月2日
 
 新撰組も、さまざまな本等で詳しく解説されて、普段は京都の隠れた遺跡も、今は名所となって、訪ね歩く人たちで何処もいっぱい。八木邸も、初代屯所でもあり、芹沢鴨が暗殺された座敷も当時のまま残されており、係の人が交代で説明してくれる。この日(8/2)も二間続きの座敷は人であふれていた。説明の後は、抹茶と屯所まんじゅうを戴く。まんじゅうは柔らかく、程良い甘さで抹茶にもぴったり。
 私も13年ほど前から3回目の訪問となる。以前は静かな處で、訪れる人もぽつぽつといたが、今ではぞろぞろと賑やかだ。八木さんの経営するお菓子屋も結構な売れ行き。
 本によって芹沢の暗殺の状況が違っている。以前に読んだ本には、寝ているところを布団の上からお梅共々、刀で刺されたとなっていた。実際は脇差しを持ちながら隣の部屋(八木さんの奥さんと子供二人が寝ていた)まで這って逃げるところを、トドメを刺され絶命したのだそうです。
 坂本龍馬の墓のある東山界隈なども、地図をもってリュックを背負った若者が結構多い。

   
壬生寺 左   八木邸前 中 右は門





8月1日
 
 「京都珍品展」も無事終了。二日目からはのんびり台風の影響で、雨こそ降らなかったものの風が強く、黒い雲が吹き飛ばされるように飛んで行く天候でした。が、最終日はかなりの人出で大賑わい。
 名前の割には、きちんとした時代骨董を扱う店が大半で、会場の広さや店舗数も、見て回るには丁度よい数。


 





7月21日
 

 「大阪心斎橋刀剣まつり」も無事終了しました。この暑い中を沢山の愛刀家の方々にお出で頂き本当に有り難うございました。
 東京では丸の内界隈で、40.2度等という体温より高い猛烈な暑さで、数年前には考えられない程の高温が各地で記録されています。
 
 NHKの「ためしてがってん」が熱中症対策を放送していましたが、こまめに水やスポーツドリンクを飲むのがコツだそうです。ビール等のアルコールや、コーヒー等は利尿作用があって体中の水分を排出させるので逆効果なんだそうです。
 仕事の後に生ビールをごくごくと飲みたくなるのは、一番の息抜きだからオイソレと止められないけれど、こんな時は間に水を飲むと良いのだそうです。
 甘いのを沢山飲んだり食べたりも、体からビタミンB1を欠乏させ、気だるくする作用をするのだそうで、ジュース等は控えめが無難とか。
 体の熱を冷ますのも、冷たい水のほうが腸へ早く水が行き、体温を下げる働きをするのだそうです。高齢の人や腸の弱い人はお茶やぬるま湯を飲むと、腸への負担が軽いのだそうです。

          http://www.nhk.or.jp/gatten/


 






5月30日
 

 東京都・調布市の深大寺に久し振りに行ってきました。神代植物公園ではバラが満開を過ぎたところでした。
 周辺の小川では水車が回り、土産の店がずらり。
 ここは手打ち蕎麦が有名です。大きな駐車場の有る蕎麦専門の店で天ぷら蕎麦を食べました。これが実に旨くて後に残ります。この店の蕎麦は細切りでしたがコシがある。天ぷらは旨味のある香ばしさ。TVで紹介していた店とは違いますが、他にも沢山店が有るので、食べ比べも良いでしょう。
 刀を一振り買ったら、奥さんのご機嫌取りに、日帰り温泉と会席料理のセットプランを売りにしている店にでも出掛けて、ご家族でのんびりするのも良いかも知れません。

 
 
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5月22日
 

 近在の、バス3台分の人たちと知床へ1泊2日の旅へ行って来ました。藻琴の芝桜は丁度満開で、見事でした。
 釧路や知床は桜がまだ見られ、斜里岳には雪がたっぷりと残っています。広い広い畑に種を蒔く農家の人達が遠くの方にひとりふたりぽつんと見掛けられて、本州や他州と全く違うだだっ広さには、いつもの事ながら雄大さを感じます。
 摩周湖もこれが三回目ながら、三回とも良く見えました。おみやげ店が大改装されて、7年前よりもかなり広くなっていました。

 
 
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3月28日
 

 今年も桜は早めの開花となり、各地の桜の名所は花見の人で混雑しているようです。今年は上野の不忍池で観桜。弁天様もお参りの人で順番待ち。

 
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平成16年1月1日
 

    新年あけましておめでとうございます

     本年もお手頃価格の刀をご紹介出来ますように
            天の神様にお祈り致します

        皆様のご多幸をお祈りいたします



 





10月30日

 雅楽の帰り、大手門を出た所に「平将門」の首塚があり、今回もまたお参りをしました。将門は平安時代の天慶の乱(西暦940年)で朝敵となり、栃木県の鹿沼・佐野地方の豪族である藤原秀郷(日光戦場ヶ原の大ムカデ退治伝説で有名)と常陸の平貞盛に滅ぼされた豪傑で、有名な怨霊とたたり伝説を持ち、この地に有るのも怨霊によって京の都から飛んで来たという云われが有ります。今の墓石は鎌倉時代の頃にはあったとか云われているようです。以外と知らない人が多いようで、実は私も10年ほど前、偶然この前を通ったときに見つけたものでした。最近は、東京都の名所案内にも載るようになって、訪れる人も増えたようです。将門は神田明神様の祭神のひとりでも有ります。この地を神田の有志の人たちが掃除を欠かさずに奉仕活動をしていて、いつも綺麗にされています。パレスホテルから信号1つの所ですので、お近くに来られた際は訪れて見るのも良いでしょう。数多くの幟旗(のぼりばた)が立っていますので判かり易いでしょう。

 また、この地は江戸初期〜中期の寛文新刀の時代に、原田甲斐の伊達騒動で裁きをした幕府大老酒井忠清の屋敷でもあったそうです。伊達騒動では甲斐をはじめ、たくさんの武士がこの屋敷内で斬られたそうです。これも将門の怨霊だという人もいるようです。
 
 お堀に沿ってこの隣は一橋家の屋敷跡となっています。その先のお堀端には江戸城の最初の築城者・太田道灌の銅像が建っています。


 
 
皇居(江戸城)大手門





10月28日

 雅楽は5年程前、都内の劇場でやっとやっと切符を手に入れて一度見た事が有りましたが、今回もめでたく鑑賞出来る事になり、喜んで見て来ました。秋晴れの清々しい日で、結構早くいったつもりでしたが、着いた時はもう満員状態。演目は幾つか有り、途中休憩があって別の演目へと続きます。演ずるのは雅楽器奏者も含めすべて男が演じていました。これは歌舞伎と同じ。演者は演目に依り太刀を佩きます。古代王朝時代そのままに演じ、千数百年の舞を変わる事無く今に伝えているという事は、実に全く抵抗無く感動してしまいます。しかも唐の時代より以前に伝来した演目も有るのだそうで、現代の中国にはもはや途絶えて無いのだそうです。日本の朝廷やその縁の人々が千幾百年以上もの間、延々と優雅で古風な舞いを伝えてきた御陰です。

 この日は紀宮様もご観覧にお出でになり、和やかにご鑑賞されて居りました。

 
 





8月28日
 

 今年の夏はらしさを幾らも感じない中に終わりそうで、なんだかもの足りませんでした。皆さんは海・山・行楽に行かれましたか。セミの声もついこの間やっと聴けたと思う間もなく、もう9月が訪れようとしています。9月11日は、はや「十五夜」。ススキの穂も白く垂れ込めて、風情は有りますが、もっとゆっくりと月日が流れてもらえたらと、つい考える時も有ります。
 ウインドサーフィンが流行り出した頃、早朝から江ノ島のサーフィン教室に通ったものですが、その後すっかり海水浴とは縁が無くなって、山のある地方にばかり旅行に行ってました。


 



8月27日
 

 火星が6万年ぶりの大接近とかで、望遠鏡や火星儀などが売れているのだそうです。この間、B電化品店にいったところ、天体望遠鏡が大量に並べてあったのにはびっくりしました。今の望遠鏡は私の子供の頃に比べると、月とスッポン程の差があります。昔は寒い冬空に外で星を見ることは、忍耐と根気そのもので、すべて手動の望遠鏡では、常に星を追いかける手間が掛かりました。それが今ではパソコンにつないで自動追尾の赤道儀は当たり前。30〜100もの星座や星を記憶して、一発で映し出してくれるという。寒い冬も何のその。暖かい部屋にいて、天体を眺める事が出来るのですから、全く夢のようです。時代は凄い進歩を遂げているものですね。
 東京はあいにく雲り空。しばらくは明るく見えるのだそうで、晴れた夜には空を見上げてみたいものです。



 





5月6日


 京都の即売会は近くの武徳殿で居合道大会があり、そのため出場者の方も多数こられますが、その他、観光でこられる人も見学に訪れます。初めて刀を間近で見た、さわったとか、普段触れない分だけ強烈な印象を持たれるようです。また、鐔や縁頭などの小道具の精密な彫刻に驚きの声を聞きます。私の師匠も良く云っていたものです、「江戸の三流は今の人間国宝」と。
 
 今の人が技術的に劣っているとはとても思えないが、需要が江戸期よりは圧倒的に少なく、生活や事業として成り立ちにくい社会へと変貌したことがこの道の人材の枯れを招いたことは、誰の目にも判る事です。何より一番はこうした技術を守り育てたスポンサーが居なくなった事が大きいと思います。江戸期は大名がお抱えとして全てを保証する形で庇護し、何の不安も無く工作に専念出来、名品を沢山作り出しました。豪商も注文をじゃんじゃん出したものです。当時なら大名か高級武士、もしくは豪商でなければ所持出来なかった超名品が、今日僅かの代金で誰でも入手できる様になりました。
 今でもそれほど有名でない江戸期の彫金師のハッとするような見事な彫刻作品を見るときがあります。絵画はほぼ無銘の(余り知られてない名前の意味)現代作でも結構高いですが、それに比べると、刀剣小道具は安いと感じざるを得ません。
 
 現代の彫刻師でも超精密・精緻な作品を作り出している人が居ます。こうした高度の技術を持った人が、これからも永く活躍出来て行かれる社会であることを祈ります。



 




3月30日


 東京も桜が開花しました。靖国神社の桜が開花宣言の基準となるそうです。上野もいいが、「江戸開府四00年」記念の甲冑展も開かれているので、靖国神社の桜を見物して来ました。4〜5分咲でした。境内は広いので近くの千鳥が淵ほど混雑は無く、屋台もたくさん出ていてイス・テーブルも有りのんびり出来ました。ここのタコ焼きはどでかいタコが生地からはみ出ていて食べるのに一苦労しました。境内の中に駐車場もありタイミング良ければ止められます(有料)。4月3〜6日頃が見頃となりそうです。神社近くの靖国通りは、レッカー移動されることも有るのでご注意下さい。少し歩けば有料駐車場も有ります。


         

 会場の「遊就館」の一階には零戦の他、C53機関車 大砲なども展示してあり、売店も有ります。桜饅頭が売れ筋のようです。刀の本もそこそこ揃えてありますので、お探しの本が見つかるかも知れません。「宮本武蔵」コーナーも有り関係の本がかなり置いて有りました。武術系も歴史系も是非読んでみたいと思われる本が揃えて有ります。

         
 
 
 零戦52型の奥に売店があります。老若男女・外人まで、かなりの人出で混雑していました。売店の奥が「甲冑展」の会場です。





3月28日(金)

  今朝は朝一番で上野の東京都美術館の「ベルサイユ展」を観てきました。25年程前、現地を観光していたので、今回はそれほどの感慨は有りませんでした。展示も期待が大きかった分すこし寂しい感じは否めません。

 知り合いの中小の工業部品生産会社(約20社程知り合いがある)は、この頃益々忙しくて土曜も日曜も無く毎日残業で悲鳴をあげているようです。ただ先々、この忙しさがどの位永く続くのか、全く判らないと口々に言います。

 日本の工業が衰退しそうなのは海外に仕事を持っていってしまうからで、まずはそこから改善しなければ、いつになっても景気の好転などあり得ない
と八百屋のおじさん(私もおじさんですが)も言っている全く同感です。日本の工業製品は良い。良い物は高い(刀も同じ)。何でもメチャ安にする必要は無く、程々の値段なら納得するべきで、そうでないと研究開発や製造過程を経て完成されるまでの膨大な時間のコストを吸収出来ないで有りましょう。そこを無視、或いは何が何でもただ安くという路線を突き進むと繊維から文具から重工業まで、何でも仕事を海外に持っていってしまうという日本にとっては一番マイナスになる方向へと向いてしまうのでしょう。

 研ぎも同じ。良い研ぎをしようとすれば時間も掛かります。良い研ぎをすれば刀も生き返り目の覚める良い状態に戻す事が出来ます。名刀になればなるほどその必要が有ります。一度研げば、手入れさえ怠らなければ、終生良い状態で鑑賞出来るので、刀の素晴らしさに毎日のストレスを解消出来、アルファー波が湧き、健康の手助けになるでしょう。男はアロマテラピーよりも良い刀です。それが男の本能だから。本能に従うのが健康の秘訣だと思います。




3月21日
 

 「名古屋骨董フェア」第一回展は無事終了しました。複数のお客様に今回の展示会の感想をお聞きした処、”なかなか良心的で良い店が多い”とのお話をいただいて嬉しい限りでした。次の開催は秋口の頃となりそうです。また、お越し下さい。
 会場が熱田神宮の目の前でしたので、参拝をしてから帰りたかったのですが、時間の都合でそれも出来ず、”次回は必ず”ということにしました。
 



3月8日


新橋演舞場で「新・三国志」を見物してきました。大水が出る舞台で大立ち回りを演じたりして、一日二回の公演も多いので役者も体力のいる仕事が良く解った次第です







2月1〜2日
 
 世界骨董フェアイン大阪ドームでは当店にお立ち寄り下さいまして有り難うございました。中には遠方から来られた方もおりましたので嬉しい限りです。
 今年は入場者が少ないとお隣の布地屋さんが言っていました。海に近い大阪でも日中で2℃〜3℃といった気温で寒い日が続きました。
 しかし、産業界は上向きになっているようで、知り合いの工業部品生産会社も毎日仕事に追われて忙しいと言っていました。見積もり依頼も増えているのだそうです。日本は工業が忙しくないと経済の復興などあり得ないので、明るい兆しではないかと思います。




1月17〜19日
 
 横浜骨董フェアに出店しました。沢山お客様がお出でになり、有り難うございました。写真は撮れず仕舞いでした
     




1月2日

 1月2日は東京・九段の靖国神社内の遊就館に於いて、刀剣関連の実技が披露され、多くの人達が見学に訪れました。私も見学に参上。研ぎの実演は無形文化財(人間国宝)の藤代松雄氏・興里氏とお弟子さん達。刀身彫刻は橋本氏。鞘師は水野氏等。見学の人達はいろいろな質問をしながら熱心に見学。かなりの人が日本刀を初めて身近に見て感慨深そうな面持ちをしていました。若い女性も熱心に見学をし、質問をしている姿が見られ喜ばしい限りでした。私も日本刀と刀装具の高い技術の保存に多くの人々が関心を持ち、愛好者の育成に微力ながらお手伝い出来ればと願う新年です。
 遊就館の1階展示室には、「村正」を含め数振りが(常設では無い模様)。2階は有料(800円)ながら「源清麿」「肥前国忠吉」(初代) 「包丁正宗」「直江志津」(無銘)等他が。また、天皇陛下より元帥のみに下賜される黄金造りの衛府太刀も展示されています。いずれも見事な物です。お時間有りましたら是非どうぞ。

 
左 靖国神社本殿正面 早朝なので少な目 皇居で一般参賀を終えてから
こちらに来られる人も多いので昼頃は参拝の人でいっぱい 右手方向に
遊就館(ゆうしゅうかん)が有ります 新築及び改装されて広くなりました
右 「遊就館」の一階に展示の零戦52型 きれいに保存されています

 
左  藤代興里師匠がパネルで研ぎの工程や砥石の種類によって変わる刀の
地肌の表面拡大写真の説明をされる(写真は興里師匠が自ら撮られた
もの)研いでいるのは御子息の藤代龍哉さん 研いでいる刀は「源清麿」
  さすが!! です
右 刀身彫刻の橋本師匠 見事な手さばき 鏨さばきでした


水野師匠の白鞘工作 沢山の道具を使い
熟練の手つきで素早く加工 狂いのない達人技です





平成15 年1月1日
 
      新年あけまして
           おめでとうございます   

       本年も当店のHPに御探訪を
                  よろしくお願いします
         

 


11月6日
 11月2日〜4日は東京の2カ所で刀剣展がありそれぞれ賑わいを見せて
いました。 「源 清麿」の長寸の刀(重要刀剣)も展示があり人だかりが絶えなかったようです。

 この頃の天気は12月と間違えそうに寒い日が続いて、風邪をひかれた
方もいらっしゃるでしょう。こんな陽気は困りものでオーバーコートは季節的にまだ早く、背広や替上着(ジャケット)だけではかなり寒い。日中は暑く感じても夕方には相当に寒くなりますのでウインドブレーカーや薄手のコートが離せないようです。

 知人の会社が会津地方に旅行に行ったら雪に降られたと驚いていました
関東以南の人には雪に対する警戒はこの時期はあまり無いのでとまどいます。




10月31日
 10月21日からパソコンの外付けハードが不調でホームページの更新がしばらく出来ませんでした。 せっかく訪れた方々には申し訳有りませんでした。

 10月18日〜20日は所沢骨董まつりに出店しました。初日は朝から大勢の人がお出でになり忙しい一日でした。最終日は午後から雨にもかかわらずたくさんのお客様が熱心に目指す物を探しておられました 所沢には初出店です年二回の開催だそうです 次回も出店を予定しています。
 写真を撮れず仕舞いでした。。 





10月10日(木)
 大阪府堺じばしん展示会も好天に恵まれ、お客様のご来館も順調でした。「じばしん」のある中百舌鳥(なかもず)は仁徳天皇陵から近い所。
世界最大級の大型古墳は、側のビルからでは大きすぎてカメラに入りきりませんでした。
 昔、エジプトへ行ったときピラミッドが被写枠に入らないため、かなり遠ざかった事を思い出しました。広い砂漠にクフ王・カフラ王・メンカフラ王と三つ並んではいるが大きさの比較になる物が無いので初めて見たときは実感が湧きませんでした。


 
手前が後円部  前方部は遙か彼方




9/29(日)
 先週あたりから狭い庭、否、垣根の金木犀(きんもくせい)が黄色の花を
いっぱいに咲かせ香りのいい匂いをたっぷりと周囲にまき散らし、秋の訪れを感じさせてくれます。

 




9/28(土)
 鍔をサイトに追加立ち上げる。刀装具はこれからも充実をはかります。
東京・荒川区のお客様より当店のホームページについてご意見を頂戴。これからも「見やすく・判り易くを」目標に努めます。


 上野の東京都美術館「飛鳥・藤原京」展を見学。明日が最終日なので混雑を避けるため朝早めに入場。大きな藤原京の都市模型があり、現在の明日香村との位置取りも良く判って興味が尽きない展示会でした。
 また、展示物の中には当時の武人が差した直剣も幾振りか有り、刃長も50〜70cmだったそうで今の刀とあまり変わり無いようです。(実物大の人形がレプリカを差していましたが、他は傷んでいる物です。)
 次の会場は宮城・多賀城で多賀城市の東北歴史博物館(022−368−0101) 10月11日〜12月1日。その次は三重・四日市展で四日市市立博物館(0593−55−2700)12月21日〜平成15年3月9日と予定されています。 ご興味の有る方はどうぞ。




9/25(水)
 東京・有明の国際展示場へ。東京都主催の「テクノフェア2002」を見学。
知り合いの会社が出店。各県の名産・加工技術などの振興をはかるため
地方自治体も後押しをしている





9/21(土)
 久しぶりにバーベキューを楽しむ(10年振り?)
 昔からの知人達12人で車に分乗し、埼玉県の嵐山渓谷(らんざん)でバーベキューを楽しみました。当日はお天気も良く風も心地よく行楽日和。お彼岸で道路も混んでいましたが午前11時には全員集合。早速、ブロックでかまどを造り火を焚いて肉や野菜をたらふく食べました。酒を飲まない人が運転をしてくれたので、お陰で冷えたビールをゴックン。旨いものを飲んだりすると、自然と笑顔になるものです。渓谷といっても川原で広い砂利場がありほとんどが浅瀬。練馬区の学童保育の大勢の子供達も鱒のつかみ取りを楽しんでいました。嵐山渓谷は整備された有料のかまども有り、肉・魚・焼き鳥の生物や野菜など揃っていて、何も持たずともバーベキューが楽しめる様になっています。
 皆さんもご家族やお知り合いと秋の一日出かけられはいかがでしょう。



刀剣鑑定家の得能一男先生が7/12(金)心筋梗塞の為、逝去されました。50年余の永きにわたり膨大な数の刀剣を経眼・研究され、ベストセラーの著書も多数。豪放磊落(らいらく)な性格で親しみ易く多くの人々に慕われました。全く刀剣会の大きな損失です。心よりご冥福をお祈りいたします。