オトコトモダチ


「ごめん、俺たち別れよう」

そう言って、彼が私に背を向けて、去っていった。

突然、私はフラれた。
あまりの呆気なさに、私は思わずその場所へ佇む。
はっと気がついたときには、そこにはもう彼の姿はなく、
目まぐるしく行き交う人の波だけだった。
大丈夫。
落ち込んだりなんてしない。
もともと彼から私に“つき合おう”って言ってきたんだから、
私は、別にそんなに彼のこと、好きじゃなかったし……。


でも……。
ちくしょー。
そう思いたいハズなのに、なんで涙が溢れてくるんだろう。
平日でも人がごった返している渋谷の街中で、
女がひとり泣いてたって、気がつく人は誰ひとりいない。
私は、徐にコートのポケットから携帯電話を取りだし、
あいつのメモリーを呼び出す。
あいつは、昔から私の駆け込み寺。
落ち込んだときは、あいつに話を聞いてもらうと、不思議と元気が出た。
まわりのみんなもあいつに対して、そんな感じ。
だから、あいつのまわりには、常に友だちがいて、いつも賑やかしいヤツ。

あいつ……井ノ原快彦。



私は、発信ボタンを押し、携帯電話を耳に押し当てる。
携帯電話の呼び出し音を黙って聞いて、あいつの声が聞こえてくるのを待つ。
そして、何コールか待ったあと、ようやくあいつの声が私の耳に入ってきた。

『もしもし』
「もしもし?快彦?」
『おー、。どした?』
「今、仕事?」
『いや、今ちょうど終わって、スタジオ出るとこ』
「そっか…。ねぇ、快彦。今から会えないかな?」
『えー?今からぁ?俺、疲れてるんスけどー?』
「わかったよ!今日は、私がおごるよ!」
『そうこなくっちゃ♪それじゃ、今からタクシーでそっち向かうよ』
「わかった。待ってる」

それからしばらくして快彦の乗ったタクシーが私の前へ滑り込んできた。
そして、タクシーのドアが開くと、中からあの優しい笑顔の快彦が顔を出す。

「よっ」
「久しぶり」

仲のいい男友達だとはいえ、最近は全然会っていなかった。
私からは、たまにメールだとか電話だとか、連絡はしてたんだけど、
快彦からは、全然。
私に彼氏がいるってこと、気にしてたからみたい。
普段のアホな性格な裏側に、そんな優しい一面も持ち合わせてるヤツなんだよね。

「中、入ろっか」
「うん」

そこは、いつも行き慣れた私たちの行きつけの店。
要するに、この店も快彦と同様、私の駆け込み寺ってワケ。

「とりあえず、ビール」

快彦は、席につき、コートを脱ぐなり、店員に注文をする。

「あれ?快彦、尿酸値が上がるからって、ビール飲まないんじゃなかったっけ?」
「たまには、いいんだよっ」
「そんなこと言ってると、また尿酸値上がるよ?」
「うるせー」

そんな風に笑う快彦の笑顔で、私は失恋の痛手を癒される。

「「乾杯ー!」」
「ぷはーっ、仕事のあとの酒は、やっぱりウマイねーっ」

と言って、快彦は、ジョッキをテーブルにコトンと置くと、
私の顔を見て、

「さて、今日のお悩みは?」

ニカッと笑った。
私が相談に乗ってほしいなんて、ひとことも口に出さなくても、
私が突然、快彦を呼び出せば、快彦は、私の言いたいことなんて、お見通しだった。
だけど。
このときの快彦の笑顔は、イヤでもあのときの彼の言葉を思い出し、
私は、黙り込んでしまった。

「どうしたんだよ?ホラ、言ってみろよ。聞いてやっからさ」

笑顔で私の顔を見てくる快彦に、
とうとう、今日、彼に言われたことを、快彦に全部さらけ出した。



「ふーん……、彼氏と別れちゃったんだ……」
「最初、向こうからつき合おうって言ってきたのに、向こうから別れようなんてひどくない!?」

愚痴紛れに飲む私の酒の量は、どんどん進んでいって、快彦を抜かしそうな勢いだった。

「そいつ、のことそんなに好きじゃなかったんじゃねぇの?」
「やっぱり!?そう思う!?」
「そうだ、そうだ!ほら、今日はぐいっと行けよ!そんで、そんなヤツ忘れちゃえよ!」
「そうだ!忘れちゃえー!」

やっぱり、快彦っていいヤツ。
私が、ぐちぐち聞いてもらうより、パァッと騒いで忘れちゃう人間だってこと、
よくわかってる。
今日は、大いに飲んで、大いに騒いで、あいつのことなんか忘れちゃおう!

「明日は、明日の風が吹くんだぞ!」

快彦がそう言った。
それなのに……。



「ちょっとー。なんで、あんたが酔いつぶれてんのよー」

酒の強い快彦が、珍しく酔っぱらって潰れてしまった。
酔いつぶれたいのは、こっちのほうなのに。
店も閉店間際だって、店員が閉店準備を進めてる。
とりあえず、私は、大きな快彦の体を抱えて、店を後にした。

「重……」

いくら快彦が芸能人で痩せてるからと言っても、やっぱり自分より大きな体を支えるには、力のいることで。
私は、ふらつきながらも、やっとのことで大通りへ出て、タクシーを止めた。

「人気アイドル井ノ原快彦、しっかりしろー」

ぺちぺち快彦の頬を叩いても、頼りのない返事が返ってくるばかり。
でも、快彦をこんな目に遭わせてしまったのは、もともと私のせいだし。
ちょっぴり責任感を感じつつ、私と快彦は、タクシーへ体を滑り込ませた。

「すいません、×××まで」

私が快彦のマンションの行き先を告げると、タクシーは、ゆっくりと夜の街へ走り出す。
私は、窓の外へ目線を向けて、快彦のマンションまでの時間を潰した。
私の肩では、快彦が静かな寝息を立てている。

「はぁっ……」

こんなハズじゃなかったのに……。
そう思って、窓の外から快彦の顔へ視線の方向を変える。
だけど、以外と長い快彦のかわいらしい睫毛を見たら、
なんだか、まぁ、いっかって思った。
快彦が酔いつぶれる前は、ちゃんと私の話は聞いてくれたし、
そのおかげで、私もすっきりした。
やっぱり、快彦は私の駆け込み寺だなって、そう思ったとき、
私たちを乗せたタクシーが、快彦のマンションの前に到着した。

「お客さん、着きましたよ」
「あっ、すいません!ホラっ、快彦!あんたのマンション着いたよ!」

私は、運転手に料金を支払い、快彦を引っ張り出そうと、先に外へ降りると、
それまで力の抜けきっていた快彦の腕に、突然力が入り、私は、引っ張られ、
一気にマンションのエレベーターの前まで連れてこれられた。

「ちょ、ちょっと快彦!?起きてたの!?」
のおかげで、すっかり酔いは醒めました」

そう言って、快彦はにっこりと微笑んだ。

「んもー!私がどんな重い思いして、快彦を運んだと思ってんの!?」
「ありがとうございました!まぁ、そのお礼と言っちゃなんだけど、俺ん家上がって酔い覚ましてく?」
「え?でも、明日……」
、明日、土曜日で仕事休みだろ?俺も明日はオフだから大丈夫。帰りは、タクシー呼んでやっからさ」
「あ、そう?それじゃあ」

そうして、私は、快彦の部屋へ上がることになった。
今までは、大人数で上がったことがあった快彦の部屋へ、今日は、たったひとりで。
なんとなく緊張。
快彦がジーンズのポケットから部屋のキーを取りだし、ドアを開けて、
私を先に部屋の中へ招き入れてくれた。

「お邪魔しまーす」

私は、真っ暗な快彦の部屋に足を進める。
そして、靴を脱ごうとした瞬間。
背後に快彦の温もりを感じた。

「快彦!?ちょっとどうしたの!?まだ酔ってるの!?」

私は、突然のことで驚き、自分の目の前にある、快彦の腕を振り払おうとした。
けれど、快彦は、力強く私を抱きしめていて、離そうとはしてくれず。
真っ暗な玄関で私は、快彦の腕の中にいた。

「ちょっと!快彦ってば!?」
「俺ってヒドイ奴」
「え…?」
「今日、が彼氏と別れたって聞いて、俺、実は喜んでたんだ」

そう、低い声で快彦が話し始めた。
私は、何がなんだかわからない状況で、快彦の言葉を聞いていた。

「お前は、全然気づいてなかったけど……俺は、ずっとのことが好きだった……」
「快彦、まだ酔ってるんでしょ」
「酔ってねぇよ!真剣に聞けよ!」

冗談としてはぐらかそうとした私に、快彦はきつく言い返してきた。

「正直、が俺に彼氏のこと相談しにくる度、つらかったんだよね」

思いも寄らなかったこの展開に、私はまだ混乱している。
まさか、快彦が私のことを好きだったなんて……。
相変わらず、私の体を包んでいる快彦の腕は、ほどかれようとしない。

「そんなこと急に言われても、私、快彦のことそんなふうに見たことなかったし……。それに……今日、彼氏と別れたばっかりだし……」

私がそう言い放つと、快彦は、私の体の向きを変えた。
そして、次の瞬間、真っ暗な暗闇の中、唇へ何か温かい感触を覚えた。
その温かい何かとは、快彦の唇だった。

「え…?」
さえよかったら、俺とつき合ってほしい」
「……」
「もし俺とつき合ったら、今までがつき合ってきたような恋人同士のような感じにはいかないし、俺、仕事で忙しかったりしたら、しょっちゅう逢ったりすることはできないけど」
「で、でも……」
が前の彼氏のこと忘れるために、俺のこと利用してもかまわない。が俺のことをひとりの男として好きになってくれるまで、俺、待つからさ……」
「快彦……」

私は、もう一度、快彦の温かい腕の中に包まれた。
私の斜め上から優しい快彦の声が聞こえてくる。

「それに、俺はお前の性格昔から知ってるし、いっぱい相談にのってたし、の攻略法なんて知り尽くしてるからね」
「ちょっと何よ、その攻略法って!?」
「もしケンカしたら、はこう言ったら機嫌直してくれる、とかさ」
「快彦……」

失恋の傷を癒すには、新しい恋が一番いいと世間は言いますが。
私ってば、早すぎかな。
目の前には、快彦の優しい笑顔が広がってる。

「でも、快彦…。私、それまで快彦のこと、利用しちゃうかもしれないよ……」
「全然いいって!前のヤツ、が思い出す余地もないくらい、俺のこと好きにさせてやるから!」
「言ったね!?」
「言ったよ!?」

明かりの点いていない玄関にいても、こんな至近距離じゃさすがに快彦の顔は見える。
そう言って、私たちは、暗闇の中見つめ合った。
そして、どちらともなくお互いの顔が近づき、私たちはもう一度唇を重ねた。

「今日は、ありがとね、快彦」

私は、なんだか力尽きて、快彦の胸にポスッと顔を埋めた。

「何、お礼なんて言ってんだよ。これからじゃねぇかよ」
「そだね。でも、私、もしかしたら、快彦のこと傷つけちゃうことがあるかもしれないけど……宜しくお願いします」
「こちらこそ」



結局、その夜私は、快彦の部屋へ泊まった。
失恋をしたその夜、違う男の部屋に泊まるなんて考えられないけど。
だけど、それは、昔から気の合う男友達としてつき合っていた快彦だからこその、特別で。
私を救ってくれた快彦のそばにいたかったから。
快彦の温もりのそばにいたかったから……。
私の一番のオトコトモダチ−。
いや、今このときから私の一番大切な恋人……。



そして、そのあと、快彦が私の耳元でこう囁いた。

“酔いつぶれてたなんて、演技だよ。もまだまだだね”

−−− E N D −−−

最後の言い訳っ。

くっさー(笑)
なんだかあたしって、いのにクサイこと言わせたがる傾向(笑)
一番そんな柄じゃないのに(爆)
しかも、こんなお話、ドラマにありそー。
それにしても、こんな女のコってダメ?
結局は、快彦さんが傷心につけこんでしまったってことで、ここはひとつ……(笑)

2003.1.7

B a c k  H o m e
Thanks ★ M O O N S K I P