雨の中の君を
Story 1



あのとき、君は、泣いていた...。



どしゃぶりの雨の中、屋根もない夜のバス停でひとり佇んでいる君の姿は、
俺には、とても寂しく見えた。
最終のバスなど、とうに行ってしまったその時間に、
傘も差さずに立っている君に、通り過ぎる人たちは、冷たい視線を送っている。
俺は、君とは反対側の車線に車を停め、車の中で友だちを待っていた。
はじめは、なんとなく視界に入った君を、気にも留めていなかったけど、
いつまでたっても動こうとしない君の姿が気になって、仕方がなくなった。

俺が君に視線を送るようになってから、どれくらいの時間が経ったのだろう。
ふと君の頬を、一筋の涙が伝ったことに、俺は気がついた。
全身びしょ濡れだった君。
俺は、一瞬、雨かと思ったけれど、君の表情が、君の心境を物語っていたから、
俺は、それが涙だと確信した。

「剛!悪ぃ!お待たせ」
「あ、あぁ…」

君の涙に気がついたとき、今まで俺を待たせていた友だちが助手席に座り込んできた。
そして、俺の妙な視線の先に、俺の友だちは気がついた。

「お前、何見てんの?…何、あの子。こんな雨の中、傘も差さないで、何やってんだ?ずぶ濡れじゃん」
「あぁ…」
「変な女」
「……」

一瞬、絶え間なく降りそそぐ雨音が、車の中の静寂を支配した。
それでも俺は、自分の視線の先を彼女から離さない。

「剛、お前、もしかしてあの女に惚れたのかよ」

友だちのその言葉に、俺はハッとし、視線を車の中へと戻した。

「んなわけねーだろ」
「だよなぁ。それより、早く俺を送ってってくれよ。時間ねぇんだ」
「あぁ…」

俺は、車のエンジンをかけ、アクセルをふかして、雨の中、車を発進させた。
そして、相変わらず動かない君の姿に、俺はバックミラー越しに別れを告げた。



「んじゃ、剛!送ってくれてありがとな!」
「あぁ」

俺は、友だちを送り、見届けたあと、
ふと、さっきのバス停にひとり佇んでいた君の姿を思い出した。
なぜ、自分が君をこんなにも気になってしまうのか、わからない。
自問自答しようにも、答えが見つからない。
気がつけば、俺は、車を君の元へ走らせていた。



夜の雨は、一向にやむ気配を見せず、大きな音を立てて、地上に降りそそいでいる。
あれから、とうに一時間は経っているはずなのに、
君はまだ雨のバス停へ佇んでいた。
俺は、さっきと同じ場所へ車を停める。
さっきよりも人通りが少なくなり、さらに君の姿が寂しく見えた。
相変わらず、君の頬には涙が伝っている。
何が彼女をこんなにも悲しませているのか、涙させているのか……。
俺は、ハンドルへともたれ掛かり、再び君を見つめた。



俺と君とのそんな関係が、どのくらい続いたのだろうか…。
君がふと、涙あふれる目を俺の方へと向けた。
その瞬間、俺と君との目が合った。
しかし、君はまたすぐに目をそらし、再び今までと同じ表情に戻ってしまった。
だけど、その出来事は、俺にとって、何かのきっかけを持たせてくれたのだ。
気がつくと俺は、車の中から傘を取り出し、君の側へと歩いていた。
そして、俺は開いた傘を君へと差し出した。

「君の……名前は……?」
……」

初対面の俺の突然の問いかけにも、表情を変えず、君は答えた。

「誰かと待ち合わせ?」
「………」
「傘、ないの?」
「………」

君は、自分の名前を答えたきり、それ以上は何も口を開かなかった。
でも、俺はかまわず君に話しかけた。

「こんな時間に、こんな場所でひとりは危ねーよ」
「………」
「俺の傘、貸すから……」

そう、俺が言いかけたとき、君は顔を上げ、俺の顔を見た。
そして、魅力的にも感じたその涙目で、俺をしばらく見つめたあと、
俺の差し出した傘も受け取らず、君は、降りそそぐ雨の中、走り去っていってしまった。
そのときの君の悲しそうな目、俺の脳裏に強く焼き付いた。

………」

俺は、傘を差したまま、夜のバス停で呆然と立ちつくしていた。

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