彼女のナマエ。

私は今、他の人からしたら、たいしたことのないようなことで悩んでいる。
それは……剛が私の名前を呼んでくれないこと。
 

剛とつきあい始めて、1ヶ月。
剛は、一度も私の名前を呼んだことがない。
いつも「なぁ」だとか「おまえ」だとか。
私のことを呼ぶのに、剛の口からはそんな言葉しか出てこないのだ。
私には、「」って名前がちゃんとあるんだよ、剛!



 「なぁ」

今日も、剛は私をそう呼ぶ。

 「何?」
 「腹減った。なんか作って」
 「はいはい」

なんだかんだ言って、私も剛に甘いんだと思うんだけど。
今日こそは、私の名前を呼んでくれるだろうか…今日こそは…今日こそは…で、ついに1ヶ月。
さすがに1ヶ月にもなると、不安になる。
剛は、本当に私のことを彼女だと思ってるんだろうか。
1ヶ月も彼女の名前を呼ばないなんて、絶対変!
私のそんなイライラもそろそろ限界だった。



ふたりだけの遅い夕食を済ませ、私が食器を片づけていると、
剛が私の背中に向かって、話しかけてきた。

 「なぁ、テレビのリモコン知らねぇ?」

剛は、また私をそう呼んだ。

 “いいかげん、気づいてよ”

私は、水の音で聞こえないフリをする。
すると、剛はまた…。

 「なぁ!聞こえてんのかよ!おいっ!」

しまいには、私が“おい”に変わった。
次第に、剛の足音が背後から聞こえてくる。

 「なぁ、テレビのリモコン……」
 「雑誌の下」

私は、剛が言い終わるのを待たずに答えた。

 「なんだよ。聞こえてんじゃねぇかよ!お前、返事しろよ」

−−−ガチャン!

私は、割れるくらいの大きな音をわざと出して、皿を置いた。

 「ビビった〜。お前、気をつけろよ〜」
 「………やっぱり私の名前、呼んでくれないんだね」
 「え?」

私は、ついに溜まりに溜まった、剛への不安を一気にぶつけた。

 「剛ってさぁ、何で私の名前呼んでくれないの!?」

剛の目つきが鋭く変わる。

 「いつも、『なぁ』とか『おまえ』しか私のこと呼んでくれないじゃない!
  つきあい始めてから1ヶ月、1回もだよ!?」
 「……………くだらねぇ」

剛は、ぼそっとそう吐いて、テレビの前へ歩いていく。

 「ちょっと!なんでそれがくだらないの!?
  ……剛は、私のこと彼女だって思ってないんだ……」
 「はぁ?なんだよ、それ」
 「だって、そうじゃない!」

私は、洗いかけていた食器をそのままにして、寝室へ閉じこもってしまった。



つきあい始める前は、剛は私のことを名字で呼んでいた。
それが、つきあい始めた途端、『なぁ』だとか『おまえ』に変わった。
それを友だちに漏らしたこともあった。

 “冷え切った熟年夫婦みたい”

って、笑われた。
私は、熟年でもないし、冷え切ってもいない。
剛のことは大好きだから。
やっぱり剛に「」って呼んで欲しい……。
そのとき、寝室のドアが開いた。

 「なぁ」

剛がまたそうやって私を呼んだ。
明かりの点いていない寝室へ、剛のうしろからリビングの明かりが漏れている。

 「……………」

私は、剛に顔を背けたまま、必死に涙をこらえていた。

 「おまえさぁ、1ヶ月前、俺が言った言葉、覚えてないの?」

忘れるわけがない。
1ヶ月前、剛につきあってくれって言われた。
剛のあの、決して反らすことのできない真剣な瞳で見つめられながら。

 「……………」
 「こっち向けよ!」

肩をぐいっとつかまれ、私の体が剛と向き合った。
その瞬間、剛の引きつけられるような強い瞳と目が合う。

 「おまえは、俺の彼女。俺は、おまえの彼氏。そうだろ?」

そう言って、剛が微笑んだ。
そして、剛の腕が私を優しく包み込んだ。

 「………」

そのとき、剛が私の名前を呼んだ。
剛と恋人同士になってから、初めて剛が呼んだ私の名前……。
私は、こらえていた涙が一気に溢れだした。

 「剛……」

もう一度、剛の引き寄せられるような瞳と見つめ合う。
そして、剛の唇が、私の唇へと触れる。
剛との初めてのキス。
さらに、私の涙は溢れる。

 「……」

剛は、もう一度私の名前を囁いた。

−−−END−−−

最後の言い訳っ。

剛ちゃん曰く、
「つきあうようになってから、妙に照れちゃっての名前が呼べなかった。
には、悪いと思ってたけど、の気持ちにも気づいてたけど、
どうしても、呼べなかった」
だそうです(笑)
かわいいねぇ、剛ちゃんたらっ(笑)
「雪が降る」といい、あたしの中での剛ちゃんはこんな感じみたい。

2002.10.5

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