Fate/stay night alternative story   after“Unlimited Blade Works”

遠坂凛は、桜にとって理想の女性だった。

 美しく、聡明で、ほがらかで。
 誰からも好かれ、輝いていた。
 眩しかった。
 桜の憧れだった。

 遠くから眺めることしか出来なくとも、あの素敵な人が自分の姉さんだと思うだけで桜は 誇らしかった。

 もちろん、嫉妬もした。
 同じ姉妹だったはずなのに、なぜわたしは姉さんのようになれないのだろうと。

 それでもやはり、遠坂凛が自分の姉だということは、桜にとって密かな心の支えだった。
 いつか「姉さん」と呼んで甘えたいと、そしてそれは叶わぬ夢だと思っていた。












姉妹
written by ばんざい








間桐桜は、凛にとってショーケース越しの人形のようなものだった。

 愛らしく、繊細で、儚くて。
 女の子らしく、可憐で。
 愛しかった。
 凛のたからものだった。

 遠くから眺めることしか出来なくとも、あの可愛い娘が自分の妹だと思うだけで凛は 誇らしかった。

 もちろん、罪悪感も抱いた。
 同じ姉妹だったはずなのに、なぜわたしだけここにいるのかと。

 苛立ちも覚えた。
 なぜ自分の足で立ち、ショーケースから出て来ないのかと。
 立てぬならなぜ、救いの手を求めてくれないのかと。

 それでもやはり、間桐桜が自分の妹だということは、凛にとって密かな心の支えだった。
 いつかそばに置き、愛で、撫で、抱き締めたいと、そしてそれはいつか必ず叶えねばならぬ 夢だと思っていた。






 夜半過ぎ。
 遠坂凛の魔術講義、終了。今日の生徒は衛宮士郎と間桐桜。
 だが凛は、士郎と桜を二人きりで一緒に帰らせるのは癪だった。しかもこんな夜更けに。
 かといって士郎を残して桜だけ独りで帰れとは、もちろん言えない。
 ならば桜を残らせ、士郎だけ帰らせよう。妥協案。
 ついでだからこの際、姉妹の語らいの時間にしても良いではないか。たまには。
 わざわざ理由付けしている自分に気付き、凛は苛立った顔を見せぬよう桜に背を向けて言った。 紅茶を淹れかえる為を装い。――また理由付け。

「桜。今日はもう遅いし、泊っていかない?」
「えっ? で、でもわたし、何の支度もして来てません……」

 突然の申し出に、桜は戸惑いをみせた。

「いいじゃない別にただ泊まってくだけなんだし、支度なんていらないわよ」
「でも、着替えもありませんし……」
「そんなもん、お風呂入ってる間に洗濯して、寝る前に乾燥機に放り込んで置きゃいいじゃない」
「ね、寝るときは?」
「どうせわたしとあんただけしか居ないんだから、裸でいいじゃないのよ。
 ――あらぁ、衛宮くぅん? 何を紅くなってるのかしらぁ?
 ま、そういうわけだから今日は独りで帰って頂戴。あ、それとも一緒に泊まってく?」
「ば、馬鹿言え」

 悪魔の笑みを向けられた士郎はあたふたと立ち上がる。

「あら。お茶、もう一杯飲んでかない?」
「い、いや、邪魔しちゃ悪いし、もう遅いから失礼するよ」
「そう? 追い出しちゃうみたいで悪いわねぇ」

 その頬にわざとらしくちゅっと大きな音を立ててキスされ、士郎は走って逃げ出した。
 見送った凛はテーブル越しの桜に向き直り一瞬動きが止まる。しかし、紅茶を注ぐ手は震えない。

「なによ桜。殺人光線出しそうな凄い眼で睨んで」
「別に。姉さんがそんなに大人気ないことをするのも、それだけ追い詰められた危機感を 抱いてるってことでしょうから」

 見詰め返された桜も以前のように眼は逸らさず、姉を真似て唇の端を吊り上げてみせる。 が、これは年期の差かやや引きつり気味。

「あら。わたしはもう覚悟出来ちゃってるから、誰の前でも堂々とあれくらいやって見せるわよ?
 誰かさんみたいに跡だけつけて人に見せ付けるような陰険なマネはしないわ」
「情緒に欠けますこと。わたし、姉さんと先輩がお付き合いするの、全然反対なんてしてませんよ?」
「だったらなんでそんなに怖い顔するのよ」
「……やめましょう。せっかくのお茶が冷めちゃいます」

 桜は一度カップに口をつけてから、シュガーポットに手を伸ばした。
 凛の眉が吊り上る。

「あんた、そこらの喫茶店の不味い紅茶みたいにドバドバ砂糖入れないでよ。 だいたいカロリー摂ってそれ以上乳でかくなると垂れるわよ」
「ご自分で飲んでみて下さい。出し過ぎで渋いです」

 言われて凛はカップを傾け、一瞬固まった後、一気に飲み干した。

「……お風呂入れてくる」

 露骨に拗ねて唇を尖らし席を立つ凛にくすりと笑みをこぼし、桜は砂糖たっぷりの ミルクティーをゆっくり味わった。
 ティーセットを流しで洗っていると、凛が洗面所から大声で呼ばわう。
 桜はいくら隣接する一般家屋が無いといっても少々はしたないと思いつつ、そういう素顔を 見せてもらえることに喜びも感じた。
 慎重に布巾でカップを拭いてから、凛のもとへ向かうまでに笑みを抑え厳しい顔をつくる。

「なんですか姉さん。おしとやかな優等生のイメージが台無しです。わたしが憧れていた 素敵な姉さんを返してください」
「なに勝手な事言ってんのよ。ほら、歯ブラシ一本あげるから、お風呂にお湯張ってるうちに 歯磨きしちゃいましょ」
「はぁ……」

 しゃこしゃこと歯を磨き始めた凛と、新品の歯ブラシを手に困惑する自分。そんな二人が 並んで映っている鏡を、桜は不思議な気持ちで見詰めた。

「姉さん、磨き方が乱暴過ぎます。もっと優しく磨かないと、象牙質が磨り減っちゃいますよ」
「……あんふぁ、りょんがいううふぁいあえ」
「歯磨きしながら喋らないでください」

 姉と並んで歯を磨く。そんな経験がかつてあったかどうか。少なくとも桜の記憶には無かった。
 歯ブラシをくわえ、鏡の中のそっぽを向いた凛を見詰め、桜は思う。
 ――もしかして、照れてるんですか、姉さん?

「そういえば、アルトリアさんはもうおやすみなんですか?」

 思い出したように問う桜に、凛は口をゆすいでから答えた。

「魔力節約の為に霊体化してもらってるわ。平時には妖怪喰っちゃ寝よね」
「自分で現界させておいて酷い言いようですね」
「むやみと実体化させておくとエンゲル係数上がっちゃうわよ。それに、用も無いのにこんな時間 まで起こして待たせておく方がかわいそうでしょ。あの子、寝るの好きなんだし。だから、 今夜は姉妹水入らずよ」

 伝説のアーサー王も、凛にかかってはあの子呼ばわり。



「ほら、さっさと脱ぎなさい。往生際が悪い」

 ピンクのブラとショーツ――意外に可愛い趣味だと桜は思った――だけになった凛は、 ぐずる桜に業を煮やしそのスカートに手を掛けた。

「い、いえ、わたしは姉さんが上がった後で結構ですから」
「それじゃさっさと洗濯機回せないじゃないの。
 なに? アンタわたしと一緒にお風呂入るのがそんなに嫌なの?」
「わ、わかりました。すぐに洗濯機を回してから行きますから、姉さん先に入っていてください」
「……洗剤はもう入ってるし、後は放り込んでふた閉めるだけでいいから。さっさと来なさいよ」

 ブラのホックに手を掛けた凛は、桜の視線を感じ振り返る。

「あっち向いてなさいよ」
「姉さんだって恥ずかしいんじゃないですか」
「うるさい」

 乱暴に浴室の扉が閉められてから、桜はしかたなく服を脱ぎ始めた。
 のろくさと脱いだものを洗濯機に放り込んでしまってから、タオル一つ無い事に気付く。
 恐る恐る浴室に入ると、凛は既に湯船に浸かっていた。

「やっと来たわね。まず暖まりなさい」

 恥ずかしげにありこち懸命に手で隠す桜に対し、凛は自棄気味に胸を張って洗い場に上がった。
 桜はそそくさと掛け湯で身体を流して浴槽へ逃げ込み、顔を洗い始めた凛を眺める。

「桜、頭洗ってあげようか?」
「えっ? いえ、遠慮しておきます」

 実際、桜の目からすると凛は化粧の落とし方もかなり乱暴に見えた。

「せっかく姉妹のコミュニケーションを図ろうとしてるのに、桜ってばなんにもさせて くれないのね」
「じゃあ、わたしが姉さんの頭、洗ってあげます」
「……いいわよ別に。無理しなくても」
「なに拗ねてるんですか」

 桜はお湯から上がり、凛からシャンプーを取り上げた。

「流しますよ」

 緩くウェーブした黒髪に湯を馴染ませ、手のひらで泡立てたシャンプーで優しく揉む。
 一度流してから頭皮をマッサージするように洗い始めると、凛は力を抜いて桜に背中を預けた。

「なんか巨大でふかふかな物体が背中を圧迫するんだけど。嫌味?」
「姉さんがよりかかってるんじゃありませんか。頭、下げてください」

 ぼんのくぼ辺りを揉みながら、桜は言った。

「わたしは、姉さんの方がうらやましい」

 顎の下、頚動脈の上を指先で撫でられ、凛の背中がぎくりと力む。
 シャンプーが沁みて目を開けられない事が、凛の緊張をあおった。

「先輩は、姉さんみたいにスレンダーな人が好みなのかも」
「若い男の好みなんてコロコロ変わるから、アテにならないわよ。それに士郎はスレンダーなのが 好みなんじゃなくて、わたしが好きなの」
「……本当は自信ないくせに」

 ぬるめのシャワーが、シャンプーと共に緊張を洗い流した。



「ドライヤー使う?」
「いえ、自然乾燥で」
「じゃ、バスタオルもう一枚使いなさい。寝室わかるでしょ? 先に行ってて」

 桜は洗濯物を乾燥機に移し、洗面所を出た。
 他に誰も居ないと判っていても、バスタオルだけで歩くのは心許ないのが普通の人間の心理だと 桜は思う。
 どうしてもきょろきょろ辺りを見回しながらおどおどしてしまう。
 寝室にたどり着いて椅子に座っても、寒くはないがなんとなく背筋が伸びたまま力が抜けない。

「……なに新婚初夜みたいにかしこまってるのよ」
「姉さんこそおじさんみたいです」

 凛は酒瓶とグラスをぶらさげていた。

「飲む?」
「お酒ですか? 駄目ですよ。いつも飲んでるんですか?」
「いや、めったにやらないけど、なんとなくね」

 スコッチを生のまま舐める凛が格好良く見えて、桜は少しまねしたくなった。

「やっぱりわたしにも、少しください」

 食道から胃を焼く酒精。
 二人は無言で向き合い、時折グラスを口許に運ぶ手だけが動く。
 ゆっくりゆっくり小さなショットグラス一杯のスコッチを干すころには、既に桜の髪は乾いていた。

「じゃ、そろそろ寝ましょうか」

 灯りを落とした部屋の中、ベッドに滑り込む凛の裸身が照度の低い常夜灯に浮かぶ。

「姉さん、いつもなにも着けずに寝てるんですか?」
「別に。あんただけ裸で寝かせるのもなんだし。わたしの下着やパジャマじゃ窮屈でしょ?  いいから早く入んなさいよ」

 うながされ、桜もバスタオルを解いて凛の隣へ滑り込む。
 広いベッドの中、姉妹は背中合わせで横たわった。
 言葉は無い。
 しかし静かであるがゆえに互いの呼吸の乱れが意識された。

「姉さん」
「……なに?」
「わたし、姉さんの事、好きですよ」
「……なによ、やぶからぼうに。わたしはあんたみたいな陰険で根の暗い子、大嫌いよ」

 桜は広いベッドの中でごそごそ動き、凛の背中に寄り添った。
 後ろから首に腕を回して抱き着き、凛の頬にキスする。

「やめなさいよ馬鹿」
「わたし、姉さんが大好き」

 凛は桜の肘に手を掛け、前腕に頬を当てた。

「桜。わたし、本当にあんたが嫌いだったわ」
「……過去形ですか?」
「どんなに辛い、酷い目にあっても黙って独りで我慢して。わたしは何も知らなかった。 ずっと手が届く、声が届くところで見ててあげたのに、頼ってもくれなかった。 わたしに何もさせてくれなかった。……今でも腹が立つわ」
「姉さんは自分が強いからそう言えるんです」

 桜の腕に力がこもるのを、凛は顎を引いて受けた。

「弱いものが淘汰されるのは自然の摂理よ。弱いっていうのは、生物としてそれだけで罪なの」
「……酷い」
「酷いのはあんただったのよ。弱いものは、下手すると周りまで巻き込んで不幸になるんだから」

 凛は桜の腕の中で身体を反転させ、正面から桜の眼を見詰めた。

「今は必要以上に強くなったみたいだけど。本当に可愛げが無いわ」

 桜は嬉しげに頬を摺り寄せた。

「きっと、姉さんに似たんです。強い姉さんは格好良いけど、可愛くありません」
「うるさい。息が苦しいわよ無駄巨乳。離れなさい」
「嫌です。姉さんこそもう少し太らないと、骨が当たって痛いですよ」
「ガンド撃つわよ馬鹿」



 翌日。
 アルトリアは全裸で抱きあう姉妹から容赦無く毛布を引き剥がした。

「妖怪喰っちゃ寝としては、そろそろブランチを頂かないと暴れたい気分なのですが」
「……先に士郎のとこ行ってて。あ、悪いけどその前に乾燥機から洗濯物持って来てくれる?」
「朝食はもう頂いて来ました。洗濯物はここに」
「……それじゃブランチじゃなくランチでしょ」

 凛が薄目を開けると、既にアイロンがけまでされた服が差し出される。

「私はあなたたちと違って、食べる事と寝る事しか楽しみがないので」
「……聞いてたの? 根に持つわねあんた」

 アルトリアがカーテンを開け放つと、既に日差しは昼近かった。

「服着るまで閉めておいてよ。ほら桜、早く起きないとアルトリアに取って喰われるわよ」
「……頭が痛いです」
「サクラ、あの程度の酒量で二日酔いとは情けない」
「あんた、見てたの? 人が悪いわね」
「妖怪ですから」
「悪かったわよ。別に仲間外れにしたわけじゃないわ。今度飲む時はちゃんと呼ぶから」
「楽しみが一つ増えました。ありがたいことです」
「すぐご飯作るから機嫌直してよ」

 桜は霞む目をこすり、言葉とは裏腹にどこか楽しそうに凛を責めるアルトリアを見て、 少し嫉妬した。
 さて、何を作ろうか。
 そこで桜はふと思う。
 姉さんと二人だけで献立を考えた事はあっただろうか?



end

The original work 『Fate/stay night』  ©TYPE-MOON
Secondary author ばんざい 2004.4.11

補足
 一話読み切りの短編連作の筈が、気付けば連載の中継ぎみたいになってしまったような……。
 でも、書いておかねばならぬと思った、なんでもない姉妹のエピソード。
 一応、拙作「我が内に棲まう獣」で一成の相談に乗った直後(だから遠坂邸に行くのが遅れた) という設定です。
 なお、今回三人称で書きながらあえて視点を凛とサクラの内面に交互にふらふら出入りさせてみましたがいかがだったでしょうか?
 モノローグ部分がどちらのものかあいまいにする事で二人の距離が詰まっている事を表現出来ないものかと実験してみたのですが、読み難いだけだったら申し訳なく。



2004.4.12 追記

 作中で表現し切れず補足が増えるのは敗北以外のなにものでもありませんが、己が未熟を 謙虚に受け止めここに記します。
 あくまでも拙作内での設定補足・解釈である事を御了承下さい。
・アルトリアが何故霊体化出来るのか?
 マスターが凛さまですから。以上。
 ――ではあんまりなのでもう少し。
 原作本編で霊体化出来ないのは、イレギュラーな召喚法(死なないうちに英霊化)ゆえ――だったかと思います。
 そもそも私は原作のその設定(死んでないから云々)自体納得いっていなかったりします。
 英霊のもとが生前だろうが死後だろうが、時間軸を無視して呼び出して魔力で構成している以上無関係なのではないでしょうか?
 英霊の元の人物の生死が影響するなら、英霊となった彼女が滅びても生前のアーサー王に因果を及ぼしそうですし。
 ――もしくは読者各位脳内補完推奨。
 タイムパラドックスに正解はありませんし。
 凛グッドエンド後は優秀な彼女がマスターで、魔力供給も凛から行われておりますので、 必要に応じて魔力節約の為アーチャーの様に霊体化(スタンバイモード)出来るものとしました。
 どっちみち魔力で身体構成してるんですし。
 そして霊体化出来ないと倫敦に行く際、アルトリアの分も飛行機代要ります。
 それ以前にパスポート取得の為に戸籍から用意しなければなりません。それが可能だとしても 膨大なコストが掛かるでしょう。
 ですから凛さまが何とかしますって!>霊体化

 蛇足ついでに、それなら普段から必要以外には霊体化させているかといえば、極力実体を 保たせていると思われます。
 なぜならそもそもアルトリアを現界させているのは、彼女を友人として、人間らしく扱って あげたいと凛が思ったから。
 無論、魔術師としてアルトリアと契約するステータスの為という理由も大きいですが、 だからこそアルトリアの人権を尊重しなければならないと思っているでしょう。
 今回あえて霊体化させたのはもちろん、桜と二人きりになりたかったから。
 アルトリアもそれが判るので素直に従った、と。
 ではなぜアルトリアがはしたなくも立ち聞き・覗き見などしたかといえば、やはり語らう姉妹の 関係が羨ましかったのでしょう。
 拙作中のアルトリアはことさら人間臭く小市民的に描かれておりますが、これは仕様です。
 そもそも凛グッドエンド後の彼女は人間らしく扱ってこそ意味があると私は捉えておりますので、 この点が気に入らない方はスルーして頂くよりほかございません。御了承下さい。



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