Fate/stay night alternative story   after“Unlimited Blade Works”

 春が、来た。
 桜のつぼみが、ほころび始めた。
 桜、さくら。
 きれいな、さくら。
 わたしに少しだけ、勇気をください。












桜、さくら
written by ばんざい








「先輩。明日、何かご予定ありますか?」

 姉さん。アルトリアさん。藤村先生。もちろん、先輩。
 みんな揃った、衛宮家の食卓。
 会心の自信作、大豆から作ったおぼろ豆腐をすくうみんなの手が止まった。
 一人、先輩だけがきょとんとしている。鈍感。

「――いや、いつも通りだけど」

 つまりアルトリアさんとの稽古と、夕方の英語勉強会と、夜は姉さんの講義。バイトが 無い事も判ってる。

「明日一日、先輩を貸してください」

 先輩ではなく、アルトリアさんの眼を見据えて頼む。
 彼女は私の剣幕に目を丸くしていたが、優しく微笑んでうなづいてくれた。

「そうですね。シロウ、明日の稽古はお休みにしましょう」

「いや、でも一日でもさぼったら」

「時には身体を休めるのも鍛錬のうちです。その分、今日はみっちりやりましょう」

 ありがとう、アルトリアさん。
 でも、先輩を今日壊さないで下さいね。
 そして覚悟を決め、先輩の顔をうかがう。がんばれ、わたし。

「先輩。明日わたしと、お花見に付き合っていただけませんか?」

「花見? まだちょっと早くないか?」

「だからいいんですよ。満開になって人出が賑やかになり過ぎる前に行きたいんです。 それに、毛虫も苦手ですし」

「そ、そうか。それじゃみんなで」

「わたしは、先輩と二人でのんびり桜を眺めたいんです。
 みんなで賑やかに宴会するのは、それこそ満開になってからでいいじゃありませんか」

 わたしが自己主張したことに、先輩が戸惑っている。
 姉さんや藤村先生は呆然としている。
 すこし、いい気分。

「え〜と、弓道部の部活は?」

 先輩は救いを求めるように藤村先生を見た。

「明日は部活もお休みです。そうですよね、藤村先生?」

 呆然の続きをしながら、先生はうなづく。
 当然、前もって根回し済みだ。
 ただし先生には『たまには休まないとかえって部員の士気が落ちる』と進言しただけ。
 わたしの思惑にようやく気付き、『そういう事か』という顔をしている。
 先輩の顔は姉さんに向く。
 二人が何か言う前に、こちらから。
 うつむき加減に、上目遣いで。

「だめですか?」

「あ、いや、桜――」

 そして視線をテーブルに落とす。

「――ごめんなさい。勝手に先走って。わたしと二人きりなんて、人に見られたりしたら 困りますもんね。
 姉さんも、ごめんなさい」

「――行ってあげなさいよ、士郎」

 先輩も、姉さんも、優しいから。
 かわいそうな妹のおねだりを、無下にしたりは出来ない。
 計算ずくでそれを利用するのはあざとく卑怯かもしれないけれど、なりふりかまっては いられない。
 あらためて、先輩を見詰める。
 絶対上手くゆくと確信していたけれど。

「あぁ。もちろん、喜んでお供するよ」

 そう言ってもらえて、芝居ではなく涙がにじんだ。
 恥ずかしかったし、姉さんは怖かったけど。勇気を出して、よかった。



 射位に着く。
 自分でも驚くほど、こころ穏やか。
 むしろ浮ついて駄目になるかと思っていたけれど。
 足踏みから胴造りの安定感が違う。
 よどむこと無く弓構え、打ち起こし、引き分け。
 会。
 離れ。
 残心。

「――なにか良い事でもあったか、間桐?」

 美綴主将は目を丸くして驚きを表現して見せた後、唇の端を吊り上げる笑みを浮かべた。
 ――姉さんに似ている。

「衛宮だな?」

 あぁ、駄目だ。
 明鏡止水の心持ちも、所詮その程度のものか。
 主将が投げたその一言で、激しく波紋を広げた。
 頬が紅潮するのを抑えられない。

「判りやすいな。
 遠坂を出し抜く相談なら乗ってやる。のろけたければ聞いてやる。
 ――その上でさっきと同じ射が出来れば、既にあたしを超えているぞ」

 その境地には永遠に辿り着けない気がする。
 手が震える。
 恥じ入るわたしの頬を、主将の指が撫でた。

「可愛いな。あたしも惚れそうだ」

 いいようにからかって満足げな主将は、精神統一するでもなく射位に着き、 見事な射を見せた。
 この人にはまだまだかなわない。
 諦めて、弓を置いた。



 勉強会はつつがなく終わり、夕飯のきりたんぽ鍋も美味しくいただいた。
 帰り道は、久しぶりに先輩に送ってもらった。

「先輩、もう一つ、お願いがあるんですけど」

 なに? と微笑んでくれる。頼られるのが好きな人だから。
 わたしは二人きりになるまで隠し持っていた袋を渡した。
 ラッピングもしていない、量販店の袋。

「プレゼントです。明日のお花見のとき、これを着てくれませんか?  一回洗濯してありますから、そのまま着られます」

 実は洗濯した後、一晩抱いて寝た。

「えっ、服? いやそんな、プレゼントなんてもらう理由ないし」

「わたしが先輩に着て欲しくて買って来たんです。
 わたしのわがまま、聞いてもらえませんか?
 高いものじゃありませんから、気にせず受け取って下さい」

「じゃあ、お金はちゃんと払わせてくれ」

「先輩。わたし、理由がなくちゃ先輩にプレゼントも受け取ってもらえないんですか?」

 少し本気で怒るわたしに、先輩は肩をすくめて受け取ってくれた。

「わかった。それじゃ、必ず何かお返しするから」

「いいえ。一緒にお花見に行ってくれるだけで、もう充分――」

「桜」

 先輩はわたしの肩をつかみ、軽く揺すって言葉をさえぎった。

「行ってあげるんじゃない。俺も、桜と花見に行くのは楽しみなんだ」

 あぁ。
 その言葉だけでふわふわする。
 なんて安上がりなわたし。

「それじゃ先輩。明日、朝ご飯の後、午前中にみんなの分も含めてお弁当作って、一度 帰って着替えてから外で待ち合わせましょう」

「え? そのまま一緒に行くんじゃないのか?」

「外で待ち合わせるのがいいんですよ」

 だってその方が、いかにもデートらしいから。



 部屋に戻り、明日着てゆく洋服を改めてチェック。
 色々考えたけど、明るい色は桜色に溶け込んでしまうから駄目。
 思い切って、黒で統一する事にした。
 シンプルな黒のワンピース。カーディガンも黒。
 黒のショートブーツも、きれいに磨いた。
 下着も黒。ストッキングとガーターも、全部黒。
 見せることはなくても、こだわるのが女の心意気。
 先輩と並んで歩くことを考えただけで、なんて幸せ。
 でも、明日はもっと幸せになる。
 天気予報は穏やかな暖かさを約束してくれている。
 体調も万全。
 ――でも、わくわくして眠れない。
 姉さんに教わった拳法の稽古で興奮を静め、適度な疲労で眠気を誘う。
 お休みなさい。



 ――目覚めは、最悪。
 どうして? どうして?
 やっぱりわたしには、幸せになる権利はないのだろうか。
 昨日は全く兆候はなかったのに。
 お腹が――というより、からだの中心が、鈍痛に捉えられている。
 頭が重い。身体が重い。
 予定では、あと3日は大丈夫のはずだったのに。
 大丈夫。だいじょうぶ。落ち着いて。
 始まったのではなく、痛みだけ先に来たみたい。
 耐えられない痛みじゃない。
 身体を温めて、少し動けば楽になるかも。
 だいじょうぶ。
 このくらいまだ、だいじょうぶ。
 先輩とのデートの前には、どうってことない障害。
 目元にくまができないように、マッサージを入念に。



 幸い、天気までは裏切らなかった。
 風もなく、穏やかであたたか。
 それでも念のため、身体を冷やさぬようコートを着て、ゆっくり歩いた。
 出がけにもたついたから、先輩を起こすことは出来なかった。
 すでに朝食の支度はあらかた済んでしまっていた。
 わたしはお弁当の仕込を始めておく。
 みんなの分を、たくさん用意しておかないと。
 先輩はご飯をよそい、アルトリアさんがそれを運ぶ。
 ――どうしてそんなに楽しそうなんだろう。
 あの人は、そんなに笑顔を見せる人ではなかった。

「ちょっと。わたしの使い魔を睨み殺さないでよね」

「ひぃあっ!?」

 いきなり背後から胸を揉まれ、耳元で囁かれた。

「姉さん。朝の挨拶はもう少し普通にしてください」

「だって、桜が眼力でアルトリアを呪い殺そうとしてて、 全然わたしに気付いてくれないんだもの」

 姉さんはわたしの胸を鷲掴みにしたまま、悪びれもせず言った。
 いけない。いけない。いらいらしてる。
 体調のせいで情緒不安定になってる。
 落ち着いて。

「心配しなくても、今日の士郎はアンタのものだから。
 それより、夕べちゃんと寝た?」

「はい。大丈夫です」

 ローファットミルクを注いで渡すと、姉さんは一息に飲み干した。

「せいぜいたっぷり甘えていらっしゃい」

 姉さんの余裕は、でも精一杯の強がり。

「姉さん。鼻の下、ヒゲができてますよ」

 あわててこすり、今度は服の袖にミルクの染みをつけている。
 なにもかも完璧で、女性として憧れていた姉さんにも、可愛いところがあるんだ。



 朝食を済ませてから、先輩に気付かれないように洗面所でアスピリンを一錠。
 大丈夫、これでだいじょうぶ。

「お昼はここに用意しておきますから。
 夕方の勉強会には、ちゃんと帰るようにします」

「約束よ、桜ちゃん」

 藤村先生はわたしの手を握り、まっすぐわたしの眼を見詰めた。

「先生――うぅん、おねえちゃんは、信じてるからね」

「はい。
 ――先生、痛いです」

 剣道家の握力で、本気で握らないでください。



「無理に来なくていいんだぞ」

 洗濯物を取りに病室へ行くと、兄さんはいつもそう言う。

「衛宮はあいかわらずか?」

「はい――いえ、前より少しだけ、自己主張が強くなったかもしれません」

 兄さんはいかにも愉快そうに笑った。

「そりゃいい事だ。あいつは頑固なくせに中身が無いみたいなヘンな奴だったからな。
 お前もたまにはあいつを困らせるくらい我が儘を言ってやれ。
 その方が、あいつの為にもなる」

「はい。これからお花見に付き合ってもらう約束をしてます」

 兄さんはぽかんと口をあけて驚いている。

「お前から誘ったのか? ――そうか。お前も変わったな」

 ニヤニヤ笑う兄さんに、少し意地悪したくなった。

「兄さんも桜が満開になる頃には退院でしょう? そうしたら、みんなと一緒にお花見に 行きませんか?」

「おいおい勘弁してくれ。遠坂や藤村と一緒にか?」

「そのときは美綴主将もお呼びしますよ」

「……桜。お前、遠坂に似てきてないか?」

 それ、褒めてくれてるんですよね、兄さん?



 家に戻って、お風呂で温まる。
 ゆるゆる。ゆるゆる。
 痛みが少しとけてゆく。
 大丈夫。だいじょうぶ。
 見られたら逆に退かれそうな勝負下着を身に着け、気合。
 顔色の悪さをファンデーションで誤魔化そうかと思ったけど、やめた。化粧水だけ。
 マスカラとアイラインは、紫。シャドーは入れない。
 明るくするのはルージュとネイルだけ。パールの入った桜色。
 できるだけ、素顔で。
 でも精一杯がんばった、これがいちばん見て欲しいわたし。
 はやく先輩に見て欲しい。
 はやる気持ちを抑え、姿見でもう一度服装をチェック。
 よし。だいじょうぶ。
 ゆっくりと、待ち合わせ場所の交差点――もっと風情のある場所にしたかった―― へ向かい歩き出す。



 先輩は先に来て待っていてくれた。
 その姿を見て思わず足が速まる。
 だけど。
 これはどういうことだろう。

「先輩は、わたしと一緒に歩くの嫌なんですか?」

 思わず口をついた非難の声に、先輩はぎょっとしている。
 あぁ。たしかにわたしは気が高ぶっている。
 でも、やっぱりこれはあんまりだ。

「わたし、先輩と一緒にお出かけするの、すごく楽しみにしてたんですよ?
 別におしゃれしてくれとはいいませんけど、もう少しだけ気をつかってくれても いいじゃありませんか」

 もとより、先輩が服装に無頓着な事は知っている。
 だから渡した、わたしとおそろいになる黒の長袖Tシャツとコットンパンツを着て くれてはいる。
 だけど。
 なぜ白い――しかも泥染みが残っている――スニーカーなのか?
 なぜベージュの布ベルト――しかもボロボロ――なのか?
 なぜ胸元から白いTシャツ――しかも襟首が少し伸びている――がのぞいているのか?
 なぜタイガースの――しかも背中に虎の刺繍入り――スタジアムジャンパーなのか?
 判っている。わかっている。
 先輩に他意はない。
 わかってはいても、なさけなくて泣きたくなった。
 先輩にとって、わたしがどうでもいい存在にみられているみたいで。

「先輩。お義父さんの遺品で、お洋服とかありませんか?」

 わたしの剣幕に押され、ややのけぞりながら先輩は答える。

「あ、ああ。みんなとってはあるけど」

「行きましょう」

 有無を言わせず腕をつかみ、衛宮邸へ戻る。
 今日はおしとやかな乙女のつもりだったけど、今までで一番、 凶暴なわたしになってしまった。
 自分でも少し、おどろく。



「失礼します――先輩、どちらですか?」

「あれぇ、もう帰ってきたの?」

 居間から障子越しにかけられた藤村先生の声を無視し、洋服箪笥へ案内させる。
 さいわい、ダークグレーのジャケットがすぐ見つかった。
 ベルトはスーツに通したままの黒革の物を拝借。

「先輩、シャツを脱いでください」

「ええっ!?」

 シャツの裾をズボンに入れるなら、下着は不要。

「なにしてるの〜?」

 強引に上半身裸に剥いたところで、藤村先生が入って来た。

「お、おねえちゃんの目が黒いうちに、はれんちな行為は――」

「服装のしつけも出来ない人に、先輩の姉を名乗る資格はありません!」

 指を突きつけきっぱりと言ってやる。

「うぅ、桜ちゃんがこわいよぅ……」

 藤村先生は涙目になってすごすごと引き下がる。勝った。

「先輩。今度から服を買いに行く時は、必ずわたしを連れて行ってくださいね」

「あ、ああ……うん」

 思わぬ副産物。
 よくやった、わたし。



 靴はエンジニアブーツがあったので、軽く磨いてよしとした。
 これで、派手ではないけど二人並ぶとかなり目立つペアルックの出来上がり。
 さぁ、出直し。

「なぁ、桜。お前、ちょっと顔色悪くないか?
 なんかちょっとつらそうだし、具合悪いなら――」

 ――この人は。
 鈍感なくせに、どうして気付いて欲しくない事ばかり気付いてしまうんだろう。
 わたしの事をよく見てくれているのは嬉しいけれど。
 その優しさは、本当に嬉しいけれど。
 ――たしかに、感情を高ぶらせて動き回ったせいか、また少し痛みが強くなっている。

「大丈夫です。別に病気じゃありませんから」

「だけど」

「本当に、病気じゃないんです。おねがいです、予定通り付き合ってください」

 腕にすがるわたしに、先輩は少し顔を赤らめた。察してもらえたらしい。
 これで『お腹がすいたのか』と言われたらトラウマになるところだった。

「判った。つらかったら無理するんじゃないぞ」



 肩を並べ、歩く。
 ゆっくり、歩く。
 先輩と、二人きり。
 本当に久しぶりに、二人きり。
 兄さんの事、姉さんの事、一成さんの事、美綴主将の事、弓道部の事。とりとめなく 話しながら、ゆっくり、歩く。
 たどりついた公園の桜は、ようやく五分咲きくらい。
 それでも桜並木の下には花見客がちらほらいるけど、少し離れたベンチに人影は無い。

「あぁ、そのまま座ると汚れるだろ。ちょっと待って」

 先輩はベンチの上にマットを敷いてくれた。
 こういうところは、本当によく気がつく人。
 出る前にどたばたしたから、もうお昼の時間。

「弁当、食べられるか?」

「病気じゃないんですから。食べさせてくれなきゃ怒ります」

 先輩と合作のお弁当。
 重箱に詰めたから、膝の上に広げて互いにつつく。
 自然、重箱を落とさないように、先輩とぴったりくっついて。

「む。中華の腕が上がったな」

「はい。姉さんの味を盗んでます」

 煮物など汁がこぼれる物を避けると、お弁当で和食のレパートリーは減ってしまう。
 新学期に向け、日夜研究の手は休めていない。

「先輩の出汁巻き卵は、どうしてもまね出来ませんね」

「当たり前だ。そう簡単に追い抜かれてたまるか」

 お弁当を食べ終え、少しだけ桜並木を歩く。
 まだ圧倒されるようなトンネルにはなっていないけれど、盛大な桜吹雪ではなく、 そよかぜに乗って一片、二片の花弁が静かに舞うのもいいものだと思う。
 本当は手をつなぎたかったけれど、人目があると先輩が恥ずかしがるから、寄り添って 歩くだけで我慢。

 お手洗いでルージュを直し、ベンチに戻る。
 並んで座って、ぼんやりと桜をながめる。ただそれだけ。
 五分咲きで空が透けて見える桜は遠目に淡く、儚い。
 だけど控えめなその姿が、とても落ち着く。

「寒くないか?」

 先輩がわたしの膝にかけてくれたジャケットを、広げて二人の膝が収まるようにかけ直す。

「ごめんなさい」

「え? 何が?」

「座ってるだけで、退屈でしょう?」

「そんな事ないさ。こうしてのんびりするのもいいもんだ。
 けど、独りでこうしてるのも少し寂しい。
 こういう時間が一緒に持てるのは、桜だけだよ。
 ――他の連中とじゃ、こんなに気が休まらない。誘ってくれてありがとう」

 嬉しい。うれしい。
 こんなわたしでも、先輩を癒すことができる。
 思わず肩にもたれると、優しく髪を撫でてくれた。

「もう少し、こうしていていいですか?」

 先輩の肩に頬をよせて目を閉じると、肩を抱いてくれた。
 空いている先輩の手を、ジャケットの下で握る。
 幸せ。しあわせ。心地好い。
 先輩の腕に抱かれて。
 先輩のぬくもりを感じて。
 先輩の匂いに包まれて。
 とろとろ。とろとろ。とけてゆく。
 痛みも。
 不安も。
 ゆらゆら。ゆらゆら。
 このまま身体もとけて、先輩と一つになってしまえばいいのに。
 ああ、でも駄目。それはだめ。
 わたしの身体は穢れているから、先輩も穢してしまう。
 だけど。
 わたしは、かわる。こころも、からだも。
 新陳代謝で全身の細胞が入れ替わるように、少しずつ。
 間桐の執着も、お爺様の呪縛も、断ち切れるくらい強くなって、生まれ変わる。
 わたしひとりじゃないから、きっとできる。
 姉さんも、先輩も、ついてるから。
 穢れを祓い、先輩にふさわしい女になる。
 それまでは、先輩を姉さんに預けてもいい。

 せんぱい。いままで愛してくれて、ありがとう。
 いもうとのように愛してくれて、ありがとう。
 だけど、もう駄目。それではだめ。
 わたしは欲深いから、いもうとでは満足できない。
 だから、いまのうちにしるしはつけておかなくちゃ。

「先輩。耳を貸してください」

 耳をつまみ、口をよせる。

 先輩。わたし、先輩の妹じゃありません。
 わたしを見て。
 女として見てください。

 言ったら、拒む事もできる。
 だから、言葉は使わない。

 そっと頬をすりあわせ。
 ゆっくり、しずかに。
 先輩の頬に口付けた。

 先輩の胸に身体をあずけ、首筋に顔をうずめる。 先輩の服、タートルネックにしなくてよかった。
 素肌の匂いをゆっくり吸い込み、吐息を胸に返す。
 先輩。わたしの胸、どきどきしてるの、感じますか?
 先輩は、身を硬くして動かない。

「ごめんなさい。ちょっと、甘えすぎました。
 ……そろそろ、帰りましょうか」

「ああ、そうだな。直接、家に送って行こうか?」

「いえ、大丈夫です。わたしも勉強会には出ます」

 二人並んで、家路につく。
 先輩の頬に、わたしがつけたさくら色のあと。
 色は薄いけれど、光の加減できらきら光る。
 近くで見れば、わかるはず。
 だけど、教えてあげない。
 これと、二人並んだ姿を姉さんたちに見せるまで、今日のお花見は終わらない。



 桜、さくら。ありがとう。
 わたしに勇気をあたえてくれて。
 桜の花は儚いけれど、年を経るほど綺麗になる。

 桜、さくら。
 きれいな、さくら。
 わたしもきっと、まけないくらいきれいになる。



end

The original work 『Fate/stay night』  ©TYPE-MOON
Secondary author ばんざい 2004.3.19

補足
 桜分補給。桜支援。桜さくらサクラ。
 拙作『わたしは、さくら』の後日談的位置付けになります。
『わたしは、さくら』でこれでもかというくらい自虐的に描いてしまいましたので、今度は 胸中の泥を吐いた事で素直になった桜に甘々のご褒美……になっていればいいんですが。



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