Fate/stay night alternative story   after“Unlimited Blade Works”

わたしは、どうすればよいのだろう。
わたしは、どうすればよかったのだろう。
もう取り返しはつかないのだろうか。


わたしは醜い。
心が醜い。

 姉さんを妬む。
 アルトリアさんを妬む。
 藤村先生を妬む。
 わたしを認め、愛してくれる、優しい、大好きな人たちを。
 だから醜い。醜い嫉妬。

わたしは汚い。
身体が汚い。穢れた身体。

 蟲に犯され。
 兄に犯され。
 ぬぐう事の出来ない穢れ。


ただでさえ醜く、穢れているのに。
このうえ、容姿まで見苦しくなったら、どうして大好きな先輩の前に立てるだろう。
こんなわたし、いっそ死んでしまえればいいのに。
でもそうしたら、先輩を悲しませてしまう。
先輩はこんなにこころもからだも穢れたわたしでも愛してくれる。
いもうとのように。
それ以上に。
そんな身にあまる愛情を受けてなお満足出来ないわたしは、なんて強欲で、無様。












わたしは、さくら
written by ばんざい








 わずか二週間ほど前。
 先輩が遠くへ行ってしまうと知らされた。
 卒業後、ロンドンへ行ってしまうと知らされた。
 姉さんと、アルトリアさんと一緒に。
 それはあと、一年後。

 もう、わたしがつけ入る隙はないのだろうか。
 それでもあと一年だけでも、少しでも側にいたくて。
 英語の勉強をするという先輩たちに、一緒に参加させてくれとねだった。
 未練がましく。

 勉強会は美綴主将や柳洞さんまで参加して、とても賑やかに続いている。
 前にも増して賑やかな食卓も、楽しい。
 一年の期限付きでなく、このままずっといつまでも続いて欲しいとすら思った。
 それなら、先輩は手の届くところに居てくれる。
 わたしだけの先輩ではないけど、姉さんたち誰かのものでもない。
 それなら醜く嫉妬せず、姉さんたちのことも好きでいられる。
 そう思った。

 それが、まさかこんな事になるなんて。


 異変に気付いたのはお風呂に入ろうとブラを外した時。
 今まで以上に開放感があった気がした。
 ワイヤの跡もくっきりついていた。
 気のせい。気のせい。
 そう言い聞かせ、お風呂上りにヘルスメーターに乗った。たぶん、一ヶ月ぶりくらいだった と思う。

 増えていた。
 3.6kgも、増えていた。
 慌ててメジャーを取り出す。
 ウェスト、+2cm。
 アンダー、+2cm。
 トップ、+1cm。
 ヒップを測る勇気は挫かれた。

 どうしよう。どうしよう。
 原因は明らかだ。
 勉強会を始めてから、実質一日四食になっているのだ。
 夕飯の時間が遅くなる為、勉強会の前に用意される軽食は、既に軽食の域を超えていた。
 だというのに、勉強会後の食事の量が減っているわけでもない。
 もちろん料理が美味しい事もある。
 食べてくれる人が増えたおかげで先輩は言うに及ばず、姉さんやわたしも競って 美味しいものを作った。
 和やかな雰囲気と、アルトリアさんや藤村先生の健啖ぶりに誘われ、 知らず知らず食が進んでいる。
 そういえば柳洞さんが衛宮家の食事風景をみて驚いていた。
 あれは藤村先生たちの食べっぷりに気圧されているものと思っていたけれど、 わたしもその驚異の対象に入っていたのかもしれない。

 ――考えてみれば、しごく当たり前の結果だった。

 納得いかないのは、わたし以外の人に目立った変化がない事だ。
 使い魔であるアルトリアさんはわかる。
 一番食べているくせに相変わらず一番細いなんて、理不尽な事だけど。
 姉さんはくっきりした顔立ちの美人だから、多少ふっくらしても目立たないのかもしれない。
 いや、その方がむしろやわらかくて温かみのある顔になるだろう。
 藤村先生はもともと引き締まった猫みたいな人だ。
 猫は太っても愛嬌が増すだろう。
 美綴主将は、見かけ以上にストイックにおのれを律し鍛えている人だ。
 仮に太っても、肉がつくのは胸だけという気がする。
 先輩や柳洞さんは男の子だし、そもそも基礎代謝が違うのだろう。

 ――冷静に分析しますます憂鬱になる。
 ほかの人に変化が無いのではなく、わたしだけがマイナスに作用しているということだろうか。

 なんとかしなくちゃ。なんとか。
 とりあえず明日は早起きして先輩の家へ行って、朝食はわたしが作ろう。



 気合を入れて早起きした。
 本当は先輩を起こしに行きたかったけど、我慢して先に朝食の支度を始める。
 春休みで時間に余裕があるからといって、朝から高カロリーなものを食べさせられては たまらない。
 野菜スープにポーチドエッグ。ライスかトーストはお好みで。
 アルトリアさんにわたしの分の黄身をあげたら素直に喜ばれた。複雑。



 午前中は病院へ行く。大嫌いな兄さんの病室へ。
 わたしは今でも兄さんが大嫌い。絶対に許すことの出来ない人。

「どうした。元気が無いな、桜。衛宮と何かあったか?」

 本当に卑怯な人。
 今さら優しい言葉をかけて。
 恨み、憎み続けているわたしが醜く狭量であるかのように感じさせるなんて。
 朝食と一緒に作ったお弁当で兄さんの昼食に付き合う。

「おいおい桜、そんな少しで足りるのか? 午後部活に行くんだろう?」

 本当に、大嫌い。



 弓は正直だ。
 射に集中し雑念を払おうとしたけれど、逆に乱れたわたしのこころを忠実に反映し、 目に見える形でさらされるばかりだった。
 耐えかねて早々に弓を置くが、もちろんこんな状態で後輩の指導など出来るはずも無く。
 逃げるように道場の隅を雑巾掛けしていると、美綴主将に背中をどやされた。

「間桐、立て」

 主将の顔を見上げると、肩を掴んで壁へ向かされた。

「顔を上げろ。背中を丸めるな。胸はそらさず緩めろ。肩を上げるな。膝を絞るな」

 ただまっすぐに立つだけ。
 自然体。
 主将はわたしの身体をぽんぽんと叩きながら姿勢を直してゆく。

「胸も腹もぱっつんぱっつんに詰まってるなぁ」

 びくりとすくめたわたしの肩を、主将がまた優しく叩く。

「身体じゃない。中身の事だ。色々溜まって発酵してそうだな」

 あぁ。わたしの腐敗した心は、そんなにも判りやすいのだろうか。

「一度全部吐き出しちまった方がいいんじゃないか?  あたしじゃダメでも、間桐の周りにはお節介焼きがいくらでもいるだろう」

 ほんとう。それが出来ればどんなに軽くなるだろう。

「間桐はお姫様だからな」

 つまり周りから手を焼いてもらいながら、ないものねだりをして駄々をこね続けるわがまま娘。



 一度自宅で着替えるという主将と別れ、もう一度兄さんの病室に顔を出してから衛宮邸に行くと、 カレーの香りに出迎えられた。
 居間のテーブルには、山盛りになったパンの耳のフレンチトースト。 もちろんたっぷりお砂糖がまぶされている。
 いけない、お腹が鳴りそう。

「お帰りなさい、サクラ」

 おかえりなさい、か。
 そう、わたしはこの家の家族として認められている。
 しかし、台所からそう声を掛けてくれたのがアルトリアさんとなると複雑だ。
 先輩以外には、わたしだけしかそこに入る事はない聖域だったのに。

「シロウと一緒に商店街に仕入れに行って驚いた。パンの耳というのは、 ほとんど施しのような値段で売られているのですね」

 わたしだって先輩と一緒にお買い物なんて、めったに行ったことがないのに。

「料理と言うのもおこがましいですが、それは私が作りました」

 先輩に教わって?
 ――いけない、いけない。嫉妬は醜い。

「いただいていいですか?」

 気を取り直して細長いフレンチトーストに手を伸ばすわたしを、緊張に震える翠の眼が 見詰める。

「――美味しい」

 たっぷりのお砂糖と控えめなシナモンの味付けは、本当にわたしの好みだった。
 表情を崩すまいとしながら頬を染めるアルトリアさんは、本当に可憐。
 わたしの言葉に安心して、コクコクと確かめるようにうなずきながら、リスのようにパンの耳を かじる姿も可愛い。

「あの、ところで先輩は?」

「シロウはリンと一緒にトオサカ邸で魔術の勉強だそうです」

 またちくりと、胸がうずいた。

「二人きりにして、不安じゃないんですか?」

「現在あの二人を脅かすものが存在する可能性は低い。それに、カレーの番も任された」

 そういう事をたずねたのでは、ないのだけれど。



 勉強会は早めに終わった。
 肝心の講師である藤村先生とアルトリアさんがカレーの香りに気をとられ、虚ろな眼を し始めたからだ。
 あぁ、どうしてまた、こんなに食欲をそそるものなのか。
 ――美味しい。
 鷹の爪を丸ごと放り込んだ風味を、ヨーグルトでほどよく調和させている。
 一口、一口。大事に味わって食べる。

「どうした桜。口に合わなかったか?」

 ――先輩。わたしがゆっくりごはんを食べてると、そんなに変ですか?
 そんなに普段、たくさんむさぼり食べているんですか?

「いえ、とっても美味しいです。あんまり良い出来なのでしっかり味わって食べてたら、 もうおなか一杯になっちゃいました」

「もしかして体調悪いのか?」

 わたしがカレーを一皿しか食べないと、そんなにおかしいですか?

「いえ、本当に何でもありませんから」

 思わずお腹に手をやる。これ以上食べてしまっては、ますます――

「あ、胃腸の具合が悪いのか?」

 先輩の手が、わたしのお腹に伸びてくる。
 いつも触れて欲しいと思ってる。
 でも今だけは誰よりも触れて欲しくない、先輩の手。

「だっ、ダメですっ! ――あ」

 自分でも驚くほど、激しく打ち払ってしまった。

「御免なさい」

 ちがう。ちがうんです先輩。

「何で桜が謝るんだ。すまん、無神経だった。俺はただ桜が心配で」

 先輩が嫌なんじゃないんです。本当は嬉しくて。でもだからこそ――

「はい。先輩は悪くありません。  ――やっぱり少し調子悪いみたいです。すみませんけど、お先に失礼させていただきます」

 先輩の顔を見ていられず逃げだしてしまった。食器も片付けず。



 あぁ、やってしまった。
 先輩に気遣ってもらって、本当は凄く嬉しいのに。
 自己嫌悪に陥りながら歩いていると、藤村先生が追いついてきた。

「どうしたの。桜ちゃんらしくない」

 誰とも口をききたくなかったけれど、逃げる気力もなく。

「普段ならボケ士郎がなにかやってもそんなに過剰に反応する事なかったでしょ?  アレ以前に、なにかあったの?」

 やさしく問いかけてくれる藤村先生。

「――先輩は、何も」

 先輩の姉がわりを自称する藤村先生は、わたしに対してもほんとうにやさしい。
 後から現れて、ずっと可愛がってきた弟分にまとわりつくわたしにも。

「わたしが悪いんです」

 わたしの言葉を待っていた先生は、それきり黙ったままのわたしの顔を覗き込んだ。

「何が?」

 言いたくなかった。
 でも、こんな事を吐き出せる相手はこのひと以外にいなかった。

「わたし、太ったんです。3.6kgも」

「太った? 桜ちゃんが?」

「勉強会が始まってから、お夕飯、二回食べてるようなものじゃないですか。 それで弛んだ今のお腹に触れられるのが怖くて。わたしが悪いんです。 勝手に太って、勝手に気に病んで」

「はぁ? そんな事ぉ?」

「わたしにとっては、大問題です」

 わたしが何をいっているのか良く理解できないという顔で首をかしげていた先生は、 自分の身体をあちこちパタパタ触りはじめた。

「ぬ、ぬぅ……」

 先生も思い当たるふしがあったのか、眉間にしわを寄せてうなった。

「いいじゃないですか先生は。もともと細くて引き締まってるんですから、少しくらい」

「だからちょっとでも目立つのよぅ。あぁもう、ウカツだったわ」

 先生の眼が優しい姉から、女の眼になってわたしを見た。

「桜ちゃんこそ別にいいじゃない。またおっぱいおっきくなったんでしょ」

 あぁ。
 このひともやっぱり、わたしと同じ女なんだ。
 保護者の視点から、わたしと同じ女の視点に降りてきた彼女に、 親近感と憎悪を共に抱いた。

 そして発作的に露悪衝動に駆られた。

「わたし、中身が醜いですから。身体まで醜くなったら、 もう先輩に触ってもらえなくなっちゃうじゃないですか」

 ずっと先輩の側にいて。見守って。
 誰よりいちばん長く、先輩を愛し続けて。
 大好きな先輩の、姉がわりで。
 たぶん女としても先輩を愛している、このひとの目の前で。

「ほんとうは、先輩に触って欲しいんです。触って、舐って、犯して欲しくて。 先輩のそばに寄ると、身体がうずいてしかたないんです。ほかの誰にもわたさないで、 わたしの身体に溺れさせたいって思ってるんですよ」

 わたしの中に溜まって腐敗した欲情を吐き出して、『士郎に近付くな』と 罵られたくなった。

「わたし、自分が大嫌いです。 こんな性欲まみれのけだものが、先輩に近づいていいはずが無い」

 藤村先生は黙ってわたしに近づいて、げんこつでわたしの頭を突いた。
 こつん、と。

「おばかさんね、桜ちゃん」

 そう言って、わたしを優しく抱きしめた。

「女の子だって、性欲あって当たり前なのよ。触れたい、触れられたい、抱かれたい。 ――みんなその獣と折り合いつけてるんだから。別にそれは、悪い事じゃないの」

 なにをきれい事を言ってるんだろうこのひとは。
 このひとが胸に秘めた欲望もひきずり出してやりたくなった。

「じゃあ藤村先生も、先輩に抱かれたいって思ってるんですか? 今まで弟みたいにして 見守ってきた男の子に」

「ん〜、まぁね〜。こんなにたくさん可愛い子が湧いてくる前に、ぱくぱく食べちゃって わたしのものにしちゃっとけば良かったかなーとか、むしろ今からでも食べて欲しい、あぁもぅ めちゃくちゃにして、とか……かけらも思わないと言えば、それは嘘になるかな」

 どうしてそんなにあっさり返せるのだろう。

「なら、その大事な彼のそばに、わたしみたいな飢えたメスがまとわりついていて、あなたは 平気なんですか?」

「飢えてるのはみんな一緒よ。手塩にかけた士郎をみんなが好きになってくれて、わたしも 鼻が高いわ。本当に中身が醜い娘だったら、士郎がそれに惑わされるわけないし、 逆に本当に良い娘を士郎が選んだなら、わたしは喜んで祝福してあげるわ」

「うそばっかり。先輩がロンドンに行っちゃうって聞いて、泣いてすがったくせに」

「それはまぁほら……でも結局、許したじゃない」

「先生がうらやましい。明るくて、思った事は何でも言えて」

「桜ちゃんだって今、聞いてもいない事までべらべら良くしゃべったじゃないの。あんなに あけすけにしゃべられたら、わたしだって本音さらさないといけないみたいじゃない」

 先生は私を抱く腕に力を込めた。

「ほんとにばかで、可愛い娘。わたしじゃなく、士郎に本音をぶつけてやればいいのに。あの子、 頑固なくせに押しに弱いのよ」

「じゃあなぜ、先生は力ずくで奪わないんですか?」

 先生はわたしを抱く力を緩め、そっと髪を撫でてくれながら言った。

「わたしはね、士郎を愛してるの。この愛っていうのは、仏教でいう愛、執着しむさぼり求める 心ではなくて、英語でいうlove、いつくしみ思いやる心ね。わたしが士郎を自分のものにして おきたいっていう欲情より、士郎の幸せを願う愛情を優先させたいの」

「――だから身を引くって事ですか」

「違うわ。士郎がわたしのそばにいるのが一番幸せだと確信できたら、そのときこそ力ずくでも 奪い取る。でも今はまだ、どうするのが一番、士郎の為になるのか、士郎自身が試す時だと 思うの。ロンドンへ行こうが誰かと結婚しようが、好きにさせてやるわ」

 あぁ、このひとも先輩と同じだ。
 どうしてこのひとたちは、自分より他人を愛せるのだろう。
 欲しがってばかりの自分が、ほんとうに卑しく惨めに思わされる。

「――わたしは、そんなふうに割り切れません」

「桜ちゃんは桜ちゃんのやりたいようにやればいいのよ。凛ちゃんだって、 そう言ってたでしょ?」

 そう言って先生は、もう一度強くわたしを抱き締めた。

「あぁもぅ! 桜ちゃんはふんわかして抱き心地がいいなぁこんちくしょう!」

「せ、先生、くるしい」

「わたしだってコンプレックスくらいあるんだよぅ。知ってる? わたしが絶対、 半袖やノースリーブを着ないの。士郎と同じくらい腕太いんだよ」

 そう言って袖をたくし上げて見せる。

「でもね、この腕を細くしたいとは思わない。わたしはわたしのやり方で、もっと綺麗になって みせるんだから」

 そう言って自分のウェストをつかむ。

「さしあたって明日から士郎に稽古つき合わせてやるわ。桜ちゃんなんかに負けないんだから!」

 先生はわたしの手を引いて駆け出した。
 あぁ、そうだ。
 いさぎよくあきらめきれないなら、見苦しくもがくしかないではないか。
 姉さんたちよりきれいになってみせる。
 でも一番のライバルは、もしかするとこの先生かもしれない。



 わたしは、さくら。
 虫がたかってぼろぼろになっても、頑張って春にはきれいな花をつけよう。
 花が散っても、また次の年もっときれいに咲けばいい。
 逆境に置かれるほど、花はきれいに咲くものだ。

 わたしは、さくら。
 春にはきっと――


end

The original work 『Fate/stay night』  ©TYPE-MOON
Secondary author ばんざい 2004.3.4

補足
『おねえちゃんの課外(加害)授業』、桜視点での話。
 本編でも凛ルートではわりを食って目立たず報われずな上、私もずいぶんな扱いをしてしまい、 このままではいかんと思った次第です。
 なお当SS上では、藤ねえも凛と桜が血の繋がった姉妹という事は知らされているものと します。



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