Fate/stay night alternative story   after“Unlimited Blade Works”

「なぁ、凛――」

「馴れ馴れしく呼ばないで。遠坂先生、よ」

「おい、拗ねないでくれよ」

 肩に伸ばされた手を払い落とす。
 なかば本気で、嫌悪して。
 アルトリアの髪に触れ、桜の肩を抱き、藤村先生の頬に触れた手を。

「いやらしい手でわたしに触らないで。
 いやらしい目でわたしを見ないで。
 一度身体を許したからっていい気にならないで。
 わたしは、あなたの性欲処理道具じゃないのよ。
 ――座って。目を閉じなさい、衛宮くん。動いちゃ駄目よ」












凛、凛々と
written by ばんざい








 わたしの屋敷。わたしの部屋。わたしのベッドの脇で。
 うぶ毛が触れるまで頬を近づけ、吐息が耳に掛かる距離で囁く。

「魔術師は、自分の感情をコントロール出来なきゃいけないわ。
 感情を殺しても駄目。
 感性は保ちつつ、どんな激情にも流されない強い精神が必要なの。
 これはその訓練。
 わたしが許すまで、絶対に動いちゃ駄目よ」

 椅子に座った脚を跨いで立つと、彼は気配を感じぴったりと膝をそろえて硬直する。
 その太腿に、内腿が触れるギリギリの距離を保つ。
 肩に手を掛け、胸の谷間の布地が彼の鼻を覆うまで近づける。
 服を通し、彼の吐息が熱くなってゆくのをみぞおちに感じる。
 そっと、なぞる。うなじを。耳の後ろを。肩甲骨の縁を。指で。手の甲で。 触れるか触れないかという柔らかさで。
 彼の欲情が伝わる。
 体温が上がっている。雄の体臭を感じる。
 跨いでいた彼の脚に腰を下ろす。
 薄いスカートの生地を通し、ジーンズのざらついた感触が少し痛い。
 彼は驚いて目を開くが、黙って手のひらを当て、閉じさせる。
 さらに緊張する大腿筋の動きとぬくもりを、素肌の太腿に感じる。
 互いの鼻の頭が触れ合い、吐息が唇に掛かる距離で囁く。
 鎖骨の内側を、指先で愛撫しながら。

「ねえ。わたしの事、好き? 愛してる?
 答えなくていいわ。わかってるから。
 わたしの事、大切に思ってくれるなら、欲情に負けて無闇と身体を貪ったりしないわよね?」

 ――くだらない。
 ここまで言って獣欲に負け襲い掛かってくれば、わたしは本当に彼を軽蔑し、見限るだろう。
 だが、彼は誠実だ。
 わたしの言いつけを守り、わたしが許すまで決して手出しはしない。そう確信している。
 理性は満たされ、本能は落胆するだろう。
 実にくだらない事をしている。自覚はあった。
 それでも、彼に対する苛立ちが、わたしに欲情させおあずけするという嗜虐心に駆り立てた。
 彼が、わたしに欲情している。
 それはわたしの女としてのつまらない自尊心を満たし。
 同時におのれのあさましさを痛感させ、自虐的な気分でエスカレートする。
 上唇の先端だけをわずかに触れさせ、頬へ滑らせる。
 そのまま囁き、唇で頬をくすぐる。

「わたしに触りたい? キスしたい? 犯したい?
 ふふ、ダメよ。他の女に同じ事されたら、同じように欲情するんでしょう?」

 わたしは、常に一番でないと気が済まない。
 当然、彼の中での存在としても。
 そうだ。わたしは嫉妬している。
 遠坂凛ともあろうものが、男一人に心を奪われ、振り回されている。
 そこからくる腹立たしさを彼にぶつけ、必死に主導権を握ろうとしている。
 その、おのれの了見の狭さがまた腹立たしい。悪循環。
 脚の上で握り締められた拳にそっと手を沿え、指のまたを小指と薬指の先で撫で上げると、 彼の喉仏がごきゅりと鳴った。
 両脇から手を差し入れ、背中にまわす。
 互いの胸が触れ合う寸前、ギリギリの距離を保って。
 耳元に口を寄せ、彼の顔を髪で舐る。
 右手で背筋の間に埋もれた脊椎を撫で上げ、左手で尾てい骨へ撫で下ろす。
 びくりと震えた彼に問いかける。

「ねえ。あなたは誰のもの?」

 彼は一度ゆっくりと息を吐き、言った。

「俺は、俺のものだ。誰のものでもない」

 それは、望んでいなかった答え。
 けど、いちばん望んでいた答え。

「ふぅん。言うようになったじゃない」

「なあ。もう目を開けてもいいだろう?
 俺は遠坂が嫌がるような事は絶対しない。死んでもしない」

「やめて。
 『死んでも』なんて言葉、むやみと使わないで」

 不快を覚え、彼の上から退いた。
 自分で命じたものの、遠坂、という響きも虚しさを増した。
『桜は桜なのに、なんでわたしは遠坂なのよ?』と、 なかば無理矢理名前で呼ばせていた自分が恨めしい。

「せめて顔くらい眺めさせてくれよ。このところ二人きりになるのって、 この魔術講義の時間くらいじゃないか」

「ええ、衛宮くんは他のみんなと買い物行ったりデートしたりで忙しくて、 わたしはどこにも誘ってくれないものね」

「だから、悪かったよ。でも、誘ってくれないのはお互い様じゃないか」

 判っている。
 わたしが折れてさっさとどこかへ誘い出せば済む事だ。
 だけど、なぜわたしが、遠坂凛ともあろうものが折れねばならないのか。

「――もういいわ。今夜の勉強はここまで。わたしは自分の作業があるから、帰っていいわよ」

 部屋から追い出し、ドアに寄りかかる。
 ――まったく、ムシャクシャする。
 おのれ。
 衛宮士郎、許すまじ。
 ――少し湿ったショーツが気持ち悪い。
 早くお風呂に入ろう。



 寝不足の頭に、打撃音が鋭く刺さる。
 黒い雲で低くなった空が、最終決戦に相応しい緊張感を醸しだす。
 これが最後。
 遠坂凛に残された、最後のチャンス。
 逃すわけにいかない。
 獲物を視界に捕らえ、攻撃開始。
 練り上げた気を丹田に落とし、右足を震脚。反力で左足を踏み込み――

「はッ!」

 カキィイイイン!
 爆発呼吸と共に発した勁は彼方まで打球を運んだ。判定、ホームラン。

「おー、凄いすごい」

 綾子はさも嫌そうにぺちぺちとおざなりな拍手をした。

「なによ。これでわたしの勝ちだからね。約束通りクレープ奢りなさいよ」

「まったく、いきなり呼び出したかと思えば、なにが悲しゅうて若い娘が二人、 バッティングセンターでクレープ賭けて勝負せにゃならんのよ。
 しかもあんた、眼ェ血走らせて一球ごとに物凄い気合発するもんだから、恥ずかしいったら ありゃしない」

「うっさいわね。敗者がガタガタ言うんじゃないわよ」

 ストレスはスポーツで昇華――出来るものではない。
 ならば食欲だ。
 綾子にクレープを奢らせる為、バッティングセンターを後にする。


 今にも雨が落ちてきそうな空の下、公園で綾子に奢らせたクレープを齧る。ブルーベリー。
 せっかくの甘味も、憂鬱な天気で台無しだ。
 勝負に勝って賞品をせしめたというのに、負けた綾子の方がニヤニヤとわたしの顔を眺めているのも 腹が立つ。

「衛宮にふられてあたしに八つ当たりは勘弁してくれよな」

「そんなんじゃないわよ!」

 あいつの名前を出すな。クレープが不味くなる。

「おやおや。こりゃ例の勝負、いよいよあたしの逆転かしら?」

「聞き捨てならないわね。なにかあてでもあるのかしら?」

「さぁてね。うさぎと亀の寓話は知ってるよねぇ。先行者が有利とは限らないって事さ。
 つまらないプライドは捨てた方が身の為だよ、お嬢様?」

 綾子のクセに生意気だ。
 正論だけに余計腹が立つ。
 血糖値が上がっても、イライラは治まらなかった。



 もう我慢の限界だ。
 待ちの姿勢は、遠坂凛のスタイルじゃない。
 気に食わない事があれば、自分の力でどうにかする。
 欲しいものがあれば、力尽くでもモノにする。

「士郎! いる?」

 勝手知ったる衛宮の家。
 ずかずか侵攻。料理の匂いがする。敵は厨房にあり。

「士郎!」

「あ、ちょうどよかった――」

 何か言いかける機先を制し先制攻撃。

『明日――』

 ――ハモった。

「な、なにかな?」

「あんたこそ、なによ?」

 迂闊な事を言ってごらんなさい。泣いて謝るまで語彙の限りを尽くして罵倒してあげる。

「あのさ。明日、その……映画でも、一緒にどうかな、と思って……」

 ――まったく、どうしようもない男だ。
 とんでもない女たらしになるかと思ったけれど、このぶんだと今しばらくは大丈夫らしい。

「衛宮くん? なんでそんなに怯えた小動物みたいな腰の引けた態度なわけ?
 わたしをデートに誘うのって、そんな一大決心が必要なほど気が重いことなのかしら?
 だいたいね、行く場所も話題も尽きた枯れたカップルならともかく、なんでわざわざ二時間以上も 黙って座って時間を潰しちゃう映画なんて一緒に行かなくちゃいけないのかしら?
 わたしの顔を明るいところで眺めたくないのかしら?
 それともなに? わたしと話しをするのが気詰まりなのかしら?」

 一気にまくし立て、おろおろする彼を見て少し溜飲が下がる。

「いや、俺はほら、女の子をどこに誘っていいのか判らないからさ。
 どこに行っても、行かなくても、なにをしても、なにもしなくてもいいんだ。
 ただ、遠さ――凛と一緒にいる時間が、このところ少なかったからさ。
 凛と一緒にいられれば、なんでもいいんだ。
 ――だから、明日一日、付き合ってくれないか?」

 ま、こんなものだろう。
 あまりいじめて拗ねられては元も子もない。
 ――そうだ。いい事を思いついた。
 思わず頬がほころぶ。
 それを見た彼の頬は引きつった。失礼ね。

「ねえ。それなら、お買い物に付き合ってくれないかしら?
 ちょうど洋服とか買いに行きたかったのよね」

 下着とか、ね。

「そ、そうか。判った。どこへでも行くよ」

 ふぅん。どこへでもついて来てくれるんだ?

「士郎にも何か服、買ってあげるわよ?」

「え? いや、それはその、遠慮しとくよ。別に今、服は足りてるし」

「あぁ、そうだったわね。このあいだ桜に貰ってたしね」

「……勘弁してくれよ。
 それより、凛はなにを言いかけたんだ?」

「明日、わたしの為に時間を作らなかったらもう二度と指一本触らせてあげない、 って言おうとしたのよ?」

 ふふふ。やっぱり士郎をいじめるのは楽しい。

「いい子にしていれば、手ぐらいつながせてあげるわよ?」

 明日はどんな手で翻弄してやろうかしら。
 士郎のクセに、女を手玉にとろうなんて十年早いのよ。
 あなたは一生、わたしの手の内から逃がさないんだから。
 あなたにとっての一番が誰なのか、思い知らせてあげる。
 たっぷり可愛がってあげるから、覚悟なさい。



 遠坂凛の凛は、凛々しいの凛。
 凛々と、胸を張って生きてゆく。
 士郎。しっかりついていらっしゃい。



end

The original work 『Fate/stay night』  ©TYPE-MOON
Secondary author ばんざい 2004.3.24

補足
 やっと凛のSSが書けました。
 もちろん、「おねえちゃん〜」シリーズとリンクしています。
 凛グッドエンド後の設定なのに、凛は今までずっと放置プレイ。
 今後もまだまだ、凛さまの試練は続くでしょう。



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