Fate/stay night alternative story after“Unlimited Blade Works”
意識を取り戻した慎二は、憑物が落ちたかのように穏やかだった。 俺と一緒に見舞いに訪れた遠坂とセイバーに対して、しっかりと顔をあげて侘びと礼を 口にした。 「僕を許してくれとは言わない。だけど駄目兄貴な僕の代わりに、桜の事をよろしく頼む。 桜も、ここは完全看護なんだから僕に構わず、今まで通り衛宮のところへ寄らしてもらえ」 そう言って、手足の自由の利かない慎二に就ききりで看病する桜を逆に気遣うほどだ。 だが流石に聖杯戦争の遺恨は根深いらしい。 遠坂やセイバーの笑みは、若干ぎこちなかった。 帰り道は夕飯の買出し。 食。それは生きる事の象徴。 何の憂いも無く食事の支度をする事に、平和の喜びを実感する。 共同作業だとなおさらだ。 俺と遠坂の合作、和中折衷のごく庶民的なメニュー。 アルトリア――もうセイバーと呼ぶのは止めだ――が寄り目になって包んだ餃子を遠坂が 焼き上げると、桜を連れて藤ねえが帰って来た。 それは久々の、和やかな団欒だった。 そう、たとえ家庭料理に飢えた虎と獅子が熾烈な焼売の奪い合いをしようとも。 たとえ俺の味噌汁の味付けが薄いという遠坂に対し、桜が珍しく真っ向から反論し 大激論になろうとも。 満腹になり一段落した藤ねえが、思い出したように巨大な箱を俺に突きつけるまでは。 「そうそう、忘れるところだったわ。 はい、士郎。 このところドタバタしててちょっと遅くなっちゃったけど、バレンタインのチョコレート」
おねえちゃんの愛を喰らえ
written by ばんざい 確かに藤ねえは毎年、バレンタインデーのプレゼントは欠かさずくれた。 ポッキーとか。 チョコクッキーとか。 あまつさえチョコフレークとか。 まぁ、おおむねそういった物を。 そして即座に自分で開け、8割がた自分の腹に収めるのが常だった。 こんな風にきちんとラッピングされた、それらしい物を貰った事などついぞ無かった。 しかも――でかい。 箱は30cm四方、厚さ3cmはあろうか。 「なによぅ。あんまり嬉しそうじゃないわね、士郎」 やばい。 呆然としてリアクションを忘れ、藤ねえの機嫌を損ねたか。 「やっぱり、センス悪かったかな」 ――はい? 烈火の如き怒りの咆哮を放つかと思いきや、うつむいて恥かしげにモジモジしてますよ? 「い、いやほら、もうバレンタインデー過ぎてたし、しかもこんな立派なの、 不意打ちでびっくりしたって言うか」 まぁ、おおかた投げ売りされていた売れ残りのチョコを見て、自分が食べたいから 買ってきた、というところだろう。 「ごめんね、タイミング外しちゃって。 このところ例の昏倒騒ぎで忙しくて、ずっと士郎の顔、見られなかったじゃない。 おねえちゃん、すっかり士郎分が足りなくって寂しかったんだよぅ。 士郎のことばっかり考えてる時にちょうどバレンタインだったから、 思わず目に付いた一番立派なの買っちゃった」 「――藤村先生。 惨事の処理で忙しい時に衛宮くんのコトばっかり考えていたと公言するのは、 教育者としていささか問題があるんじゃありませんか? それにわたし達も、バレンタインは自粛してたんですけど」 遠坂が優等生の顔で不良教師をいさめる。 それはいいんだが、横目で俺を睨んでるのは 『忘れてたわけじゃないのよ』っていう牽制だろうか? 「教師だからって独立した人格を持つ人間である事を捨てる必要は無いわ。 むしろ胸に抱いた大切な人への思いがあるからこそ、人としての温かみを保てると 思うの」 うわ、どうしたんだ藤ねえ? なんか恥かしい台詞を堂々と吐いて、紅い悪魔をいなしてるし。 「ああああの先輩ッ! わたしもチョコレート用意してたんですけど渡しそびれてたんです! 今からでも受け取っていただけるならすぐに取って来ますから!!」 桜は藤ねえより義理を欠くと思われるのがよほど不本意なのか、慌てて玄関へ 駆け出そうとする。 「待て待て桜。 気持ちは嬉しいが、チョコは傷むものでもないし、今さら慌てる事もないって。 もう夜だし、今度来る時に持って来てくれればありがたくいただくよ」 「――話が見えないのですが、シロウにチョコレートを渡すのが重要行事なのですか?」 「あれ? セイバーちゃんバレンタインデー知らないの? 女の子が好きな男の子にチョコレートをプレゼントする日なんだよ」 「藤ねえ、今さら女の子は無いだろう。 それに若い人だけのものでもないし、 日頃の感謝をあらわす義理みたいな行事になってるだろ」 「元々は270年2月14日、ローマでキリスト教徒が殉教した事にちなむらしいけど、 日本じゃ何故か女性から男性へチョコレートを贈る日になっちゃったのよ」 状況が飲み込めず不審な顔をしていたアルトリアは、藤ねえや俺のいい加減な説明と 遠坂の薀蓄を聞き、背筋を伸ばし真っ直ぐ俺に向き直った。 「シロウ。知らぬ事とはいえ、不義理をしてしまったようです。 明日すぐに用意致しますので許してください。 くれぐれも私の気持ちを疑わないでほしい」 「わ、判った。 みんなが義理堅いのは判ったから」 「先輩はちっとも判ってくれてません」 何故、桜に不満そうに睨まれたり、藤ねえや遠坂に蔑みの目を向けられねば ならないのか? 「と、ともかく。 藤ねえ、こんなに立派なチョコ俺一人じゃなかなか食べ切れないし、 みんなで食べさせて貰っていいよな?」 せっかく甘い物があるのに何故か硬くなった空気を和らげようと提案すると、 遠坂も頷いて同調してくれた。 「そうよね。 食生活への感謝という意味なら私や桜も権利はあるはずだし、 アルトリアは衛宮くんの師匠なんだから」 「……いいわよモチロン。 もうそれは士郎にあげたんだから、煮るなり焼くなり好きにしちゃって」 言葉とは裏腹に藤ねえはなんか不満げだったが、 成り行き上開けないわけにも行くまい。 丁寧に包み紙を剥がし、蓋に手をかける。 こんなに大きなチョコレートの箱を開けるのは初めてだったので、 藤ねえからとはいえ不覚にもちょっとドキドキするのは否めない。 開ける。ばくん。 ……。 …………。 天使が通る。 チョコは、巨大なハート型だった。 それは予想の範囲。 だがしかし。 ホワイトチョコで書かれた文字は予想外だった。 士郎 遠坂と桜は気まずげに目をそらし、アルトリアは逆に凝視している。 そして猛虎咆哮。 「なによ! 言いたいコトがあるならはっきり言いなさいよ! ナニ気取ってやがりますかこの小娘共が!! このくらいのチョコだとね、文字入れも値段のうちに入ってるんだから。 こういうのはね、下手にひねるよりストレートに気持ちを伝えた方がイイのよ」 照れ隠しで逆ギレするくらいなら最初から止めて欲しい。 「――シロウ。何かこれに問題があるのですか?」 「いやいやいやいや何もない」 「では何故、リンやサクラは期待外れの様な顔をしているのですか?」 「違うわセイバーちゃん。 遠坂さんや桜ちゃんは、わたしのプレゼントの凄さに驚いて敗北感に打ちのめされてるのよ」 居直った藤ねえは、やけくそ気味に胸を張って遠坂と桜を睨みつけた。 「なるほど。 プレゼントの内容が忠誠度を示すという事ですか。 ところでこの文字は、なんと書いてあるのですか?」 「それはそのー……士郎にしか読めない魔法の言葉よ」 さすがの藤ねえも声に出して読むほどあつかましくはないとみえ、無茶苦茶な言い訳で 誤魔化す。 「タイガからは全く魔力を感じません。リン、これは文字そのものに魔術的な技が 凝らされているのですか?」 「……あんた鋭いんだか鈍いんだか」 遠坂の溜息より、アルトリアはチョコレートの方が気になるらしく目を離さない。 要するに早く食べたいのだろう。 「確かに綺麗で立派ですが、しかしやはり食べてみなければタイガのプレゼントの 良し悪しは評価出来ないと思います」 「食いしん坊セイバーはちょっと黙ってらっしゃい。 衛宮くん、これやっぱりあなた一人で食べなさい」 「わ、私はただ、タイガに負けぬプレゼントを用意する為にですね――」 「ふぅん、セイバーは相手の手の内を知ってからじゃないと戦えないの?」 「いえ、決してそのような」 「あら、遠慮する事ないのに。 最初の一口だけ士郎に食べて貰えれば、わたしは構わないわよぅ」 「堂々と先の先を取った藤村先生に敬意を表して今日は引きましょう。 でも勝負はこれからよ。 衛宮くん、明日を楽しみにしていてね」 遠坂はニヤリと魔性の笑みを浮かべ、アルトリアの手を引いてそそくさと帰って行った。 いつから勝負になったんだ? 何の? 「――わたしも帰ります」 さっきから俯き加減でブツブツ言っていた桜も顔をあげた。 チョコは用意してあったと言ったものの、遠坂が妙に乗り気になったので 対抗して手作りチョコの制作意欲でも湧いたか? 「じゃあ送って行こう」 「待って士郎。話があるの。 桜ちゃんは私が送って行くから、ちょっと顔貸しなさい」 「話って?」 「悪いけど桜ちゃんにも内緒。だから顔貸せって言ってるのよ。 ごめんね桜ちゃん。ちょっと待っててね」 寂しげな顔をする桜をよそに藤ねえは強引に俺の手をとり、 庭に面した廊下へ引っ張り出した。 「なんだよ、桜をないがしろにするなんて藤ねえらしくない」 「馬鹿ねえ。 桜ちゃんの為を思えばこそなのに」 ……判らん。 「士郎。今まであんまり女っ気なかったのに、このところモテモテじゃない。 嬉しい?」 「いやそんな、俺は別にもててるわけじゃ」 「そうよぅ、調子に乗って女の子泣かせたら、おねえちゃん許しませんからね」 藤ねえは俺が子供の頃よくやったように、後ろから俺の首に腕を巻いて抱き寄せた。 「よせよ。背中に胸が当たってる」 「あら。おねえちゃんのおっぱい感じて照れてる?」 「馬鹿。いくらペッタンコだからって、軽々しく男に押し付けるな。 大体なんで今年に限ってあんな立派なチョコくれたりしたんだよ? しかもわざわざみんなの前で。みんな気を遣っちまうじゃないか」 「馬鹿はアンタよ士郎。 みんな牽制しあってるからちょっと刺激してあげたんじゃない。感謝しなさい」 「わざわざ波風立てたのかよ」 「士郎はね、誰かに何かしてあげるばっかりじゃなくて、自分が誰かに何かしてもらう事も 覚えなくちゃ駄目なの。 正義の味方になるには、今のうちに慣れておきなさい。 愛され方を知らない人は、愛し方だって下手なのよ。 愛情って、一歩間違えれば不幸にしたりされたりする諸刃の剣だから」 「……それっていわゆる男女の恋愛感情とは別じゃないのか?」 「それも愛のうちよ。 みんな傷付けないようにって臆病になってると、結局自分を含めてみんなを傷付ける事に なりかねないからね」 「っつーか、男っ気無い藤ねえに言われても説得力が無いんだが――ぅぐえっ!?」 首に巻きついていた藤ねえの腕が、いきなり頚動脈を締め上げてきた。 あっという間に聴覚が失われ、視界がレッドアウトしかかる。 慌ててタップすると、乱暴に突き転がされた。 起き上がろうとすると蹴り転がされた。 「いきなり何を――」 泣いていた。 怒鳴りつけてやろうと振り返ると、藤ねえはいきなりぼたぼたと滴り落ちるほど 涙を流しながら、俺の顔を真っ直ぐ睨み付てきた。 おい、そりゃ反則だろ。 「お…おろこっけらくらんか……ぃもん」 「あ〜いやその、藤ねえ?」 「おれぇちゃんが…るっと……いひあんぁがく、しろーの、そばに、いた、んだもん……」 「……悪かったよ。 だいたい藤ねえだってホントは言い寄って来る男に不自由しやしないだろ? 俺の保護者はもういいから、誰かいい男捕まえろよ」 立ち上がり、涙を拭おうと藤ねえの頬に手を伸ばす。 「――ぉぐっ!?」 その手を引き込んで崩され、今度は張り手を喰らう。 ビンタなんて可愛いものじゃない。掌底で顎を打ち抜かれて視界が暗転。 自分の後頭部が床にぶつかる音が聞こえた。 「そう、だね。 でも……わたひが、てしおに、かけた……士郎よりいい男なんて、 きっと、見つからないよ」 「何事で――先輩!? せんぱいっ!」 俺が倒れた音を聞きつけたのだろう、桜が駆け込んで来て、 床に倒れた俺を抱き上げてくれた。 あぁ、桜の抱き方はふんわりやさしいなぁ。 「先生! これはいったいどういうことですか!?」 桜の追求に、藤ねえはびーっと盛大な音を立てて鼻をかんで答えた。 「にぶちんの士郎にお仕置きしたのよ。 桜ちゃんも甘やかしちゃ駄目よ? 士郎はお馬鹿だから、はっきりしてあげないと何にも気付かないんだから」 はっきりも何も、俺は結局、藤ねえが何を言いたいのか判らないよ……。 「遠慮してると、後から出てきた意地汚いのにとられちゃうよ」 何をとられるというのか。 桜が腕に力を込めた。 あぁ大丈夫。桜はちゃんと俺が護る。 慎二とも約束したしな。 「ふーんだ。桜ちゃんみたいなふかふかおっぱいはすぐ垂れちゃうんだから」 ごっ。 再び後頭部が床へ。 桜は藤ねえの言葉に、反射的に俺を抱いていた腕を放したらしい。 「ご――御免なさい先輩」 「うーん桜ちゃん、あざといほどのドジッ娘ぶりだわ」 もういい。 何が悪かったのか判らんが、今日はもうこのまま眠らせてくれ。 「さて、帰ろっか桜ちゃん。待たせてごめんね」 「ああのでも先輩が」 「いーのいーの、桜ちゃんも充分ポイント稼いだから」 だから何の話だ? あぁもうどうでもいいや。 藤ねえが桜を引っ張って帰ると、急に物音一つ無くなった。 やがて床に寝ているのも寒くなり、部屋に戻って寝ようと立ち上がるが、 居間に明かりがついたままなのに気付く。 テーブルの上には、騒ぎの元になった藤ねえのチョコレート。 割るのが惜しくて、そのまま端に噛り付いた。 それはほろ苦く、見た目に反し本物の味がした。 end
補足 Fateで一番突っ込みを入れたかった点。 士郎、ちゃんとアルトリアって名前で呼んでやれ! 本作中では凛がアルトリアとセイバー、呼び分けていますがこれは意図的です (士郎←→衛宮くんと同様)。 |