Fate/stay night alternative story   after“Unlimited Blade Works”

 穂群原学園は、既に長い春休み。
 そして今日は、藤村先生の課外授業も休みということだった。
 だからアイツとも顔をあわせることは無いと思っていた。
 それはむしろありがたいと思っていたけれど、同時に物足りなくもあった。
 決して顔が見たくないわけではなかった。
 だけど、こんな時どういう顔をすれば良いのだ?

「生徒会長っていうのは、休み中に校門の掃き掃除までするものなのか?」

 竹箒を握る姿がさまになっているのは、さすがお寺の息子というべきか。

「む。ちとついでがあって学校まで来たものでな。美綴は、部活帰りか?」

「あぁ。衛宮は来てないぞ?」

「俺は別に、衛宮とセットで行動しているわけではない」

 柳洞はあたしの軽口に反応し、少しむっとした顔をする。つくづく律儀な奴。

「まぁいい。帰りを急がんなら、ちょっとお茶に付き合わんか?」

 ちょっと、驚いた。

「お寺の息子の生徒会長が、ナンパ?」

「嫌ならさっさと帰れ」

 こころなしか顔を赤らめ眼を背ける柳洞。
 これはもしかして、本当に?

「そんなぁ、柳洞くんのお誘いなら喜んで。どこへでも連れて行って」

 それは結構、本心だった。












お茶に誘われた
written by ばんざい








「――確かに言ったよ。どこへでも連れてけって」

 だからといって、これはあんまりだ。

「女の子をお茶に誘って、生徒会室に連れ込む男っている?
 あたしちょっとだけ、デートに誘われちゃったって喜んでたんだけど。
 ――はっ。まさか休み中で誰も来ない場所で善からぬ事を!?  いやっ、柳洞くんフケツよ!」

 両腕で自分を抱き締め怯えてみせると、うんざりと手を振る生徒会長殿。

「だから、嫌なら帰れと言うのに」

 まぁ、あまりからかい過ぎてへそを曲げられてもつまらないので、大人しく彼に続く。

「ドアを開けたままにしてもかまわんぞ」

 もう既に彼のプライドをいたく傷付けてしまったらしい。
 黙ってぴしゃりとドアを閉めた。

「そもそも私用で生徒会室使っちゃっていいわけ?」

「学校の為に粉骨砕身働いておるのだ。その合間に部屋の一つ少々借用しても、罰は当たるまいよ」

 言いながらお湯を注ぐ電気ポットや急須が常備品らしいところを見ると、彼がここをで 一服するのはいつもの事らしい。

「ふーん。アンタ結構、融通利くんだね」

「見損なったかね?」

「まさか」

 だが、お茶と一緒に差し出された皿は予想外だった。
 おはぎが、ふたつ。

「……あの、これは?」

「嫌いでなければ、どうぞ」

 なんだかこの男は、調子が狂う。
 デートの誘いかと思えば、生徒会室へ。ではやはり相談事の口実かと思えばこれだ。
 あたしの方がいいようにからかわれているのではないだろうか?

「……あの、衛宮と遠坂の事かなにかで話があったんじゃないの?」

「それなら最初からそう言う。今日はただお茶に誘っただけだ。他意は無い」

 あらためておはぎを見詰める。結構大きい。

「それは嬉しいんだけど、男の前で女の子に手づかみで大口開けて食べろって言うの?  ちょっと減点よ」

 指摘すると彼はぴしゃりと額を叩き、ううむとうめいた。どこまでも時代がかった男だ。

「君がそれほど繊細なこだわりをもっているとは予想外であった」

「なんだかますます失礼ね。あたしそんなに女らしくない? 傷付いちゃうな」

 本気でちょっと傷付いた。

「すまぬ。女性の扱いには不慣れでな。それに最近、藤村先生たちの豪快な食事風景を目にする 機会が多く、感覚が麻痺していたやもしれん。許せ」

 ま、こいつは衛宮の友人だ。類は友を呼ぶ。
 女心にうといのは天然だろう。
 これも備え付けらしいウェットティッシュで手を拭き、ありがたくおはぎをいただく。
 ――砂糖は控えめで、小豆本来の甘さを生かした素朴な味だった。

「美味しい」

「そうか? 女性には少々甘みが足りぬかと思ったが」

「……どうしても、あたしを女らしくないと言いたいのかしら?」

 睨み付けると、柳洞は狼狽して手を振った。

「いや、他意は無いのだ。重ね重ねすまん。
 寺の連中には好評だったのだが、女性相手には少々自信が無かったのだ」

 ――まさか。
 もう一度おはぎを見詰め、一口。

「これ、もしかしてアンタのお手製?」

「はずかしながら」

 うわ。
 それをわざわざ、学校で、二人きりで。
 ――と、いうことは?

「あのさ。あたしの思い上がりだったら笑ってちょうだい。
 ……ひょっとして、あたしの為に作って、あたしの為に持って来てくれた?」

 そう。今日は3月14日、ホワイトデー。
 柳洞は答えず、しかし否定もしない。

「どうして? あたしバレンタインにも、なんにもしてあげてないのに」

 馬鹿。余計な事を言うなあたし。

「なに、衛宮の真似がしたくなってな。
 イベント事は誰かをねぎらう為にいい口実であろう。
 美綴は最近、例の事件をはじめ気苦労も多かっただろうし、衛宮と遠坂の事でも、 君がいてくれるおかげで口が出しやすく助かっている。
 俺が勝手にねぎらってやりたいと思っただけだ。
 だが、商業主義に乗るのもしゃくでな。かといって衛宮ほど器用でもなく、菓子作りなど 無縁ゆえ、このような形となった。いささかスマートでないのは自覚しているが、不器用な 男のやる事だ、許せ」

 もう何も言えない。
 黙って残りのおはぎを食べる。
 大事に、少しずつ、味わって食べる。
 しつこくない優しい甘さが、柳洞らしかった。
 柳洞は照れているのか、窓から外を眺めながらおはぎを食べている。

「行儀が悪いよ。座って食べなよ」

 あらためてあたしの前に座った柳洞は、居心地悪げに冷めたお茶をすすった。
 静かな生徒会室に、咀嚼音が響く。
 すっかりたいらげて、もう一度彼に告げる。

「ホントに美味しかったよ。それに、嬉しい。
 ……あたしの事、気にかけてくれてたのがすごく嬉しい」

「美綴なら人望があるゆえ、余計な世話かと思ったが」

「本当に気配りさんだね、生徒会長は」

 確かにあたしは弓道部の主将だし、自分で言うのもなんだが見栄えだって悪くない。
 だから今までも、男女問わず人気や人望が無かったわけではない。
 だがそれは一歩退いたところからの憧れか、一方的に抱かれたイメージの押し付けによる 好意が多かった。
 それは時として少々うとましく、あたしが恋愛下手になった一因にもなったかもしれない。
 でも本当にあたしを気遣ってくれる人、特に自分も憎からず思っている男からの好意は、 格別だった。

「あたし、遠坂と似たタイプだから、柳洞に嫌われてるかと思った」

 じわりと、涙すらにじみそうになる。
 だが、ここで泣くのは自分の女としての矜持が許さなかった。
 感激の涙を見せれば、それは間違いなく彼の心を捉えるだろう。それを冷静に予測して しまうと涙はあざとく感じられ、意地でも泣くものかと思う。
 こういうところが、女として可愛げが無いのかもしれないが。

「……まぁなんというか、苦手かもしれんが」

 でも、嫌いじゃないんだね。
 なんだかドキドキする。
 今まで知らなかった感覚。
 これは恋愛感情を知らなかったうぶなあたしの、恋愛以前の、 恋に恋する気持ちかもしれない。
 でも、悪くなかった。

「あたし、柳洞くんのこと、好きになっちゃいそう」

 馬鹿。
 馬鹿馬鹿馬鹿。
 あたしは自分を殴りつけたくなった。
 なんでここで、いつもからかうときみたいな猫撫で声を出すんだ。
 照れ隠しとしても最悪だ。
 あぁ、柳洞の眉が険悪な形に。
 違う、ちがうの。
 からかってるんじゃないの。
 複雑な乙女心をわかってよ柳洞。
 謝らなきゃ。
 どうしよう、どうしよう。
 ――混乱の極に達したあたしは、自分でも思ってもみなかった行為に出た。
 机越しに柳洞の胸倉に掴みかかって引き寄せ。

 彼の頬に、乱暴にキスした。

 もう駄目だ。
 後ろも見ずに生徒会室を飛び出して全力疾走。
 あぁ、格好悪い。
 最後に見た、柳洞の頬につけてしまった跡を思い出す。
 せめてなぜ、きちんと唇を拭ってからにしなかったのか。
 小豆のキスマークなんて、最悪だ。
 はしたない女だと思われたかもしれない。いろんな意味で。
 照れ臭さを推進力に変換し、昇降口を出てからも全力疾走を続けた。

 だけど。
 本当に、悪くない気分だった。

 遠坂よ。
 例の勝負、もしかしたらまだ決着は着かないかもしれないぜ。



end

The original work 『Fate/stay night』  ©TYPE-MOON
Secondary author ばんざい 2004.3.15

補足
 ホワイトデーを過ぎてしまいましたが、かまわず投下。



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