Fate/stay night alternative story in“Unlimited Blade Works”
『二度と昨夜のような失態は見せまい。シロウの眠りは、私が守る』 キャスターに士郎を誘い出された翌日、セイバーは固い決意を胸に主の隣室で床に就いた。 自らの根城よりはるばる柳洞寺までマスターをおびき出された上、アサシンに足留めされ何も出来なかった不覚。 アーチャーが居なければ、マスターは完全にキャスターの手に落ちていた。 あまつさえ、最後はそのアサシンに庇われ、見逃された。 独りになるとその屈辱はセイバーのはらわたを焦がした。 『成ろう事ならすぐにも雪辱したい』 勿論、セイバーはわきまえていた。それはサーヴァントには無駄で不要な、許されざる感情。 床に就いてからもささくれた神経は眠りを拒んだが、マスターの眠りを妨げてはいけないと、セイバーは狸寝入りを決め込んだ。 ――それゆえ来訪者の気配はむしろ、願ってもなかった。
剣鬼
written by ばんざい 忍ぶという意思すらない明らかなサーヴァントの気配は、屋敷の結界に触れる遥か以前から明瞭に感知出来る。 セイバーは静かに床を離れ、眠っている士郎の枕元に立った。 士郎の受けた傷は癒えた。だが、セイバーがその誇りに負った傷は深い。 『シロウ。あなたは私が護る』 胸の中で告げ、黙って一礼し屋敷を出た。 門の外、セイバーは路上にて独り待つ。 迫る気配は月光の如く澄み、鋭く、静謐。 草鞋がアスファルトを踏むわずかな音が、丑三つ時のしじまに響いた。 「出迎えとは痛み入る」 「やはり貴公か」 そは、柳洞寺でまみえた侍。 「何故、山門に縛られた門番だと言った貴公がここに居る?」 「無論、約定を果たす為のみ」 アサシンのサーヴァント。偽りの英霊。 外法により召喚された亡霊の剣士は、背に負った身の丈一尺ほどの石地蔵を路上に下ろした。 「手練れの来訪に焦がれ山門にて待つ間、手遊びにかたわらの古石で地蔵を彫ってみるうち、ふと思ったのだ。これを依り代に出歩けぬものかとな。……試してみれば、他愛の無いものよ」 「……それはキャスターの命に叛く事にはならぬのか?」 「愚問。この地蔵ある所、そは柳洞寺の山門なり。そして騎士王はいずれ程無く、山門を押し通りあの女狐めを倒しに行くのであろう?」 「当然」 セイバーの返答に、侍は口唇を笑みに歪める。 「なれば、それを阻むは我が役目」 侍は長刀の鞘を払い、白砥ぎの刃が鈍く月光を撥ねた。 「これ以上の言葉はもはや無粋。語るは唯この一刀においてのみ」 両の手を柄に。長刀の切先を上げ侍は告げた。 「参る」 セイバーは頷き、剣を右脇に構えた。 草鞋とブーツがアスファルトをにじり、両者の間がゆるゆると詰まる。 得物の間合いは侍の長刀の方が深い。が、踏み込みの速さ深さはセイバーが勝る。 セイバーの剣は力の剣。 先の戦いで、小手先の剣技において相手に分がある事を認めていたセイバーは、剣士としてのつまらぬ意地に拘泥せず、力押しで打ち倒すと決めた。 両者身を沈め、一足一刀の間合いに入る。 「ふッ」 呼気と共にセイバーが青い稲妻と化して奔る。 『彼の剣が如何な業物か知らぬが、我が剣を受ければ魔力を込めた一撃で叩き折る』 ――その気迫で一閃された剣はしかし、侍の体捌きで空を斬る。 かわって袈裟斬りに放たれた侍の剣を受けるべく、セイバーが右から左へ薙いだ勢いを殺さず剣を振り上げると、白刃は軌跡を変え脚を薙ぎに来る。 セイバーは退かず前足を上げて斬撃を躱わしさらに踏み込む。 上段から打ち込まれた不可視の剣を、侍はセイバーの右に廻り込み躱わす。返す胴への薙ぎは退って捌く。 さらに続くセイバーの追い打ちも左右へ廻り込みいなす。 ――足場の広い路上での侍の運足に、セイバーは舌を巻いた。 身のこなしが速いのは明らかにセイバー。だがそれを補って余りある侍の歩法は彼女を翻弄せしむる。 『ならば足を留めて打ち合ってくれよう』 待ち剣に回ったセイバーの誘いに、侍は絡みつくような斬撃で応えた。 振り下ろされる白刃を受けようとすれば軌跡を変え籠手を狙う。躱わせば翻り二の腕を襲う。それを打ち払わんとする剣を掻い潜り胴を薙ぐ。退けば追って脚を狙う。 押さば退き、退かば押すしなやかな剣技。身の丈ほどもある長大な剣が、風に舞う羽毛の如き捉えがたさで纏わり付く。 唯一合とて互いに打ち合う事無く。 空を斬り地を蹴る音と鈍い剣光のみが翻る、刃の触れぬ静謐で苛烈な剣戟。 月と一柱の石地蔵のみ見守る前で、二人の剣鬼は幾度と無く右に左に立場を入れ替える。 『やはり私の剣は攻めの剣』 再びセイバーは打って出る。 押さば押せ。退かば押せ。 幾たび剣が空を斬ろうとも、セイバーは攻め続けた。 『相手の隙は出来るのを待つのではなく強引に作るもの』 己が剣を信じて惑わず。 『我はセイバー。剣の英霊。剣を執り敗れる事無し』 いよいよ剣戟は勢いを増し。 セイバーの剣が侍の袴を裂く。 侍の刃がセイバーの籠手をかすめ火花を散らす。 斬る。 突く。 薙ぐ。 踏み込む。 躱わす。 退く。 捌いて踏み込む。 薙ぎ上げ斬り下ろす。 打ち合う事無かった互いの剣が交わり始める。 一合。 二合。 真っ向から斬り下ろす不可視の剣を侍は刃筋を通し打ち払う。 返す刃が袈裟斬りに襲うのをセイバーが受ける。 セイバーの踏み込みの速さが、侍の太刀筋に変化を許さない。 侍の口許が歓喜に綻ぶ。 決して戦いの興奮に溺れる事無く、しかし好敵手との邂逅を心底愉しんでいるのがありありと判る。 言葉は無粋と言った彼が、あえて告げた。 「相手にとって不足無し。今こそ我が至福の時なり」 剣を執り戦う事はセイバーにとり義務であり、己の信じる道を切り開く為の手段に過ぎない。 その事に誇りは持っても、戦いを愉しむという感情は無い。 如何な理由をつけようと殺生は殺生であり、必要とあらば躊躇はせぬものの、そこに愉悦を見い出すのは罪悪であると厳に戒めた。 だが今、セイバーは侍と剣を交えながらほんのわずか、彼に共感する。 今まで彼女が経験した鮮血に彩られた戦いとはあまりに異質。互いの存在を賭した応酬に違いない筈だが、月光の如く透明。 「我が生涯を費やし研鑽せし剣技、全て騎士王に捧げん」 華麗に舞う白刃に斧で巨木を打つかの如き激しさを加え、剣も折れよとセイバーを襲う。 セイバーは当然真っ向から受けて立つ。 鋼を打つ鈍い音と火花が剣戟に加わり、一合毎に草鞋の千切れ滓が路上を舞う。 脚を狙った斬撃を跳んで躱わした侍がセイバーの胸当てを蹴って跳び退り、大きく間合いを取った。 一気に押し込むべくセイバーが奔る。 その顔面を迎え撃ったのは白刃ではなく侍が蹴り上げた石地蔵。 飛来する地蔵越しに、腰を落とし力を溜める侍が見えた。 『来る!』 下か。右か。左か。或いは上か。 幾多の死線を超えたセイバーの直感が、いずれへ避けても未曾有の技を躱わしえぬと告げる。 セイバーは構わず更に踏み込み。 顎を引き歯を喰いしばり、真っ向から額で地蔵を受けた。 頭蓋を揺るがす地蔵の衝撃。 同時に三方から白刃が迫る。 在り得ない斬撃は全て実体。 自然の理さえ超えた剣技をセイバーは無視。 さらに地を蹴り真っ直ぐ前へ。 『元打ちなら受けても倒れぬ』 左脚。 右肩。 左脇腹。 全ての斬撃を受けてなお止まらず。 ついに侍の水月に剣を突き入れた。 アスファルトに落ちた地蔵が割れ、石塊に返る。 残心をとるセイバーに、侍は声も無く唇のみ動かし「見事」と告げ。 くずおれる間も無く、虚空へ消えた。 路上に静寂が戻る。 耳に入るはわずかな葉擦れの音。 独り立つセイバーは剣を収め、割れた額から流れる血をぐいと拭った。 ふと視線を落とし、路上に遺された地蔵だった物を拾い上げ、屋敷の門をくぐる。 土蔵の壁際に石塊をもたせ一礼すると、月明かりが翳った。 見上げれば月に群雲。 地上は穏やかだが、空は風が荒れているらしい。 セイバーは静かに母屋の引き戸を開け、マスターの下へ還った。 end
補足 黒色彗星帝国(忌呪氏)主催「地蔵祭」(仮称) 参加作品。 秀逸なネタを生み出された忌呪氏、及びアサシンとして召喚された無名剣士に捧ぐ。 |