Fate/stay night alternative story   after“Unlimited Blade Works”

 翌朝。

 タイガは普段の寝惚けた様子すら見せず、爽やかな顔で衛宮家の食卓についていた。 昨夜の狂乱は何だったのかと問い詰めたい。
 見慣れない純白の装束に身を包んで、すっきりと背を伸ばした姿勢も美しい。
 少しだけ早起きして普段以上に不機嫌なリンと対照的である。

「凛とアルトリアは朝食どうする?」

 リンは眠たげに首を振り、冷蔵庫からローファットミルクを出して電子レンジで暖め始めた。

「私は普段どおりきちんといただきます」

「みんなお粥なんだけど、それに秋刀魚でも焼けばいいかな?」

「お任せします」

 サンマの焼ける匂いを想像しただけで幸せ。
 美味しいものを食べられる時に食べる。
 生きとし生けるものの大原則ではないか。

「藤ねえ、卵落とすか?」

「――白身だけ頂戴」

 せっかくシロウが気遣っているというのに、タイガがそっけない態度をとったのが 気に触った。彼女に聞こえるようにはっきり言う。

「シロウ、黄身は私が美味しくいただきます」

 タイガがいらないと言った生卵の黄身は、オカユにとてもよく合って美味しかった。












我が名はアルトリア(後編)
written by ばんざい








「アルちゃん、ちょっと来て」

 洗い物の手伝いをしようとしたら、タイガに呼び止められた。

「士郎、呼びに行くまで道場入っちゃダメだからね」

 強引にタイガに手を引かれて道場へ行くと、なにやら大きな道具袋らしきものが いくつもあった。

「ほらほらコレ。コレ着てみて」

 その中から引っ張り出した装束をタイガに押し付けられる。
 タイガが着ている物と似ている。

「剣道衣っていってね。わたしのお古なんだけど、きっと似合うわ」

 白い上着と、紺のハカマ。
 私の普段着とあまり変わらない
 だがタイガに着付けてもらうと、不思議と気が引き締まった。
 かすかに残るタイガの匂いに包まれるのも、なぜか落ち着いた。

「あぁ、やっぱり似合うよぅ! 可愛いなぁもぅ!」

 タイガ本人は、やっぱり落ち着きがなかったが。

「タイガも姿勢を正して落ち着いていれば、美人だと思うのですが」

「う゛」

 自覚はあるらしい。


 シロウを迎えに行くと、走りに出て行ったはずのサクラがもう戻っていた。

「ふん。おおかたおっぱいが揺れて痛いとか言うんでしょうこの牛娘が。 いい気になるんじゃないわよ」

 ――なるほど。
 悩みは人それぞれという事か。
 しかし。

「タイガ。あなたの発言はつつしみに欠ける。だいたいそれでは逆効果です」

 タイガの言葉に反応しサクラの胸元に目をやったシロウに少しむっとしたが、リンが 先に殴り倒してくれた。

「――シロウ。いくら不意打ちでも無防備に攻撃をもらい過ぎです」

 不甲斐なく悶絶するシロウに手を伸べると、呆然と見上げられた。
 そんなに似合わないのだろうか。思わず視線が下がる。

「タイガのお古だそうですが、似合いませんか?」

「いや。綺麗だ。凄く」

「ねぇ、アルちゃん可愛いでしょ〜。あぁもぅ、おねえちゃん食べちゃいたいよぅ」

「タイガ! 放して下さい!」

 せっかくシロウが褒めてくれたのに、タイガが台無しにしてくれた。



「で? 稽古はどうするんだ藤ねえ」

 タイガが修めたケンドーという武術は、私たちが行っている稽古とはかなり 異質なものらしい。
 タイガは道具袋から取り出したものを、得意げにかざした。

「袋竹刀〜!
 これはね、漆を塗った革の袋に先を割った竹を仕込んだ、剣術用の竹刀なの。
 士郎たち、防具無しで稽古してたでしょう。あれじゃ怪我しちゃうと思って、こっそり 注文してたの。
 古流剣術ではこれを使って、防具無しで稽古するところが多いのよ」

 なるほど。普通のシナイより安全性が高いという事らしい。

「ちょうど最近、ウチのヤンキー上がりの馬鹿もんが『木刀なら剣道屋になんか負けない』 とかほざきやがったから、これ使って『どこでもいいから当てられたら結婚してあげる』 って言って立ち会って、力一杯叩きのめしてあげたけど、骨折はしなかったわよ」

 ――何か、おかしい。
 確かにタイガは少々落ち着きに欠け、感情表現が直截な人だが、決して軽率ではない。
 剣技の巧拙に人間性が無関係である事くらいは判っているはずだ。
 付き合いの長いシロウも、違和感を感じたようだ。

「おい、藤ねえ。そんな約束して、もし、万が一当てられてたらそいつと結婚したのかよ?」

「万が一にもあるわけ無いじゃない。士郎、馬鹿にしてるの?」

 一言釘を刺そうと思ったが、シロウの平手の方が早かった。
 タイガも、シロウの叱責を大人しく受けている。
 ひょっとして故意に怒らせたのではないかと勘ぐりたくなるほどだ。
 シロウに対するタイガの言動は、少々支離滅裂なきらいがある。
 恐らく自分でも混乱しているのだろう。
 シロウを取り巻く環境は激変した。当然、シロウ自身も変わったであろう。
 長年シロウを見守ってきたタイガは、それに戸惑っているように見える。

「ねぇ士郎。殴ったほっぺにちゅーしてくれたら許してあげるよ?」

 ――だからといって叱られた事を逆手にとって甘えるのは、いささか卑怯ではあるまいか。
 シロウもシロウで、タイガには甘い。もっと毅然として欲しいものだ。
 きりがないので、シナイでタイガのこめかみを押し退けてやる。

「タイガ。もういいでしょう。さっさと治療しに行って下さい」



 道場に戻ると、さすがにタイガの顔も引き締まった。

「それじゃ士郎は好きなように打って来なさい。剣道にこだわらず、足でも肩でも 横面でも背中でも、好きなところに打ち込んで来ていいわよ。
 わたしは突きしか使わないから、捌いてごらんなさい」

 シロウはアーチャーが見せた剣技にこだわっているらしく、これもタイガが子供の頃 使ったという短いシナイを両手に構えた。

「はじめ」

 シロウがタイガの剣を払って間合いに飛び込む。
 だがタイガの切先は震えるように小さく円を描き元へ戻り、シロウの胸を突いた。
 ――ほう。
 タイガの稽古は容赦がなかった。
 決してダメージは与えないが、完膚無きまでに技術で捻じ伏せる。
 未熟な双剣だけでなく、両手持ちのフクロシナイに持ち替えても、シロウに何もさせない。
 加減してシロウに攻めさせていた私とは対照的だ。
 これで果たして稽古になるのかと思うが、最高の技術を見せつけるのも一つのやり方 なのかもしれない。

「じゃあ、士郎は少し休んでなさい。
 アルトリア。お相手願えるかしら」

 あっさり息の上がったシロウに代わり、フクロシナイを受け取る。
 私も、タイガの剣技に興味がわいた。

「アルトリア。念の為言っとくけど、いくら袋竹刀でも骨を打てば骨折するし、耳を打てば 鼓膜ぐらい破れるからな。加減はしてくれよ」

「判ってます」

 素振りしてみるとシナイより重厚な手応えと、刃に見たてた革の縫い目が頼もしい。

「なるほど。これは素晴しい。
 ――ではタイガ。参ります」

 遠い間合いから一気に飛び込んだ。
 タイガの運足は前後の動きに特化し横への動きに弱いと読み、受ければ崩し、 かわせば追い討ちをかけるつもりで思い切り胴を薙ぎ払う。
 防御を捨て脚を斬り払いに来たタイガより、私の方が速い。
 取ったと確信した瞬間、タイガの剣が小さく鋭く跳ね上がり、私の手首を内側から叩いた。
 飛び退り追撃を避けると、思わず頬がほころんだ。

「なるほど。タイガ、これが本当のあなたの実力という事か」

 タイガの剣技は全身を鋭くしならせ、小さな動作で打ち込む事で隙を見せない。
 ならば大きく動かしてやろう。
 縦横に打ち分け、強引に隙を作って脚を打つ。

「あ痛〜。やっぱり結構痛いわね」

 当てるだけで止めるつもりが、必要以上に強く打ってしまった。
 それどころか、気をつけないと攻撃に直接魔力を叩きつけそうだ。
 これは相手を倒す為に手段を選ばぬ戦闘ではなく、技術を高める為の訓練なのだと自分に 言い聞かせる。
 続けざまに放たれる突きを捌き、鍔迫り合いで力任せに押し飛ばそうと間合いを詰めた瞬間、 視界が反転した。
 何が起きたか理解する前に眼前に来たタイガの脚を薙ぐも、先に胸を突かれ背中から 床に落ちた。

「タイガ。今のは足払いですか?」

 決して力任せではなく、わずかに足裏で足首を蹴られた感触だけが残る。

「鮮やかでした。わたしにもまだまだ、学ばねばならない技がありますね」

 何故か快感を覚えた。
 決して不真面目にのぞんでいるわけではない。
 負けぬ事、生き残る事のみにとらわれた実戦とはまた違う緊張感がたまらなかった。
 久しく忘れていた、ただひたすらに持てる剣技を全て叩きつける感覚。
 私は思うさま剣を振るった。


「う〜ん、アルちゃん強いなぁ。悔しいよぅ」

「私のほうこそ、おみそれしました」

 結局、タイガの体力が尽きるまで思うさま打ち合った。
 私も筋力補助にかなり魔力を使ってしまった。後でリンに怒られそうだ。
 シロウは感じるところがあったらしく、厳しい表情で独り素振りしていた。

「士郎、わたしたちお昼の前にお風呂入っちゃうね。覗いちゃダメよ」

 タイガは返事も待たずわたしの手を取り道場を後にした。
 風呂場に着くと湯を張りながら、さっさと稽古着を脱いでしまう。
 伸びやかな身体を隠そうともしない。
 その全身に、わたしが打った痕がある。

「ごめんなさい、タイガ。上手く加減が出来なかった」

「なに言ってるのよ、そんなのお互い様じゃない。ほら、背中流してあげるから早く 脱いで脱いで」

 タイガの前で裸になるのはなんだか気恥ずかしかったが、強引に脱がされ浴室に 連れ込まれてしまった。
 椅子に座らされ、タイガがやや荒っぽく私の背中を流す。

「あぁもぅ、なんでこんなにスベスベなのよぅ」

 私は先ほどの稽古を思い出した。

「タイガ、あなたはとても教えるのが上手い。剣の厳しさと、同時に楽しさが伝わる。
 私は今日初めて、剣の稽古を楽しいと感じた。
 今までも上達する実感は喜びだったが、楽しいと思ったことはなかった。
 どう言い繕おうと人を殺める技術である以上、楽しいと思う事は罪悪だと思っていた。
 しかし今日、無心にタイガと打ち合うのは本当に楽しかった」

 黙って私の背中を流していたタイガは、ぼそりと呟いた。酷く沈んだ声で。

「わたしは教えるのなんか上手くない」

 それきり黙ってしまったタイガと替わって彼女の背に湯をかけ、タオルでそっと擦る。  女性にしては広く、しかし感触はしなやかで女性らしかった。

「わたしはね、剣道部つぶしちゃったんだよ」

 タイガは床のタイルを見詰めたまま、彼女らしくない聞き取りづらい声で呟いた。

「子供の頃に通ってた道場の先生にも、お前は三十過ぎるまでもう来るなって言われた。
 わたしはね、子供たちに剣道の楽しさを教える前に、厳しさばっかり押し付けちゃうんだよ。
 今の学校で剣道部の顧問になったときも、張り切り過ぎてみんなを剣道嫌いにさせちゃった。
 だから部員がいなくなって、剣道部つぶれちゃったの。わたしがつぶしちゃったの。
 剣道の良さを知って欲しくて頑張って、逆にみんなから剣道取り上げちゃったんだ。
 わたし、教えるの下手なんだよ」

 その言葉は、彼女自身を斬り付けるように鋭かった。

「そんな。それはタイガの責任ではない。
 厳しさから逃げる者に教えようなど無いではありませんか」

「順序が違うんだよ。
 まず好きになってもらって。その為につらい事も頑張ろうって思ってもらわないと。
 わたしが相手出来るのは、もともと強い人、強くなろうとする人だけ。
 そういう人はね、放っておいても勝手に強くなる。
 そんなの、教えるのが上手いって言わないよ」

 自虐的に呟くタイガを、思わずそっと抱き締めた。

「タイガ。万人に有効でないからといって、あなたの教え方を嫌いにならないで。
 強くなろうとする人には、あなたの厳しさはとても尊い。
 確かにタイガは不器用かもしれない。
 でもわたしは、タイガの真摯な姿勢がとても好きだ」

 普段なにかと保護者ぶるタイガだが、今日は私が包んであげよう。
 実際、がさつで危うい子供のようではないか。

「うん。教えるのが上手くなくても、無駄だとは思ってないよ」

 顔を上げたタイガは両手を石鹸まみれにして私に向き直った。

「前も洗ってあげる〜」

「なっ!? 止めなさいタイガ!」

 ひとしきり私の身体をもみくちゃにしてくれたタイガにお湯をかけて反撃すると、 頭から湯船に投げ込まれ溺れかけた。
 まったく、悪ふざけも手加減というものが無い。
 本当に子供だ。
 この馬鹿娘こそ、誰かが手綱を握ってやらねばなるまい。



 私は少々後悔した。
 やはりタイガは、もう少しへこませておいた方が良かったらしい。

「ほらほら、士郎に殴られてこんなに腫れちゃった。歯も浮いてるよぅ」

 これ見よがしに氷で冷やしながら、わざわざ腫れた頬を大威張りで自慢するタイガに、 リンもサクラも辟易している。

「桜ちゃんだって士郎にこんなに叱ってもらった事ないでしょう?  あぁ、口の中も切れちゃって痛いよぅ。ご飯食べられなくて痩せちゃうよぅ」

 シロウが困っているのは言うまでもない。
 そもそも自分に落ち度があって叱られた事を喜んでどうするのか。反省の色が無い。
 ――気持ちは判る。
 判るからこそ腹立たしい。
 リンやサクラが故意にシロウに叱られようと企みかねないではないか。

「あぁ士郎。氷が無くなっちゃった。あーん」

 甘えて口を開けねだるタイガ。
 ――もう我慢出来ない。
 私はシロウを制し、タイガの口一杯に氷を放り込んでやった。

「い、いひゃい。アルひゃんいひゃい」

 私はシロウの剣となり盾となると誓った。
 シロウに剣を奉げた騎士だ。
 そう。
 シロウを護り、彼の大切なものも全て護る。
 シロウの家族は私の家族だ。
 時には誤った行為をいさめてやるのも家族の勤めであろう。
 ――それに私自身、これ以上シロウにベタベタされるのが不愉快だった。

「タイガ。これ以上わがままを言ってシロウに迷惑をかけるようなら、 私が反対の頬を殴って差し上げます」



 我が名はアルトリア。
 かつてアーサー王としてブリテンを治めた者。
 その誇りは忘れない。

 我が名はアルトリア。
 今は一介の騎士としてここにある。
 そして一人の女としてここにある。
 それは王であったことに劣らぬ誇り。



end

The original work 『Fate/stay night』  ©TYPE-MOON
Secondary author ばんざい 2004.3.10

補足
『おねえちゃんの課外(加害)授業』、アルトリア視点での話。後編。
 アルトリアおねえちゃん属性。

 蛇足ですがアルトリア(セイバー)の強さに関して。
 彼女が英霊としての力を解放した場合、つまり魔力を筋力補助ではなく剣に乗せて 直接叩きつけたりすれば、魔術的手段もしくは魔具によらねば防ぎようが無いと思います。

 英霊とは空を飛ぶ戦闘機のようなもので、いかな剣豪でも、戦闘機には絶対勝てない。
 人間と英霊では強さの基準が違うというのは、つまりそういうことでしょう。
 逆に戦闘機から降りてしまえば、それは人間のはずです。

 そもそも彼女が英霊になったのは王としての偉大さゆえなので、彼女の強さの本質は 剣技ではないでしょう。
 アサシン小次郎のような剣術馬鹿とは違うと思います。



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