Fate/stay night alternative story   after“Unlimited Blade Works”

『食べる』それはこんなにも素晴らしい事だったのか。

 食糧確保の重要性は、国を治める王として痛いほど感じてきた。
 国を治めるとはつまり、国民にきちんと食べさせるという事だ。
 武力や政治とは、それを実現する為の方便に過ぎない。
 それは誰より理解しているつもりだった。
 私は常に、食事にあたり感謝の念を忘れた事は無かった。
 だがそれはあくまで、他の生命を自らに取り込み、肉とし力と成す儀式だった。

 英霊となってはその必要も無く、純粋な魔力の供給により活動してきた。
 食に費やす時間や労力から開放されるのはありがたかった。

 そんな私に食事と味覚の喜びを教えたのは、意外にも合理主義の化身のような キリツグだった。

 ハンバーガー。
 ホットドッグ。
 ギュウドン。

 魔力供給の補助手段として、彼が私の前に放り出すように与えたものは、 決して多様ではなかったにもかかわらず、飽きる事がなかった。

 そしてシロウたちと出会い。
 私はさらに、きめ細かな心のこもった料理というものを知ってしまった。
 美味しいものを食べる。
 それはなんという喜び。
 だがそれは、常にうしろめたさと表裏一体の幸せだった。












我が名はアルトリア(前編)
written by ばんざい








「シロウ。お願いがあります」

 午前の日課である剣の稽古を終え、台所へ向かうシロウに、思い切って声を掛けた。

「ん? なにか食べたいものでもある?」

 私はそんなに、食べ物の事ばかり考えているように思われているのだろうか。
 ――あながち否定出来ない。恥しくて思わずうつむいてしまう。だが、だからこそ。
 勇気を振り絞ってシロウの眼を見詰めて頼む。

「私に料理を教えて欲しい」

 シロウは驚いた顔で私を見返した。そんなにおかしな事だろうか。
 より一層恥しくなり、昨日から用意していた言葉を一気にまくし立てる。

「あの、その――シロウたちのような立派な料理が作れるとは思っていません。
 ですが、春になったらまたシロウたちは日中、学校へ出かける。
 その間の自分の昼食くらい、自分で作れるようになりたい」

 シロウは笑って答えた。

「アルトリアは生真面目だな。いつも稽古をつけてもらったり、英語を教えてもらったり してるんだから、食事の支度くらいそのお礼として受けて欲しいんだけど」

「シロウの稽古は精神鍛錬の意味が大きい。私などいなくてもいいはずです。
 英語にしても、この時代の微妙な機微など、むしろタイガの方が良く判っているし、 教え方も上手い。
 今の私は役立たずです。それは自分が一番良く判っている。
 シロウたちがいないとき、私は凛の蔵書を読んだりテレビを観たり以外、することが無い。
 それはそれでとても興味深く、飽きる事は無いのですが、落ち着かない。
 ――教える手間を考えれば、シロウにとってはかえって面倒かもしれません。
 私の自己満足なのはわかっています。ですがどうか、自分の事くらい自分で出来るように させて欲しい」

「そんなに卑下しないでくれよ。俺は――いや、凛や桜や藤ねえたちもみんな、アルトリアが いてくれるだけでも嬉しいんだから」

「私には、料理は無理ということでしょうか……」

 どうしても視線が足元へ落ちてしまう。
 私は、ブリテンを護る王だった。
 だがこの身一つで放り出された私は、自分の食事一つ満足に用意できない、子供以下の 存在だった。

「アルトリアは良い子だなぁ。藤ねえに見習わせたいよ」

 シロウはうつむいた私の頭を、優しく撫でてくれた。

「――タイガを悪く言ってはいけない。彼女はちゃんと働いて自立している、立派な人だ」

「藤ねえには言うなよ、調子に乗るから。
 ――よし判った。新しい事に興味を持つのは良い事だ。 俺に教えられる事があるのも嬉しいしね。
 それじゃ早速、一緒に買出しに出かけようか」

 シロウはそそくさと支度を済ませ玄関へと向かう。

「あ、あのシロウ。昼ごはんは……?」

「――そんなに絶望的な顔をしないでくれ。
 大丈夫だよ。買出しついでに外で済ませよう」

 ――そんなに私は物欲しそうな顔をしたのだろうか。
 慌ててシロウの後に続き靴を履く。
 シロウが玄関の引き戸を開けようとすると向こうから先に開き、タイガと鉢合わせた。

「あれ、士郎、どこか行くの?」

「あぁ、アルトリアと買出しに行って来る」

「えぇ〜? お昼ごはんは〜?」

「俺たちは外で済ますから。――藤ねえ、悪いけど独りで済ませてくれ」

 タイガはしばらく、シロウが何を言っているのか理解出来ないという表情で首を傾げた。
 気持ちは良く判る。
 理解出来ないのではなく、理解を拒否しているのだ。
 その後の展開が容易に想像され、タイガに申し訳ない気持ちになり目を逸らさずに いられなかった。

「な、なんですと〜!  二人だけ外食なんてずるいよぅ。おねえちゃんも一緒に行く〜」

「それじゃ午後の部活に間に合わないだろ。今朝、桜が作ってくれたスープ暖めて卵でも 落として。それで足りなきゃ冷蔵庫に塩鮭が残ってるはずだからそれ焼いて。 ご飯は残ってるはずだから」

「ひとりでごはん、さびしいよぅ」

 タイガは眼を潤ませ、上目遣いにシロウを睨んだ。
 そうだ。食事は皆で一緒に食べた方が美味しい。それもシロウたちが教えてくれた事だ。

「悪かったって。子供じゃないんだから駄々こねるなよ。っていうか、なんで藤村の家で 食わないんだよ、春休み中くらい。爺さまこそ寂しがってねぇか?」

「ふんだ。学校休みの間だからこそちゃんと面倒見てやれって言われてるもん」

「メシたかりに来るのを面倒見てるとは言わねぇよ。――それじゃ、 遅れないように学校行けよ。戸締りも頼むな」

「もぅ。夕飯は美味しいもの作らないと許さないんだからね」


 シロウと二人、並んで歩く。久し振りだ。
 ただそれだけの事が、なぜか新鮮で異様に緊張を誘う。
 聖杯戦争で毎晩共に歩いた際の、生死を掛けた緊張感とはまた別種のものだ。
 決して不快な緊張ではなかった。
 何が以前と違うのか。
 考えて、リンの存在に思い当たる。
 そうだ。今一番、シロウに近い存在。そして現在の我が契約者。
 罪悪感とわずかな優越感が、緊張の主成分らしい。
 ごめんなさい、リン。少しだけ、今だけ。シロウを貸して下さい。

 商店街は、以前に行った新都とはまた違った猥雑な活気にあふれていた。
 なにより、食べ物の匂いが多い。
 揚げ物の匂い。
 肉を焼く匂い。
 香辛料の匂い。
 食欲をそそられ、お腹が鳴りはしないと意識したとたん、くるる、と小さく鳴った。
 思わずお腹を押さえシロウの顔をうかがうと、優しく微笑む彼と眼が合い、頬に血が上る。

「なにか、食べたいものはある?」

「いえ、シロウにお任せします」

「それじゃ、いろいろつまんでみようか」

 たこ焼き。
 揚げたてコロッケ。
 焼き鳥。
 絞りたてのオレンジジュース。

 シロウが色々なものを買ってくれて、一緒に味わった。
 店先のベンチや、時には歩きながら。
 新都に行った「デート」よりもっと、シロウを近く感じた。

 そうして浮ついていた私は、食材を求めて移動した先で衝撃を受けた。


 野菜が並べられている店。
 魚が並べられている店。
 肉が並べられている店。
 調理されていない剥き身の食材が放つ雑多な生命の匂いが混然となり、 私の嗅覚を刺激する。
 そして思い出した。なぜ忘れていられたのだろう。
 私は今さら、この世界で暮らす喜びと共につきまとう良心の咎に気付いてしまった。
 王として生きたあの時には、適切な判断を誤らせる元として切り捨てていた感情。
 視界がにじむ。
 いけない。いけない。

「――アルトリア?」

 シロウが驚いている。
 私の涙に驚いている。
 いけない。泣いてはいけない。
 だがそれまで存在すら忘れていた私の涙腺は、驚くほど勤勉になった。

「私は、ブリテンの民に、これほど食べさせられなかった」

 あの貧しかった私の国を、思い出した。
 感情は切り捨てても、事実を忘れてよいものではなかった。
 思い出してしまえば、王としての勤めを終え、人としての感情を取り戻してしまった今、 当時の分まで涙があふれてきた。
 いけない。いけない。
 これではシロウが私を泣かせているようではないか。

「ごめんなさい、シロウ」

 だがシロウは何も訊かず、近くの公園へいざないベンチに座らせてくれた。
 黙って私の肩を抱き、ハンカチを渡してくれた。
 その温もりと優しさが、私の胸に突き刺さった。
 私は我が剣の主に、みずからの罪深さを告白した。

「私はかつて王だった。
 民を護る為、軍備を整えた。
 その為に厳しく税を取り立てた。
 民を護り、食べさせ続ける為、民を飢えさせた。
 その判断は間違っていなかった。
 だが、民が飢えていたのは間違いない事実だ」

 シロウ。優しく髪を撫でないで。
 私にそんな資格はない。

「それなのに、シロウのもとで私は忘れていた。
 忘れて自分ばかりむさぼった。
 たくさんたくさんむさぼった。
 何人もの民が何日も永らえられるほどたくさんのものを、一度に食べた」

 私はかつて王だった。
 だが今の私は、ただ冷たい、酷薄な女だ。
 間違っていなくとも、忘れてはいけなかったのに。
 おのれのあさましさに気付き震えた。
 シロウの胸にすがりたかった。
 優しく抱き締め、慰めて欲しかった。
 だがそれは、気高き主を汚しはすまいか。

「ごめん、ちょっと待っててくれ」

 シロウは私のそばを離れ駆け出した。
 寒い。
 独りは寒く、心細かった。
 私はこれほど弱かったのか。
 シロウ。シロウ。私をおいて行かないで。
 シロウのハンカチに顔を埋め、彼の匂いにすがる。

「お待たせ」

 シロウは私の手をとり、暖かいものを握らせた。

「たい焼きっていうんだ。食べたことないだろ?」

 再び並んで座ったシロウはみずから一口食べて見せた。
 シロウ。あなたは私の話を聞いていたのか。
 睨んでもシロウは柔らかく微笑むばかり。

「ほら、冷めないうちに」

 うながされ、一口齧る。
 ゆっくり、ゆっくり噛み締めた。

「甘い。美味しい」

 再び涙があふれた。
 この期におよんで無くならない己が食欲が恨めしかった。

「オヤジが言ってた。
 力が及ばなかった事を悲しむのはいい。
 だけど、それに囚われて立ち止まるのは愚かな事だ、って。
 今になって、思う。
 オヤジが言いたかったのは、犠牲にしたものがあったなら、その犠牲を悔やむより次の 機会に活かせ、って事なんじゃないかな。
 食べようと思えば好きなものを好きなだけ食べられる。
 これは今でも、ごく限られた国だけの事だ。
 でも、だからって俺たちが食べる量を減らしたところで、世界の食糧事情が 好転するわけじゃない。
 旨いものがたくさん食べられる。俺たちに出来るのは、まずその生活を大事にする事 なんじゃないかな」

 シロウの言葉が、自傷していた私の心を優しく包んだ。
 タイヤキを味わう。
 ゆっくり、ゆっくり。少しずつ、大切に。
 暖かく、甘く、美味しかった。

「だからその――アルトリアは泣き顔も可愛いけど、出来れば旨いもの食って笑ってて欲しい」

 真っ赤になって照れながら、目を背けて言うシロウ。
 その真摯な慰めに、素直に甘える事にした。
 シロウの肩にもたれてねだる。

「シロウ。その袋の中のタイヤキをもう一つ、いただいてもよろしいですか?」



 台所にはかすかに、サクラの香りが残っていた。
 そこに踏み入りシロウと並んで立つのは、彼女の領域を侵す罪悪感を伴った。
 服の袖越しにシロウの腕が触れただけで、必要以上に意識してしまう。
 しかし大量に買い込んできた食材の匂いが、そんな感傷を蹂躙した。
 特にタマネギやニンニクを大量に刻む過程は、暴力的とすらいえた。
 シロウは『あわてずゆっくりでいいから、落ち着いて刻め』と言ってくれた。
 だがそれは、涙腺を刺激する臭気をじっくり吸い込む事に他ならず。
 はからずもまた、シロウに涙を見せる事になってしまった。

「それじゃまずタマネギを全部入れて、透き通ってくるまで炒めて」

 手始めに何か一品、簡単なものから作らせてもらうつもりだったのだが、シロウは いきなり皆で食べる夕飯の仕込みを私に手伝わせた。
 大きな鍋に大量の食材を放り込み火に掛けると、いかにも料理している気分になる。
 おそらくシロウは、わざわざそういう料理を選んでくれたのだろう。
 やがて野菜と鶏肉の匂いでむせかえりそうな空気を、強烈な香辛料の香りが一変させた。
 なんと自己主張の強い料理か。
 しかもその野蛮でさえある香りが、決して不快ではなかった。
 更にシロウの指示に従い、トウガラシを丸ごと数本放り込み、ヨーグルトを大きなパック 1つ分全て投入する。こんなに大胆でよいのだろうか?

「あとは弱火でじっくり煮込むだけだ。次は軽食になるやつ作ってみようか。卵を割る時は ――」

 卵をたくさんボールに割り入れかき混ぜる。
 これも皆に食べさせるのだろうか?
 そう思うと、単純な作業も緊張した。



「失礼します」

 玄関の引き戸を開ける音と共に、サクラの声がした。

「お帰りなさい、サクラ」

 彼女の声を聞き、再び台所の侵犯者であるおのれを意識する。
 何か言葉をかけなければいけない強迫観念に襲われ、居間に置いた皿の中身について 解説する。

「シロウと一緒に商店街に仕入れに行って驚いた。パンの耳というのは、 ほとんど施しのような値段で売られているのですね」

 いけない、逆効果だ。サクラの顔が曇る。

「料理と言うのもおこがましいですが、それは私が作りました」

 慌てて言葉を継ぎ、更に雰囲気が気まずくなる。
 彼女がシロウを慕っているのは明白だ。
 そして料理は彼女とシロウの大切な接点なのだから、他の者がそこに入り込めば 胸を痛めるのは当然ではないか。

「いただいていいですか?」

 だがサクラはむしろ私を気遣うように微笑んで、私が作ったパンの耳のフレンチトーストに 手を伸ばしてくれた。

「――美味しい」

 彼女の一言で安堵の溜息をつき、自分が息を止めてサクラを見詰めていた事に気付いた。
 シロウの『サクラは砂糖たっぷりの甘いのが好みだ』という助言は正しかった。
 私も自分で味わう。
 やはり美味しい。決して私の食い意地が張っているからそう感じるのではなかったのだ。

「あの、ところで先輩は?」

「シロウはリンと一緒にトオサカ邸で魔術の勉強だそうです」

 ちくりと、胸がうずいた。
 サクラの顔も、また曇る。

「二人きりにして、不安じゃないんですか?」

「現在あの二人を脅かすものが存在する可能性は低い。それに、カレーの番も任された」

 判っている。サクラの問いの真意は。
 だが私は、リンの契約者として答えるしかなかった。



 理性が、誘惑に熔かされる。

「Shirou, -- It cannot bear any longer. (もう がまんできません)

 シロウの肩にすがる手に、我知らず魔力がこもりそうなくらい。

Maam, May I take out soon? (先生、そろそろ出していいですか?)

 シロウの問いに答えるタイガの眼も、欲情に濡れていた。

Well, I'm also already a limit. (そうね、わたしももうダメ。)

 勉強会の間じゅう、その香りは私とタイガを苛んだ。
 原初の欲求に訴えかけるそれは、昼間あれほど己が食欲の浅ましさに気付いた私にとり、 まるで拷問だった。
 イッセイが最後の文を訳し終えると、タイガが吼えた。

「はい、よろしい。
 さあ終わりおわりオワリ〜! 士郎、早く食べさせなさ〜い!」

「はいはいはいはい」

 シロウが手際よく盛り付けた皿が皆に回される。
 皆に皿が行き渡るまでよだれを垂らしそうな顔をしているタイガの顔を見て、 自分もあんな顔をしているのかと頬に手を当ててしまう。

「鷹の爪が丸ごと入ってるから、かじらないように気をつけてな」

「はいはい、いただきま〜す」

 猛然と『チキンカレー』に襲い掛かるタイガを横目に、湧き上がる唾液を一度飲み下し、 慎重に一口。
 舌を刺す辛さ。鶏肉の香ばしさ。ニンジンの甘さ。煮崩れたジャガイモの舌触り。
 私の今までの体験では表現しえぬ豊かで衝撃的な味覚が広がった。
 必死につくろった理性がたった一口で弾け飛ぶ。
 食べる。貪る。喰らう。
 あれほど悔いた浅ましい食欲が、かつてない勢いで私を支配した。
 早く食べるのが目的ではない。たくさん食べるのが目的ではない。 しっかり味わわなければと自らに言い聞かせても、もはや止まらなかった。
 タイガと奪い合うようにしてお代わりをよそう。

 サクラの異変に気付いた時には、既に何皿分平らげていただろう。

 シロウとなにやらもめている。
 そういえば、サクラは珍しくお代わりをしていなかった気がする。
 その事に思い至り愕然とする。
 シロウの家族であるサクラは、私にとっても護るべき人ではなかったのか。
 己が食欲に負け気遣いを忘れて、何の騎士か。
 逃げるように席を立つサクラを見て、冷水を浴びせられた気分になった。
 後を追おうとして、リンに止められた。
 彼女は私の袖を掴んだまま、妹を追って行くタイガを見送った。



 間が持てない。
 リンは黙ったまま、しかし立ち去る様子もないので私も動けない。
 事情がわからないのでシロウにも話しかけかねる。
 冷めたお茶を満たした湯飲みを見詰めて耐える。

 そのいたたまれぬ時間は、タイガが乱暴に引き戸を開ける音で破られた。
 粗暴な振る舞いをたしなめようと腰を浮かしかけると、脇目もふらず体当たりしてきた タイガに押し倒された。

「な、何の真似ですか!?」

 物言わず私を抱きすくめたタイガは、私の身体をあちこち乱暴に弄った。

「ふっ、ふぅぁ! や、やめ――」

 制止の声は自分でも驚くほど甲高く裏返った。

「ふん。あんなにたらふく食べておいて、腰も手足も細くて綺麗だこと」

「い、痛い!」

 力任せに乳房を掴まれ、思わず苦痛の声が漏れる。
 混乱・恐慌・屈辱・羞恥。
 もともと常軌を逸したところのある人ではあったが、今のタイガはそれとも違う。
 その狂気に得体の知れない恐怖を覚えた。
 私は何者にも恐れを持たぬ騎士ではなかったのか。

「いやっ! シロウ! シロウ助けて!」

 恥も外聞もなく助けを求めた私の耳に、歪んだ優越感を含んだタイガの声が届いた。

「でもそのぶんおっぱいも薄いわね、ふふふ」

 反射的に魔力を開放し、タイガの魔手を振り解く。
 おのれ。
 何たる、侮辱。
 どうしてくれよう。

「ええ、そう言うタイガはふっくらしてますね。脇腹とかだけ」

 狂ったタイガは私だけでは飽き足りないのかリンに視線を移すが、すぐに興味を失った らしい。
 鼻で笑い飛ばされたリンはシロウにやつあたりしている。

「あんたも怒りなさいよ !!」

「な、なんで俺が?」

 リンは拳でシロウを打ち倒した。
 気持ちは判るが、暴力は良くない。
 わけも判らず殴られたシロウは怒る事すら出来ず、滴る鼻血を拭いている。
 タイガはうわごとのように呟いた。

「士郎が……士郎が悪いのよ」

「――確かに桜には悪い事をしたかもしれないが、それとこの騒ぎとどういう関係があるんだ?」

「士郎のご飯が美味しすぎるからなのよ! 責任取りなさい、士郎!」

 確かに彼の作る料理には、原初の欲求を呼び覚ますものがあるが、それを暴れる 原因とするのは責任転嫁ではあるまいか。

「……馬鹿で鈍感な俺にもわかるようにきちんと論理的に説明していただけないでしょうか、おねえさま?」

「うるさい! 口答えするな士郎のクセに!
 あんたは黙って明日から稽古に付き合いなさい」

「なんのでございましょう?」

「剣道に決まってるでしょう馬鹿!」

 そう言ってタイガは、おのれの身体を抱き締めた。
 いや、腹を抱えた。
 ――私は、ようやく理解した。納得は出来ないが。
 要するにタイガは、体形を気にしているらしい。太ったという事か。
 サクラの様子がおかしかったのも原因はそれだろう。
 全く、実に下らない。
 私はどう頑張っても、彼女達のような女性らしい身体にはなれないというのに。

「朝ご飯はお粥かなにか、消化が良くて軽い物にする事! 少しでいいからね」

 私を巻き込まないで欲しい。



to be continued

The original work 『Fate/stay night』  ©TYPE-MOON
Secondary author ばんざい 2004.3.9

補足
『おねえちゃんの課外(加害)授業』、アルトリア視点での話。前編。
 食う寝る戦う居候。
 戦う部分が無くなってしまったら無職家事手伝(わな)い。
 結構コンプレックスになるんじゃないでしょうか。



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