Fate/stay night impossible story   after“Heavens Feel”

「悪いわね、こんな時間にこんなところまで迎えに来させて。安いチケット探してたらこんな時間 しか取れなくって」
「いえ。本当は士郎を連れてくれば良かったんでしょうが、今はまだ身体が不安定なので 生活リズムをずらすのは不安だとサクラが言うもので」
「しかたないわよ。ライダーの顔を見ただけで、帰って来たって実感するわ」
「はい。私もあなたを出迎えられて嬉しい。お帰りなさい、リン」
「ありがとう。それと、ただいま」

 夜半過ぎの空港ロビー。凛はライダーが差し出した手を握り返した。












告白
written by ばんざい








「では早速参りましょう。荷物をお持ちします」
「結構よ、トランク一つだから。それより、わたしが帰るのはまだ士郎には内緒にしてくれている?」
「はい。言えば絶対迎えに行くとダダをこねられたでしょうから。 ところでリン、お手洗いは済ませましたか? お腹は空いてますか?」
「あなた、ずいぶん気遣いが細かくなったわね。大丈夫よ。正直、機内食は不味くてあんまり 食べてないけど――」
「それは好都合」
「は?」

 ただでさえコンパスの違うライダーが早足で歩くのに着いて行く為、凛は小走りになった。

「そういえば、あなた何か相談があるって言ってたわよね?」
「はい。それに関しては衛宮邸に戻ってから、サクラと一緒にゆっくりと」

 駐車場に着くとライダーは黒いレガシィワゴンを出し、凛のトランクをラゲッジのフロアに慎重に 固定した。
 凛は助手席に収まりほぅ、と溜息をつく。

「それにしてもライダーが車運転出来るようになってて助かったわ。こんな時間に電車動いてないし、 タクシー使ったんじゃ安いチケット買った意味が全然無いし。この車はどうしたの?」
「ライガに借りてきました。本当はペガサスを使えば一番良いと思うのですが、サクラが嫌がるので」
「当たり前よ!」
「あぁ、リン。シートベルトはこちらを」
「へ?」

 ライダーは運転しながら器用に、凛をTAKATAの四点式ハーネスで厳重に拘束した。

「頭をヘッドレストに着けて下さい。行きますよ」

 幹線道路に出るや否や、レガシィは四輪をホイルスピンさせながら猛然と加速した。

「ちょっとちょっとライダー!」
「エンジンもミッションもまだ冷えていませんでした。問題ありません」
「誰もそんな事心配してない! もっとゆっくり走ってよ!」
「急がないと、士郎が危ない」
「えっ?」

 交差点の縁石をノーズで舐めるようにドリフトさせながら真剣な表情で言うライダーへ、 凛はしかし視線を向けることが出来なかった。

「眠っている士郎と二人きりにしておくと、サクラはすぐよからぬ事をする」

 高速のETCゲートをくぐり、合流路のループで斜めに流れる視界に凛は思わず目をつぶる。が、 かえって怖くなり硬直してフロントウィンドを見据える。

「それに、士郎の寝顔はとても可愛い。見たいでしょう?」
「あんたたち、士郎をおもちゃにしてるんじゃないでしょうね」
「とんでもない。大切に護っていますよ?」

 凛は、高速道路というものは真っ直ぐなものだと思っていた。
 しかし時速二四〇キロ以上で疾走するレガシィにとっては高速コーナーの連続であり、加えて ライダーは先行車両が進路を譲るのを待たず左右に縫って走るので、常に車体軸と進行方向が 一致せずアングルがついている。
 聖杯戦争などという大げさなものでなくとも、人の命を危うくする事など日常のかたわらに いくらも転がっているものだと凛は実感した。

「お願いだからもっと普通に走ってよ」
「これが普通ですがなにか?」

 だが凛はまだ、本当の恐怖を知らなかった。
 ダッシュボードでなにやら電子音が鳴るや否や、ライダーはあろう事か全ての灯火を落とした。
 しかもスピードは全く落とさない。
 先行者のテールライトと路側灯だけが暗闇から迫り、猛烈なスピード感が強調される。

「何するのよライダー!」
「官憲のレーダーです。ライトを点けていてはナンバーを撮影される」
「だったら捕まらないスピードまで落としなさいよ!」
「今から減速すれば追尾されます。捕まってはライガにも迷惑が掛かる」
「ライダー。あんた免許は?」
「ちゃんと取りましたよ。ライガが戸籍を作ってくれましたので」
「だったら交通法規くらい守りなさい」
「お断りします。リンは、早く士郎に会いたくありませんか?」
「わたしは生きて士郎に会いたいのよ!」

 ライダーは答えず、5速全開のまま左足ブレーキとステアリングのみで進行方向を制御し続けた。

「……もうブレーキが甘くなってきた。ライガに返す前にブレーキフルイドを交換しておかないと」
「桜も士郎も、どういう教育をしてるのよ……」



「……生きてる。わたし生きてる。生きて帰って来たわよ、士郎」
「しっかりして下さい、リン」

 凛はライダーに抱きかかえられるようにして、衛宮邸の敷居を跨いだ。

「お帰りなさい、姉さん。……お疲れのようですね」
「ただいま、桜。あなたこそこんな夜更けにわざわざ出迎えありがとう」

 凛の言葉に、桜は目を潤ませて抱きついた。

「何言ってるんですか。空港まで出迎えに行けなくてごめんなさい」
「しかたないでしょ。桜は士郎のそばについていてくれたんだし」

 凛は桜の細い腰をしっかりと抱き締め、額を合わせ――力一杯さばおりで押し倒した。

「ぐぎゅ、ね゛え゛ざ――」
「わたしがライダーの隣で死ぬ思いしてる間、士郎に妙なマネしてなかったでしょうね? あ゛ぁ?」
「し、してません。せんぱいのくちびるが荒れないように蜂蜜を塗ってあげて余分な分を 舐めとったりぐらいしか――」
「したんかいゴルァ!」
「お二人とも、静かに」

 ライダーは玄関先で寝技の攻防に入った魔術師姉妹をたしなめた。

「士郎が起きてしまいます」
「ぐっ」



「あらためてお帰りなさい、リン。
 ――お二人が揃ったところで、お話があります」
「ちょっと待ってライダー。その前に、士郎の無事を確認させて頂戴」
「姉さんそんな、強盗に取られた人質みたいに言わなくても」
「誘拐犯にさらわれた気分よ」
「いいでしょう。では5分だけ。起こさないようにそっと覗いて下さい」

 おもむろに頷くライダー。
 凛が士郎の寝室へ向かうと、桜はライダーへ食って掛かった。

「ライダー。なんでマスターのわたしを差し置いて仕切ってるのかしら?」
「信用を無くすような事をするサクラが悪い」
「偉そうに。あなたこそよくこっそり先輩に添い寝してるじゃないの」
「あれはささやかな魔力供給。やましい事は何もしていませんが何か?」
「嘘おっしゃい。やましい事がないならなぜわたしに隠れてするんですか」
「言えば止めるでしょう?」
「当然です」
「サクラはいつも自分がやましい事をしているから人を信用出来ないのです」

 やれやれとかぶりを振り急須にお湯を注ぐライダーに桜が拳を握り締めていると、 凛が居間へ戻った。

「息してるのか不安になるくらいよく眠ってるわね」
「だからといって唇を重ねずとも呼吸は確認出来ると思いますが」

 ライダーの言葉にはっとして唇に手をやる凛。

「やっぱりしたんですね。姉妹して、私の士郎にみだりに手を出さないでいただきたい」
「カマをかけたの? まったく無駄な知恵ばかり――」
「ちょっと待ちなさいライダー。それより聞き捨てならない事を言いましたねあなた」

 ライダーは涼しい顔で湯呑みにお茶を注ぎ、二人の前に置いた。

「お二人にお話しておく事があります」

 ライダーは正座して姿勢を正し、二人に向き直る。
 つられて凛と桜も、正座。

「私、ライダーは先日ライガの手により戸籍を用意して頂きました。
 そこで晴れて正式に、衛宮士郎の妻となりました」

 凛と桜の脳がライダーの言葉を反芻し意味を理解するまで、沈黙が居間を支配した。
 ライダーがズッ、とお茶を啜る音が響く。

「なっ――」
「なんですってぇ!?」
「ちょっと桜、どういう事よ!」
「わたしだって初耳です!」
「ライダー!」
「う、嘘よ。雷画さんや藤村先生が、そんな勝手な事を許すはずがありません」
「お二人とも、お静かに」

 ライダーは湯呑みをテーブルに置いて言った。

「ライガは私を孫のように可愛がってくれています。タイガも士郎の幸せの為ならと納得して くれました。
 それに私の日本国籍を用意する為、士郎の妻とするのが一番無理が無かったそうで。
 お疑いなら、夜が明けてから士郎に訊いて下さい」
「あなた、謀ったわね」
「この事は、ライガもタイガも賛成し、祝福してくれました。
 お二人に報告するのが遅れたのはお詫びしますが、これは私と士郎、二人の問題ですので。  あぁ、結婚式とか堅苦しい事は結構ですよ?」

 しれっと言い放つライダー。
 凛は怒りの矛先を変えた。

「さ、桜。あんた、自分の飼い犬はちゃんと躾けておきなさいよ」
「ライダーあなた、マスターのわたしを差し置いて――」
「魔術的契約と魂の契約はまた別です。私の心は士郎に捧げました」

 ライダーは全く動じなかった。

「落ち着いて下さい。
 私もあなたたちに恩義を感じていないわけではない。なにも士郎を独り占めするとは言いません。
 幸いこの国には側室や二号と言う制度があるそうではありませんか。
 あくまでも正妻は私ですが」

「せ、先輩のお嫁さん……わたしがなるはずだったのに」

 桜は既にどこかへ旅立ち気味であった。

「納得出来るわけないでしょそんなもの! 朝イチで士郎を問い詰めてやるわ。行くわよ桜」
「どちらへ?」
「士郎の部屋よ。逃げられないように枕元で待たせてもらうわ」
「それは結構ですが、くれぐれも私の夫の眠りを妨げぬよう。自然に目覚めるまでお待ち下さいね?」
「――泥棒猫。殺しておけばよかった」


 鬼のような形相の凛が桜を引きずって立ち去ると、居間の時計が午前三時を告げた。
 ライダーは急須の茶葉を入れ替え、湯を注いだ。
 壁に掛かったカレンダーを手に取り、三月の頁を破り捨てる。
 四月のカレンダー。
 その頭の日付をピンクのマーカーでぐるぐるマーキングし、壁に掛け直した。
 お茶を湯呑みに注ぎ、優雅に一服。

「……さて、誰が最初に気付くでしょう?」

 満足げに微笑み、ライダーは自室へ引き揚げた。



end

The original work 『Fate/stay night』  ©TYPE-MOON
Secondary author ばんざい 2004.4.1

補足




 ……ま、年に一度の事だし。
 他所様があれこれ企画やっているのを見て、発作的に何かやりたくなってしまいました。
 勢いだけで一気に書き上げてしまいましたので、自分でももう何がなにやら。

 ――馬鹿企画は笑って流すのが大人の対応っていうものだと思います。



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