2002年シーズンを振り返って。


 いもので「アッツ」っという間にシーズンは終わってしまった。
(例年通りだけれど)
 また、今年はサイト立ち上げ、新入WEBインチキ管理人?となった。

30歳となり、Myホーム計画も浮上し、金銭的に苦しいシーズンとなったが
なんとか、なんとか、鮎釣りは出来た。

 釣りの為に1年を生きている。
鮎に会えないと、どうしようも無くなってしまう。
鮎師なら誰でもそうであろう!

 
映像:3本チラシさん〜
 禁。
6月1日。 この日を待っていた。
2001年のシーズン終わりに、「来年はHPでもつくってみようかな」
と、”ある人”に相談して、3月にHPを立ち上げて、6月1日を待っていた。
 ガンガン掛けて、スッゲーという情報を伝えたい!という願望があった。
だがしかし、違った。
 解禁那珂川ツアーを皮切りに、”釣れない・駄目サイト”が成立してしまった。
最初は少々落ち込んでみた。 だが、しょうがない。釣れないんですから。
 そして、速報に代打ちをお願いしたら。
僕の喋りをそのままに、チョイとアレンジを加えられ
 「またまた、坊主っす。」とか「だめッス」なんて書くものだから・・・
いつの間にか、合い言葉に!?

 風。
7月初旬の台風は痛かった。
ちょうどこれから”いきまっせ”っていう鮎の成長を遅らせた。

 水病。
米代川水系をはじめ、東北河川にも広まってしまった、冷水病。
なにが原因なのだろうか?
 阿仁川も大打撃を喰らった。
あのパワー鮎。 黄色い、体高のあるヌルヌル鮎。 
それが相当数流された!! 残念だ。 まして、尾鰭の付け根に斑点。

 征。
(僕にとってはどこに行っても遠征になってしまうのだが・・・・)
 まず、日程調整に調整を重ね、行って来ました、米代川
米代奔流では空振りを喰らったが、阿仁川では少々楽しい思いが出来た。
 それよりなにより、純情鮎の釣り!を目の当たりにした。
感動的だった。
 初めて行く、九頭竜川。 激流っちゃってる川だ。
濁っていても掛かるんだ!? って感じだったが、ハードな釣りを体験できた。
 そして、男の川で、男の釣りを研修させて頂いた。 
でも、マネは出来ない。 危険が伴う。 修行だ修行・・・・。
 そして、那珂川。
「鮎中毒」の登録?は那珂川だ。 
新たな那珂川を体験することが出来た。 
そして、勉強させていただいた。 皆様のおかげで。

 い出。
釣りで、印象に残ることは、勝負してバラした等の苦い体験が多い。
今年、バラしたが印象に残るシーンは3つ作った。

1. 阿仁川 桂瀬の絞りの荒瀬にて。
 最後の1匹。 のされながら返し抜いたが、下ってくる「つまみ糸」を掴んだら
プチッツ!
2. 九頭竜川 放水口下左岸ヘチ際の芯にて。
 あと数歩下がると、首までコース。 今現在、腰までコース。
上に登るアタリ。 手強そうな鮎との勝負。 竿はシナル。 でもプチッツ。
3. 那珂川最終戦 烏山大橋下
 右岸からの芯。 波立ちのスタート地点。 竿はシナル。 そしてプチッツ。
来年は同じ失敗をしない様、反省したい。だが、良い体験をした。

 イト鮎中毒 を通して 色んな方々にお会いすることが出来た。
それが、何より嬉しい。
僕の場合。 現実あってのネット社会です。
虚像と現実が行き交う、マトリックスの世界ではありません。
 いや、もしかしたら僕は、現実逃避したがっている人間なのかもしれない。
幻覚をみたいのかもしれない?
 とにかく、皆様と一緒に釣り。鮎釣り。を出来たことがなによりも財産です。

 
2002年鮎。 皆様お疲れ様でした。
そして、ありがとうございました。

来年度も懲りずにやっていきたいと思います。
どうぞよろしくお願いいたします。


2002年釣行のまとめ。
総釣行日 32日
超「だめッス」 7日
普通に「だめッス」 例年通り。
満足回数 2日
プチ満足回数 3日
総尾数 別に・・
楽しい時 いつも”有”

鮎中毒 名前の由来。
サイト作成において、TOPページ及び、名前に悩んでいました。
インパク値を狙おうとか。 クールなやつとか?!!!
”AYU JUNKY”にするか? ほかになにが・・・・とか。
スペルがわかんねー。とか・・
で、隣にいた、A氏と話すうちに、
 「日本人だから、中毒でいいんじゃん。とりあえず」・・・
それで、そのまま、「鮎 中毒」になりました。

2002年一覧へ

釣行記一覧へ

TOPへ