2001 第四回遠征


su-sanのHPお便りコーナーに掲示して頂いた文のオリジナル版vol.2です。

8/28〜9/2まで今年最終遠征。

8月28日 (火) 米代川

8匹 晴れ (最悪)   十二所の上
 今回はメンバー増員での遠征。
師匠,暴れナイト,岩手在住、北のパチプロ,私でのワクワク・ドキドキ釣行。
岩手山SAで北のパチプロと合流もそこまで,雨・雨のドライブ。先行きが思いやられました。
又,6月那珂川釣行の際,昨年の米代を吹かしまくっていた事へのワビをお話ししながら
 (超高速で引いてると掛かる。逆バリ付け終えて2秒後に掛かる。もう今日はやめようと思っても掛かってしまうからやめられない。等々)
 「でも,今年は普通にやらないと掛かりませんね!」アッと言う間に???鹿角に到着。
  囮を2匹づつ購入。  「昨年は1匹でよかったンですよ」と懲りずにその話。
 早速,まずは実績ポイントに向かうも,駐車スペース”無”。終盤だから混んでいるのだろう。
 なんとか十二所上に入川。 1発を期待していきなり熱い瀬に投入するも,なにをやってもダメ。
 高速道での雨も嘘のように太陽が照りつけてきました。前回より少し水量多かったのですが。
結局昼休み。みんなはなんとか囮をゲットしたのですが。
私は0匹でのスタート。最悪のスタートを切ってしまいました。 
 
 PM荒瀬の終わりでなんとか囮をキープし,再度,”瀬”攻撃。
 渋い,追わない。蓋を開けると8匹という”ツ抜け無し”という釣果。自分のヘボさに改めて反省。
 師匠が20数匹,暴れナイト20匹前後,北のパチプロ10数匹という釣果に終わりました。まあまあの型も混じったので2人(Nブラザーズ)は少しは楽しめた様です?。


8月29日 (水) 米代川
28匹 晴れ/曇り
大型を狙い上流部(とりいより上)に入川。
AMはタバコを賭けた大会。
結果:師匠 12匹,ka2 10匹,暴れナイト9匹,兄 ボウズにて師匠の優勝。
なんとも平均釣果の少ない”タバコCUP”の結果でした。
 
 PMも同じ所を攻め、私は瀬〜荒瀬の流芯〜ヘチ狙いでなんとかキープ。
やはり強い波立ちを見ると攻めたくなってしまいます。
  しかも米代川の強いアタリを期待して。
上流部は流石に型も良い感じで,20〜23cm平均,体高もある鮎が掛かってきました。数は18匹と昨日よりは良かったですが,ゴールデンにはやっぱり出会えませんでした。
でも最終戦、昨日の屈辱も果せた。サビ鮎は混じるが、去年の様なぶっとい鮎にはそんなに出会えません。
西日射す頃の風は秋を感じさせてしまう涼しさです。さみしー
 師匠は荒瀬を中心に27匹掛けていました。暴れナイト,兄も20匹前後掛けていたと思われます。


8月30日 (木) 米代川
12匹 晴れ/スコール
やはり上流部(とりいより下)に入川。
今日は天気も良く”やったるでー”と瀬肩からスタート。泳がすといきなり1匹。瀬を下って行きこのままいけば午前中に結構稼いでしまうかな?と。
でも,やはり渋い。
流芯の筋が右岸側にあるので,瀬の中央に立ち込み流芯,ヘチへの駆け上がりを攻め,よだれが出るような流れにブチ込むも,投入直後ガツーンには,出会えず,なんとか待って掛ける感じ。
 AMツ抜け達成しないくらいの釣果。(型は20cm平均) 他の3人はトロ〜トロ瀬にて数尾,大型(23cmくらい)を掛けていました。

 PM 暴れナイトと同じ瀬肩からスタート。
開始早々上流から怪しい風が吹いてきました。雲行きも怪しくなってきました。
  
これが最悪の事態への予兆だとは知らず,なんとか5匹程度追加。
 ついにゴロゴロと怪しい音が聞こえてきました。
 職業上,感電死だけはしたくないと,師匠のいる所まで下り,竿を草に寝せて,
「まだ,大丈夫ですか?」と。
師匠は「ホイホイ」なんていいながら数尾抜いていました。
ついには「
米代川で雷にて感電死なんて本望だー!」などと言っていましたが数分後,
バリバリーと1ッ発落ちると,私より先に竿をたたんでいました。
だいたい15時くらいです。
16時には雨足も強くなり,車の中で明日は終わったと感じていました。
17時になっても雨はやみそうにないので,終了。
 明日からは,千葉県鴨川からの軍団が合流するので,舟から囮缶に鮎を全部いれて宿にて選別しようと移動したところ,半数位を酸欠死させてしまい,やばい状況になってしまいました。


8月31日 (金) 大湯川・小坂川合流箇所
8匹 晴れ 
兄・暴れナイトは親戚の不幸があり岩手に帰郷(ある意味良い切り上げだったと後日言っていた。)
 10時頃,鴨川軍団の到着。(”追い星4重”くらい有る様な強烈なメンバー5人)
PMから。本流は赤濁りで釣りにならないことを再確認し,大湯川,小坂川を攻めることに。
水温は冷たく,笹濁り状態。大湯川は15時頃から濁り状態。
非常に渋く、追えば一発なのだが、なかなか追わない。流れの変化を見つけ、止め泳がせ。
暗くなるまでやり,結果は18〜0匹の釣果。型は最大のもので24cm。


9月1日 (土) 米代川・小坂川との合流部下 石野橋の上〜上の上
14匹 晴れ 
 千葉は流山から1人で東北道を突破してきたメンバー西原さんと合流(やはり”追い星5重”くらいの威圧感)
土曜日ということもあり,人が多いだろうと,笹濁りの本流に場所を定め上流部に入川(とりいの辺り)
囮缶を浸けに行くと,なんか様子が変!!
ヘチはどうあれ,流芯近くの石も土が被って見えました。
また,
際の草に死んだ鮎が刺さっているのです。とりあえず,竿を出そうと,川に入るも粘土のような泥が足元の石にビッシリ被っていました。
ヘチ際を歩いていった人は大量死を目撃したそうです。
荒瀬なら石は生きているだろうと思うも,なんか黒さが無く,岩盤部ならいつも茶色なのでどうだと思うも,追いもなく。。。。
 結局,全員昼前には引き上げてきました。
 師匠は石を求めて歩いて移動をしたそうですが,何処も泥だらけで,おまけに死んだ鮎を背掛かりさせたそうです。道理で土曜日なのに人が入って来ないわけでした。
 PM昨日の場所に移動したのですが,竿だらけ。
なんとか本流との合流部にもぐり込み釣りを再開することが出来ました。
 そこで,漁協の方に出会うと,大量死の件で焦っていました。
 本流の筋はやはり濁りで,支流の筋でなんとか石も泥かぶりまではいっておらず,釣りにはなりました。
私は石野橋上のせこい細い流れを。ちょうど、大好きなガンガン瀬の後ろ。誰も竿を出しておらず、水も本流筋より全然綺麗なので攻めて見ました。型は小さいものの、泳がせ気味に掛けました。
私たちは真っ暗になるまで竿を出し,結果は20数匹〜10前後でした。
 今年最後の米代川の鮎はガンガン瀬でギューンというアタリにて締めくくった事をなんとか満足と自分に言い聞かせ竿をしまいました。
 鴨川軍団のアチャさんが漁協の人と話した所,
「泥を飲んで酸欠死した」と言っていたそうですが何回もの赤濁りに慣れているはずの鮎が,終盤にさしかかり錆も入って来たことによって死んでしまうのか?と。
原因その他の情報はsu-sanのHP参照で。
 これにて2001年の遠征は終了。
鮎釣りよりも,夜の宴会の方が楽しかった?旅でした。


9月2日 (日)北上川 都南大橋
試釣 0匹 晴れ
師匠と私は帰郷。
帰り盛岡に寄り暴れナイトを拾って,小山まで。
美味しい冷麺を兄にごちそうになった後,北上川はどんなモノなのか?と
都南大橋に行ってみると,非常にソワソワする川が目の前に有るではないですか。
川原のチャラもハミ跡だらけ,すぐ帰る筈が。「ここは漁協がないんだよな?」と言い出す師匠。
「ルアーも大丈夫なんですか」、「1時間だけ引いちゃいますか」と,短パンにて釣り開始!
 釣り人が誰もいない太い河川。
数十分後,師匠の”がまかつ”が弧を描き,錆は入っているものの,25cmオーバーの鮎を目にしました。
来年はブラザーズの親戚も超近所な事だし,米代の帰りに大鮎を掛けると誓い東北の短い夏を最後にします。
 鴨川軍団は3日,4日と阿仁川に場所を移し,20前後〜10前後の釣果を上げたということです。


今年は東北の寒さが目立ち、東京は暑すぎた。
変な気候なのか?
米代鮎の元気が目立たなかった。それは残念だが楽しい期間限定の趣味(それ以上)今年最終日。
若年サラリーマンとして、一杯一杯のお金、時間を今年も注ぎ込んだ。
また、みんなへの迷惑、そしてなにより家族への迷惑を多大に掛けた。ごめんなさい。
よってツアー最終日にて今年の納竿とします。気持ち良く終われれば自分も納得出来ると言う事で。


 
でもほんとは、九月中旬、那珂川にいってしまった。
だが台風後で水が高く、垢もなく川を眺めて帰って来ました。



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