埼玉県川口市のヒーリングサロン アロママ
アロマセラピー・ヒーリング・ヒプノセラピー
京浜東北線蕨駅東口徒歩6分
090−9302−2832




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アロママ物語

このページでは、アロママを始めるまでにあった様々な事をお話ししたいと思います。
『自分もサロンを持ちたい』と思っている方達に、少しでも参考になればと思います。




平成13年2月  〜エステサロンでの苦悩の日々〜

この頃の私は銀座のエステティックサロンに勤めていました。
このサロンはアロマセラピーコースや、手技による痩身コース、フェイシャルから脱毛と幅広いメニューを取りそろえたサロンでした。(入社した頃は)ですが、そのアロマセラピーコースの内容は形式だけのカウンセリングと、すべての人に同じ ブレンドオイルを使うという、アロマセラピーコースという名のただのオイルマッサージでした。
それでも、なんとか自分をごまかし働く日々。
ですが、とうとうその日はやってきました。ある日サロンにものすごい最新式の痩身マシーンがやってきたのです。
オーナーはもちろんこのマシーンに全力をそそぐように言ってきます。料金の高い痩身コースを組み
1人でも多くの契約を勝ち取るように要求してきました。その日からサロンはまったく違う方向にむかっていってしまったのです。私は、
「アロマセラピーや手技による痩身コースのお客様がいなくなっちゃう」
と思いあせりました。(案の定そうなってしまいましたが.....。)
そんな不安やストレスにさらされていたある日、勤めていたサロンのとなりに本物のアロマセラピーサロンがオープンしました。『オープン記念半額』券をゲットし、友達とさっそく予約です。
最高でした。もう、自分のやっているのはなんだったんだ?って思う位衝撃を受けました。同時に「やっぱり自分の納得するアロマセラピートリートメントがやりたい!」

という思いが湧き出てきて止まらなくなってしまったのです。
結局この体験が、私の独立への背中を押してくれた形となり、6月に退社する事となりました。

平成13年6月  〜まずは物件探し〜
晴れて無職となり、まずは物件を探さねばと思い、早速駅周辺の不動産屋へ。
現在のアロママは蕨駅の近くにありますが、最初の計画としては川口駅周辺を、と考えていました。
そして意気揚々と川口駅周辺の不動産屋へ出向いたのです。
私の考えていたプランは、物件は住居用のマンションで、駅から徒歩5分位までの1LDK、2DK。
お客様に心からのリラックスを提供する為にも、店鋪は考えていませんでした。なんせ1人でやるもので店鋪では対応しきれないと考えたのです。早速、不動産屋に条件を提示し、どうですか?とわくわくしながら答えを待っていると、「う〜ん......。」と渋い顔。「普通に住むなら物件はあるのですが、サロンとして使用するとなると難しいんですよね〜」というお答えが。それでもまだこの不動産屋は親切で、大家さんに電話して聞いてくれたり、だめだけど参考になると思うから、という事で物件を見せに連れていってくれたりしてくれました。しかし、結果はすべてダメという事でした。どうやら、大家さんは年輩の方が多いらしく、女性が1人でサロンをする、と聞くと、風俗を想像してしまうらしいのです。アロマセラピーという言葉さえ通じない大家さんにわかってもらえる訳もなく、普通に住んでくれる人じゃなきゃ嫌だというお話にならない状態でした。それでも諦めるわけにはいかず、駅周辺にある不動産屋に手当たり次第アタック。
結果は・・・玉砕です。不動産屋によってはサロンとして使用したいと告げたとたん、「あー、無理だからそういうの」といって話しもろくに聞いてもらえない所もありました。それでも「もしありましたらFAXをお願いします。」と告げ店をでました。結局6〜7件まわって全く該当物件なし、という散々な結果に。
それでも、FAXがくるかもと希望をもってその日はあきらめました。
ですが、2週間待ってもFAXは一枚も流れてきませんでした


平成13年7月  〜体が痒い・・・〜
物件を探し始めて2週間が過ぎ、FAXもなし。私はあせっていました。
「どうしよう〜、物件が決まらなきゃ、話しにならないよ。もし、このまま見つからなかったら・・・。」
毎日、悶々と過す日々が続きました。
そんな日々を過していたある日、脚にジンマシンがでたのです。もともとアレルギー体質の私は年に1回位原因不明のジンマシンをだしていたので、さほど気にする事もなく、市販の薬を飲みました。が、薬が効かないのです。おかしいな〜と思いつつ病院へ。ジンマシンのでた脚を見せ、薬をもらって帰り、これで安心、と思っていたらそれでも痒みがおさまらないのです。それどころか、膝下だけだったのが太もも、腕、お腹と徐々にかゆみが広がっていきました。その痒さも尋常ではなく、もう骨が痒いという感じで、かいてもかいても痒い!!寝ている間に無意識に掻いてしまい、体中キズだらけ。これはおかしい!と脚をよくみてみると、夏だというのにものすごい乾燥していて、まるぞうの皮膚のようになっていました。そうです、アトピー性皮膚炎です。もともと子供の時にアトピーだった私は、大人になり、ストレスがたまると顔にアトピーがでるようになっていました。それでも体には子供の時以来でた事もなく、もちろんこんな痒みに襲われた事もありませんでした。「これはまずい。」どうやら私は物件が決まらず、先が見えない不安でストレスのかたまりとなり、私自身の体が自分にアトピーというカタチで攻撃をしかけたようです。
平成13年7月  〜アトピーと鬱状態〜

結局アトピー性皮膚炎と気がつくまで2週間位かかったのですが、この頃の私は全身の痒みと物件が決まらないという事で、かなりの鬱状態に陥っていました。肌はどんどんキズだらけになるし、時にはパジャマに血がついている事もありました。もう、ひきこもりになるかという勢いです。人と会うのもおっくうな感じがしたり、人込みに出るのがなんだか恐くなってきていました。さすがに「これはいけない」と思い、まずは1つの悩みアトピーをやっつけようと考えました。しかも病院には行かず、アロマセラピーで。今迄の経験のなかでよく、カウンセリングで『アトピーなんですが大丈夫ですか』と質問される事も多かったことを思い出し、ここは、自らの体でアロマセラピーのアトピーに対する有用性を証明せねばと思いました。そこで私の選んだエッセンシャルオイルは、ローマンカモミール、真正ラベンダー、サンダルウッド、パチュリ、ベンゾインです。抗アレルギー作用、抗炎症作用、止痒作用、瘢痕形成作用、殺菌、消毒作用など、今の自分に必要な働きを持っているエッセンシャルオイルを選びました。そのエッセンシャルオイルの中から2〜3種類選び、ビタミンEたっぷりの小麦胚芽油をキャリアオイルとして使い、肌にぬりまくりました。結果はまずますです。比較的まだ軽い症状だった、お腹やお尻の痒みは嘘のようにひきました。
しかし、かなりひどい状態になっていた脚にはぬった直後はいいのですが、またすぐ痒くなってしまうのです。
そこで、白羽の矢をたてたのが「美肌水」です。これは今井龍弥さんというお医者様が発明した化粧水で、尿素やグリセリンを使った手作り化粧品で、アトピーや乾燥肌、しみなどに効果的という魔法のような化粧水 なのです。もともと私はこの美肌水とエッセンシャルオイルを使った手作り化粧水を使っていたので、これを試してみる事にしました。夜寝る時に脚に美肌水をしめらせたガーゼを巻き、その上からラップをまいて乾燥しないようにし、一晩寝ました。起きてびっくりです。炎症をおこして赤くなり、ひっかいた痕やら、ぶつぶつやらでひどい状態だった脚が、炎症もおさまりみちがえるように症状が改善されていたのです。
たった一晩で!本当に驚きました。
それからは起きているときはアロマオイル、寝る時は美肌水を使い治療に専念しました。
それでもまだ、家に閉じこもっている事が多かったある日、友達から夜遊びの誘いの電話が来ました。
まだ、アトピーも完璧に治ってないしどうしようかと思いましたが、このまま家から出れなくなるのでは?
とちょっと恐くなっていた私は、いい機会だと、思いきって夜遊びにでかけたのです。最初は電車もドキドキして、待ち合わせの店に友達が来てなかったら1人で待てるだろうか?とか今迄の自分からは想像できない考えが頭をよぎり、あらためて自分がまずい状態にあった事を認識しました。
そして、久しぶりに友達と会い、色々な話しをしていくうちに頭の霧が晴れるようにすっきりしてきました。
うじうじ悩んでたのがばかみたいに思えるほど、一気に復活しました。
本当にさそってくれた友達に感謝です。こうして私はアトピー&鬱地獄を脱出したのでありました。

平成13年8月  〜復活!〜

友達に癒されなんとか鬱地獄を脱出した私は、いじけてても事態は変わらないと確信し、やれる事からやっていこうと思い、まずは、苦手だったパソコンを勉強する事にしました。私のパソコンの知識はひどいもんで、例えばこうです。「コンセントを抜いたらデータが消えると思っていた。」本当にそう思ってました。だから友達の家で、コンセントをぬいているのを見てびっくりしちゃいました。
かなりはずかしいです。なのでパソコンに詳しい友達に教わり、なんとかeメール、インターネットだけだった知識に幅を持たせる事ができるようがんばりました。そのかいあって、今ではホームページもなんとか自分でいじれるようになりました。
次にした事はバイトです。このまま家にばかりいたら、またまずい事になりそうだったので、とりあえずバイトをする事に決めました。問題なのはバイト先です。短期のバイトとか色々考えましたが、関係のないバイトをして、今迄身に付けてきた技術がだめになるのでは?と考え、ここは以前働いていた整骨院しかないと思い、さっそく今でもそこで働いている友達に電話。『とりあえず、一回きなよ。』という事で、さっそくおじゃましにいき、あっさり午後からのアルバイトのo.kをもらいました。
その整骨院は東京の下町にあり、とても忙しく、朝から晩まで患者さんで あふれかえっていました。
患者さん達もみなさんいい人達ばかりで、どっちが癒されているんだかわかりませんでした。
こうして、私はなんとかバイトをしながら開業の準備をすすめる事となったのでした。
話しは変わりますが、この頃の私は、体重も激減していてほほもげっそりと、不健康そのものでした。
あとになって聞いたのですが、そこで働いていた年上の女の人に「私より年上かと最初思った。」と言われ
ものすごくショックを受けました。今迄は痩せてれば痩せてる程良いと思っていましたが、この事をきっかけ
に痩せればいいわけではないとつくづくおもいました。きっとこの頃の私は、ひどく疲れきった顔をしていた
のでしょう。たしかに白髪が急に増えてましたね。
(ちなみにこの当時は普段は全く生えていませんでした。今は結構増えてますけどね・・・。)
ストレスって恐いです!!

平成13年10月  〜物件発見!〜

整骨院で働きながら、開業の準備をすすめる日々。相変わらず、物件は見つからずこのままではかなりまずいと思いつつ、毎日最寄り駅である蕨駅に向かう毎日。そこで、ふっ、と目に止まった空き屋らしきコーポ。そういえばず〜っと雨戸閉まりっぱなしのような・・・。そのとなりの部屋はどうやら事務所のようだ。と、いう事はもしかしたらサロンとしての使用も大丈夫かも?と淡い期待を胸に、不動産屋へ。
最初はそのコーポの事は聞かず、サロンとして使えるマンションを探している事を告げる。やっぱりそれは無理との事。そこで先のコーポの話しを切り出してみると、「あ〜、あそこなら大丈夫かも」
やった!!マンションじゃないけど、この際どうでもいい!!と喰らい付きました。さっそく部屋を見せてもらい、あちこちチェック。けっこう古そうな物件で和室2間に3帖くらいのキッチン。壁がビニールクロスではなくざらざらな、いかにも和室って感じのウグイス色にはまいりましたが、駅からも近いし、これ以上の物件を待っていてもいつ見つかるかわからないので、決めました。
すぐに大家さんに聞いてもらいたかったのですが、その日は連絡がとれず後日電話をくれるとの事で
その日は帰宅。「もし、あそこもダメだったらどうしよう。」と不安な気持のまま翌日はバイトへ。
はっきりとした答えは聞いていないけど、「物件が決まるかも!」とハイテンションで患者さんをこなします。仕事も終わり、携帯をチェックすると留守電に大丈夫とのメッセージが!!
うれしくて泣けてきそうでした。さっそく院長に報告し、アルバイトは11月の末までという事で話しがつきました。
翌日、不動産屋へ行き、まずは、契約書にサイン。市役所に行って戸籍標本や住民票をもらうなどして、賃貸契約に必要な書類を集め始めました。
こうして、永かった物件探しに終止符を打つ事になったのです。

平成13年11月  〜これをやらなきゃ始まらない〜

念願の物件を見つけ、敷金や礼金などを支払い賃貸契約は終了です。そして次にやらなければならない事、自分のサロンをオープンさせる為に必要な事、そうです税務署への申請です。
これまではすべて会社まかせでしたがサロンを自分でやるからには税金の計算まで自分でやらなければなりません。なのでさっそく税務署へ向かいました。
まず一つめ、税務署に「所得税の青色申告承認申請書」を提出。
この申請書は新規開業の場合、開業日から2ケ月以内に申請しなければいけません。
申告には白色と青色がありますが、色々と特典のある青色にしました。
あともう一つは、個人事業の開廃業等届出書です。これは開業日から1ケ月以内の申請です。
その他にも必要に応じて申請が必要ですが、一人でやり、高額のマシンなどを使わす、手技をメイン
にしていくならまずはこの二つで大丈夫です。これらの手続きに必要な用紙は税務署の個人課税部門というところに用意されています。
そんなこんなで初めての税務署にどきどきしながらも、無事届け出を提出。
書き方が判らないケ所もありましたが、税務署の方が親切に教えてくれました。
こうして私は、はれて事業主となりアロママは誕生したのでした。

平成13年11月  〜お部屋改造計画〜
屋を借りられたのはいいですが、なんせコテコテの和室。まずはお部屋改造計画です。
TBSジャストの「お部屋改造計画」ファンの私は燃えました。まずは、畳の上にフローリングをひきつめました。これで少しは洋風になりました。そして次は壁です。壁はもういかにも和室って感じでウグイス色なので見せるわけにはいきません。でも賃貸なので大きくいじる事もできない。そこで考えたのが布です。布なら画鋲で止められるし、確かジャストでもよく使っていたと思い、アジアっぽい感じで、かえっていいかも...というわけで、内装はモンゴルのテント式住居「パオ」をイメージしていく事に決定。
さっそく大量の布を買い漁りに行きました。結局全部で40〜50メートル位使い、壁から天井まですべて布でおおう事になりました。とりあえす和室の面影はすっかりなくなり、ちょっと現実離れした怪しい空間ができました。
今度はその部屋に配置する物です。ソファやカーテン、間接照明など、渋谷、自由が丘、新宿、池袋、そして近所のジャスコまで色々なところから買い集めました。
そのお買い物の中で高くて買えなかったものがあります。大きめなアジアっぽい棚です。
小さいのは結構あるのですが、大きいのだととても高いのです。なぜ大きいのが必要かというと、アロママは玄関開けたら台所、という古い物件によくありがちな2DKの間取りになっています。
来店されたお客さまにいきなり台所は見せられません。そこで水回りの部分と部屋へ入る通路となる部分を別けるのに長細い棚をおいて空間を仕切ろうと思ったのです。

私は思いました。「買えないなら作ろう」と...。幸い父は大工さん。電ノコからかなづちまでなんでもあります。板を切るのは父にやってもらい、あとはなんとか自分でがんばりました。
ニスをぬり、ネジで固定。始めての体験だけあって、ちゃんと計算して長さを出したにもかかわらず、長さがバラバラだったり高さが違かったりと大変でしたがなんとか完成しました。(だけど重い物をのせたら絶対くずれますね、きっと。)こうして少しずつ準備をかさね、なんとかアロママができあがったのです


右のサロン写真は以前のアロママです。
平成19年10月に現在の場所に移転しました。
う〜ん、懐かしいです。
平成13年12月  〜アロママオープン〜
12月に入りオープンまであと少し、というある日、私はいつものように開店にむけてアロママで準備をしていました。一人でもくもくと作業をしていると、考える事は自然にオープン後のことばかり。
「お客さんはきてくれるのかなー?」
「ちゃんとやっていけるのだろうか?」
今までは開店準備におわれ、自分のサロンを持つ事のうれしさにワクワクしてるだけでしたが、いざ、オープンの日がせまってくると、もう不安で不安でしかたがなくなりました。
と、その時です。お腹に刺すような痛みが....。痛い、痛すぎる。ケチって暖房きかさないで寒い中準備をしていたから冷えたのか?とにかく痛い!こんな時にはペパーミントと思い、ラベンダーとブレンドしてお腹にすりこんでみましたが、もう立ってられないくらい痛くなってきました。
これはまずい!と思い体を丸めながら近くの病院に駆け込むことに。詳しい事はちゃんと検査をしないと解らないとの事でその場は薬をもらってすぐに帰ってきました。薬を飲み、しばらくすると痛みも治まりましたが、きっとあまりにも不安で胃にきてしまったのでしょう。私は胃腸が弱いのです。
しかし、なんとも小心者です。自分が情けなくなりました。これからオープンするのに先が思いやられます。
こうして、不安と戦い、胃薬を飲みながらとうとうオープンの日を迎えたのでした。
こんな長文を読んで頂きましてありがとうございました。自分で納得できるサロン、自分もお客様にも喜んでいただけるサロンを造りたいという思いからアロママができて、もう6年がたちました。
サロンの場所も変わり、新しいメニューも増え、少しづつ変化をして今の形になりました。
これからもお客様や友達、家族に支えられながら少しづつでも成長していけるように頑張りますね。

また、これからサロンを始めたいと思っている方達もたくさんいらっしゃるかと思いますが、「自分には無理」なんて思わずに是非、チャレンジしてみて下さいね。あなたの気持ちはお客様にちゃんと伝わると思いますよ。