初めて乾が海堂を見たときの印象は
『獣』
だった。
常に張りつめた独特の雰囲気を出し、他者を寄せ付けない者。
そんなカンジ。
雰囲気もそうだが、「獣」を意識させる最大の理由は、
まっすぐ見つめる鋭い
「眼」
だった。
学年の違う彼らは一緒に練習することはなかったのだが、
まっすぐな海堂の姿はいつも乾の目を引き寄せていた。
人一倍努力家の海堂は、部活後も公園などで練習をする。
乾はこのひたむきな姿にますます奪われた。
しかし、海堂の練習は乾が見たところ、正しいものではなかった。
・・・・・・強くなって欲しい・・・・・・
乾は自然にそう思っていた。
そして海堂の特別メニューを作り始める。
だが乾はまだ気付いていない。
この 「特別」 な感情に・・・・・
「ねぇ手塚?
今年の1年、どう思う?」
不二の何気ない一言が全ての始まりだった。
「オレねー、オレねー。
桃城とか元気でいいと思うにゃ〜」
『手塚』と、不二は言ったはずなのだが、菊丸が手塚に後ろから抱きつきながら答えた。
菊丸の「なつこい」のはいつものことなので、誰も気にせずにいると、菊丸は先を続けた。
「でもー。一番頑張ってるのは海堂じゃない?
オレさ、アイツ、すっごくイイと思うんだ!何かまっすぐでさー。
テニス始めたばっかって言ってたけど、成長早いよねー!」
菊丸の言葉を聞いて、乾は嬉しくなった。
彼を認める者がいるのは本当に嬉しかった。
大石や手塚。初めに聞いた不二までもが
「そうだね。
彼が一番頑張ってるかな。」
と続けた。
さっきまで嬉しいと思っていた乾は、胸にチリチリしたものを感じた。
少しずつ気付き始めた
「特別」
な感情・・・・・
海堂と一緒にトレーニングをして気付いたことがあった。
海堂は
「猫」
だということ。
初めての人には懐かない。
つまり、人見知りをしている猫。
一定の距離を保ち、踏み込めば逃げてしまう猫。
しかし、心を許せば気まぐれに甘えてくる(頼ってくる)可愛い猫。
乾はその「猫」にいつも一緒にいて欲しいと願う自分に気付いてしまった。
そしてその気持ちは、激しく乾を混乱させることになった・・・・・
―――――何故一緒にいたいと思うのか―――――
その理由がわからない。
海堂が認められるのは嬉しい。
皆が海堂を「見てる」のはイヤだ。
ライバル(らしい)との喧嘩で激しい視線をぶつけられる桃城にムカつく。
乾の前でだけ見せてくれる小さな微笑みが、堪らなく嬉しい。
―――――何故―――――
考えれば考えるほどわからなくなった。
しかし、この「答え」は出さなければならないと、乾の本能は告げる。
そして、悩み初めてから何度目かの朝、答えは出た。
・・・・・が・・・・・
「でも・・・
ウソだろ・・・・・?」
そう簡単に受け入れられるはずがなかった。
「初めて好きになった相手が
『男』
だなんて・・・・・」
乾にとってはこれが『初恋』だった。
しかも相手は男・・・
だから気付くのに時間がかかってしまったのだ。
相手が女の子だったのなら、すぐに気付いたのだろうが・・・・・
当たり前だが、乾はこのとき珍しく冷静さを失っていた。
しかし落ち着いて考えれば、先に光は見えたハズだ。
表面だけで好きになったのではなく、性別を越えて
「海堂薫」
と言う「人」を好きになったのだから・・・・・
乾は認めたくなかった。
「これは何かの間違いだ」
そう自分に言い聞かせた。
しかし、海堂と一緒にいると嬉しいし、海堂の周りの人間に嫉妬もした。
否定すればするほど、海堂への〈想い〉は深くなっていった。
もう乾に逃げ道はなかった。