素直な気持ち




家にはいると、乾は海堂をリビングに促し、ソファーに座らせた。
自分はキッチンの向かい、お茶を淹れた。


海堂が一番好きな「アッサムのミルクティー」を・・・


乾はカップを海堂に渡すと、向かい側ではなく海堂の隣に座った。
カップを受け取った海堂の顔が微かに綻んだ気がする。
乾が淹れてくれるミルクティーが本当に好きなのだ。



一口飲んで「ふぅ〜」っと小さな息をつく。
少し緊張が解れたようだった。









 「ごめん・・・」





カップの中のお茶が半分ほどになった頃、乾がそう呟いた。
海堂はゆっくり乾を見た。
乾は俯いたまま話し始めた。





 「俺は自分のことしか考えないで、お前に残酷な言葉をぶつけた。
  ・・・・・でも・・・・・
  あんな事を言って傷つけるつもりじゃなかったんだ。本当にごめん。
  ・
  ・
  ・
  ・・・・・なぁ 海堂・・・・・
  お前の素直な気持ちを聴かせてくれないか?
  今の本当の気持ちを・・・
  お前は優しいから、俺を傷つけるとか哀しませるとか考えると思う。
  でも今日は俺のことは考えないで、「お前」の気持ちを聴かせてくれよ・・・」





海堂は手にしていたカップを置くと、バッグからノートとペンを取りだした。
もう・・・きっと元には戻れないけど、誤解されたままだけはイヤだと思った。
きっとこれが最後なのだから・・・と、海堂は素直な気持ちを綴った。





 
 オレは今まで一度だってアンタの知識だけが「必要」だと思ったことはない。
 アンタ自身が「必要」だった。
 テニスは「好き」だけど、「大切」とは少し違う気がする。
 だってオレにとって「大切」なのは「アンタ」だから。
 オレは、アンタと「一緒」にテニスをして強くなっていきたかったんだ。

 オレは本当に話すことが苦手で、伝えたいことの半分も言えなかったと思う。
 その所為でアンタを傷つけた。
 謝らなければならないのはオレの方だ。

 本当にごめんなさい。





乾は海堂の〈言葉〉を読むと、俯いたままの海堂をとても痛い顔で見つめ、訊ねた。





 「じゃあ、どうしてあの時言ってくれなかったんだ?」






 アンタも同じだと思ってたから。
 わかってくれてると思ってたから・・・
 心の中では「違う」と叫んでた。
 言おうとしたけど、〈言葉〉が出てこなかったんだ






 「同じって?」






 一緒にテニスをして、強くなって、プロになる事。






 「・・・・・そうか・・・・・
  あのな、海堂。
  俺の夢はね、プロになる事じゃない。
   『お前といつまでも一緒にいる事』
  なんだ。
  だからお前がプロを目指して、オレがそのサポートをしていく。それもイヤじゃなかった。
  寧ろ嬉しかったんだ。初めはね。
  でも、お前は前だけを見つめているから・・・
  オレのことは見てない気がしてきた。
  プロになる夢が叶った時、「もう必要ない」って言われるんじゃないかと不安になった。
  だからあの日、あんな事を言ってしまったんだ・・・
  本当は強く否定して欲しかった。「必要だ」と、言って欲しかったんだ。
  でも、俺の我が儘でお前を傷つけてしまった・・・」






 確かにオレの「夢」はプロになる事だ。
 実現させようと必死にあがいて、努力して手を伸ばす。
 そういう「夢」がプロになる事。

 でもアンタは 傍にいたから。
 ほんの少し手を伸ばせば届くところにアンタは居てくれたから・・・
  『いつまでも一緒にいたい』
 そう思うのはアンタだけかと思ったか?
 オレだってそうだ。一緒にいたい。
 でもそれは。オレの場合のそれは、「夢」じゃなくて「願い」だったんだ。
 実現できるかどうかわからない、そんな曖昧な「夢」じゃなく、
 オレとあんたの気持ちが変わらなければ確実にかなえることの出来る
   「願い」
 だったんだ。
 同じだと思ってた。
 でもあんたはそうは思ってなかったみたいだった。
 自分勝手だとわかってるけど・・・
 凄くショックで思ってもみなかった〈言葉〉に自分の〈言葉〉が消されてしまった。

 ちゃんと伝えなくちゃいけなかったんだ。  アンタ自身が必要だって。
 でも伝えることが出来なかった。
 だから嫌われても仕方ないと思ってる。






 「嫌いになんてなってない。
  こんなに好きなんだ・・・嫌いになんてなれない。
  あの時ああ言ってしまったのは、お前のことを嫌いになったわけじゃない。
  好きだから・・・
  いつか必要ないと言われるのが怖くて、傍にいるのが辛くなったからなんだ。
  でも今、本当の心を知ったから。誤解だってわかったから。
  離れてる理由など無くなったから・・・
  だから海堂。 あの日のことを許してくれ。
  そしてもう一度、オレの所に戻ってきてくれないか?
  もう離れていたくないんだ。傍にいたいんだ。
  オレにはお前が必要なんだ・・・」





乾は海堂を抱きしめながら懇願した。



  『センパイ・・・・・』







  『傍に・・・居たい。
   でも・・・怖い。
   アンタの傍にいても良いのか?
   知らずにアンタを傷つけた。
   また同じ事をしてしまうかもしれない。
   アンタの望む〈言葉〉をあげられないかもしれない。
   オレにはその自身がない・・・・・
   また失うくらいなら・・・このまま離れた方がいいんじゃないのか?』






海堂は「想い」を綴り、乾に「答え」を求めた・・・・・