もういちど・・・







店を出た乾は海堂を追った。
あの日のことを謝るために。




今伝えなければ二度と伝えられなくなる気がした。
今取り戻さなければ跡部の所に行ってしまう。
そうなったら最後。
跡部のことだ、絶対に海堂を手放すことはしないだろう。


 『欲しいもの』 跡部はそう言っていた。
 『気に入っている』 とも言っていた。

それは、海堂を 『好きだ』 と言うことに他ならない。



―――― イヤだ。 誰にも渡したくない! 誰にも! 誰にも!! ――――



自分のエゴで傷つけた。
自分の〈想い〉だけをぶつけて追い込んだ。

あの時・・・ 泣きそうな顔をした海堂の〈言葉〉を聴こうともしなかった。
今更だと自分でも解っている。


帰ってきて欲しい 自分の腕に
もう一度・・・ あの笑顔を見せて欲しい


もう一度やり直したいと心から強く願った。





海堂は許してくれないかもしれない。
もしかしたら、もう気持ちは跡部に向いているのかもしれない。

そう諦める自分がいた。


反面、帰ってきてくれると信じる自分もいた。



乾はただ 愛しい者の姿を捜して走り続けた。








   ◆       ◇       ◆       ◇       ◆








海堂は店を出た後家には帰らず、あの土手に座り、
跡部に渡された氷帝学園のパンフレットを読んでいた。



   『俺がお前に来てもらいたいと思うから言ってることだ。
    学費とか手続きとかは心配しないでいい。全部こっちでやる。』



跡部はそう言ってくれた。



   『鳳のためでもあるが、お前のためでもあるんだぜ?』



気にかけてくれた。



   『いい返事を期待してるぜ』



望んでくれた。


とても嬉しかった。まだ自分を『必要』としてくれる誰かがいたことが・・・
あの手を取れば救われるかもしれない。そう思った。

しかし傾き始めた海堂の心を恐怖が制した。


   『でも・・・ 大丈夫なのか?』


知らずに乾を傷つけた自分・・・・・
同じことをしないと言い切れるだろうか。
全てを失い、初めからやり直して、いろいろなものを得て、
それでまた跡部を傷つけてしまったら?
また「お前などいらない」と言われてしまったら?

・・・・・もう二度と立ち直れない・・・・・

今の海堂にとって最大の恐怖は、何かを失うことなのだから・・・・・



海堂は怖くてたまらなかった。

跡部の『相手が全部思い通りの行動をとるなんて思ってねーよ』と言う〈言葉〉を聴いていれば、
これ程悩むこともなかっただろう。
しかし海堂はそれを知らない。





   『どうすりゃいい・・・・・』





海堂は己の膝を抱き、暗闇の中で答えを求めた・・・・・








  ◆       ◇       ◆       ◇       ◆








あちこち海堂を探し回った乾は、最後にあの土手に辿り着いた。



始まりの場所


そして


終わりの場所・・・・・



見渡すと、膝を抱えてうずくまる海堂の姿があった。
乾はゆっくりと歩み寄り、声をかけた。




 「・・・・・海堂・・・・・」




自分を呼ぶその声を聴いて、海堂はビクッと躰を強ばらせた。


低く響く美しい声
いつも隣で聴いていた声・・・


姿など確認しなくても、声の主が誰なのか解った・・・・・





海堂はゆっくりと顔を上げて乾を見たが、急に怯えたような表情になり、
バッグをつかみ、その場所から逃げ出した。





   『コワイ・・・・・
    マダナニカウシナウノカ?
     
     ソンナノハイヤダ!!』





 「待って 海堂! 逃げないで!!」




海堂を追って乾も走り出した。





必死に逃げようとする者と、それを追う者。


乾の〈想い〉の深さが海堂の腕をとらえた。
バランスを崩して倒れそうになった海堂を乾は抱き留め、
二人はそのまま土手から転がり落ちてしまった。



萌える草のお陰で二人に怪我はなかったが、海堂は乾からまだ逃れようとしていた。
抱きしめられた乾の中で必死にもがいていた。
乾はそんな海堂をさらに強く抱きしめ、〈言葉〉を綴る。





 「お願いだ海堂・・・
  逃げないで話を聴いてくれ・・・・・」





乾も海堂を離さないように必死だ。
逃したら、もう逢えないような気がしていたから。

辛さにかすれる乾の声が海堂の動きを止めた。



乾は抵抗のやんだ海堂をゆっくりと離し、その顔を見つめた。




   『海堂・・・・・』




誰よりも愛しい存在。




瞳をのぞくと、『怯え』と『哀しさ』の入り交じった、
今まで見たことのない瞳をしていた。




海堂は静かに何かを指した。
その先には海堂のテニスバッグがあった。

乾が急いでそれを取り海堂に渡すと、海堂はペコリと頭を下げてノートを取りだし、


   

 お久しぶりです。
 スミマセン。
 オレ、今声が出ないんです。
 筆談なんで時間かかると思います。
 それでもいいですか?

 話ってなんですか?

先程跡部に見せたページを乾に開いた。





 「うん。
  あのさ、外じゃなんだし、家に来ないか?
  ゆっくり話がしたいんだ。」





海堂は暫く乾の顔を見て、やがてコクリと頷いた。




 「有難う・・・・・海堂・・・・・」






二人は久しぶりに肩を並べて歩いた。