懐かしい横顔




乾もまた、何も手につかない状態だった。
誰が見てもおかしいことが解る。


そんな中でただ一人、理由に気付く者がいた。

不二周助だ。

不二の「眼」は鋭い。
目に見えないものまで見えているのではないかと思うくらいだ。
そして、乾同様誰にも言えない恋をしている彼だからこそ気付けたのかも知れなかった。




 「乾、最近元気ないね。何かあった?」


そう聞いたところで乾が素直に言わないのは解っていた。


 「・・・・・別に。何もないよ」

 「そ?」


予想していた通りの答えに不二も流すように答え、
乾の席の前に座り、外を見た。
そして独り言のように話す。


 「・・・ダブルスとか組むと、私生活まで同じになってくるのかな?
  エージが桃に聞いた話だと、海堂もキミと同じみたいなんだよね・・・」


不二は顔を外に向けたまま、チラリと乾を盗み見た。
ほんの少し表情が険しくなっている。


 「ランキング戦でも一敗したみたいだし・・・」

 「そうか・・・。相手は越前か?それとも桃城か?」


 『かかった』
不二はそのまま話を続けた。


 「乾、知らなかったの?ホントに?」

 「あぁ・・・」

 「海堂はね、荒井に負けたんだよ。」

 「!?」


乾の表情がはっきりと変わった。


 「6−2の惨敗だったんだって。
  海堂らしくないミスばかり連発して・・・
  レギュラーの座は守ったみたいだけど、ホントにヘンなんだってさ。最近。
  練習中もボーっとしてるし、覇気もなくて溜息ばかりついてるんだって。
  乾、何か心当たりないの?いつも一緒だったでしょ?」

 「・・・・・」


乾の頭の中ではいろいろな言葉がぐるぐる回っていた。
肯定する自分と、否定する自分の戦いがあった。
乾が原因なら、理由は一つしかない。

  【乾と別れたこと】

それ以外は思いつかない。


   でもそれが原因なのか?
   だって海堂は俺が傍にいなくても平気なんだろ?
   テニスが大切なんだろ?
   俺より夢を選んでるんだろ?
   「俺」はいらないんだろ?


考え込んでしまった乾に気付かれぬように、不二は小さく微笑んだ。
それはとても優しい笑顔だった。


 「そっか。乾も知らないのか・・・
  部長になって気も使うから疲れてるのかも知れないね。」


ずっと乾の顔を見ずに(本当は見ているのだが)話をしていた不二は、
ずいっと乾に顔を近づけた。


 「ねぇ。乾も疲れてるんじゃないの?
  そーゆー時は、甘いモノでも食べてゆっくりするのが一番だよ。
  ちょうど今日は部活もないし、帰りに寄っていこうよ。
  由美子姉さんに美味しいお店を聞いたばかりで、
  ボクも行ってみたいと思ってた所があるんだ。」

 「・・・そうだな・・・
  すまない。気を使わせてしまって。」

 「お気になさらずに。
  ・・・大切な「友」のコト、だからね。」

 「ありがとう・・・・・」


不二は乾の言葉をやわらかな笑顔で受け止めた。





   ◆     ◇     ◆     ◇     ◆





不二が向かったのは、紅茶とケーキが美味しいと評判のティールーム・・・・・



 「あそこだよ」


不二は道路の向こう側にあるお店を指した。
指されたお店を見て乾は固まった。
その窓際の席に海堂がいたからだ。


 「あれ?海堂じゃない?
  一緒にいるのは・・・・・跡部?
  珍しい組み合わせだね」


そう言うと不二は信号の方に歩き出した。
乾も店の中にいる海堂の横顔を見ながら後を追った。


  『海堂だ・・・ 元気にしてたかな・・・
   あれからどんな毎日をすごしているんだろう・・・・・』


乾は信号を待つ間も、ずっと海堂を見ていた。
そしてふと違和感を感じた。
口を動かす跡部に対して、海堂はまったく口を動かしていないのだ。
首を縦に振るか、横に振るかの動作だけ・・・
そして時折何か書いている様に見えた。


  『何してるんだろう・・・』


乾は胸にチリチリしたものを感じた。


・・・・・嫉妬だ・・・・・


嫌いで別れたワケじゃない。
今でも好きなのだから・・・・・


   逢いたかった   アイタクナカッタ・・・
   傍に行きたい   ニゲダシタイ・・・


そんな事を思いながら見ていると、
海堂は深々と頭を下げて、店を後にした。



信号が変わって乾達が信号をわたり終えたとき、
海堂の背中は人波に消えていた・・・・・