das Schneewetter zweite
乾が玄関に行くと、すでに海堂が待っていた。
二人は外に出たが、あまりの凄さに驚いて足が止まっていた。
朝出掛けるときは3〜4p程だった雪は3倍近くになっている。
『恐るべし・・・不二の〈力〉・・・』
自分で頼んだのは確かだが、此処までくると流石にひく・・・
(因みにエージは大喜びだった)
有り難いことに、用務員さんやらご近所の皆さんやらが雪かきをしてくれていたので、
歩くのには困らなかった。
乾の家まで歩く十数分程の時間。
肩を並べて歩くのは初めてではないのに、少しテレくさい。
二人の顔がほんのり紅いのは、寒いせいだけではないだろう。
『今日はゆっくり出来る』
そう思うと嬉しくて堪らない。
やっぱり好きな人と一緒にいたいというのは誰もが願うこと。
この二人とて例外ではない。はやる気持ちも少しはある。
しかし二人はゆっくりとした足取りで歩いていた。
二人はお互いと一緒にいるとき、緩やかに流れる時間の中でまったりと過ごすのが好きだった。
だから急く事をしない。
―――一緒にいる―――
それだけで二人は幸せなのだから。
二人は普通の恋人達とは違う。男同士だ。
やはり人の目は気になってしまう。
こんな寒い日に手をつないで歩くこともできない。
引き裂かれたくはないから慎重になる。
〈想い〉だけではどうにもならないことがある事を二人は知っている。
寄り添うためには人目のつかない所に行くしかない。
それが乾の家なのだ。
海堂の家には専業主婦の母がいる。
だが乾の両親は共働きのうえ、高い役職に就いているため帰りが遅い。
だから家には乾しかいない。
二人にとっては楽園同様の場所なのだ。
『早く二人きりになりたい』
そう思うが決して急ぎはしない。
こうして並んで歩いているだけでも幸せだったし、
待った先に得る幸せはより大きなものになることも知っている。
そしてこの「ほんわり」した感じが二人らしさなのだから・・・
二人は会話と雪を楽しみながら家へと帰った。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
乾は部屋にはいるとすぐに暖房をつけた。
ひんやりとした空間が少しずつ暖まってゆく。
着替えを終えた乾はキッチンに行き、ミルクを温めた。
いつもよりもほんの少しだけ多めにハチミツを入れる。
カップに注いでお菓子と一緒にトレーに乗せた。
小さな願いが叶うまで後少し・・・
乾は幸せそうに微笑んでトレーを持った。
海堂は窓辺に立って外を見ていた。
雪はまだ降っている。
ベランダの柵に積もった雪を見て
『放っておいたらどのくらいまで積もるだろう・・・』
と何気なくそう思った。
「お待たせ」
乾に声をかけられて海堂が振り向いた。
「・・・・・・」
何故か乾は言葉を失って海堂を見ていた。
海堂が立っていたのはベランダにつづく大きな窓の前だった。
外を見ていたくらいだから当然カーテンは開いている。
「灯りをつけていない部屋」「はらはらと舞う雪」「窓の中央に立った海堂」
この三つが見事に融合して、乾の目に錯覚を誘った。
乾が見たものは
雪の中に立つ海堂の姿
だった。
「? どうしました?」
「え?あ・・・なんだ・・・ははは・・・」
現実に戻った乾は軽く自嘲すると、トレーをテーブルに置き、海堂にカップを渡した。
「ミルク・・・」
「うん、ハチミツ入り。結構好きなんだ」
海堂はふうんと言いながら一口含み、少し味わってからコクリと飲んで小さく呟いた。
「・・・・・甘い・・・・・」
「!!!」
あったかハチミツミルクを飲で、甘いという海堂。
それはまさに朝乾が膨らませた妄想そのものではないか!
家には乾と海堂の二人きり。人目を気にする必要ゼロ。
その上此処はソファーで海堂は乾の隣に座っている。
これはもう実行あるのみ!(この思考・約0.5秒)
「そう?」
乾は妄想と同じ言葉を口にした。
『次は海堂の唇にキスして「薫。君の唇の方が甘いよ」だったな』
キスをしようとソファーに沈めていた躰を起こした。その時。
「オレ、結構こーゆー甘さ好きッス」
海堂はそう言ってまたミルクを飲んだ。
妄想達成ならず。
哀れ乾。ガックリと頭を下げて
「うん・・・おいしーよね・・・」
と呟いた。
他愛のない会話と、緩やかに流れる時間を二人は楽しんでいた。
乾は空になったカップを見ておかわりを勧める。
海堂は素直にカップを渡した。
海堂は乾が淹れてくれる飲み物が好きだった。(汁以外)
変な汁など作っているせいでそうは見えないのだが、料理やらはかなり上手い。
一人でいることが多いからかも知れないが、とにかくセンスがいい。
今日はホットミルクだが、いつもは紅茶を淹れてくれる。それがまた凄くおいしい。
特にミルクティーは絶品で、ちゃんとミルクで煮出してくれる。つまりロイヤルミルクティーだ。
だが、知っているのは海堂だけだ。両親すら知らない。
お忙しいご両親だから、家族でまったりとお茶をする時間がないのだ。
テニス部員が知ったら「だったらあんなヤバイ汁飲ますなよ!」と怒りそうだが、
海堂は誰にも言うつもりはなかった。 (エージや桃は絶対ジャマしにくるだろうし!)
乾の意外な一面・・・二人だけの秘密・・・
二人だけの大好きな、大切な時間だから。
「はい どーぞ」
「ッス。ありがとうございます」
あったかいミルク
あったかい部屋
あったかい人
あったかい時間・・・
舞い続ける冷たい雪もあったかく見える。
人の心は不思議なものだ。
満たされているという事は素晴らしく幸せだ。
二人は改めてそう思う。
「初めはね・・・」
乾がカップを見つめながら呟いた。
「初めはミルクティーにしようか迷ったんだけど、
朝、積もった雪を見たとき、海堂とコレを飲みたいと思ったんだ。
だからこっちにしたんだけど・・・ミルクティーのが良かった?」
最後は海堂を見て微笑みかけながら話していた。
「イエ このミルク、好きッス」
海堂も微笑って答えた。
そして乾に向けていた視線をカップに落とすと、小さく呟いた。
「雪を飲んでるみたいッスね・・・」
満たされた海堂の心は雪すらも甘く見せた。
乾はカップを見つめたままの海堂の頬に優しく口吻ると
「ロマンチストだね・・・」
と微笑った。
海堂は耳まで紅くなった。テレくさくて仕方がない。
何とか話を逸らさなければと考えたとき、先程の乾を思いだした。
「さっ さっきはナニ考えてたんスか?」
「ん?」
「最初のホットミルクを持ってきてくれた時、オレを見て驚いてたろ?
オレ・・何か変ッスか?」
「あ・・・」
今度は乾が紅くなる番だった。
別に「目の錯覚で海堂が雪の中に立っているように見えた」と答えれば良かったのだが・・・
言えなかった。
乾は去年初めて二人で雪を見たときのことを思い出したのだ。
回想スタート(ナレーション・乾貞治)
去年の冬。俺達はまだ恋人同士ではなかった。普通の先輩後輩だった。
この頃から俺達は一緒にトレーニングをすることが多かった。
冬はやはり早く日が落ちる。ボールを使っての練習にも限度がある。
その限界が部活終了の時間なのだ。
だからこの時期、俺達のトレーニングは体力作りが主だった。
それなら学校でなくても良い。
俺達のトレーニング場所はいつも公園だった。
その日はとても寒かった。見上げれば低い雲が広がっていた。
トレーニングを終えて帰ろうとしたとき、重さに耐えきれなくなった低い雲から、
白い結晶がこぼれ落ち始めた。
「雪だ・・・冷えると思ったら・・・初雪ッスね」
空を見上げる海堂は少し嬉しそうだった。
「海堂は雪が好きなの?」
「え?あ、ハイ。好きッスね。センパイは?」
今度は海堂が俺に聞いてきた。その表情はとても軟らかい。
俺の前でだけ見せる、俺だけしか知らない、俺の大好きな笑顔。
「・・・・・好きだよ・・・・・」
(雪に包まれて微笑う君が・・・)
もう海堂は上を向いている。
まるで海堂が雪を降らせているようだ・・・
「そうしていると、何だか雪の精みたいだな・・・・・」
(俺の心を惑わし、消えてゆく・・・)
「は?」
海堂怪訝そうな顔をした。
「俺を残して消えないでくれよ」
(オレヲオイテイカナイデ・・・オネガイダカラ・・・)
降り始めた雪が、海堂を迎えに来た使者ではありませんように・・・・・
回想終了
乾はこのことを思い出していたのだ。
あの頃から乾は海堂のことが「すき」だった。
(実は海堂もそうだったのだが)
今こうしていることが堪らなく嬉しい。
さっき乾は
雪の中に立つ海堂
イコール
雪の精
として見えていたのだ。
海堂が雪の世界に帰ってしまうかと思った。
雪に包まれて消えてしまうのではないかと不安になった。
だから一瞬言葉を失ってしまったのだ。
乾はこのことを海堂に言ったら「情けねぇ」とか言われると思って紅くなったのだ。
テレではなく己への恥ずかしさで・・・
「去年のことを思い出したんだよ」
「はい?」
「雪の中に海堂が消えていってしまうんじゃないかって怖くなったんだ・・・」
「センパイ・・・」
海堂は乾の強いところが好きだ。余裕たっぷりな所が好きだ。
安心していられるから。
でも、たまに弱いところを見せるところも好きだ。
そして、今弱さを見せたのは海堂のことが好きだからだ。
こういうとき、海堂の中の「マリア」が目を覚ます。
海堂は乾の手を取って、その手に口吻た。
「怖がるなよ。俺は此処にいるから」
「うん・・・」
「ずっといるから・・・」
「ありがとう」
今度は乾が海堂の唇に自分の〈想い〉を重ねた。
「「大好き」」
二人が過ごす甘い時間は雪だけが知っている・・・・・
あっまぁ〜〜〜い!!!
砂吐きそう・・・まぢで・・・
ホントはこの話、もっと短かったはずなのに・・・
前後編になるとは思わなんだ。
この後のことなんか機会があったら書きたいなぁ。
うん。少し考えよう!