das Schneewetter    Eileitung


痛い程寒い夜が明けた朝。

無音の気配の中で乾は目を覚ました。

怖いくらいに静かで、自分だけしか存在しないような不思議な感覚。

乾はこの無音の気配を発するものが好きだった。

ドキドキしながらカーテンを開けると、

真っ白に塗り替えられた世界が広がっていた・・・

正確な数字は解らないが、3〜4pといったところか。

まだ降り続いているからこれからもっと積もるだろう。

「今日は部活はムリかな・・・」

乾は残念だと思う反面、期待をもこもこと膨らませ始めた。

 『こんな日はあったかいミルクにハチミツをたっぷり入れて、

 海堂とそれを飲みながらまったりと過ごしたいなぁ』

窓辺で一人頬杖ついて、にまにまと乾は笑っている。

通りかかる人がいたら「逝っちゃってる人」だと思うかも知れない。

だが此処は幸いなことにマンションの最上階。

人目を気にせずどっぷりと妄想に浸れるというもの・・・


 『オレが淹れたあったかハチミツミルクを飲んで、海堂が「甘いッスね」とか言ったら、

  「そう?」とか言いながら海堂の唇にキスして、

  「薫、君の唇の方が甘いよ・・・」「センパイ・・・」なんて見つめ合ったりして、

  心ゆくまで海堂の唇を・・・』


などと作者の表現力が追いつかない所まで広げようとしていた妄想は、

「貞治ー。遅刻するわよー」

というお母様の声によって打ち切られた。(良かったね。わたし)



今年初めての雪にみなさんは困っているようだ。

気を付けていかなければと、乾は気合いを入れた。

―――何に気を付けるのか―――

もちろん転ばないように!

もしも転んだのがエージや桃なら

「転んじゃった。ははー」

と笑い飛ばすだろうし、手塚や不二なら誰も触れはしないだろう。

・・・海堂や越前も同様か・・・

大石やタカさんなら、自分から言うことはないが、テレ笑いして終わるハズ。

しかし、乾だけはどれにも当てはまらない。

完璧だと思われているわけではない。それは本人も解っている。

しかし変に真面目だから、失敗をしたときみなさんはどう接したらいいのかわからなくなる。

もちろん本人もだ。

気まずくなるのがオチ。

そうなるのがイヤだから注意していたのに、

人間、足下に気を送れば送るほどおぼつかない足取りになるというもの。

見事に滑って尻餅をついてしまった。

とりあえずこの場には誰もいない。

乾は軽く雪を払って、何事もなかったかのように学校へ向かった。



部室の前には海堂が立っていた。

「おはよう」

「おはようございます」

大石はまだ来ていないようだ。

「雪がこんなに積もってるんだから休みだろう」

などと考える大石ではない。きっとこの雪に苦戦しているのだ。

しかし、彼がこなければ部室は開かない。

乾が何処か雨宿りならぬ雪宿り出来るところはないかとキョロキョロしていると、

海堂が何やら笑いを堪えているような声で話しかけた。

「センパイ。もしかして転びました?」

「えっ!? (何で解ったんだ海堂!エスパーか?)」

「だって・・・コートのシリの所、濡れてますよ?」

「ああっ!」

湿気を多く含んだ雪は、乾のドジの痕跡をしっかり残していた。

乾の慌てっぷりに、海堂は肩を揺らしている。

「まったく・・・アンタはどうしてそう・・・」

屈託のない笑顔を見せる海堂に、乾はあったかいものを感じた。

海堂は決して人を傷つけるような笑いはしないから・・・

「バレないと思ったんだけどなぁ・・・」

「そんだけ濡れてりゃわかるっスよ」

そういうと海堂はバッグからタオルを取り出した。

「ほらセンパイ。後ろ向いて」

「え?いいよ。タオル汚れるし」

「ンなのいいから後ろ向けって。アンタ、こーゆーのガラじゃねぇだろ?

 それにオレだってアンタがからかわれてる所なんて見たくねーんだよ」

そこまで言われたら素直に言うことを聞くしかない。

乾はおとなしくシリを拭いてもらった。

 (――といっても育ちの良い海堂がダイレクトにシリをばんばん叩くはずもなく、

  コートの裾から手を入れ、濡れてるところを浮かせてポンポンと水分を取ったのでした)

「これで目立たなくなったな」

「有難う。海堂」

乾のシリも気持ちもきれいになった頃、他の部員が集まり始めた。


   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆


やはり朝練は中止になった。

このまま降り続ければ午後もそうなるだろう。

乾は今日だけで良いから休みたいと思った。

だからお願いに行くことにした。

顧問の竜崎先生の所ではなく「魔王不二」の所に!



この不二という男、人間離れした〈力〉の持ち主なのだ。

天候を操るのはもちろんのこと、金縛りにあわせ、相手の動きを封じたりも出来る。

最高に強力なのは「眼」と「言葉」による「精神攻撃」だ。

これはかなりのダメージがある。

立ち直れなくなった者もいるとかいないとか・・・

ただ「魔王」といえど、やたらに〈力〉を使うわけではない。

〈力〉を使うのはいつも誰かのためなのである。

最愛の恋人兼友人兼ペットの菊丸英二のため。

そしてもう一人。「バカさ加減」がかわいいこの男・・・



「頼む不二!今日一日雪を止ませないでくれ!!」

乾は3年6組の教室のドアを開けるなり叫んだ。

あまりに強くあけたのでガラスが割れるところだった。

だが、今の乾にそんな事を気にしている余裕はない。

「にゃ?」

「どうしたの?いきなり」

乾は二人の所まで走ってくると、必死になって伝えた。

「今日は雪で部活が中止って事になって欲しいんだ。
 
 積もってるからじゃなくて、降ってるからって!」

乾の必死の言葉を聞いた不二とエージは顔を見合わせてクスリと笑った。

「何?ナニ?また薫ちゃんカンケー?」

「ちゃんとした理由を聞きたいよね」

この二人にそういわれたら答えるしかない。

乾は少し紅くなって理由を答えた。

「今日の雪は今年初めての雪だろう?

 だから部屋であったかいものでも飲みながら、まったりと海堂と過ごしたいんだ。

 海堂も雪が好きだって言ってたし・・・///」

「なるほどねー」

納得してにっこり笑う不二の袖をエージがつんつんとひっぱった。

「不二ー。

 オレも雪降ってて欲しいにゃー。

 雪だるまが作れるくらいいっぱい降って欲しいにゃー。

 そんで、部室の横におっきな雪だるまを作るのにゃーーー」

お気に入りの二人(内一人は微妙)から頼まれたのでは受けないわけにいかない。

不二はにっこりと笑って

「ん。解った。ちゃんとやっておくから心配しないで」

と答えた。

敵に回さなければ頼りになる男。「不二周助」・・・

何をどうすればそんな事が出来るのか、それは不二にしか解らない。

「ありがとう不二!よろしくなー」

乾はまた騒がしく教室を出ていった。


「しっかし恋の力ってスゴイにゃー」

「ホントだね。乾があんなにかわいい(おもしろい)男だとは思わなかったよねー」

そういって二人は微笑っていた。

因みにこの会話。普通の声(大きめのトーン)で話していたため、

教室にいたほとんどが聞いていた。

ツッこみ所がたくさんある会話だったのだが、

魔王への恐怖故に黙殺された。

  ◆   ◇   ◆   ◇   ◆

待ちに待った放課後がやってきた。

不二の〈力〉のお陰でしっかり雪は降り続いている。

当然部活は中止になった。

初めは校舎内で筋力トレーニングでもと思っていた竜崎先生だが、

帰りが危なくなるかも知れないということで中止にしたのだ。


乾は急いで海堂にそのことを伝えに行った。

家に誘う絶好のチャンスを逃してはならなかった。

途中桃城のクラスにより、中止の件を伝える。

「今日は雪で中止になったから、他のヤツにも伝えておいてくれ。

 一年にもな。一人に伝えて頼めば良いよ。

 あ・海堂には用事があるついでにオレが伝えておく。その他はよろしくな」

それだけ言って、乾は海堂の教室に向かった。


教室のドアは開いていた。

海堂は自分の席に座っている。窓側の一番後ろの席。

机に頬杖をついて外を見ていた。

 『何を考えてるのかな』

もう少しその姿を見ていたかったが、大切な時間が減ってしまうので声をかけた。

「海堂。今日の部活はこの雪で中止になったよ」

「やっぱそうっスか。わかりました。ありがとうございます。

海堂は少し残念そうな顔をした。

「・・でね。良かったらなんだけど、帰りにウチに寄っていかないか?

 部活ないのも久しぶりだし・・・どうかな?」

「え?・・・あ!ハイ!行きます」

残念そうだった海堂の顔に嬉しそうな笑みが浮かぶ。

「じゃ、行こうか。カバン取ってくるから、玄関で待ってて」

乾は海堂の教室を後にした。



自分の教室に向かう乾は、何故か怖い顔をしていた。

ドスドスという感じで廊下を急いで歩く。

【廊下は走っちゃいけません】

だからではない。

実は踊り出しそうな感情を必死で押さえていたのだ。

気を抜けば顔がにやけそうだったし、スキップなんかも踏んでしまいそうな勢いだった。

心の中では「有難う不二!有難う!」と叫んでいる。

そしてその不二にちゃんとお礼を言うのも忘れない。

先に6組に寄った乾は、満面の笑みでドアを開け

「不二ー。ありがとー!」

とお礼を言った。

「あ・うん。どうだった?」

「薫ちゃんにOK貰えたのかにゃ?」

「あぁvvv///」

「そっか。よかったね。頑張って!」

「頑張るにゃー」

  ・

  ・  

  ・

  ・

  ・
何を?

とツッこみたいクラスメートだが、またも黙殺された。

そして乾は教室に向かいカバンを取り、玄関へと急いだ。